14話:イルダの橋、跳べ
「ダダ様! 何かくるよ!」
リリの鬼気迫る叫び。
「一旦出るぞ」
無償で情報提供してくれたゴダードの家を荒すわけにもいかず、とっさに家を出た。
その瞬間。空気が裂けた。
鍵束が鳴った。薄い金属音が皮膚に刺さる。
なんだ――
「グアッ!」
牙が勝手に跳んだ。黒牙で顎を受ける。
体が浮き、景色が一気に後退していく。
何が起きた? 靴底で地面を擦りながら止まる。
束の間。
二撃目。黒牙が舌を咥えたまま引く――引き千切る前に、奴は勢いのまま詰めてくる。
ようやく捉えた姿は、二足歩行、カエル顔。
両手に持つ短刀をクロスさせ、突っ込んでくる。
【状態異常:〈情動過敏〉120%/握力低下/判断低下】
「ルエカーの舌は麻痺と情動が暴れる。気ぃつけるんじゃ」
ゴダードの声だ。
黒牙が舌を絡め取る。離さない。白牙〈狼形〉、伸長。
「噛み砕け」
白が半身を縦に裂く。倒れた—が、背後から別の影。鞭打ちみたいな舌が雨になる。体が押し戻される。
ここで加速かよ。
引っ張られた勢いでなく、空中でさらに加速し刃を間一髪で避けた。
白が肩口から腰まで裂き、奴は膝をついた。とどめはまだだ。
黒牙は舌を離さず引き倒し、白牙が心窩を貫く。一体目、沈む。
背が陰る。二体目――。
長い舌で瞬時に滅多打ちにされる感じは、鞭打ちそのものだ。
バランスを崩し、後に押される。
防戦一方なところをミミの星導魔術で弱点を映し出す。
「悠斗、あそこ」
ミミの星導が一点を灯す。ぼんやり浮く光点。射程、届く。白牙を細く伸ばし、根元をえぐる。
怯まない。腕が痺れて、力が—入りづらい。
あの距離ならやれる。
白牙、行け!
こいつの伸びる食らいつきは、瞬時に到達し牙でえぐる。
ルエカーは、三メートルはあろう巨体。どうやってあの瞬発力なのか。
抉りはしたが、怯まず打撃を繰り返す。
何かがおかしい。レジーネの体のラインがいつになく目の前にチラつく。
「悠斗様!」
レジーネの声が耳を貫く。
「永凍領域!」
レジーネの指が結び、白い息が爆ぜた。
吹雪が一帯を凍らせ、跳びかけた影が空中で固まる。白牙が粉砕した。
【討伐:ルエカー×2/戦利品:魔石×2/残滓:固定−8秒】
「終わったな。ミミ、レジーネ助かった」
ゴダードが扉の影から出てきた。
「ほう。派手にやりよったな。どれ、見てみるかのう」
倒れた胴の内ポケットに白い徽章があった。
親指大の円章。黒鉄の地に白い冠、その下で三段刃の鍵が横たわっていた。
「白冠の鍵徒じゃ。『白は濁りを赦さぬ』とな。厄介じゃ」
「この紋章、わざとらしくないか?」
「目立たせるためにわざと付けとる。偽装が出れば親族ごと皆殺し――そういう掟じゃ。だからマネはまずおらん。だからこそ奴らは、少々面倒な手合いじゃ。お主が狙われたのは単に、界人というだけの理由かもしれん」
「今までなかったぞ。どういうことだ?」
「『白き神々の理想に』とスローガンを掲げる連中がいる。奴らは、神の名の下で浄化活動を行ったのじゃろう。今回はどこから聞いてきたのか、界人の情報を得て狙ってきたのは間違いなさそうだ」
レジーネはそっと拳を握り呟く。
「ここは長居できません」
ミミは何か式神を作り空中へ放った。
「式神飛ばす。尾けられてないか見とく」
「居場所が知られ強襲を受けたなら、これは小手調べ。ここは長居は無用じゃ。位置は割れた。イルダの橋で跳べ」
レジーネは驚いてその言葉を返した。
「それは、まだ生きているのですか?」
ゴダードは顎ひげをさすりながらニヤリとした。
「もちろんじゃよ。我らはよく利用しておる」
「そうですか。それなら、安心ですね。どのルートが生きていますか?」
「うむ。カラミの森、アルフォンシア神殿、ノックスの里」
「イノーイとラルフィへは?」
「そこは、ワシの知る限り一度も飛べたことが無いのう」
「そうでしたか。ありがとうございます。後は、飛び方は魔石で変わりませんか?」
「変わらんぞい。アルフォンシア神殿だけは無償で飛べるがな」
「あそこは、そういうところです。それでは向かいます」
「達者でな。いつでもよるといい」
「悠斗様案内します。ついてきてください」
「ああ、頼んだ」
俺たちは、レジーネに連れられ、イルダの橋へ向かった。
宿を横切り石造の小高い丘にかかる橋までたどり着く。
丘の先で、空へ向かって透明な光の管が立ち上がっていた。
やたらとここはドワーフたちの往来が激しい。
