表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

テンプレシリーズ

クロノ・エッジ オンライン 〜新たな世界序章〜

作者: たかつど

 夕闇が迫る自室で、俺はデスクトップPCの前に座っていた。画面に映るのは、長年プレイし続けたMMORPG「クロノ・エッジ」のログイン画面だ。


 今日は、このゲームのサービス最終日。日付変更線をまたぎ、ついにその時がやってきた。


 俺の名前は瀬口健一、30歳。しがない社畜プログラマーだ。平日はコードと納期に追われる日々だが、週末は「クロノ・エッジ」の世界で、ハイエルフとオールドヒューマンの血を引くハーフエルフ「セロ」として過ごしてきた。


 セロは、両種族のスキルと特性を併せ持ち、さらに両種族混合のレアスキルも使えるという設定のレアキャラだ。その容姿はゲーム内でも随一と評判で、マジックナイトという職業柄、ギルドの主力として活躍できた。


 サービス開始当初からやり込み、レベルは当然マックス。課金も気づけば結構な額をつぎ込んだ。

 ギルドも立ち上げ、気の置けない仲間たちと馬鹿騒ぎした日々は、俺の生活の大部分を占めていたと言っても過言じゃない。

 ギルドメンバーには女性が多かったが、現実世界と異なり、ゲーム内では容姿や年齢は関係ない。

 純粋にゲームを楽しめる仲間として、皆と時間を共有できた。


「いよいよか……」


 サービス終了のカウントダウンが始まる。残り時間、あと5分。ギルドチャットでは、別れを惜しむ声が飛び交っている。


「セロさん、今までありがとうございました!」

「またどこかで会えたらいいな!」

「みんな、絶対リアルでも会おうね!」


 そんなメッセージに混じって、俺も感謝の言葉を打ち込んだ。


「みんな、本当にありがとう。最高のゲームだった!」


 カウントダウンがゼロになった瞬間、画面が暗転し、普段のサービス終了時のメッセージが表示されるかと思いきや、モニターの真ん中に突如として巨大なボタンが出現した。


「再入場されますか?」


 混乱する間もなく、俺の指は勝手に「はい」のボタンを押していた。刹那、モニターから放たれる目も開けられないほどの眩い光に包み込まれる。

 全身を駆け巡る電流のような感覚に、意識が遠のきかけた。


 次に目を開けた時、俺の目の前には無限に広がる緑の草原が広がっていた。空には見慣れた二つの月が浮かび、遠くには「クロノ・エッジ」で何度も訪れたエルフの里「シルヴァーナ」の白い尖塔が見える。


「まさか……」


 呆然と立ち尽くしていると、近くを通りかかったNPCらしき人物が俺に声をかけてきた。


「旅の方、こんなところでどうなされたのですか?」

 その声は、ゲーム内の機械的な音声とは明らかに異なる、生身の人間のような響きを持っていた。顔も、ゲームのポリゴンではなく、本物の人間がそこに立っているかのようだ。


「えっと……」


 言葉に詰まっていると、そのNPCは心配そうな顔で俺を覗き込んできた。


「もしかして、道に迷われたのですか? よろしければ、この先の村までご案内しましょうか?」


 そのあまりに自然な応対に、俺はさらに混乱した。まるで、本当に生きた人間と会話しているみたいだ。しかも、なぜだか俺に好意的な視線を向けているように感じる。ゲーム内でもNPCから好かれることが多かったが、これほどまでとは。


 混乱しながらも、俺は自分の状況を整理しようと努めた。視界の隅に、見慣れたアイコンが見える。それは、ゲーム中に表示されるスキルとインベントリのアイコンだ。恐る恐る指で触れると、半透明のウィンドウが目の前に展開された。


 そこには、紛れもなく「セロ」のステータスと、今まで手に入れたアイテムがそのまま表示されている。マジックナイトとしてのスキルツリーも、使い慣れた魔法も、すべてがそこにあった。


「……これは、現実なのか?」


 信じがたい現実に、俺は全身の震えを抑えきれなかった。オンラインゲーム「クロノ・エッジ」の世界が、そのまま現実になったのだ。


 しかし、喜びと同時に、ある懸念が頭をよぎった。セロはハーフエルフ。ハイエルフとオールドヒューマンの血を引くレア種族だ。

 だが、「クロノ・エッジ」の設定では、ハーフエルフは遠い昔に絶滅したとされている。もし、この世界が本当にゲームの世界だとしたら、俺の存在はあまりにも異質だ。


 周囲を見渡しても、セロのような見た目の人間はいない。俺の容姿が、この世界の住人にとってどれほど珍しいか、想像するだけでゾッとする。


「隠さなければ……」


 俺は慌ててインベントリを開き、ゲーム内で常に装備していた深紅のローブを取り出した。フードを深く被り、顔を隠す。これなら、見た目の特異性をごまかせるだろう。


 とりあえず、目の前のNPCの案内で村を目指すことにした。その道中、俺はもう一つの重要な疑問を抱いていた。


 俺以外にも、この世界に来てしまったプレイヤーはいないのか?


