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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第一章:忘却伯と領地経営

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第7話:ノーモア招待状 




「―――さて、坊ちゃま」



 おっと……、まさかの初手坊ちゃま。

 彼が僕をこう呼ぶときは、大抵僕が何かを誤ったり、共に悪ふざけをしている時の筈なんだけど……。


 はて、と。

 執務机に向き合いながら首を貸してげみるものの。

 先の件で倒れた分の清算はしたし、その後何かを間違えた記憶はなく、最近は順調そのもの。


 やはり今回は覚えがないね。

 果たして、今日は彼に舐められるようなことをしただろうか。



「いいや……覚えがないね。ヴァレット、そんなに施設に送り込まれたいのかい? 再雇用先なのに、早期退職をお望み? 悪いけど退職金なんて出ないよ?」

「ほっほっほ。確かに、今回は施設があるような大都市へ赴くやもしれませぬな」

「―――何だって?」



 大都市へ行くような用事。

 勿論、遊興なんか今の僕が出来る筈もなく、何か大規模な物品を買い付ける予定もない。

 ………。

 いや待て、今の季節を考えたら?

 

 この世界における一年は六月でひとくくり。

 12月までない分、一か月あたりが長い事になる。

 そして、今現在は地母神フーカの齎す豊穣を祝う(よん)の月……何処の国でも、祝宴なんかは広く催されていて。


 まさか、何処かの貴族家から僕の所に招待状……とか?

 確かに最近は男爵家や子爵家から書状が届いたりして、ぽつぽつと中規模取引の話が増えてきたけど。


 でも……、大都市?

 上級貴族から何らかの招待なんて、そんなコネうちにはない筈だ。

 一点を除いては、だけど。



「分からないな。一体、何処のいと尊き御方からのお誘い? ……まさかヴァレット、とうとう僕に愛想を尽かせたって事? 暇をもらいたいの? 泣くよ?」



 可能性があるのなら、彼個人に勧誘が来た可能性。

 魔物狩り、護衛、暗殺……業種こそ異なるけど、戦闘の専門家たる元上位冒険者という来歴があれば、一生食べるには困らず。 

 その上、礼作法においても隙が無い完璧執事ともなれば、圧倒的な上流階級でさえ勤め先には事欠かないだろう。


 そう考えれば、彼個人に勧誘が来るのは全くおかしな話ではない。

 例えそれが耄碌して老い先短い老衰予備軍の毒舌家令であっても。



「私個人へではありませぬよ。無論、当主様宛です」

「……。益々わからないね。聞かせてくれる?」


 

 じゃあさっぱりだと。

 両手を広げて降参のポーズをとるままに答えを待つ。

 果たして、どんな物好きのいと尊きお方?

 僕がお手紙を読まずに食べる可能性にすら気付かないような世間知らずの―――。



「外征卿―――オクターヴ公爵」



 ………。

 ……………。



「―――なんて?」

「オクターヴ公爵から、祝宴の招待状が届いているのですよ。えぇ、こちらです。当然に旦那様宛となっております」



 ………。

 


 なんて?

 いや、いや……いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。

 何かの間違いじゃないかな。

 オクターヴ公爵家と言えば、帝国貴族のトップ層もトップ層。

 三つある帝室の分家、その一つであり、跡取りたちは皇帝の継承権すら序列が低いながらも保有している超の付く名家だ。

 外征卿―――帝国における他国との外交を一手に引き受けるとんでもないパイプも有しており、四年に一度、大陸全土の国家が出席する大イベント【大陸議会】への参加も、帝国からは彼が行くのが当然の慣例。

 そんな高貴オブ高貴なお方が……。


 え、本当に何の冗談?



「公爵殿は実力主義で知られております。自らの家柄と同じ、初代の建国より付き従った貴族家……ここ数年に台頭してきた古き家柄の若き伯爵がどのような人物か、確認しておこうというのは不思議な話ではありますまい」

「……………」



 ……成程。

 確かに、それはあるかもしれない。

 だが、それでも。

 公爵が僕を招くなんて話へ繋がるには、まるでピースが足りない。


 何か裏がある?

 いや、それこそ経済力も下の下で軍も持たない裸の伯爵にはどうする事も出来ないな。



「―――もみ消し不可、モグモグ不可……何があっても断るわけにはいかないね。すぐ書状を書くから、今日の業務は流して」

「ほっほ。強か……!」



 それに、業務を後回しにできるチャンスだ。



「渦中へ乗り込んだ方が状況が分かり易いし……ってか行かない訳に行かないし。そもそも、田舎貴族の僕なんて、相手にされる訳もない。なら、壁の華……雑草に徹していれば良いだけだからね」

「流石です、坊ちゃま」



 坊ちゃまという言葉ながら、今の彼は馬鹿にしているという訳ではなく、素直にその胆力を賞賛しているのだろう。

 顔が悪戯っぽく歪んでいるのは解せないけど。

 ……やっぱり。

 ヴァレットがこんな感じの時って、大体は仕掛け人の場合なんだよね。



「何企んでるの?」

「いえ、いえ。当主様も21ですからね。これを機に、奥方様を娶っては……社交界で好みの女性をお探しになってはは如何でしょう、と。そう考えただけですよ」



「……………はは。ガッデム」




   ◇




「オクターヴ公爵領―――初めてだなぁ……」



 まず第一に思う事、馬車の揺れが凄く少ない。

 単純に街道の整備の仕方からして違う……?


