ねえ、空を見て!
「宮田 千紘です!札幌から来ました。あと1年もしないうちに卒業になっちゃうけれど、仲良くしてもらえたら嬉しいです!」
鎖骨くらいまである黒髪を揺らしながら、彼女は少し恥ずかしそうに笑った。
転入生の席は一番後ろの窓際。俺の隣だった。「よろしくね。」周りには聞こえない小さな挨拶。その時、細められた彼女の黒いはずの瞳が初夏の青空のように輝いて見えた気がした。
帰り道、10年以上歩いてきたいつもの道を、スマホをいじりながら歩いていた。前方に人がいることに気がつかず、立ち止まっている人物にぶつかってしまった。
「あ、すんません…あれ。」
なんとなく謝って前を見ると、ぶつかった相手は宮田だった。
「私こそ、ごめんなさい!あれ、榊原くんだ。家、こっちの方なの?」
「うん。この先の…あの茶色?のマンション。」
建物の間に見えるマンションを指さすと、「同じだ!」と宮田は言った。なんとなく別々に帰るのも変な気がして、一緒に帰った。宮田はずっと空を見ていた。
その日は雨が降っていた。3日前に梅雨入りの発表があってから雨が降らない日はなかった。それでも宮田は今日も楽しそうに空を見上げている。
「なあ、空ずっと見てるけど、楽しい?」
宮田は少し驚いたようにこちらを見つめた後、少し考えてからこう言った。
「榊原くんは、ずっと下を向いているよね。つまらなくない?それとも、空は嫌い?」
「別に。見るものがないから下を向いているだけ。空は好きとか嫌いとか考えたこと、ない。」
そう答えると、「ふうん。」と相づちを打った宮田はひとりでに話し始めた。
「私ね、空が好き。ずぅっと遠くまで続いているんだって想像すると、わくわくする。東京は建物の背が高くて、みんな何かに追われているみたいで、息苦しい。でも、空を見るとね、息苦しさがすぅってなくなるんだよ。」
「そういうもンなの?」
「そうだよ!同じ空は一回もないの。今日の雨空は今日しか見れない。ね、下ばっかり向いていたらもったいないよ!ほら、晴れてきた!今日の夕焼けは、透明だね!」
そう言われて見上げた空には雲の隙間から無数の光が差していた。雲の隙間から見えた橙色の空と差し込む天然のスポットライト。
「きれい、だ。」
空が綺麗なのか、スポットライトを浴びて幸せそうに顔をほころばせる宮田が綺麗なのか。思わずこぼれたその言葉は、紫陽花の葉の水滴が水たまりに落ちる音に吸い込まれていった。