 ゲーム内では、多くのプレイヤーと交流してきた。サービス終了の瞬間に、俺と同じように「再入場」のボタンを押してしまった人間が、他にもいるかもしれない。もしいるのなら、彼らもまた、この見知らぬ世界で混乱しているはずだ。


「まずは情報収集だ」


 俺はローブのフードをさらに深く被り、村へと歩き始めた。この世界で生き抜くために、そしてもしいるならば、俺と同じように迷い込んだ仲間を見つけるために。俺の新しい旅が、今、始まったのだ。


 村に到着すると、そこはまさに「クロノ・エッジ」の始まりの村「ローレライ」そのものだった。木造の家々が立ち並び、村人たちが忙しなく行き交っている。

 どこからか聞こえる鍛冶屋の槌の音、パン屋から漂う香ばしい匂い。すべてがリアルで、ゲームの中にいるという感覚が薄れていく。


 案内してくれたNPCに礼を言って別れると、俺は人目につかない場所で改めて自身のステータスを確認した。


 キャラクター名:セロ

 種族:ハーフエルフ(ハイエルフ・オールドヒューマン)

 職業:マジックナイト

 レベル:99(MAX)

 スキル:

  * エルフの知識: 古代語の理解、自然との共鳴、精霊との対話

  * ヒューマンの適応: 武器の習熟、建築、交渉術

  * 混血の秘術レアスキル: エルフとヒューマンのスキルを組み合わせた新たな魔法の創造、隠密行動の強化

 インベントリ:

  * 伝説級の装備品一式

  * 大量のポーション、ハイエリクサー

  * 各種素材、クラフト用品


 ……改めて見ると、とんでもない能力だ。特に「混血の秘術」は、ゲーム内でも滅多にお目にかかれないレアスキルだった。これなら、この世界で生きていける。いや、もしかしたら、この世界の均衡すら揺るがしかねない力を持っているかもしれない。


 俺は村の中をゆっくりと歩きながら、周囲の様子を観察した。NPCたちはそれぞれに生活を営み、リアルな感情を表している。ゲームとは異なる、彼ら自身の意思があるように感じられる。


 宿屋の前に立つと、冒険者らしき人物が数人、酒を飲んでいた。彼らの会話に耳を傾ける。


「最近、魔物の活動が活発になっているらしいな」

「ああ、特にゴブリンの群れが南の森に出没しているとか」


 ゲームで慣れ親しんだ情報が、彼らの口から語られる。しかし、それはあくまでゲーム内の出来事だ。今、俺が聞いているのは、この世界の「現実」の出来事なのだ。


 俺は宿屋に入り、一室を借りた。部屋に入ってすぐ、ローブのフードを下ろし、鏡を見る。

 そこには、ゲーム内のキャラクター作成画面で選びに選び抜いた、白い肌、流れるような銀髪、そしてわずかに尖った耳を持つ、まさに「セロ」の姿があった。ゲームで見ていたよりも、はるかに精緻で、生々しい。


「本当に、俺はセロになったんだな……」


 自分の顔をじっと見つめる。この容姿を隠して生活するのは、やはり不便だ。だが、この世界でハーフエルフが絶滅したとされている以上、素顔を晒すことはリスクでしかない。


 しかし、もし他のプレイヤーがこの世界にいるとしたら?彼らもまた、自分のキャラクターの姿になっているのだろうか?そして、彼らもまた、この異様な状況に戸惑っているはずだ。


 俺は部屋のベッドに腰を下ろし、今後のことを考える。


 まずは、この世界の情報を集める必要がある。地図や書物を手に入れ、この世界の地理や歴史、現在の情勢を把握しなければ。

 そして、自身の力を試す必要がある。ゲーム内のスキルが、どれほど現実の戦闘で使えるのか。


 何より、他のプレイヤーを探さなければならない。もしかしたら、彼らも助けを求めているかもしれない。あるいは、俺と同じように、この世界の謎を解き明かそうとしているかもしれない。


「手がかりは……」


 インベントリを漁る。ゲーム内で手に入れたアイテムの中に、何かヒントになるものはないか。


 そこで、俺の視線はあるアイテムに止まった。それは、ギルドマスターとして俺が持っていた「ギルドクリスタル」だ。通常、ギルドメンバーへの連絡やギルドスキルの発動に使うアイテムだが、この世界でも同じように使えるのだろうか?