 あまりに多くの人が行き交っているから、その分踏み固められて滑らかになっているって事も考えられるか。

 何にせよ、道一つとっても格が違うみたいだ、横に広すぎる。

 踏み固められて地固まるというのなら、今こうして進んでいる僕の家の馬車もその養分になるし、自分の足で歩いてる外の護衛も、多分。



「ヴァレット。最近のアルベリヒの調子はどうだ」



 アノール領の借金王ことアルベリヒが正式にうちに来てからある程度経ったけど、あれから毎日のようにヴァレットが彼に超スパルタ稽古を付けているらしく。


 何度か見学したけど、僕だったらまず一日と持たないと思う。

 どうやら、彼は本当にやる気らしい。

 心入れ替えたって言うか、人が変わったようにすら。



「やる気は十分、素養も悪くありません。経験を積めば、冒険者として上位へ到る可能性もあったでしょうな」

「―――そうか。良い拾いものをしたな」



 いずれは、騎士団とまで言わなくとも、ある程度の自衛手段は欲しいと思っていたんだ。

 やはり、彼にはその中核を担ってもらおう。


 

「男爵家の三男が、伯爵家の騎士団長。中々良いと思わないか?」

「ほほっ。大出世ですな。……さて、見えてきましたぞ」

「……おぉ」


 

 久々の長旅だけに暇を持て余してて、小窓から覗ける外の景色がいつの間にか変わっている事には気付かなかったな。

 成程、これが……。



「バレンティナ、か。帝都も凄かったけど、本当に―――同じ世界なのかと疑う」



 公爵領の中央に位置する都市バレンティナ。

 流石にかのオクターヴ公爵家の領主館が存在するだけあり、僕の都市なんかとは別世界。

 道は限りなく白に近い石材で密に舗装されているし、活気も段違いで。


 なんかよく分かんないけど噴水を幾つも詰め込めるような広場が短い間隔で複数存在するくらい、土地に困ってはいない。

 機能に何ら影響しないそれらにこだわれるという事は、それだけ栄えている証拠。

 空気も澄んでいて、何ならずっといい匂いがする。

 

 流石花の都……都市全体に芳香剤でも置いてるのかな?



「……人口はどれくらいだったか」

「この都市だけで2万。数ある地方をすべて合わせれば、20万近くはいるかと」

「わぁお」



 帝国でも五指に入る大都市、然もありなん。

 帝室の分家である公爵領だからと言って、ただ小奇麗なだけって訳でもなく、外周部は下町的な雰囲気もあり、露店なども多いし。

 少なくとも、目に付く限りで不自由をしていそうな民もおらず。


 商人の入りも凄そうだな。

 およそ、ここ数年見た事もないような作物、知らぬ種類の魚も沢山……しかも海魚?

 きっとこの都市で暮らしている領なし貴族だって沢山いるんだろう、中央に差し掛かる程に豪奢な外装の巨大な屋敷も増えてきて。

 或いは、ああいう家に住んでいる人たちの方が僕より権力も財力も上だろう。


 結論、もう笑うしかない。



「……どう? ヴァレット。出世競争にさえ敗れてなかったら、アノール領もここまで成長してたのかな、今頃」

「可能性はあったかもしれませぬな。えぇ、机上の空論です」



 オクターヴ家。

 古き時代から幾人もの為政者、国家の宰相……総理大臣を輩出した家系。

 二代目の頃に帝室の次女を迎えて分家になったんだっけ。


 で、元より初代皇帝に付き従った五つの家の一つであり、知恵にかけては比肩するもの無し、外交に掛けてもアノール領主に次いだ傑物が初代……と。

 かつてはそう呼ばれていた時代もあったんだよ、実は。

 少なくとも、初代の頃では外交って言えばユスティーアの当主だったと言われてるし。



「そう考えれば、もしかして成り代わられたにっくき(かたき)だったり……」

「公爵家が被害者かと」

「あーー、頭上がんねぇ」



 どっちかって言うと面倒な仕事全部押し付けただけか。

 本当にダメだなウチの家系。

 格が違うのは決して街並みとかだけでなく、招待客の方もだ。

 

 こうして馬車で進んでいるだけで、他に都市の中央を目指している幾つかのソレは僕の家の馬車より明らかに質も良く、お金を掛けている事が分かって、しかも最新式。

 うちのは数十年前の最新であって、今の時代となっては骨董品にも近い。


 ハッキリ、悪目立ちしているとも言える。

 今頃外で前を歩いてるアルベリヒは映す価値なしとして透明になっている可能性すらあるね、セルフで。



「さて……祝宴か。ドジを踏まないと良いが」

「ほっほ。問題はありますまい。生まれの家はともかく、坊ちゃまは貴族になるべくして生まれてきた人間なので」

「ん、……ん?」



 ―――もしかして馬鹿にされてる? これ。

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