第一章
数十年前、小さな町の古びた教会は、激震に襲われた。
屋根を付きぬけ、偉大なる神の像を粉砕し、落ちてきたそれは巨大な本だった。
どんな科学者、能力者、はたまた大男ですら開けることのできなかったその
本は、一人の少女によって表紙が解かれた。
後に少女は聖少女として崇められる。
これは、生け贄を捧げられなければ解読することができない、
悪魔のような神託の書の物語である。
レムは地主の息子だった。
金銭面では何不自由なくすごしてきた彼は今年、
その生涯を神託に捧げる事が決まっていた。
親は彼に感心が薄く、愛情を注いでくれるのは
亡くなった母を模して作られたアンドロイドだけであった。
アンドロイドを、ルシアンという。
「じゃあ、卵とトマト…それから、小麦粉をお願いします」
「うん、分かった。少し寄り道していいかな?」
「構いません。本来なら、私の仕事を坊ちゃんに任せて済みません…。」
「いいんだよ、ルシアンはこれからメンテナンスだろ?夕方には戻るよ」
「かしこまりました。」
ルシアンは目を細め、柔らかく笑んだ。
レムは大げさなほど大きく手を振り、家を後にした。
午前の市場は人でにぎわっていた。
魚や野菜を叩き売りする元気な声を聞きながら、レムは町の中心部に見える、
祭壇に目を凝らした。
血のように真っ赤なカーペットが一面に敷かれた巨大な祭壇は、
すぐそばで楽しそうに会話する買い物客にはまるで見えない物のように
やたらと浮いていた。
レムがあと数日後に横たわる祭壇の後ろには、神託の書を飾る額が設置されている。
誰かの命を糧に、神託の書、最終章は永遠の命が与えられるという噂があった。
これまで、なんの利益も生まない神託の書を妄信するこの町は、
生け贄が必要であることを当然のごとく受け入れていた。
ごく当たり前のように、奪われてしまう自身の命が、レムはたまらなく悔しかった。
祭壇を見て、自分の運命をまざまざと見せつけられたレムは、
買い物も忘れて、噴水のふちに座り込んだ。
ルシアンから渡された銀貨が手の中で鈍く光っている。
なんとなくそれを噴水に投げ込みたい衝動に駆られたが、
レムは銀貨をポケットの奥へギュっとねじ込んだ。
「おはよレム、おつかいにきたの?」
少しばかりセンチメンタルに浸っていたレムへ、明るい声がかかる。
レムは面倒そうに顔を上げて、声の主を見上げた。
「おはよう、アリシア。」
にこり、とかわいらしい笑顔を浮かべたアリシアは、
レムの側に腰掛けた。
「おばあちゃんが体調いいから、今日は隣町へ出かけてくるわ」
「そうか、よかったじゃないか。」
「ねえ、レムも来ない?おばあちゃん喜ぶと思うのだけど」
「ごめん、夕方には帰るってルシアンに言ったから…。」
レムは立ち上がり、アリシアを一瞥もせず歩き出した。
アリシアはそんなレムの背中に向かい、慌てて声をかけた。
「ねえ!今度は一緒に行こう!いいでしょ!」
「…その今度が、僕にあればね。」
「-…レム!」
アリシアの声を振り切るように、レムは振り返ることなく
走り去った。




