第8話:外征卿の鑑識眼
招待状通り、予定通りの時間と場所で行われる事になった豊穣を祝う祝宴。
オクターヴ公爵領の中央である都市ヴァレンティナで行われたソレは、田舎貴族には及びもつかない程にそれはそれは豪奢な物だった。
身体のラインが分からない程に広い、さながら鳥かごのようなスカートのドレス。
或いは頭より余程大きく、飾りの多用された帽子。
僕には及びもつかないような前衛的―――もとい、最新の流行を取り入れている事が分かる煌びやかな装飾に身を纏った貴族たちは一人一人が宝箱のようなもの。
或いは貴族以外でも商人、大陸でも最大手の商会……所謂企業であるザンティア商会やらロウェナ商会など、アノール領程度では相手にしてもらえないような大手に属するやり手の豪商もいるらしく。
他にも各分野で名のある学者やら、高名な術師の先生、軍人……本当に様々な人たちが出席している。
貴族だけが集まってガハガハやってるイメージとはちょっと違ったな。
あとは食事も……歓談する人々からは少し距離を取った場所には海の幸山の幸、或いは魔物から取れるような珍味など、様々な料理が並ぶ。
例えば蜘蛛型の巨大な魔物……シュピンネ種の足を燻製にしたもの。
或いは大蜥蜴……ラケルタの舌をローストし薄く切った珍味にムース状のソースを掛けたもの。
どれも小さく、立食で楽しめるように工夫がされている。
魔物の肉の毒素も、当然プロ中のプロが丁寧に抜いているだろう。
勿論、魔物料理が無理という人には当然普通の料理も充実。
特に魚介……帝国は南側に同じ大国であり、海に面したプリエールが存在する性質上、内陸国家であるから新鮮な魚介類を多量に仕入れられるというのはそれだけでステータス。
それだけに、大男の腕程もある海老や魚が皿の上を泳いでいるような体勢で丸揚げされていたりなどは当たり前に目を引くし、掛かっている香草のソースなど、実に食欲を刺激する。
勿論、使用人たちが運んでくる飲み物一つとっても……。
「……これは―――流石、と言うべきか」
普段飲んでいる安物葡萄酒とはまるで格が違う。
こんな物を湯水のように……祝宴の為だけに客に出そうとは。
最上位貴族の考える事は分からないな、マジで。
どうにかボトルに詰めて持っていけないものか。
「―――で……何をしている? ヴァレット」
「ほほっ」
時に、何故彼が一緒に居るのだろう。
貴族である以上、何処へ行くにも侍従が付くのは当たり前だけど、祝宴の席にまで招かれた側の侍従が付いてくるのは断じて当たり前ではない。
てかこの上なく非常識。
経験の薄い僕でもそれは分かる。
「いえ。実は、旦那様へのモノとは別に、招待状がもう一通届いていたご様子なので」
「ガッデムッ……、騙したな?」
貴族以外にも商人や学者、名の知れた人物などが沢山来ているから予測はしていたけど。
やはり、そうか。
結局の所、僕はオマケ。
かの公爵閣下が真に招待したかったのは、僕の付き人であるこの耄碌執事だったわけだ。
「いえ、いえ。二枚重なっている事に気付かず……」
「どのような重なり方をすればそうなるのだ? 便箋だぞ」
封を開けて開く物を、どうやっていつまでも重ねておける?
しかも、僕も開いて見たし。
確かに一通だったぞ。
……いっそヤケ食いして飲みたいだけ飲んだらとっとと部屋に帰って寝るか。
食事をタッパーに入れて持ち帰ったらマズいかな。
「―――ヴァレット! 久しいではないか!」
「おぉ。お久しぶりですな、オクターヴ公」
………。
え、なんか主催者一直線でこっち来たんだけど。
さっきまで超の付く有名人やら大貴族やらに囲まれて笑ってた人が、いつの間にかすぐ傍に居るんだけど。
ジルドラード帝国オクターヴ公爵領領主ウィルウァース・ヴァレンティナ・オクターヴ。
羅列するとあまりに長いな。
帝国でも三指に入る大貴族である彼は、数えで57歳。
上級貴族というと、実際かなり恰幅の良い印象を与える人々が多い中で、背は高く中肉……決して鍛え上げている訳ではないが、堕落している訳でもないという風体で。
特徴的なのは、50代という齢であり髪も淡い桃色という特異でありながら、妙な印象がまるで入り込む隙もない程に堂々と、確かなカリスマを感じさせる気品と声色。
相手を射抜くような赤色の瞳も併せれば、眼前に立ったものに不思議な圧を与える。
「うむ、うむッ……! 足腰も達者、以前にも増して揺るがぬ瞳……息災であるな!! 貴殿が大陸ギルドの中核を退いてからというもの、とんと音沙汰が無くなり、心配しておったのよ」
「ほっほ。申し訳ありませぬ」
……ねぇ、僕要る?
もう宴もたけなわだし、帰って寝て良いかな。
執事は置いていく事にしよう、この領に。
野生に還る筈―――。
「おっと。ご紹介しない、というわけにも行きますまい。私の現在の雇い主がこちらのお方でございます」
ちょ!?
