10話:ドワーフの森、紅屋根へ
「なんだよ。また眩しい展開か」
風が……変わったな。
それに、冷たい石の匂いが抜ける気がする。
代わりに、乾いた砂と鉄の粉の匂いなのか? 何かが鼻に刺さる。
目を細めてもまぶしいな。手をかざすも少し和らいだぐらいだ。
眉間に刺す陽光。……ちょっとやられた。
「ここって人が住んでいるの?」
ミミは物珍しそうに見回す。
そこかしこを顎ひげを蓄えたドワーフが行き交う。
ドワーフイコール、鍛冶屋という認識でいる。
だから、もっと煙がもうもうとして、くすんでいるかと思ったら、空はやけに澄んでいた。
ミミも同じ認識なのか、つぶやく。
「……変だね。鍛冶の槌の音がしない。採掘だけの拠点?」
「ここは、変わってしまったのね」
レジーネはどこか寂しげに見えた。
俺は目の前を通り過ぎようとしていたドワーフに声をかけた。
「なあ、悪い。聞きたいんだが。界人だが、問題ないか?」
「界印か。よう来たな」
ドワーフは俺の手首をコツンと叩いて、粉のついた掌で笑った。
「光持ちは客人だ。むかし、色々置いてった奴らがいてな」
「いろいろ?」
「音は坑下へ、煙は井戸で洗え――って理屈でな。まあ、そのおかげで静か。空も、ほら、澄んでる。」
「ずいぶんと優しいんだな」
「種族にもいろいろだが、うちは来た者を迎える流儀さ」
「悪い。ついでに教えてくれ、ここは?」
「ああ、お前さんたちそこの遺跡から出てきたのか? 珍しいな」
「すまんすまん。ここはドワーフの森じゃよ」
「森? 石材の山じゃねぇのか?」
「石は生えるんだよ、静かにな。芽が出りゃ、我らが刈る。まさに我らの森さね」
生きている石――そんなの森というのか、木々だでなく石でか。
「そういうことか、なるほどな」
“森”ね……つまり岩。息の通りが悪い。胸が少し重い。
……いや、違うな。空気が“重たい”んじゃなく、俺の体が、もう少しずつ沈んでるだけだ。
場所の見当は……まだつかない。
「助かった。少しばかりいさせてもらうな」
「宿なら、この先にある紅屋根のところにいくといい。飯が美味いぞ」
「助かる」
「またな、人よ」
「ああ、またな」
会話を終えたタイミングで、どこからともなく飛んできたものがあった。
それは、手のひらぐらいの大きさで光る人型だ。
背中に半透明の羽を羽ばたかせ浮いている。
ミミが小声でつぶやく。
「ちっちゃ……可愛い……」
女の子みたいな姿かたち。羽の音だけが高い。――なんだコイツ。
俺を見るなり、いきなり口走る。
「あっダダ様だ! ダダ様? うん?」
盛大な人違いに、思わずため息をつく。
「いや、俺はダダじゃないぜ」
「そう? ダダ様のイタズラ?」
「……匂いも、似てる」
首を傾げる姿は、見かけもあってか可愛らしさ倍増だ。
ただ、いきなりだしな。俺はそっけなく答えた。
「知らん」
「変なの。私リリ」
その満面の笑み、当たり前に仲間にされた感がある。
まあ、俺を迎え入れるというより……今のところはいいか。
「ああ、リリよろしくな。俺は……悠斗」
「じゃ、リリが紅屋根まで連れてくね。鉱煙通りを……三つ抜けて右。たぶん、三つ。で、煙突が二本。赤い屋根、見ればわかるよ」
なんだこいつは。さっきまでの話を聞いていたのか。
う~ん……ダダ――誰だ。俺に似てるのか?