 試しにクリスタルに触れると、ギルドチャットのログが頭の中に直接流れ込んできた。


「みんな、元気にしてるかな……」


 ログの最後には、サービス終了直前のギルドメンバーたちのメッセージが残っている。


「セロさん、またね!」

「リアルでも会おうね!」


 もし、彼らが俺と同じようにこの世界に来ているのなら、このギルドクリスタルを通じて連絡を取れるかもしれない。


 だが、それはあくまで希望的観測だ。まずは、この世界の仕組みを理解し、自分の力を確かなものにしなければならない。


 夜空を見上げると、二つの月が静かに輝いている。一つは青く、もう一つは赤く。ゲームで慣れ親しんだ風景だが、今はすべてが本物だ。


 俺はローブのフードを深く被り直し、覚悟を決めた。


「この世界で、俺はセロとして生きる。そして、もし仲間がいるのなら、必ず見つけ出してやる」


 翌朝、俺は宿を出て、村の外へと向かった。まずは自分の戦闘能力を確認するため、魔物の生息地へと足を踏み入れる。


 森の中に入ると、早速ゴブリンの群れに遭遇した。ゲーム内では雑魚だったゴブリンだが、目の前に現れたそいつらは、リアルな唸り声をあげ、粗末な武器を振りかざして襲いかかってきた。


 俺は冷静にスキルを発動する。


「ウィンドブレード!」


 鋭い風の刃がゴブリンを切り裂く。ゲームで慣れ親しんだ感覚が、指先に、そして身体に宿っている。続いて


「フレイムボール!」


 炎の塊がゴブリンに命中し、瞬く間に灰となる。

 驚くほど、ゲーム内の動きがそのまま再現されている。俺はまるで、ゲームのキャラクターを直接操作しているかのように、流れるような動きでゴブリンを殲滅していった。


「これなら、いける」


 自信が湧いてくる。この力があれば、この世界で生き抜ける。

 数体のゴブリンを倒し終えた後、俺は周囲に警戒しながら、森の奥へと進んでいく。

 道中、いくつかの薬草や鉱石を発見し、インベントリに収納した。ゲーム内と同じように、素材採集もできるらしい。


 森を抜け、開けた場所に出ると、遠くに煙が上がっているのが見えた。何かの集落だろうか?それとも、何か事件が起きているのか?


 俺は慎重に、煙の方向へと足を向けた。

 近づくにつれて、人の声が聞こえてくる。どうやら、そこには小さな野営地があり、数人の冒険者らしき人物が焚き火を囲んでいるようだ。

 彼らの会話に耳を澄ませる。


「……どうする? このままだと、食料が尽きるぞ」

「北の森で魔物の活動が活発化してるって話だ。迂闊には動けない」


 彼らの言葉は、この世界がゲームではないことを改めて俺に突きつける。リアルな危機感、リアルな生活の困難。


 彼らの様子を伺っていると、ふと、一人の冒険者の首元に光るペンダントが目に入った。それは、見慣れたギルドのエンブレム。俺が所属していたギルドのマークだ!


「まさか……」


 俺は息を呑んだ。もしかして、あの冒険者は、俺のギルドのメンバーなのか?