あ、こっち向いたし。
「……。ほう。これは―――中々どうして」
帝国の最高位に位置する貴族家。
その当主の朱い双眸が、かよわい田舎貴族に固定される。
「成程―――、其方が」
「お初にお目に掛かります、外征卿オクターヴ公爵。レイクアノール・ユスティーアと申します」
「ほほほっ」
さて、何故僕はここに居る?
決まっている、そこで笑ってる老いぼれに騙されて連れてこられたゆえだ。
何故僕は大貴族に詰められているみたいな構図になってる?
困ってる、あの老いぼれの所為だ。
ゆえに―――……必ずや施設に出荷するまで死ねない。
ここは何とか耐えないと、そして絶やさないと。
「レイクアノール……領の名を自身の名に入れられるというのは珍しいものであるな、ふふ。……その若さで農地改革、特産であるグルシュカの品種改良に乗り出していると。件の話は私の耳にも入っている。面白い男であるようだな、君は」
「恐縮です」
ヤバいよねー、コレ。
面白い男とはつまり、態々直接村々へ話を付けに行ったりとか、そういう趣向でのことを指している筈で。
その件とか、農地などの話も。
ヴァレットの事を調べている中で、ついでに知っただけだろう。
それこそ、祝宴の前に軽く収集した情報を見たとか、それだけ。
って言うか、「え? この時代にそんなレベルの事やってんの?」みたいな、ある種原始人を見るみたいな感じだろう。
―――そう、紛れもなく。
この御仁は、僕に興味を示してすらいない。
女子会で言う「わかるわかるー」とか、男子同士で言う「それな」とかに通じるものがある。
率直に、眼中どころか存在しないも同じ。
「実地で赴かねば分からぬこともあります。領地だけは無駄に広いので……はは。安楽椅子に甘んじていては、祖先……他の歴歴はともかくとして、初代に申し訳が立ちませんからね」
「ふ……。外交の雄か。今やその呼称は私のこととも言えるが」
「まこと、その通りです。しかし、歴史の中に二者いてはならぬ、とは帝国憲章にも記されてはおりませんから。領民が私を信じて付いて来てくれました。なれば、それは生き急ぐ理由には十分すぎる……それだけです」
「―――ほう、ほう……野望も謀も知らぬような善良に寄った顔立ち、当主となり日の浅い男が。……ふふ、成程。ヴァレット」
「ええ」
「あわよくば、と考えておったが。難しそうであるな?」
……やはり勧誘しようとしていた口か。
他の貴族に召し抱えられた臣下を勧誘するのは、特段珍しい話ではない。
冒険者で言っても、上位の存在ほど何故か国家や組織に忠誠を誓う例は少なく、何処かに仕えているということはそれだけ自分に乗り換えてくれる可能性も高い……という事だからだ。
とは言え。
このような祝宴の席で、堂々と宣言する事はやっぱり非常識。
侍従同伴で祝宴の席に入ってくる招待客くらい非常識。
だが、彼はその我を通す事が出来る地位の存在ゆえ、それも許される。
これが大貴族か……。
「レイク様」
「……?」
え、そこで僕に振るの?
良いよ、二人で会話しててよ。
……あ、ダメ?
「恐れながら、オクターヴ公爵。彼は、我が領の家令です。欲しい、ではそのようにと……例えば家宝や宝玉のように容易く手放せるものではありません」
「ふ……。宝石より……、否。で、あろうな。比べるべくもない」
彼と僕の唯一の共通認識。
僕の執事は、凡百の宝、家宝程度の宝石なんかで買える程安くはない。
「はい。なので、私が結果を出し、領が安定するまでは。―――えぇ、そうですね。5年程、ですか」
「……。ふむ?」
いっそこうしようと口を突いた言葉。
彼は、それで? と言わんばかりに頷き言外に続きを促す。
「5年後です。我が領の名が帝国に、そして諸外国に聞こえるまでお待ち頂きたく。それが経つ頃―――今と同じ肆の月が宜しいでしょうか。地母神を祭る豊穣の季節の折。我が家令を私自らオクターヴ公爵へお届けに参りましょう」
「……レイク様?」
「私が年端も行かぬ若造である事は見ての通り。我が領の開発がまるで時代錯誤であるのも返す言葉もなく。しかし……それは、かつて帝国を起こした祖、初代皇帝リーゼバルドも同じ。火を熾す、その行為が周囲に遅れてしまった者には、遅れた者なりのやり方、そして利点がある。……私は極めて正気であり、勝算があると考えておりますよ、オクターヴ公爵」
「………ふ」
………。
「―――ふ―――ふは」
「はははははははっっ―――ククククッ……はは」
笑われた。
まぁそりゃそうか。
大言壮語も大言壮語。
彼が言う通り、領主になって十年と経たぬ若造が、あと5年もすればアノール領の名は帝国中に轟くとのたまったのだから、黙るのも当然、笑うのも当然。
およそ、正気を疑っている頃だろうが。
道化の演出に耐えかねたか、周囲に配慮する必要もなく豪快に笑う大貴族。
