四話 アリシア
翌日、レムは昨晩の喜びを感じたまま、気持ちのいい朝を迎えた。
うっすらとカーテンからもれる朝日に目を細め、ゆっくりとベッドからおりた。
レムはこの感動を誰かに話したくてたまらなくなった。
一番最初に浮かんできたのはルシアンだったが、彼女は恐らく知っているはず。
そうなると思い浮かぶのは、昨日嫌な別れ方をしてしまった友人だけだった。
「坊ちゃん」
ドアの向こうからルシアンがレムを呼んだ。
レムは手早く着替えると、ドアを開けてルシアンを入れた。
ルシアンは少しニヤついた笑顔を見せた。
「おはようございます、坊ちゃん。昨日の事、聞きましたよ」
「やっぱり知ってたんだ!驚いたよ、父さんが優しくて」
「主人はいつも坊ちゃんをお想いですよ」
「そうだといいな…」
「それはそうと、お客様ですよ」
「客?」
レムは玄関が一番見える窓に駆け寄った。
そこにいたのはレムの予想通り、アリシアだった。
「おはよう、レム。あのね、私アナタに酷い事を言ったかしらって、ずっと考えてて…」
アリシアはレムが何か言う前に一度に思い悩んでいた事を吐露した。
レムは一生懸命な彼女を見つめて、思わず笑顔がこぼれる。
「いや、アリシアは悪くないよ、全く。僕こそ、ごめんね」
「レム…、もう怒ってないの?」
「怒ってなんかないさ、それより話たいことが沢山あってさ、会えてよかった」
アリシアはほっとした様子で肩を撫で下ろし、またいつものような笑顔を見せた。
「ねえ、折角だからあの場所に行って話さない?私お弁当作ってきたの」
「ホント?なら、ルシアンに伝えてくるよ!」
アリシアは嬉しそうに駆けていくレムを見送り、
自身もまた、嬉しそうに呟いた。
「レム、何かいいことあったのかしら」
あの場所、と二人が呼ぶのはツリーハウスのことだった。
まだレムが幼かった頃、シュツィアが作って与えた小さな隠れ家は、
今でもレムとアリシアの大切な場所として使われてきた。
先にレムが梯子をのぼり、アリシアを支えて小屋へ辿りついた。
すっかり手入れされなくなった小屋は昔と違い、ずいぶん汚れて狭く感じた。
軋む梯子もなんとかしないといけないと考えるレムの横で、アリシアは早速
弁当を開いた。
「レム、朝食がまだでしょう?」
「ああ、ありがとう」
レムはアリシアの作るサンドイッチが好きだった。
たいていレムに合わせた好物が挟んであったし、
何よりアリシアの料理は上手だった。
一つ掴んで口に入れてみたが、味は相変わらず美味かった。
「それで、話って?」
「あ、そうだった、忘れるところだった」
レムは食べかけのサンドイッチを押し込み、
アリシアが気を利かせて持ってきた紅茶で飲み込む。
ついだらしなく緩んだ表情はもう、隠しきれなかった。
「昨日、父さんが夕飯一緒にしてくれたんだ」
「ホント?!すごい、よかったね、レム!」
「ああ、しかも今日も一緒に、って。父さん、変わったのかな…」
「そうだよ、きっと!昔のオジさんに戻ったのかも!」
「へへ、ホントに夢みたいだ。そしたらまた、僕のこと見てくれるかな」
アリシアはつい、言葉を失った。
神託の贄として選ばれたレムには、もう残された時間は少ない。
なんと声をかけていいのか、分からなかった。
「…、気にするなよ、アリシア」
「う、うん。ごめんね…」
「いいって。それより、頬、どうかしたのか?」
「え?」
アリシアは右頬を無意識にさすった。
鋭い痛みがよみがえり、思わず苦笑する。
「ああ、この絆創膏?これ、アミーにやられたの」
「あの猫か。確かに凶暴だからなあ」
「なかなか懐いてくれなくて…今赤ちゃんがいるから尚更かな」
「子猫が生まれたの?」
「そう。見に来る?」
「うん!見たい!」
アリシアは元気なその返事に喜び、弁当を仕舞い、立ち上がった。
ふと、レムはそんなアリシアを見て、違和感を覚える。
(あれ、アリシアは立ち上がれるんだ…)
小さな小屋。子供の頃に作られた小屋は、レムには既に窮屈だった。
身長が著しく伸びたのは最近のため、尚そう感じる。
アリシアに聞いてみようかとも思ったが、女の子が身長の事を言うと気にするかもしれない
そう思って、レムは黙っていることにした。
夕方、アリシアの家から帰ったレムは、分かれ道でアリシアに引きとめられた。
「ねえ、明日も会える?」
「分からないけど、たぶん…どうして?」
「…沢山遊びたいから…」
レムは顔が熱くなるのを感じた。
じ、っと自分を見つめる二つの大きな瞳に負けて、レムは小さく頷いた。
「…分かった、約束する。」
「絶対、絶対だよ?」
「うん」
明後日は、神託の日だった。