次々と魔法陣に乗り、ものすごい勢いで射出されていく。
これを本当にやるのか? と聞かれたら俺は真っ先に断りたくなる挙動だ。
当然一度も経験したこともないこの狂気の跳躍魔導具に戦慄を覚えたのは、俺だけじゃない。ミミも硬直していた。
平然としているのは、レジーネとリリと周囲のドワーフたちだけだ。
「大丈夫です。数十人まとめて跳躍ができます」
「いやいやそれが大丈夫って意味がわからん」
「あら? 悠斗様も苦手なものが?」
「これ苦手というより、恐怖以外何者でも無いだろ?」
「これは魔導具により魔導トンネル(光の管)を超高速で飛ばされます。跳躍中はトンネルを通過するだけなので安全です。到着時も魔導具により減速されますので心配ご無用です」
「悠斗これで飛ばなきゃだめ?」
ミミは顔が引き攣っていた。一方でレジーネとリリは正反対で楽しそうとまで言える。
なんてこった。俺の苦手な絶叫系としかいいようがない。
「これから向かう先はまずどこだ?」
「ノックスの里へ行きましょう。あの場所なら賢者様が存命なら、助言がもらえるかもしれません」
レジーネの声に力が入る。
「ノックスが賢者の名前なら、ほかのイノーイとラルフィも賢者ゆかりの地か?」
「ええそうです。ノックスは女賢者で有名でしたが、それ以外は性別不明という一般認識です。もし知っている者がいたら、危険かもしれないですね」
「どうしてだ?」
「その者の資質を受け入れ受け継いでいる可能性があるからです。どの賢者も過激でしたから」
「それならレジーネもそうなるよな?」
「私は、王族としての地位がありましたら、中立的に物事をみるように訓練されていたので、純粋に魔法の修行としてとして取り組んでいましたわ」
「なるほどな、一応はわかったような気もする」
まあ、そりゃそうだろう。面識がある者が身近にいれば、自然と力も入るものだ。
「灰鳴に入るのに、俺とレジーネの結線を維持するにはどうすればいいのか。その答えが欲しいよな」
「リリ、ミミさん、悠斗様。向かいましょう。跳躍している間は、何もしなくて大丈夫です。ただ流れに任せておけば到着します」
俺とミミはお互いに苦笑いしちまった。まあ、ここまできたらしゃーない。
乗り込むっきゃねぇーんだよ。
俺たちはレジーネの言われるまま魔石をはめ込むと所定の位置につき、跳躍した。
内側は星砂みたいに流れ、肌がぱちと静電気を拾う。
ミミの絶叫が鼓膜を破りそうだが、管の中だし、案外楽しいなこれ。
……そうだ、昔の夏に滑ったスライダー。こんな感じだった気がする。こりゃおもれぇー。
飛んでいる間もこねてみるか。
【製作】偽命(3分44秒)→ 破棄/跳躍負荷:集中−
【製作】偽命(14分21秒)→ 破棄/跳躍負荷:集中−
【製作】偽命(1分5秒)→ 破棄/跳躍負荷:集中−
【製作】偽命(5秒)→ 破棄/跳躍負荷:集中−
いつもよりは、比較的いい方かもしれない。
こねているうちに、着地点が見え始めた。
おいおい。この速度で突っ込むのかよ。
急降下を始めたが速度は落ちているのか?
体感でわかるぐらい少しずつ景色の流れがゆるくなってきた。
なら、大丈夫だろう。
眼下に広がるのは、石造の遺跡なのか薄茶色の居住区らしき物が広がっていた。
「おい、ミミそろそろ着地だぜ? 声枯れないのか?」
よほど怖いのか、手で目を覆ったままだ。
「ミミさん、悠斗様。そろそろ着地です。そのまま立つ姿勢のままでいてください」
「ああ、わかった」
「えー。ちょっと無理〜」
何の問題なく着地を終え、今はレジーネの案内でついて行っている。
しばらく進んでいくと、石造の家が見えてくる。
大きめな家でまだ人がすんでいる佇まいをみせる。
「お師匠様いるかしら?」
石戸の影が揺れ、女が背後に立っていた。
足音がない。灯りの向きと合わない薄い影だけが床に貼りついている。
近いのに体温の気配がない――人の“いる”感じが、欠けていた。
「おやおや、ヴァーダーを連れてくるとはね。千年ぶりかい? レナ」
「昔の呼び名です。レジーネの、です」
唐突に俺たちの背後になんの気配もなく現れやがった。
千年のはずが、若すぎる。
どう見ても二十代後半に見える美女。
こいつは化け物か?
恭しくレジーネはお辞儀をし、挨拶をし出した。
「ご無沙汰しております。彼に数日前に蘇生してもらい今ここにおります」
「ほっ! 蘇生とはこれまた如何に!」
興味津々といった表情で、俺を見る。