 慎重に、しかし素早く、俺はローブのフードをさらに深く被り直し、野営地へと近づいた。


「すまない、旅の者だが、少し道を教えてくれないか?」


 俺が声をかけると、冒険者たちは警戒したようにこちらを向いた。


「なんだ、お前は? ずいぶん怪しい格好だな」


 冒険者の一人が、剣に手をかけながら問う。俺は平静を装い、声色を少し低くして答えた。


「人目を避けて旅をしている者だ。悪さをするつもりはない。ただ、この先の街への道を教えてほしいだけだ」


 彼らは互いの顔を見合わせ、警戒を解かない。当然だろう。突然現れたフードの怪しい人物に、すぐに心を開くわけがない。

 俺は意を決して、ギルドの合言葉を呟いた。


「……『星の下で、絆は永遠に』」


 その言葉を聞いた瞬間、冒険者たちの顔色が変わった。特に、ギルドエンブレムのペンダントをつけた冒険者は、目を見開いて俺を見つめている。


「……その言葉は、まさか」


 彼は震える声で言った。


「お前は、セロなのか?」


 俺はゆっくりとフードを下ろした。銀色の髪と、特徴的な尖った耳が露わになる。


「久しぶりだな、ロビン」


 ロビンと呼ばれた冒険者は、俺の姿を見て、信じられないという表情で立ち上がった。


「セロさん……本当に、セロさんなのか!?」


 彼は駆け寄ってきて、俺の肩を掴んだ。その手は震えている。


「なぜ、ここに? どうして……」


 俺はロビンに、そして周囲の冒険者たちに、ゆっくりと事情を説明した。オンラインゲーム「クロノ・エッジ」のサービス終了の日に、俺が「再入場」のボタンを押して、この世界に来てしまったこと。

 そして、彼らもまた、同じギルドのメンバーであるならば、同じような経験をしたのではないか、と。


 俺の説明を聞き終えると、ロビンは目に涙を浮かべながら言った。


「俺もだ、セロさん! 俺も、あの時、モニターのボタンを押して……気づいたら、この森の中にいたんだ!」


 ロビンは、俺のギルドで最も付き合いの長い、頼りになる戦士だった。彼もまた、俺と同じ境遇に陥っていたのだ。


「他の奴らは? ギルドメンバーは他にいないのか?」


 俺は焦る気持ちを抑えきれずに尋ねた。ロビンは頷いた。


「俺が知る限り、あと二人いる。メイとリオンだ。俺たちはそれぞれ、別の場所に飛ばされたらしいが、なんとか合流できた。今は、この近くのダンジョンを攻略して、食料と情報を集めているところなんだ」


 メイとリオン。どちらも、俺のギルドの古参メンバーで、メイは優秀な魔法使い、リオンは素早い探索者だった。


「よかった……みんな、無事だったんだな」


 俺は安堵のため息をついた。一人でこの世界に放り出されたと思っていたが、仲間がいた。それも、信頼できる、共に戦ってきた仲間が。


 ロビンは俺を野営地に招き入れた。メイとリオンも、俺の姿を見て驚きと喜びの声を上げた。彼らもまた、それぞれのキャラクターの姿になっていた。

 メイは美しいエルフの魔法使い、リオンは俊敏なドワーフの探索者だ。


 俺たちは焚き火を囲み、それぞれの体験を語り合った。ロビンは「クロノ・エッジ」のサービス終了直前、普段使わない「ギルドマスターの特権」というボタンを押してしまったと話した。

 メイとリオンも、それぞれが「特別なイベント」のような誘いに乗ってしまったという。どうやら、俺のように無意識にボタンを押した者もいれば、何らかの意図を持って「再入場」を選んだ者もいるらしい。


 この世界が本当に「クロノ・エッジ」の世界そのものであること、そしてNPCたちが人間と同じように意思を持っていること。全てが、ゲームをプレイしていた頃とは異なる。


 俺はロビンたちに、自分の容姿がこの世界で「絶滅種」であるため、フードで隠していることを伝えた。彼らは皆、俺の事情を理解し、協力してくれると誓ってくれた。


「セロさん、これからどうするんだ?」


 ロビンが真剣な表情で問うた。

 俺は焚き火の炎を見つめ、静かに答えた。


「まずは、この世界の謎を解き明かす。なぜ、俺たちがこの世界に呼ばれたのか。そして、この世界のどこかにいるかもしれない、他のプレイヤーを探し出す」


 俺たちは再び、冒険者としての旅に出ることを決意した。

 そして、その旅は、単なるゲームの延長ではない。現実となったこの世界で、新たな絆を築き、生き抜くための、真の冒険となるだろう。

 俺たちは夜が明けるのを待ち、それぞれの準備を整えた。ロビンは武器の手入れをし、メイは魔法の準備、リオンは周囲の警戒を怠らない。俺は、自身のスキルを改めて確認し、この世界で「セロ」として生きる覚悟を新たにした。


 夜空には、二つの月が輝いている。それは、始まりを告げる光のようにも、新たな物語の序章を彩る光のようにも見えた。

 俺は、もう社畜プログラマーの瀬口健一じゃない。

 俺は、この世界で生きる、ハーフエルフのセロだ。

 そして、俺たちの新たな冒険が、今、始まる。

何処かで誰かが書いていそうなテンプレで書いてみました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