13話:ヴァーダーの系譜
【稼働残 11時間47分3秒|予備 3時間】――さっさと要件だけ。
魔導油と紙の匂い。石壁に木の仕切り、乾いた温度。
一人に住むにしては大きすぎる石造の家だった。
「ミルコの紹介だ。知りたいことがある」
「ヴァーダーが自分で来るとは。……入りなさい」
ゴダードからは歓迎され、俺たちは中に入った。
石造の部屋でところどころ木材で壁を作り囲っているためか、ぬくもりを感じる。
三人掛けの年季の入ったソファーに腰掛けるよう促される。
突然訪れたのに、随分と友好的だな。
何か目的でもあるのか。
じろり、と見られる。人じゃなく仕組みを見る目だ。
「歓迎はありがたいが、理由は?」
「悠斗様それは失礼では」
「いや、いいんじゃ。そこのお嬢さんのいう通りだからの」
「ん? なんだ?」
ゴダードが俺を見る目が人そのものじゃなく“仕組み”を見る目だ。興味か、研究か――観察者の視線。
「本物を見るのは久しぶりじゃのう。確認したくなる。――お主、ヴァーダー(ヴォイド使い)じゃ」
俺は思わず怪訝な顔をしてしまう。
ゴダードは、俺のことをヴァーダーと呼ぶ。
一体なんだそれは?
リリは俺の肩に座り嬉しそうにしている。
リリが肩で跳ねる。
「ね、言ったでしょ」
なんだこの妖精は、わけが分からん。
ミミやレジーネも真剣に聞き入ってはいるが、どこまで信じているやら。
先に俺は金貨を見せた。まずはこれについて知るのが先だろう。
レジーネの必死さが伝わってくる。
ゴダードは金貨を受け取り、皿にそっと置いた。
「鑑定は後だ。稀物ほど匂いが先に逃げる――まず腕を見せてくれ」
絡んでくる。まあいい、見せる。
「これでいいか?」
黒牙と白牙の両方を顕現させた。
ゴダードは触れるわけでもなく、魔導具を取り出し光を当てるだけだ。
「なるほど。ヴァーダーに比較的多い汎用系だが、それ故に万能で強い」
「よくわかるな」
「それぞれ異なるハイリスクを背負っておるんじゃろ? 強力なヴァーダーは必ず何かある」
「何かと言ってもな……」
俺は特に答える気もなかった。
「記憶も命も贄にする――そういう手合いもおる。命を犠牲とはおかしな話だが、それと引き換えに別者になる」
ゴダードの鼻がわずかに鳴る。
「偽命の撚りの匂いが濃い。代償は“前稼働の全焼却”。違うか?」
喉が鉄を思い出す。違わない。
「“ダダ”は名ではなく称だ。腕に牙を棲まわせ、偽命を撚る者」
「お前さん、気がついとるかもしれんが」
「なんだ?」
「ダダの呼称はさらにもう一段階ある。ラダーだ」
「なんだそれ?」
「ダダをまとった者って意味じゃ。その時だけは異なる異形の者となるじゃろう。だがな、身に合わぬ外套は、着るたびどこかを擦り減らす――そういうもんじゃ」
ミミが息を呑む。レジーネは膝上の指をさらに丸くした。
「おいおい。驚かせるなよ」
でもどこかそんな違和感はあった。
はあ、なんだか本当に……。俺、知らねぇことが多すぎるぜ。
俺の思惑なんぞ関係なしに、話だけが先に進む。
――【製作】偽命(9秒)→ 破棄。……まあ仕方ねぇ、解説は聞いとくさ。
「お前さんの場合、選択肢がなく全て注いで得たと見えるのう」
俺はただ、生き続けたい思いで生きてきた。
死んでいることだけは、はっきりしている。
以前の世界も覚えている。
ん?
待てよ。
以前の世界を覚えているだと……。
世界だけで俺自身は。
覚えて――いない。
何だ?