その様子は、祝いの場に出席している貴族たちの注目にもならない訳もなく。
では、対面に立つ見慣れないあの男は何者かと、今頃首を捻っている事だろう。
「そうか……、そうか。レイクアノール・ユスティーア伯爵。……その名前、確と覚えたぞ」
「恐れ入ります」
「……ふ、ふふ。成程。豊穣祭……、まさしく。中々に実りのある時間であった。なれば……」
「ヴァレットよ」
「はい、オクターヴ公」
「五年後、肆の月を楽しみに待っていようではないか」
「ユスティーア伯爵の未来を。その末路を……、な」
………。
言い残すままに、去っていく御仁。
存外に好感触だったな。
追い出せと言われたら、予定通りすごすごと帰るつもりだったけど。
どうやら、彼の五年後の方針というか興味の第一はヴァレットを召し抱えられるかではなく、僕がどうなっているかという方角へシフトしたようで。
多分ついでに諸々の、どれが一番面白いかの処断方法でも考えている事だろう。
さて。
「では、坊ちゃま。私も客室へ戻りますので」
「あ?」
「やはり、老人に夜更かしは堪え……ほほっ」
何しに来たんだコイツ。
トリックスターか? 虚言回しかうぬ。
しかも気が付いた頃にはマジでいなくなってるし……アルベリヒの比じゃないな。
完全に知り合いが居なくなった中で。
やがて、楽団の奏でる音と共に、公爵と公爵夫人が躍り始めるダンスホール。
二人のソレがそれが終わる頃、貴族が……取り分け次期貴族、貴族令嬢が相手を探して彷徨い、踊り始める。
学園で聞いたような、暗黙の了解などを肌で実感。
そんな中で。
「―――もし。私と一曲踊って頂けませんか?」
ご飯を目当てに歩いていた僕の眼前にお誘いが来る。
成程、煌びやかで美麗な女性だった。
普段から良いもの食べて、美容に気を使って……それ以前の遺伝子からして優れている事が分かる女性だ。
こんな人が他にも僕を狙っているように伺っていたのは、やはり僕の地位や容姿がなせる技―――ではなく、間違いなく先程の公爵との会話のせいなのだろう。
名を出したり、どのような領で生活しているかを言えば、たちどころに彼女等は去るだろう。
令嬢たちは飢えた肉食の華。
より地位のあり、より豊かであり、より強い異性を射止めることを期待されている身だ。
正直、僕はお呼びじゃない筈で。
「えぇ、喜んで」
「―――まぁ……!」
まぁ踊るけど。
これも課外授業、実技の経験を積めるいい機会だ。
ヴァレットの指導の元、こういう場での作法は一通り修めている身。
下手な失敗はしないと断言できる。
「あ、あのっ―――お名前を伺っても宜しいですか……!」
「名乗る程の者ではございませんよ、麗しき方」
んで、ダンスを終えたらさっさと退散させてもらおう。
如何に諦めている僕でも、目の前でげんなりされたら流石にクルものがあるし、相手が本気でワンナイトを考えてくれているらしい今の間に逃げよう。
お互いにとって幸せな記憶になる筈だ。
だから……ね?
なにこの花園。
お願いだからラグビーばりに陣形組んで待ち受けるのやめてもらっていいですか?
………。
……………。
「ほっほっほ。大人気ではありませぬか、お坊ちゃま」
「……黙っててくれ、死ぬほど疲れてる……、馬鹿にしやがって」
「ほほ……。せめてお名前だけでも、お待ちになって、もう一曲いかがですか、私の心は―――これの何処に馬鹿にする箇所がありますか」
全部だ、裏切り者。
てか見てたの? 先に戻って来てたんじゃないの?
「ククク……剣術にも魔術にも恵まれませんでしたが、旦那様は顔と作法、踊りの腕だけは無駄に良いですからな」
「無駄は余計だ。いい加減にしないと今からでも公爵宛てに梱包するぞ」
「おっと、これはいけない」
差し出される水に口を付けると、少しだけ気分が軽くなる。
流石に、普段から鍛えてない僕が何度も何度も極限に気を張らないといけない場所で運動してたら疲れもするか。
本当に、今回もまたこの老いぼれの所為で酷い目に。
………。
「おかわり―――。で、命令だ。教えてくれないか、ヴァレット。君はかつて何をしていた?」
「えぇ、冒険者を」
「……只の上位冒険者じゃあるまい。帝国公爵からの、直々の勧誘だぞ? 待遇で言えばそれこそA級、……或いはS級だ」
大陸ギルドに認可を受けた人界の傑物。
世界に数十人しかいないA級ともなれば、大国でさえ数人召し抱えていれば御の字の化け物……けど、大貴族があそこまでグイグイ来るとなれば他にも何かある筈なんだけど―――しょっぱ。
「―――え、なにこの水」
「塩に甘味、数種の薬草……体液よりも浸透圧を低く作りました。お腹に溜まりにくく、吸収も無類ですぞ」
スポドリ? どうも。
喉乾いてるし一息に……。
「しょっぱ」
………。
本当に、僕の執事には謎が多い。




