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三話 神託


 シュツィアは鬼のような形相でアリシアをドアから力の限り引き離した。

レムは一瞬、何があったかを理解できず、苦しそうなアリシアの悲鳴を聞いて、

ようやく我に返った。

後ろに控えていたルシアンは困惑した様子でアリシアを介抱している。


「父さん!」

「貴様、どうして…!」

「ご、ごめんなさい!どうしてもレムに会いたくて…!」


ガラス玉のような大きな瞳から、ぽろぽろと涙を流しながらアリシアは首を振った。

そんなアリシアを睨み付けたままのシュツィアは今にも飛び掛らん勢いであった。

レムはシュツィアの腕を掴み、これ以上アリシアに何かあってはいけないと必死に父を止めた。


「どうしたの!?おかしいよ、父さん!アリシアじゃないか!」

「レム、こいつは…!」

「ホントにごめんなさい!レムが神子なのが耐えられなくて!」


両手を顔にあて、わんわんと泣くアリシアを見て、正気を取り戻したのか、

シュツィアは一度、長く息を吐いた。

レムはアリシアの前に立ちふさがり、震える声でシュツィアに向かう。


「父さん、僕は神託から逃げたりしない。だから、アリシアを許してあげて」


シュツィアは暫く黙ったまま、アリシアとレムを交互に見ていたが、やがて

落ち着いた声で返す。


「勝手にしなさい。ルシアン、レムを閉じ込めておけよ」

「…はい」


レムはシュツィアが出て行ったのを確認して、しゃがみ込む。

小さな声を上げながら泣くアリシアの頭を優しく撫でた。


「ごめんな、アリシア。父さんは神託が町の為だと思っているんだ。だから、あんなに怒ったんだよ、きっと。君は悪くない。ありがとう」

「レム…、私…!」

「…じゃあ、ね」


レムは静かに立ち上がると、自室に戻った。

ルシアンはためらいながらも、レムが入ったのを確認し、施錠する。

アリシアが必死にレムを呼んだが、レムは耳を強く押さえ、声を押し殺して泣いた。





 朝。

レムはドアにもたれかかったまま、目を覚ました。

淀んだ気持ちを何一つ整理できずに、この日を迎えた。

また腫れぼったくなった目をこすり、レムは迎えをまった。

今朝は家族や知人と会うことは禁止されている。レムは鈍く痛む頭で、

ルシアンとアリシアを想った。


やがて、ドアが開き、教会の人間がレムを迎えにやってきた。


「神子様」

「…今、行く」


部屋を出る前に、レムは大切にしていた母の写真を伏せた。


「さようなら、母さん」





 馬車に揺られ、レムは町の中心にたどり着いた。

信心深い教徒は、深く頭を下げた姿勢で、両手を組んで祈っていた。

それが道なりに坦々と続いており、レムは奇妙さを感じた。

馬車が止まると、従者が恭しく戸を開いた。

レムがそっとカーペットへ足を下ろすと、なんの感嘆かも分からない声が上がる。

長い階段が見上げるほど続いており、レムがじっと見つめていると

頭上から声がした。


「さあ、神子。上がってきなさい」


凛としたその声はかつて、最初に神託の書を読み解いたという

聖少女のものだった。

レムは一段一段、かみ締めるように階段を上っていった。


強い風が吹いていた。

高い音を鳴らして過ぎ去ってゆく風に、聖少女の髪と、ベールが揺れた。

聖少女は真っ白なドレスを翻し、レムに近寄った。


「恐れることはない。貴様の命は輪廻転生し、今度は不老不死の肉体を手に入れるさ」


処女雪のような美しい右手が高々と上げられる。

日光を遮る神託の書の表紙が、大きな音を立てて開いた。

まるで巻きつけられていたのが糸のように、ぷつりぷつりと鎖が崩壊し、

神託の書はようやく完全に開いた。

それを合図に、少女の後ろで構えていた大男が、待ちかねたように動き出した。


「さあ、祭壇に横たわるのだ」


レムは全くの抵抗をしないまま、教会の人間の腕を解き、

祭壇に横たわった。

レムの上半身もあるような巨大な斧がギラリと光った。


「神託を授かろう…!」


レムは硬く目を閉じた。

これで本当の別れ。胸の中でさまざまな物に別れを告げ、

斧は振り下ろされた。



もうすぐ完結です!

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