俺は一体何を求めて……。
ゴダードは、俺の胸中などお構いなしに続けた。
【製作】偽命(12秒)→ 破棄/会話負荷:集中−
「――昔語りをしよう。
名は三つ。イノーイ・ミール、ラルフィ、ノックス。この地で「賢者」と呼ばれた者たちじゃ。
彼らは“外”を覗いた。界と界の継ぎ目――ヴォイド、誤差の帯だ。そこを手繰るうち、日本という、奇妙に整った種を見つけた。
言葉がよく馴染み、規律で自らを結える。界文に適応しやすい。だから“候補”に選ばれた」
ゴダードは言葉を切り、湯飲みに口をつけた。
神じゃなく賢者からって、人為的かよ。俺は思わず口にしそうになってつぐむ。
「……うむ。お主のいいたいことはわかる」
呼ばれた側にしちゃ。たまったもんじゃないよな。
「ワシが思うに、輪廻思想が強い種族ではないかと思っておる。つまりな、次の世界でもう一度やり直せると。ワシらは、死んだら天国か地獄の二択じゃ。それが日本人という種(系統)は違うというわけじゃ」
輪廻か。俺はどうなんだ……。
「話を戻すぞい」
「そこで、見つけた“日本人”に活路を見出した賢者たちは行動に移しよった」
「それで賢者は候補者を呼んだ。来るまでに、ヴォイドの洗礼を受ける。代わりになにかを手放す。それがヴァーダー(ヴォイド使い)の始まりじゃ」
「型は幾つもある。お主のような汎用系――過去の稼働をまるごと焼いて立ち戻れる型じゃ。万能だが、代償が重い。
ヴァーダーは牙を持つ――黒は捻り、白は伸び、だな。それは“名”ではなく称。腕に牙を棲まわせ、偽命を撚る者の称だ。
何のために? 任務は討伐――」
「帝都でも“討伐”は建前だった……」
ミミは小声で呟いた。
「おう、建前よ。実のところは『ならし』(世界の偏りをならすこと)じゃ」
「巨獣、悪魔、そして神族。偏りを削ぐ――と言えば聞こえはええが」
俺みたいな奴がいたのか。
界印はあるが、同郷に巡り会えたことは一度もなかった。
「最初は上手くいっとった。だが、世界は……広すぎた。千分の一ほど削ったところで、向こうが“押し返して”きおったわ。
それが黒涙。黒い雫が空から降り、町をまるごと飲み込む現象じゃ。境界が溶け、鐘の内まで染みた。鐘音の結界で辛うじて踏み止まった町もあるが、多くは失われた」
「黒涙の最中、第四の賢者が現れたという記録も残る。名を欠く。人の町を幾つも“整理”し、跡形を残さず消えた」
「それからだ。ヴァーダーたちは忽然と姿を消した。召喚はやみ、残滓だけが漂った。腕に牙を残したまま、行方知れずになった者もいる」
「残ったのは制度じゃ。人族は“神の側”を掲げて界人(異界来訪者)に界印を刻み、差別を神の名の下で正当化したんじゃ。受け入れを掲げる町も、税を取る。鐘の内へ踏み入るたび、時間を払わせる。形を変えたならしだよ」
「アルフォンシア王国も、黒涙の渦中にあった。王は封を選ぶ。王族を水晶に収め、生きたまま保管した。最後の防壁だ」
レジーネのまつ毛が震え、膝上の指がそっと丸くなる。
喉が小さく鳴った。
「場所は灰鳴。界印と界籍なしの受け入れを掲げながら、門で“固定−十分”を課す町。鐘の音の届く範囲=〈鐘域〉が結界で、その外縁=〈境界線〉。境界線を跨いだ瞬間、計量が走り、その場にいる全員から等しく十分が自動で落ちる」
「……要は世界の自動引き落としか。誰も交渉相手じゃないってわけだな」
「お主がそこへ行くなら、外結線の“帯域”(安定幅)を用心しろ。外結線は揺れる。灰鳴は受け入れるが、等しく削る――それが、この界のやり方だからな」
外結線が揺れた瞬間――レジーネは落ちる。
それはまずいな。
外結線が外れたら十メートルを超えたのと同じ扱いになるのか、まだ分からない。
裏側から入る方法を探るしかなさそうだな。
「……それと、帝都エド。星導の戦士は今も息をしておる。道は、繋がっておる。ワシも詳しい場所まではわからんが」
「帝都エド」――ミミの瞳が一拍、揺れた。
時間を払う門……命を小銭みたいに扱いやがる。
これまで必死に目の前のことにしがみついて生きてきたが、知らないことが多すぎた。
廊下が一度だけ鳴る。金属の泣き声が、さっきより近い。




