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制服


「椿、帰りにコンビニ付き合ってよ」


 帰る支度を終え席を立った椿の腕に彩季の腕が絡まる。


「またクジ? 」


「うん。今度こそ1等が当たりますように! 」


「学校の前の? 」


「そこはあんまりだから、駅の方に行きたいんだ」


「いいよ」


「やった、いこいこ」


 学校から駅までは、歩けば20分の距離だ。

コンビニはその途中にも何店舗かあったが、二人は学校前のバス停からバスに乗った。


 そして終点ひとつ手前の停留所で降り、目的の店へ行く。


「いらっしゃいませぇ」


 女性店員の、若干イントネーションの外れた日本語で迎えられる。


 彩季がレジでクジを引いている間、椿は店内を歩いた。


 お菓子やデザートの棚を眺めてから、雑誌コーナーで立ち止まり、ファッション誌に手を伸ばす。


「おはようございます」


 店員がやや詰まった発音で挨拶するのが耳に入る。


「おはようございます。お疲れ様です」


 もう夕方なのにおはようございますって、変な挨拶だな、椿は何気なく声のした方へ顔を向けた。


 入り口から、すらっとした学生風の男性が入ってきて、椿の後ろを通り過ぎていった。


「え」


 椿の手から持っていた雑誌が滑り落ちた。


「あの人……」


「あの人がなに? 」


 椿が落とした雑誌を彩季が拾い上げた。


「え? 」


 椿は大きな瞳をさらに丸くして彩季を見た。


「え? 」


 彩季は椿の真似をするように目を見開いた。


「金髪アッシュの彼、めちゃイケメンだったね」


 彩季が店の奥の扉を指差した。


「へっ? 」


「ちょっと待ってようか。すぐに出てくると思うよ」


「ええ?! と、ちょっと待って何言ってるのかわからない、んですけど」


「雑誌落とすぐらい見とれてたくせに」


「え? いや違う、そうじゃなくて」


「ああいう人タイプだった? 塾の五十嵐先生みたいな爽やか好青年が良いって言ってたのに」


「そ、そ、そ」


 椿はぎこちなく笑い、彩季の手から雑誌を取り上げ棚へ戻した。


「クジ、どうだった? 」


「あー、4等だった。まぁまぁ? ほら」


 彩季は四角い箱から皿を出して椿に見せた。

皿には彩季の好きなキャラクターが大きな口で笑っているイラストが印刷されている。


「かわいい、 良かったね、かわいい……」


 椿は皿にちらりと目をやってから、彩季の手首を掴み引っ張った。


「もう、行かなきゃ」


 椿は彩季を引っ張り店から出ていく。


「なに、急に慌てて」


「五十嵐先生で思い出した。今日塾の特講だったの忘れてた」


「そうなの? 」


「ごめん、もう行くね 」


「そうだっけ?! 」


「あ、お皿良かったね、おめでとう! 」


 椿は彩季に向かって手を振ると満面の笑みと共に後ずさる。


「あ、ありがとう……また明日」


 椿は彩季に背を向け駅へ向かって走った。


 そして、駅構内へ入ると柱の後ろに身を潜め隠れた。


 そこから彩季が駅とは反対の方向へと歩いて見えなくなるのを見送り、彼女の姿が完全に消えたのを見届けてから、先程のコンビニへ引き返した。




 間違いなかった。


 忘れもしない、ひと月前に電車越しに目を合わせた彼だった。


 また会えた!!


 しかもこんなに近くにいたなんて!!


 さっきから心音がありえない早さで鳴っている。


 偶然の再会に気持ちがたかぶっていた。



 とはいえ、すぐに声をかけられるような性格ではなかった。


 彩季なら何の抵抗もなく声をかけるだろう。


 彼が自分の事を覚えているわけがないし、声をかけるにしても、いったい何て言えばいい?


 自分の勘違いなら、ただの変人で終わる。


 目が合った?

 たまたまだったかもしれない、そもそも自分の思い込みだった可能性は?


 ただの勘違い、ではないだろうか。


 高まっていた気持ちが今度は急に萎んで自信が失われていく。


 彩季を呼ぼうか。


 彼女なら上手く話してくれるかも。


 いや、待て、何を上手く話すんだ?



 あの日、変な物見ませんでしたか?


って、馬鹿っぽいし彩季は何も知らないし、見えないし、説明すら出来ないのに。


 やっぱり自分でなんとかするしかない。


 そもそも、こんな込み入った話が彩季には出来ないから彼女を遠ざけたのだ。


 椿はコンビニの外から店内の様子を伺った。


 彩季の言うとおり、彼は長Tの上にコンビニの制服を重ね着した格好でレジの向こうに立っていた。


 目深にキャップを被っているので表情はよく見えない。


 胸のネームプレートには「すずき」というひらがな名が見てとれた。


 鈴木さんか。


 彼はレジで接客したり、商品を棚へ並べたり、スナックフードを調理したり、と忙しそうだった。


 ふと、店内の時計が目に入った。


 もう、7時を過ぎていることに慌てた。


 椿はもう2時間以上もコンビニの外にいる。


 今日はやめておこうか、でも店を辞めちゃったら? そもそも、いつもは違うバイトの今日だけのヘルパーかも。

 だったら次もここで会えるとは限らないし。


 と、憂慮だけが逞しく大きくなってなかなか踏ん切りがつかない。


 徐々に萎んでいく気力に疲れ始めた頃、暗い空から大粒の雨が落ちてきた。


 椿は店の僅かな軒先の下で身を縮めた。




「誰か待ってるの? 」



☆☆☆


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