距離が近いというより、すでに俺の肩に座り一休みしている。
いきなり距離感が近い子だ。
それにしてもドワーフの住処にしちゃ不自然だ。
彼らのずんぐりむっくり体型や背丈にあう出入り口でもないし、家屋の大きさでもない。
扉の高さも通り幅も、人間基準のまま――不思議だな。
というよりは、空き家をそのまま利用しているのかもしれないな。
ぼんやり辺りを眺めていると、レジーネがどこか決死の覚悟をした表情で俺に尋ねてくる。
なんだ突然。
「悠斗様、寄りたい場所が」
思い詰めた目は、強い意思を感じる。
よりたいというその目的があるなら、ここを知っているというのか。
だからといって拒否する理由もないな。
本人の口から話してもらうまで、俺は何も尋ねない。
それでいいと思う。
「ああ、いいぜ行こう」
俺はレジーネの思うままにさせた。
きっとその方がいいに決まっている。
レジーネは、歩き慣れた場所のように、迷いなく歩みを進める。
後ろ姿を見ていると、あの時の白骨がこうにも変わるとは思いもよらない。
あの骨が、こうも気品のある女性になるとはな。
まず見ることがない骨そのものの姿を知っているからこそ、変な感じだ。
それに魔法で生成された肉体とはいえ、なんで記憶も維持しているのやら。
う~ん。
考えてもきりがないので、思考ごとどこかに置き去りにした。
……頭も、少し重い。
数分歩いた先で足を止めた。
そこにあったのは、人の背丈など優に超える巨大な黒光する石碑だ。
でかいな。
見上げると、そびえたつ黒い壁だな。
これだけ立派だと歴史すら感じさせる。といっても歴史なんぞしらんけど。
その古びた石碑はある意味、墓所のようにすら思える。
レジーネは黒い石碑の縁をなぞる。指先が震え、刻み目に付着する水滴がひと筋落ちる。
魔法陣の紋が、光を呑む。
……俺の中で、時間が擦り切れるように伸びていく。
「……母様」
その一言で、十分だった。
言わない。――ここだけ、時間が止まる。
……待つ。
ああ。そういや元の世界じゃ、俺――どう扱われてんだか。……ま、今はいいか。
なんか記憶があやふやなんだよな。
先ほどからレジーネは、魔法陣を手のひらから生み出し、墓標を調べていた。
待つこと数十分。
気がすんだのか先ほどとは違って幾分さっぱりした顔つきをしていた。
吹っ切れたという奴だろうか。
「悠斗様、ミミさん。ごめんなさい。待たせてしまって」
困った顔をしたかと思えば、どこかすがすがしい。
「ん? 気にすんな」
「うん大丈夫だよ?」
「リリもダダ様がいるから大丈夫」
いつの間にか、仲間になっていた?
別に構わないが、これだけ気軽に近づくなら、簡単に離れていきそうだな。
なんとなく、ずっとついてもきそうだけどどうなんだろう。
目的がわからないな。
ああ、そうだ。位置の手がかりはあるな。
俺たちは『ミネタ』の町の古代地下道から来たといえば、距離感が掴めるか。
盗賊の金庫にしまっていた『灰鳴』と呼ばれる町のメモも気にはなる。
でもな、本当に町の名前だったのか?
後はこっちにも古代の地下道があれば、またどこかに転移できそうな気がしていた。
「なあ、レジーネ」
「なんでしょう。悠斗様」
「この町にしばらく滞在しないか?」
声をかけた途端、視界には俺の意図とは関係なくログが現れた。
【目的地候補:紅屋根の宿(安全度 中〜高)|周辺:転移遺構入口×1(未調査)】
慣れたとはいえ、いつからこの表示がでるようになったんだっけな。
ひとまずどこからの知識かわからんが正確だよな。
でもな、誰かが見ているようで、少しぞっとする。
「え? どうしてですか?」
「まだ調べたいだろ? それと……まあ、少しは、差別の薄いとこでひと息つきたい」
位置も調べたいしな。
「ミミはどうだ?」
「うん。私も何か急いでいるわけじゃないし」
「アタシもダダ様がいればいいよ」
お前には聞いてねぇ。
「ありがとうございます。今夜お二方に私のこれまでのことを話しておきたいです」
「ああ、ゆっくりでいいさ」
俺は急ぐ用事もないから現状を少しは楽しみたい。
ミミも同意なのか、俺に続く。
「うん。そうだね。お互いに境遇とか知っていた方がいいと思うし」
間髪をいれず、妖精は元気そうだ。
「それじゃ、リリが紅屋根まで案内する」
「こっちだよ! こっち」
俺の袖を宙に浮きながら引っ張るリリの姿に、レジーネとミミは暖かく見守りつつ、ついていく。
おいおい、よせよ。そんな目で俺を見るな。
はあ。この妖精はなんだかな。なんで俺こんなに懐かれているんだ。
元凶は“ダダ”か。……誰だよ。




