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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第三章:忘却伯と死屍累々

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第17話:迫る瘴気




「えーー、義兄上。まさか貴方自らがいらっしゃるとは」

「はははっ。下世話な話だが、長兄という生き物は妹夫婦の生活を間近で見たくなることがあってな」

「……。恐れながら、妻の上にもお二人ほど妹君がいる筈では?」

「相手も格のある相手ばかりゆえな。吟味した結果一番安置から殴りやすいのが君だと判断しただけだ。あと叩くほど面白くなる気がする」

「あー、えー。左様で」



 うわ理由最悪っ。

 これが貴族の遊びか。


 暫くぶり……より正確にいえば結婚式以来の再会である義兄ルクソールさまを館の前庭で迎えた僕だったけど、相も変わらず彼の押しの強さにはタジタジ。

 ってか何で肩組んでくるの? 何でヒソヒソなの?

 

 感染(うつ)そうとしなくてもツラはとっくに美形なんで勘弁してくれないですかね? 彼の連れてきた護衛さんたちも見てるしさ。



「当主様。伯爵が困っております。皆も見ておりますゆえ……」

「いいではないか、ローグベルク。私と義弟の仲だ。内緒話の一つや二つあるさ。なあ? ―――アノールの中央ハイブとヴァレンティナ……。簡単に行こうと思わぬ程度に離れている距離にあっても、君の話を聞かぬ日はないくらいだ。随分と賑やかな暮らしのようだな、義弟よ」

「ははは」



 やっっべぇシスコンだ。

 やっぱシスコンだ。

 妹を何度も未亡人にしかけてる男を殺しに来てる眼だ、端的に結構キレてるっぽい。


 軽装に身を包んだ茶髪の美丈夫―――年の頃は30歳前であるけど、不思議なほどに威厳に包まれている大貴族さまは結構怖いわけで。

 で、そんな彼を警護するようにしてたむろしているのが公爵家お抱えの騎士団……聖ヴァレンティナ騎士団。

 帝国の近衛である牙狼衆出身の者も多い選りすぐりの精鋭たち。

 いや、最高かよ。



「なんといいますか、最精鋭たるヴァレンティナ騎士団に、聖盾ローグベルク卿……御前試合でも優勝経験のある帝国でも五指に入る使い手とは。たとえ魔物の王に襲撃されようと守り抜きそうな布陣ですね」

「まぁ、目的を考えればこれくらいはな」



 しかも聖盾殿の持ってる大盾って【真金(クリューソス)】製!?

