ep.1 出会い
はいはい、その手の話はもうね、調べて欲しいって言われましてもね、年間の失踪者の数知っています? 日本で約八万人ですよ。
そう、はい八万人。人口が一億だとして?……そりゃ、三分の一にも満たないですけど、そんなに珍しいことではないんですよ。
いや、ほんと、泣かれても……こっちも忙しいんですから。
えっ?
いや、確かに年間売上げ部数はね。
絶対に面白い記事になると。
お宅にご心配いただかなくても、オカルト特化の雑誌なんでそんなもんですって。
そりゃあ、……はいはい、もう分かりましたよ。会って話をしましょう。
えっと、どこなら分かります?
土地勘がないんなら、そちらに伺いましょうか?
分かりました。A県本町、役場前ですね。
では、あ、こちらの番号で連絡取れますよね。日時確認のためのショートメッセージ送っておきますよ。担当が伺いますので。
こういう案件は原、女のお前の方が良いだろうと回された、厄介な電話のやりとりだった。
ほぼ毎日掛かってきていたらしい。
車窓に流れる山間の風景は、長閑そのもの。あぁいうのに粘着されて、毎日電話されるくらいなら、会って解決した方が良い、というのが私の方針である。だから、回されたのだろう。
確かに、私にこの案件を回した女心なんて微塵も分かっていないような先輩が、あの粘着を相手するには、繊細さがまったく足りないかもしれない。
非適材が回って良い案件でもないだろう。
当たれば、私の手柄にもなるのだから。
確かに少し面白い案件でもあるのだから。捻りようによっては、その粘着質をオカルト的に持って行けるかもしれない。
そうやって吞み込んだ。
車窓を眺めている今、私はちょっとした旅行気分を楽しんでいた。特急に乗って、週末に遠出を楽しむ。いつぶりだろう。とりあえず、土日もないような会社ではあるが、今日は帰らないことは伝えているので、素泊まりできる旅館を予約した。
割った割り箸を口に咥えると、特急に付いている小さなテーブルの上に載せていたのり弁を膝に載せ直す。
竹皮を模した蓋を開けると、湿った海苔の香りが広がり、その後に続くサバと濃いめに煮だした煮物の匂いが空腹を刺激された腹鳴に苦笑いした。
電話口の女との約束は今日の十三時だ。一週間だけ待ってもらった。
下調べというか、その行方不明の息子というものをこちらでも知っておこうと思ったのだ。
そして、興味を持った。
A県で行方不明になっているそれらしき男がいないのだ。本当に便利な世の中だ。ネット上でキーボードを叩けば、リストが出てくる。あんなに必死になって探してくれというくらいだから、とっくに警察にも頼っていると思っていたのだが、その特徴がある若い男性はいなかった。
津々木 清太。
伝えられた名前はそれだった。そして、息子の年齢は一瞬戸惑った後に二十二歳だと伝えられた。
電話口の女の声は二十二の息子を持つには存外と若い気がした。短大出てすぐか、高卒で就職した後か、もしくは、学生の間に出来た。もしかしたら、それを後ろめたいと思っているのかもしれない。
そう思うのは、父親の存在が、彼女の口調から全く感じられなかったからだ。
少しずつ、機械的に口に運んでいた弁当の箱の内柄の面積がいつのまにか増えていた。竹皮を模した蓋の相棒は深蘇芳。暗明色の赤色をしていた。
空になった弁当箱をもと合った姿に戻すようにして、輪ゴムをかける。割りばしもそろえて割りばし袋へ戻す。中は空っぽである。駅についたら、このまま捨てようものなのに、どうしてか元の形に戻したくなってしまう。
いわゆる、私の習性なのだろう。
見せかけのものを作ってしまう。
車窓の景色は山を抜けて海が見え始めていた。
目的地はA県にある『三道寺』という駅。温泉でもあれば良かったのだが、A県は漁港町で栄えているだけで、他には何もなかった。ネットで拾ったガイドマップではパワースポット的な神社に、夕陽が岩の空洞から覗けるという絶景スポット、駅の名前にもなっている『三道寺』が紹介されてあった。そこで、結ばれたい人と手をつないで祈れば結ばれるという大杉が、写真付きで掲載されている。
オカルト記者なんだから、そういう縁結びなどにも興味くらい持ちそうだと思われがちだが、実際のところ、心霊的なものであれ神がかり的なものであれ、結構冷静に判断してしまう。仕事にしてしまうと、きっとこんなものなのだろう。感情的にはならない。だから、好きなものを仕事にするなという言葉が出てくるのだ、きっと。
手をつないで祈っている時点で、結ばれる確率はほぼ100である。よほどの下手を打たなければ。
そう思えば、その女の息子が失踪する確率は、ずいぶん低い。彼女は電話口での開口一番にこう言った。
息子がいなくなる訳がない。
どの親でも同じことを言うだろう。
私はどこか冷めた思いで車窓から見える景色を見るでもなく、ただ遠くを眺めていた。




