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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

油蛇

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 へえ、サボテンてシャボンが語源だったのか。

 こいつの茎の切り口を使うと、シャボンを使ったように油を落としていくことができるから……だと。

 人工的に作られたものも、突き詰めれば植物の力を借りたものがたくさんある。はじめて気づいた古代の人の感動は推して知るべし。ことによると、魔法のたぐいと考えてしまうほど劇的な効果だったかもしれない。


 タネを知っている自分が、タネを知らない相手に話し、驚いたり感心したりする様子を見て悦にひたる……というのは、インテリに許される特権のひとつだと思う。

 気持ちよくなることそのものを目的にしちゃうのは危ういけれど、別に目的があって、その途上で起こったものであるなら、まあいいかなあと僕は思う。

 話をされた側にとってタネを植えられたようなもの。それらの関心がいつ花を咲かせるか分からないところだ。そのときはたいした問題にならなくとも、何年、何十年か先、どのようなきっかけで携わるようになるか。

 実は僕も、最近になってとある生き物を追うことに力を入れ始めている。小さいころに聞いた生き物なんだけど、一度出会うと二度目以降のハードルがだいぶ変わってしまうんでね。

 その生き物の話、聞いてみないかい?



 先にサボテンが油を落とす、という話をしたな。それにならって、これから話す生き物を「油蛇ゆだ」と称させてもらおう。まんま名前を出すと、まずい存在かもしれないしな。

 油蛇とは、病気の運び手。

 こう聞くと万病の感染源的な称号に思えるが、油蛇に関してはむしろ逆。あらゆる病気の源をその身体へ引きつけ、そばにいるものの病巣を取り除くといわれている。

 引っ張られ、張り付いた病原たちは油蛇の表面でぬらぬらとてかるとされ、夜間だとわずかな光でさえ増幅して反射することさえある……と教えられたんだ。


 油蛇は医学が発達するより前の時代からその存在をささやかれ、癒し手の力を認知されていたが、ひとつところにとどめ置くことは不可能だったらしい。

 過去に油蛇を捕らえたと語る者はちらほらといたが、いざ他人にそれを見せて誇ろうとしたときには、もういなくなっている。かえって、気でも触れたのかと心配される始末だったとか。

 近現代の文明の利器たるカメラやビデオを用いても、その姿をとらえることはかなわないらしく、昔ながらの絵と話でもって伝えるしかないんだな。

 実家で教えてもらったとき、一緒に見せてもらった図はこいつだ。一本の木へ長く巻き付く白い蛇の姿をしているが、よくある白蛇伝説をモチーフに描いたポピュラーなものだと思う。

 僕も当初はよくある蛇にまつわる奇妙な話……と思っていたんだけど、大学二年生くらいのときだったか。


 ゆえあって、僕は顔の右半分にちょっと大きなやけどを負ってしまった。

 ひとまずの治療は済んだのだけど、一か月ほどが過ぎても茶色くなった痕がなかなか消えず、落ち込んでいたところだった。

 2週間をこえて長引くやけど痕は、今後も残り続ける可能性が大だと聞いたことがある。もしこれが不可逆的に残り続け、ずっと付き合い続けることになるかと思うと、いささか重い気分になったよ。


 ――どうにか、これを治してくれないかなあ。


 レーザー治療うんぬんの選択肢は聞いたが、できることならお金をかけることなく、今すぐにどうにかしてくれないものか……。

 そう思いながら家近くにある牛丼屋の手前の路地に、さっと入り込んだとき。


 右わきにある、乗用車数台を停めるのがやっとといった小さい駐車場。そこに停まっている一台の下から、どろりと滑ってくるものがあった。

 最初、それがとろろいものように思えた。だしや醤油にひたされていない、すりおろしたばかりの白い色合いだ。吐しゃ物にしては、あまりに純白を貫きすぎている。

 かすかに坂になっている駐車場ではあるが、自然に下るにしては勢いが強い気もした。「いったい、なにが?」と足を止めたところで、とろろいもは更なる動きを見せる。


 道路の排水口のフタへ届くあたりで、いもは途切れたように思えた。

 けれども、いもの両端は車の下へ隠れたままでなかなか出てこず。いよいよフタをたっぷり覆ったころにようやく表れたんだ。

 こぶし大ほどもある、頭部と尾の先。それは紛れもなく蛇のそれだったのさ。

 真っ赤な目をしたヘビは、同じ色をした舌をちろちろ出しながら、頭をくねらせていく。

 いまや絨毯のごとく道路に広がっているのは、まるでお好み焼きなどのように、あまりにも膨張したこいつの胴体だったというわけだ。上から押しつぶされたようにも、思えるだろうなあ。

 向きを定めるまでは緩慢とした動きも、進み出したらかなり速く、こちらの小走りと互角以上のスピードで地を這っていく。

 途中、その平べったい胴体がにわかにてかりはじめた。身に乗せるだけでは足りぬと、いくらかがアスファルトへこぼれていくのと同時に、私の襟にもまたぬるりとしたものがこぼれ出す。

 右側。やけどをした面のほうだった。よもや膿とかが出てきたのかと思ったが、指につくのはあくまで透明なぬめりばかり。特有の嫌な臭いもしてこない。

 ヘビが見えなくなるまで、このぬめりがこぼれ続けるのは止まらなかったが、あの胴体もまたてかりあふれることを止めなかったよ。

 不思議なこともあると、家へ戻って鏡を見るや、あの悩んでいたやけど痕がきれいさっぱりなくなっていてね。

 それを見てようやく、小さいころに聞いた油蛇の話を思い出したってわけさ。


 どうだい? 歳を取ってくるたび、不調が気になるもの。油蛇を切望したいときも出てくるだろう。

 だが、注意することがある。油蛇は病気のもとを引きつけるが、そばにいるやつの生命維持に関して配慮してくれるわけじゃない。

 伝説によると、内臓に不調をかかえた男が油蛇に出会ったところ、その場でたちまち息を引き取ってしまった例が報告されている。

 解剖したところ、男は肝臓をきれいさっぱりのぞかれていたらしい。生前の男は酒の飲みすぎのためか肝不全の気があり、おおいに苦しんでいたとか。

 おそらく臓器そのものが病巣となってしまったとき、油蛇はそれを丸ごと奪い去ってしまうのだろう。重度の不全を抱えた者にとって、油蛇は介錯をもたらす存在となりえるんだ。


 私も最近の診断でまた、生涯付き合い続けるやもしれない不調が見つかってね。

 深刻にならないうちに、再び油蛇に会えないかと淡い期待を抱きながらうろつくことがあるわけだよ。

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