二話 姉妹
「あ、アリシア…?」
レムは自身の目を疑った。目の前に立って微笑む幼馴染みはまるで
全くの他人であったように思えた。
一体何が起こっているのか理解に至らない。
「この日を何度となく夢見たか、ああ、ホントに長かった」
一歩づつ近寄ってくるアリシアに後ずさり、レムは首を振った。
認めたくない現実が、レムを更に追い詰めた。
アリシアは少し余裕の笑みを見せ、レムに尋ねる。
「なあ、レム。神託には、なぜ生け贄が必要なのか考えたことがあったか?」
「な、何故って」
「それは解読に必要だったから。なんて言うなよ?もちろん不正解だ。あれを見ろ」
アリシアが指す方向へ、レムは警戒しながら視線をやった。
それはレムそっくりの顔をした人形だった。
作業机に無造作に置かれたそれに目をやり、レムは震える腕を必死に抑える。
作りかけとも思えるその人形を指先で弾き、アリシアは鼻で笑った。
「これは、私が壊したんだ。お前の父が、仕事を二ヶ月も休んで作った最高傑作だ」
「な、なんでそんな物…!」
「お前を、生かすためさ」
アリシアは右頬を強くぶたれ、床になだれ込むように倒れた。
だが、痛みは本来ない。痛みがあるのはむしろシュツィアの方だった。
アリシアはへこんでしまった右頬をさすり、口笛を鳴らした。
シュツィアは拳の痛みに汗を流したが、それ以上にアリシアの行為への
怒りが勝っていた。
倒れていたままのアリシアを掴み上げ、シュツィアは苦渋の表情をする。
「なんて事をしたんだ、これじゃあ、レムは…!」
「すまんな、わざとじゃあないんだぜ」
「貴様…!」
「あんたが悪いのさ。姉さんを殺した、あんたがね!」
シュツィアは両腕を力なく離した。
急に勢いのなくなったシュツィアを嘲笑し、アリシアはフードを再び被った。
「…、あれは事故だった」
「じゃあ、お互い様だ。人形も、事故だった」
「違う、私は!」
「違わないさ。十数年前、あんたの下らない実験で姉さんは死んだんだ。今更アタシがこんな体になって、成功していたって…、姉さんは帰ってこないんだ…。」
床のりんごを踏み潰し、アリシアはアトリエを出ようとした。
だがシュツィアはアリシアの肩を掴み、それを阻んだ。
「頼む、息子だけは許してくれないか。私が、神託に出てもいい、頼む」
「…聞けないなあ」
「お前の体は、私が管理しているんだぞ!」
「別にこの体が朽ちようが、新しい器をさがすまでさ。」
アリシアはシュツィアを突き放した。
アトリエの扉が閉まり、シュツィアは押さえきれない感情から、慟哭してうずくまった。
「私の姉さんはお前の母親。ずっと前、お前の愚かな父親が神託の書を作ったんだ」
アリシアは右手を上げた。
ものすごい地響きとともに天井が破壊され、神託の書がアトリエを突き抜けた。
むせ返るほどの土煙が舞い、辺りは轟音が轟いた。
レムは体をかばうように机へ避難し、その巨大な姿に息を飲んだ。
「その時、お前の父は魂は肉体と分離させ、自分の最高品である人形へ移せないか考えた。その結果がこの醜い本だ」
「アリシアは…、アリシアはもう神託を受けたの…?」
「馬鹿を言うなよ?この体はあの男が勝手に用意したんだ」
アリシアは神託の書を撫で、粉々になった人形を眺めながら
満足げに笑む。
「言っただろう。神託の儀式になぜ生け贄が必要かを。最終章には永遠の命が与えられるというのは、生け贄の魂と肉体を分離させるからさ。体は美しい人形に変えられて、お前の屋敷に住んでたってわけさ」
「そ、そんな…?!なんでそんな事を…!」
「…ルシアンを愛していたからだ」
レムは低くしゃがれた声に顔を上げた。
神託の書の背後からゆっくり現れたシュツィアはレムを見つめて
にっこりと微笑んだ。
深くしわが刻まれたその笑顔は、レムの記憶にない穏やかなものだった。




