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嵐の夜に始まった運命


 椿(つばき)は小さな手を窓枠にひっかけ背伸びをして外を見ている。


「つーちゃん怖いからカーテンを閉めてよ」


 実央(みひろ)が二段ベッドの下段から、パジャマ姿の椿に声をかけた。

 しかし頭から布団を被り、元々声量のない実央の声は椿の耳まで届いていない。


 硝子を叩く雨音が激しくなっている。


 一瞬、白い閃光が四畳間を照らした。


 が、またすぐ狭い部屋は闇にのまれる。


「うわぁ!! 」


 椿が窓の前で手を叩きながら飛び跳ねた。


「ねぇ! 見た?!」


 椿は寝ている実央の側まで駆け寄ると、彼のからだを揺すった。


「見てない!! 」


 実央が布団の中から答える。


「すごくっ! とっても綺麗だった!! 」


 椿の言葉尻にけたたましい轟音が重なった。『鈴の家』がギシギシと不穏な音をたて揺れている。


 飛行機でも墜ちてきたのか、椿は再び窓まで戻りそこへピタリと張り付く。


「うわぁー!! 」


 布団が丸く盛り上がった。


「びっくりした、ヒロ君て、そんなに大きな声が出せるんだ」


 椿は実央の元へ戻りベッドの下段を覗きこむと丸くなった布団の端をめくった。


「ほら、お庭のすべり台のところ、そこに光が飛んできて、シュッて刺さったんだよ! 」


 両手で耳を塞ぎマットレスに顔を埋めている実央へ向かって椿が捲し立てる。


「尖ったギザギザが地面へグサッと刺さってすぐに消えたの、そしたら青い煙がしゅうって、ねぇ、聞いてる? ヒロ君も一緒に見ようよ、すっごくおもしろいから! 」


 なんの予告もなく、四畳間がまた昼のように明るくなった。


「やめて!! 」


 実央が布団をひっぱり丸い団子になる。


ドーン、バリバリバリ


『鈴の家』がまた大きく揺れた。


 築半世紀を越えた建物はあまりにも頼りなく、今にも崩壊寸前だ。


「もう、臆病なんだから」


 椿は実央から離れ窓へ走った。鼻歌混じりで硝子に当たる雨水の筋を指でなぞる。


 空の点滅がいっそう速まり、チカチカと椿の顔を照らす。


 頭上でゴロゴロと鳴る雷。


「たん、たん、たん、たん、たん」


 今度は暗天の空から落ちてくる稲妻を指で追い、リズムを奏でる。


 椿の声に少し遅れて雷鳴が轟く。


「え? 」


 椿は硝子の向こう側へ目を凝らした。


 すべり台の上に人が立っている。


 こんな天気にあの人は何をしているんだろう?


 黒いカッパのようなものを羽織った人影が滑り台の上で屈んだ。


「ねぇ、ヒロ君あそこに誰か」


 人影が立ち上がり天を仰いだ。


 バシャン。


「わっ」


 突然、窓硝子に赤い雨粒が殴り降った。


 椿は驚いて窓からやや遠ざかる。


 それは雨と混ざり、鮮やかな朱色に変化し、筋状に流れ落ちていった。


 次に地鳴りと共に突風が走り抜け、『鈴の家』の門に立っていたくぬぎの大木が根本から折れた。


 椿はゆっくり倒れていく、くぬぎの木を眺め、それから再びすべり台の上を見た。


 しかしそこに、さっきの人影はもう見えない。


 ドンドンドンドンドン……



 雨音とは明らかに違う、まるで屋根を叩き壊しているような、そんな異音が部屋の中で響いていた。


 何かが走っている。


 椿はそう思った。


 それも一人や二人ではなく、大勢だ。


「つーちゃん、なんの音なの?!」


 丸い布団の下から実央が叫んだ。


「わかんない…… 」


 椿は天井を見上げる。


 天井の照明が大きく左右に揺れている。


「電気つけて!! 」


 実央に言われ、照明のスイッチを入れようとドアの側まで走った。


 すると、椿が今までいたその場所が、窓と壁と天井がミシミシと軋み歪んだ。


 そして次の瞬間、屋根材や梁が音を立てて次々と崩れてくる。


 椿はその崩壊に巻き込まれ瓦礫に埋もれた。


 頬に冷たい雨が落ちてくる。


 どうして外にいるんだろう。


 椿は朦朧とする意識の中で思った。


 からだの感覚はなく、自分自身の重ささえ感じられない、が、気分は悪くない。


 フワフワとして、夢の中にいるようだ。


 夢なのかな、椿は目を閉じた。


 今度はどうしようもなく眠い。



「これはまた(むご)い」


 遠くで声が聞こえた。


 低く地を這うような太い声だ。


「捨てておきましょう。施せばかえって厄介な事態になります」


 今度は少年のような高い声だった。


 どちらも聞いたことのない声だな、と椿はぼんやり思っていた。


 その声は『鈴の家』の誰の声でもなかった。


「そちらはもう手遅れでしょう」


 少年の声が冷たく平淡に言うのを聞いた。


 どういう意味なのか、まだ6歳の椿には理解出来ない。


 椿の頬にすっと冷たいものが触れた。


 目を開けると、その視線を遮るように白い手の平があった。


虎玉(こそん)を?」


 少年の声は驚いているようだった。


「暫く」


 掠れた太い声がぽそりと答えた。


「人のいっときなど……」


 椿は眩しい光の中をふわりと飛んだ。


 魂だけが抜け出して浮いているみたい、とっても軽い。


 このまま空を飛び越えて、宇宙まで飛んで行けそう、そんな気分だった。


 そうだ、月まで行ってみようか。


 そう考えて月を探した。

 けれど月はない。

 見渡す限り白く眩しい空間が広がっているだけだ。


 椿は何もない真っ白な世界を漂っている。夢とはこんなものだ、椿は妙に納得して白々と眩しい世界へ手足を投げた。


 よく見れば、光の中に粒が舞っていた。


 粒は時々お互いにぶつかり、さらに細かい光の粒になる。


 その光の粒がとても美しく、椿はそれを掴もうと手を伸ばした。


「駄目ですよ、触っては!! もう、だめなのに……」


 少年の声が遠くで聞こえた。


「もう、行きましょう」


 一瞬、自分に言われたのか、と思った。


「すまない」


 最後に太く掠れた声が聞こえたが、椿は目の前の光の粒を掴まえるのに忙しく、あまり深くは気にとめなかった。



☆☆☆


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