【取材記録4】
ったく、最後の客人になるとか言った癖に、こうも間を置かず家に入れることになるたぁな。
あ?茶なんぞ無えよ、押しかけといてどんだけ面の皮厚いんだテメェ。そもそもウチに茶葉も茶菓子も無え、生憎誰かをもてなすようには出来てねえんだよ俺は。
…………。
そうだ、この間も出さなかった。分かってんなら聞くんじゃねえ。
………………
男爵について、ねえ。
やっぱアイツ何かやったのか。三年前のアレから何かしら抱えてたんだろうとは思ってたが、こんな取材が来るほどとはな。
いいぜ、教えてやるよ。
これは記事にも本にもならない、公表しないって話だったよな。つまりテメェが個人的に知りてえ事ってわけだ。なら事実が歪むことも無えだろうし、こんな古いネタ社会の需要には添わねえ。語るに障るものは特に無えみてえだし、俺としてもまあ、誰か一人くらいは、アイツのことを知ってもらってた方が気が楽だ。
あ、もし公にしやがったら殺すから、肝に銘じとけよ。
つっても、何から話したもんかねえ。
とりあえず仕事の関係で知り合った古いダチで、ここの前の住人で……ってそれは知ってるんだったな。他は……ああ、そうだ。
テメェが今座ってるソファ、そこがアイツの定位置だったな。なんかよく分からんが「ここが一番集中できる」とか言って、忙しい時は一日中座っていやがった。アイツ柔和に見えて妙なところでこだわりが強くてな、その所為かは知らねえが俺が座るのも嫌がったよ。
そんなわけで俺の定位置は向かい側のここになったわけだ。ここから見る景色にはいつだってアイツがいた。家を貰い受けてからも、不思議とそこに座る気にはなれなくてな……
……あ?
そりゃあお前、俺に無断で座りやがった時点でソイツをぶち出す。当然だろ。
そこは俺が認めた人間以外が座っていい場所じゃねえ。
…………。
いや、テメェは俺が許可出してんだからいいんだよ。
認めたっつうか、まあ、会話をするに値する人間だとは思ってる。ダチにはしたくねえがな。
当たり前だろ。こんな無遠慮に人のプライバシーを聞きだそうとする奴なんぞ御免被るわ、アイツと正反対過ぎんだよ。
基本は穏やかな奴だからな、俺と話す時はいつも優しげな顔で笑っていやがった。自分から話題を振るより聞き役に徹することの方が多かったし。あ、でも家族の話になった途端すげーいい笑顔で熱く語り出してたな……愛妻家な上に子煩悩なんだよなあ。
まあそんな感じで、自分はコーヒーしか飲まねえくせに人の為にわざわざ紅茶を用意しておくような人間だったよ、アイツは。
ほら、人の都合を考えねえ記者とは全く違うだろ。……あ?コーヒー?嗜好じゃなくて人間性の話をしてんだよ阿保。
…………。
………………あー……
……そういやあ、記者って妙に勘が鋭かったりすんだよなあ。仕事柄、観察眼が鍛えられるのかねえ……。
そうだよ、俺は紅茶を好んで飲んでた。コーヒーはどうにも舌に合わねえ。
別に、アイツの好みに合わせようってわけじゃねよ。そんな殊勝な理由じゃねえ。
今更意味も無えし……
…………。
……あーうるせえな!言えばいいんだろ言えば!
コーヒーが苦えからだよ!
苦くて不味くて目が覚めるから、そうすれば…………
あの時のことを忘れずにいられるんじゃねえかって、そう思っただけだ。
うるせえ黙れ、語るべき順序ってもんがあるんだよ。ったく、その猛進さ嫌いではねえけどさ……アイツにも似たところあったし。
まあ、テメェやアイツに限った話ではねえんだろうけどな。自分の目的を遂げる為ならなりふり構わず突き進む……エゴっつーのは大小あれど人間誰しも持ってるもんだし、それが人よりも強いってことなんだろう。
……あ?
あー、そういやそんなことも言ったな。
アイツと似た眼してるって話だろ。
遺伝や血筋のことじゃねえよ。眼っつーより、その奥に抱えてるモノって言うべきかね。
我欲よりも純真で、
野心よりも利他的で、
信念よりも無節操で、
情熱よりも汚れていて、
けど、そのどれとも表裏一体なモノ。
宮廷内でもそうそう見ねえよ、あそこまで強烈なのは。というかアイツ以外でお目にかかるとは思ってなかったわ。
…………。
意味が分からねえって?
いーんだよそれで。多分本人も無自覚だしな。まあでも、エゴの一種であることは確かだと思うぜ。「誰かのために」で動いちゃいるが、その「誰か」の気持ちは考えてねえんだから。
どうやってか悪女の死因を知ったことといい、本当に妙だな、あの男。