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初雪


「誰か待ってるの?」


 いきなり背後から声をかけられた。


「?」


 振り返ると男が立っていた。


「さっきからずっといるけど」


 会ったことのない見知らぬ男だった。


 黒っぽいスーツを着て髪はワックスで固まっている。


「雨、大丈夫? 送って行こうか? 」


 男は側の車に目をやる。

 大きな黒いワンボックスカーが停まっていた。


 何故、見ず知らずの自分に声をかけるのだろうか。


 タバコの匂いと男のまとう空気に嫌なものを感じる。


「いえ、大丈夫です」


 椿がそう答えたことで何を思ったか男はニヤリと笑い椿との距離を詰めてきた。


「ほんと? 近頃物騒だよ? いいよいいよ、どこら辺なの家は。そのコート、制服は白百合女学園だよね。僕の姪っ子も通ってる! キミ何年生? 知らないかな、一年生で山本っていう子……」


「知りませんし、大丈夫ですから」


 まったく途切れそうもない男の言葉を椿は遮った。


「お腹空いてない? 焼き肉とか、お寿司とかどう? 姪っ子も呼ぶからさ、何か食べたいものある? それともカラオケとか? 」


「ほんとに、いいです」


 椿が右へ行くと男もそちらへ、左へ行けばやっぱり同じように動いた。


「綺麗な髪の毛だね」


 唐突に男が椿の長い黒髪に手を触れた。


「!」


 椿は突然のことに驚いて固まる。

 それから背後へ逃げる。

 しかし背後は壁で、男との距離はあまり開けない。


「いいじゃん、美味しいもの食べに行こうよ、お小遣い欲しくない? 」


 背中を壁面に当てたまま胸に抱えたバッグをぎゅっと抱く。


「ごめんごめん、あんまり綺麗だから、つい触りたくなっちゃって」


 男が椿との距離をさらに詰めてくる。


「もう、しないから」


 男は両手をズボンのポケットに突っ込み椿の顔を覗きこんだ。


「ほら、ね? 」


 椿は頭を振って拒絶するのが精一杯だった。とにかく二度と触られたくはなかったが、逃げられず声も出せず、どうしたらいいのかわからない。


 この気持ち悪い男はどうしたら諦めてどこかへ行ってくれるのだろう。


「おい、変態」


「はぁ?! 」


 男と椿が同時に声の方へ顔を向けた。


 実央がビニール傘を片手に持って立っていた。


「なんだよお前」


「見ての通り、店の者ですけど」


「は? 客を馬鹿にしてんのか? 」


 男が実央に詰め寄ると、彼は持っていたビニール傘の先端を男へ向けた。


「おっさん、彼女に何しました? 」


「は? なんもしてねぇよ、ちょっと話してただけだろうがっ、どかせコラっ」


 男が傘を掴もうと手を伸ばすと、実央は半身を素早くずらし傘を引っ込めた。


 男は傘を捕まえ損ね、自分の勢いでよろめいてしまう。


「あんだコラっ、やんのかっ?! 」


 男は体勢を建て直し実央に近づくが、長身の彼とは15cm以上の差があり見下ろさせれ直ちに怯む。


 早々に勝ち目がないと踏んだのか、初めから虚勢だけだったか、振り上げた拳を徐々に下ろす。


「警察呼びますよ、俺のこと殴るつもりなら」


 実央が店舗の上部に設置してあるカメラを傘の先で指して見せた。


「車のナンバーも映ってると思うな」


「だ、だから、なんもしてねぇよ、ったくふざけやがって」


 男はブツブツと捨て台詞を吐きながら車に乗り込んだ。


 黒いワンボックスカーは急発進し、車体を揺らしながら車道へ出ると、瞬く間に走り去っていった。


「大丈夫? 」


 椿は緊張した顔で実央の顔を見上げた。


「……はい」


「これ、持っていって」


 実央はビニール傘を椿に差し出した。


「え? 」


「ここにいてもやまないと思うから」


 実央は空を仰いだ。


 店の外灯に照らされた雨が白金のような輝きで振り落ちてくる。


 椿は雨の中に立つ実央の白い横顔を見つめた。


 綺麗な二重の蒼みがかった褐色球と椿の黒く艶めく瞳が出会った。


 椿は慌てて目を伏せるが、高鳴る心音はますます大きくなる。


「ゆき」


 実央がぽつりと呟いた。


 アスファルトの上に綿のような白い雪が落ちてとける。


 灰銀色の雪が、ふわふわと風に舞って落ちてくる空を二人は一緒に見上げた。


 雪の中で小さなチョウがたくさん舞っている。彼らが羽ばたくと宝石が煌めくようでとても綺麗。



「初雪だっけ?」


「は、はい。たぶん」


 この雪舞蝶(スノーバタフライ)、やっぱりこの人には見えていないのかな……?




 都心に雪が降るのはめずらしい。


 それも12月の初旬に。


「あ、あのそれ借りていいですか? 」


 椿が実央の持っている傘を指差す。


「か、傘をいったんお借りします。必ず返しにくるので」


「いらない」


「え? 」


「返さなくていいから、どうせ何本もあるし」


 椿へ傘を渡すと実央は寒そうに肩を竦めて自動扉の前に立った。

 自動扉が開き、店内の賑やかな音楽が流れ出る。


「あ、待って! 」


 椿が呼び止めると、店の中へ一歩入った実央が振りかえって椿を見た。


「……」


 声をかけたものの、次の言葉が続けられず黙ってしまう。


「気を付けて帰りな」


 繋ごうと探していた椿の次の言葉は、実央によってあっさりと絶たれてしまった。



☆☆☆


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