【取材記録5】
あら、どういたしましたの?そんなに驚いた顔をなさって。
…………。
ああ、成程。殿下、いえ、陛下とも親交が深いですものね。こうしてお会いするのも何度目かになりますし、気付いていても不思議ではありませんわ。それも高名な記者様となれば尚更。
そうですわね、自分でもどうにかなるものとは思っていませんでしたし、一番驚いたのはきっとわたくし自身ですわ。
本当に驚いていますし、嬉しく思っていますのよ。あの礼拝堂を聖地として保存したいくらいには。
…………。
まさか!あれは単なるお遊び、おふざけですわよ。本心でも本音でもありませんわ。ましてや本性だなんて……ふふ、自国の王妃を前に大胆な発言をしますわね。
まあ、極めてプライベート且つ非公式の場ですから、大抵のことは大目に見ますけれど。
…………。
ええそうよ。おふざけ、もっと幼稚な言い方をすれば駄々ですわ。
わたくし、生まれが生まれで、兄が兄で、背負わされた期待が期待でしたから。万一何かあってはいけないと、安全な檻の中で大事に大事に真綿に包まれて育てられてきましたの。
ねえ、綺麗で美しくて素晴らしいものにしか触れずに育つと、どうなると思います?
…………。
ふふ。そうすると、汚くて醜くて悍ましいものに触れてみたくなりますのよ。少なくともわたくしはそうでしたわ。
本の中でしか見たことがないような苛烈さ、体感したこともない衝動、褒められたものではない感情、思想、言動。わたくしにとってはどれもが未知で、憧れでもありましたの。
それを明確に自覚したのはつい3年前ですけれどね。
それまでは、愛し守り育てて下さった周囲の方々への恩返しとして、期待に応えることに重きを置いていましたから。そうして周囲が笑ってくださることが、わたくしの喜びでもありました。
無事妃候補として選出され、宮廷に上がってからもそれは変わりませんでしたわ。笑顔を振りまき、妃教育に励み、当時王太子だった陛下と親睦を深めて……。
幸せそうだ、お似合いだ、王国の将来は安泰だという周囲の笑顔に笑顔を返す。そういうお仕事の日々でした。
ああ、決して不満があったわけではありませんわよ?元々勉学は苦に感じませんし、お兄様を筆頭に沢山支えていただきましたから。そして何より陛下がとてもお優しくて、会うたびにわたくしのことを気にかけ、沢山の慈しみを贈ってくださいました。それは本当に、至上の喜びだと思っていますわ。
けれど、ね。
嬉しいと思う度、喜びを感じる度、何かが足りないような、何処かが満たされないような、言い知れない虚無感がついて回ってしまうんですのよ。
その正体を知ったのが3年前、宮廷の庭園に建つ東屋にいた時ですわ。
…………。
あら、既にご存じだったんですのね。仰る通り、きっかけはあの子ですのよ。
あの時、わたくしは生まれて初めて、醜悪と評されるようなモノに触れましたわ。
わたくしが振り向くと直ぐに一礼して去ってしまいましたから、目が合ったのは一瞬でしたけれど……その瞳の色を見て、運命なんじゃないかとまで思いましたの。
それから、今まで何も感じなかった陛下の指先の温度を感じて、妙に熱いなと思って。そうして、陛下が熱いのではなくてわたくしが冷たいのだということにその時漸く気付きましたわ。
ふふ、何を言っても優しい笑顔を返してくださっていた陛下も、わたくしがあの子の話を強請った時だけは戸惑ったようなお顔をしていましたわね。
…………。
ええ。あの時はっきり自覚しましたわ。
わたくしが欲しかったのはアレだったんだって。
…………。
ふふ、そうよ。先程お話した礼拝堂でのわたくし、実に醜悪でしたでしょう?
あの子は世間の認識とは違う、哀れな被害者に過ぎないと誰よりも知っているくせに、あのような横柄な態度を取ったのですから。
ふふ、本当に、生涯で一度でもあんな言動ができる日が来るなんて思いもしませんでしたわ。
昔、陛下の駄々に付き合っていたあの子だからこそ出来ることよね。本当に凄いのよあの子、きっとわたくしのことなんて憎くて仕方がない筈なのに、わたくしの本質をちゃんと読み取ってくれたの!
…………。
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……あら。流石、貴方様ほどの記者は勘も洞察力も鋭いですわね。
でも、それはこの場限りの秘密にしておいてくださらない?流石にお優しい陛下といえど、きっと怒られてしまいますから。……まあ、もう気付かれているとは思いますけれど。
…………。
……そうね。戴冠パレードのアレは、生涯忘れることは出来ないでしょうね。
――――ああ、本当に、心底陛下が羨ましい。




