最終話 別れ
シュツィアは、だれよりルシアンを愛していた。
彼女が喜ぶ人形を丁寧に作り、彼女が笑顔を見せてくれるだけで満たされる気分だった。
そんな折、ルシアンは不治の病にかかり、倒れてしまう。
いつまでも美しく、ずっと側にいたかったシュツィアは、やがて魂と肉体の分離
によって、彼女の命を繋げようとしたのだった。
「よく聞いて、シュツィア。私のお腹にはアナタの子供がいるの」
「ほ、本当かい?ルシアン!」
「ええ、本当。ねえ、約束して。この子を大切にしてあげて」
「もちろんだよ、ルシアン。」
「お願いよ、私の命はいいから、約束してね」
まだ若く、ルシアンの死を自分の能力でなんとかできると信じていたシュツィアは、
子供が生まれてまもなく、瀕死の状態のルシアンを病院から連れ出した。
まだ未完成だった本を片手に、彼女を連れ帰った時、
彼女は既に、息をひきとっていた。
彼女の妹は、散々にシュツィアを非難し、自殺を図った。
シュツィアはそのことに罪悪感を感じ、書に魂を、作りかけていた人形に肉体を宿した。
シュツィアは歪んだ思想から、いずれこの世界みなをこうしてしまおうと
書を肥えさせ、いつしか、書はこうよばれるようになった。
神が永遠の命を約束する、神託の書であると。
「信じ…られないよ…」
レムは真実を一度にシュツィアから教わり、愕然として座り込んだ。
「分かっただろう、そいつは姉さんを殺したんだ…私は命を救われたふりをして、こいつの下らない理想に付き合っていたのさ。さあ、もういいだろう。今度は私が報われる番だ。」
アリシアは胸から取り出した小型のナイフを突きつけ、恍惚として笑んだ。
「神託前に、ツリーハウスに誘ったのはお前の肉体を壊したからだよ」
「…アリシア…」
「父親にたまの食事を一緒してもらって嬉しかったか?」
「……!」
「さようならだ。唯一の友人」
ひゅ、と風をきってナイフが振り下ろされた。
足がすくんで動けないレムは、今度こそ覚悟を決めて目を閉じた。
そして、長い間があり、お腹の辺りがじんわり温かくなるのを感じた。
ああ、もうだめか。
そう思って目を開けると、伸び放題の白髪が眼前に広がった。
「馬鹿なやつだ、お前は本当に」
アリシアがそう呟いたのを聞いて、レムの頬には涙が伝った。
「ルシアンばかりに、そう格好つけられては困るからなあ…」
「父さん…!なんで僕をかばったりなんか…!」
「なあ、レム。私は愚かだったよ。頼むから、終わらせてくれないか…」
「え…?」
ぎゅっと強く握った手は、温かく、久しく感じてこなかった
人間の命の証だろうと、シュツィアは思った。
シュツィアは刺さっていたナイフを渡し、息子の頭をはじめて撫でた。
「…ああ、お前の頭は温かいなあ…」
「とう…さ…」
シュツィアは目を閉じた。握られていた手を解くと、
レムはゆっくり立ち上がった。
「…さあ、ナイフを返すんだレム。それとも私に挑むか?私は不死身だぞ?」
「父さんは、そんなアンタだって、生きていて欲しかったんだろうよ…もう、復讐する相手もいない、アリシア、もうやめよう」
「ふん、気に入らなかった。お前は姉さんにそっくりで…」
レムはナイフをアリシアへ投げた。当然、避ける必要のないアリシアが
目で追ったナイフは、彼女の横をすり抜け、本の表紙へと突き刺さった。
「なっ!なんだとっ…!」
「さようなら、アリシア…」
すさまじい音が鳴り響き、本は腐ってゆくように亀裂を生み、
その裂け目から虹色の光があふれ出した。
その光はいくつもの方向へ飛び散り、天を目指してゆく。
苦しみだしたアリシアの体も同様に亀裂が走り、羽根のような真っ白の
綿が輝きながら消えてゆく。
「レム、レム…!助けて…!」
「アリシア、僕、君が…好きだったんだよ…」
「いやあああああああ!」
パン!と綿毛が美しく散り、辺りはすっかり静寂に飲まれた。
ただ佇む、一人の少年を残して。
数年後…
「なあ兄ちゃん知ってるか?昔、おかしな宗教団体がいた町のこと」
青年はその完成度をたしかめるように、滑らかな足の部品を見つめては
触り、作業をもくもくと続けていた。
そんな寡黙な青年に絡んできた店主は大きな腹を揺らして
大げさ気味に笑った。
「うちの死んだじいちゃんがその町で雑貨屋してたんだけどよお、」
「ああ、トムさんですね」
「んだよ、知り合いだったのか?」
「この店、通りで落ち着きますよ。似てるはずです」
「おうおう、失礼なやつだなあ、あんな汚くはねえよ。」
話の腰を折られた上、店までけなされた店主は苦い顔をしたが、
別段気にもせず、続けた。
「聞いた話じゃあ、奉っていた本を神様の本だとか言って、生け贄を捧げてたらしんだ」
「ほお」
「な、怖いだろ?なんつっーか、神様ってよりは悪魔の書だなあ、俺に言わせりゃ。」
「…同感ですね」
「今はほとんど廃墟だそうだ。やっぱ、なんかあったんだろうなあ」
「マスター、」
今まで作業に没頭していた青年が、ようやく顔を上げた。
「私が当事者、なんていったら驚きます?」
その言葉に一瞬黙った店主だったが、すぐさま大笑いして
ひざを叩いた。
「アンタがあ?そんな風には見えねえが、そうなら傑作だなあ!」
「ふふ、同感です。さて、そろそろお暇しますか」
「おう、また来いよ!」
青年は作業道具を片付け、軋む椅子を引いて立ち上がった。
「行きますよ、ルシアン」
「うん!」
彼のあとに続き、小さな女の子が席を立つ。
店主は去り際に、お土産のサービスをつけて手を振った。
「またな、レム!」
「はい、ごきげんよう」
帰路を自身の作った人形と歩きながら、レムは思い出したように言った。
「ルシアン、そのリボンにあってますよ」
「んー?」
人形の艶やかな黒髪には、地味な装飾の赤いリボンが揺らいでいた。
end
長ったらしくなりましたが完結です!
すごく感無量といいますか、
納得いく作品に仕上がりました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!