 天銀や黒晶とも並ぶ三大金属―――永遠に朽ちない黄金じゃん。

 あの盾ひとつでうちの都市再建できそう。


 余程の信頼と実績があるんだろう、ルクソール様は自分のお抱えの騎士たちを満足そうに見た後、対する僕の後方に控える領唯一の騎士を伺って。



「―――。少し見ない間に明らかに腕を上げたようだな、ダインス卿も」

「そう見えますか。アルベリヒ、公爵にご挨拶を」

「は。ルクソール閣下もお変わりなく……」



 ルクソール様の言葉を受け一礼する騎士。

 失った左手を隠すようにして垂れる肩掛けがトレードマークな男は確かにアノール領に来た当初と比較して明らかに男前が上がっている様子で。


 そりゃあ何度も死が間近に迫るような戦いと訓練の連続だからね。

 ヴァレットやオウルの共通認識……強くなるには死と隣り合わせの実戦が一番という言葉。

 僕という才能落第に比べれば十分天才や秀才の枠組みである騎士アルベリヒが立身出世を遂げるためには荒療治が必要というわけで。



「旦那様。令嬢をお連れいたしました」

「ご苦労」



 と、僕たちが駄弁っていると、ヴァレットに連れられるようにして現れるダークグレーの髪の少女。 

 年のころは10代半ばほどの彼女は身体をすっぽりと覆うような外套で全身を隠していたけど、頭にかぶったフードの奥の瞳とルクソール様の目が合う。



「紹介いたしましょう、令嬢殿。ルクソール・ヴァレンティナ・オクターヴ()()です」

「え、ぁ……。公爵、さま……?」

「お初に、エアージェラス殿下」



 言っちゃったよ。

 折角暗号名でぼかしてたのに。

 令嬢……プリエール聖国の王女である【水の聖女】セレスティン・エアージェラスは僕の紹介を聞き驚いたように目の大きさを変えている。

 理由はおそらく。



「オクターヴ公爵様……。あの……。お若いのですね……?」

「ははは。殿下が想像していた公爵というのは、およそ父の事だろう。私が就任したのは最近の話でな」



 そ、彼がオクターヴ公爵から家督を継いだのはつい今しがたの事。

 先代の影響力の大きさゆえまだ他国に浸透するには時間がかかるだろうし、そもそも内乱で余裕がなかった彼女が知らなくても無理はない。

 けど、そういう意味ではもし良いペースで内戦が終結してくれたのなら代替わりしたばかりの当主たるルクソール様の株も大きく上昇するだろう。

 水の聖女を秘密裏に匿い、守り抜いた帝国の功労者としてね。 



「平和ゆえ各貴族の代替わりが緩やかな貴国とは異なり、帝国は実力主義の面が強くてな。代替わりも早い傾向にあるのだ」

「そうなのですね……。申し訳ありません、そのようなお話には疎くて……」

「ルクソール様の能力の高さゆえでもありますが、ね。いやぁ、憧れてしまいますね。自ら聖女を守る盾として立とうとなさるとは。流石は義兄上」

「押し付けるな。面倒を放り出せて助かったという顔を少しは隠したらどうなんだ? 君の特技は顔に出さないことだろうに」



 おっと、邪悪な笑みが漏れてたか。

 チクチク言葉をやり返せる機会に思わず心が躍ってしまったらしい。



「にしても、共に乗り込んでくれると思っていたのだがな。何か考えがあるのか? 伯爵」

「いえ、すぐに後を追いますよ。ただ、私と義兄上が同時に乗り込むと車中がまぶしくてしょうがない。でしょう?」

「成程。それは―――間違いないな。ローグの盾も輝いていることであるし」

「「……………」」

「当主様……」

「あ、あの……?」



 騎士団、呆れた顔。

 聖女様、僕らの寸劇に笑えばいいのか突っ込むべきか迷ってるご様子。

 アルベリヒやフント、乾いた目。

 ヴァレット、いつの間にか消えてる。


 けど、あれだね。

 父を毒殺され、故郷を悪党に乗っ取られた聖女様が国を取り戻そうとしてることとか、他国のイケメン貴族たちが協力とか、何だか逆ハーの主人公みたいになってるね、彼女。


 ま、そこは僕もルクソール様も既婚者だから勘弁してほしいけど。



「ふ―――。あまり気を抜ける機会がなかったゆえ少し楽しみすぎてしまったようだな。では、参ろうか、セレスティン殿」

「は、はい……!」



 そのままルクス様の護衛達に導かれるように馬車に乗り込む聖女様。

 一応は一安心、といったところか……っと、窓から顔が。



「あ、あの、ユスティーア伯爵……! 本当に有難うございました!」

「礼ならまだ早いですよ。すべてはこれから、私も数日したらそちらへ向かいましょう。突然領主が不在になるというのはあまり良いことではないですからね」

「はい!」

「「………………」」



 後ろの騎士やら庭師がなんか言いたそうにしてるな。

 どの口がって顔だ。



「では、ルクソール様」

「ああ。君が来るのを待っているぞ……、うん? 後ろの者たち以上に何か言いたげだな」

「ええ」



「リーアニュクスの脅威は……帝国が思っている以上に強大なのかもしれません。彼らの力は帝国にも浸透しつつある。お気を付けて」



 一応手紙でも話してるけど、プリエールのバックには例の商会の影がある。

 あるいは、何かしかけてくる可能性は捨てきれない。


 彼は力強く頷いて。



「無事に送り届ける。先に君が言った通りだ。だが妹の事、くれぐれも頼むぞ。次の肆の月になればすぐ会えるだろうが、楽しみにしている。そうだ、家に忘れていっていたみたいだが、このペンダントをローゼに……」

「危なくなってくるのでそろそろやめませんか」



 幾ら金持ってるからって、フラグ宮殿でも立てるつもりなのかこの義兄。

 余ってるなら金かしてくれ。


 ………。

 万全の警備で出立した彼らを見送り、一息。

 ようやく肩の力を……。



「要件、終わり?」

「あぁ、無事に―――。レニカ?」



 肩の力抜けると思ったら背筋が冷える。

 どうして冒険者ってのは人の背後を取った後で声をかけてくるんだ、驚くだろう。


 背丈が足りず僕の背中をポンポンと叩いて呼ぶ黒髪ツインテ魔女っ娘。

 普段もこもこ部屋着かとんがり帽子付きローブを着込んでいる彼女は、現在如何にも冒険者といった軽装に着替えている。



「探索に出るのか」

「うん、しばらくお出かけ。あと、レイクの事マリーが呼んでた」



 これまでの探査で行方不明の半妖精たちが流れ着いていそうな都市の目星はつけてある。

 ここ最近半妖精の男が救出された辺りを調べてくるとのことで、レニカは暫し領を開けるという話だったな。

 第一隊の捜索期間はひとまず半月を目途に。

 ヴァレットと念話で一日毎に連絡を取るようにも言ってあるし……うん。



「レニカ、頼むぞ。君ならば何の心配もいらないだろうが、気を付けてくれ」

「全力で探してくる」



 捜索隊を裏でバックアップする役割は彼女に一任している。

 現段階でもあくまでアノール領の客人……食客という体の彼女ではあるけど、この件に関してだけは全身全霊で働いてくれるだろう。

 

 相手も隠れ住んでいたリアノールの集落を発見し、壊滅させることができるような正体不明の存在。

 だが、ほかならぬレニカならば問題はないはずだ。

 

 彼女を含め世界にたった12人しか存在しない最上位冒険者。

 厄災、黒刃毒師、調停者、竜喰い、天弓奏者、赫焔眼、神槍、閃鋼、鋼焔、竜宮、雷切、深淵狩り。

 単身で特A級、厄災の化身となる魔物を狩り個人が国戦力に匹敵するとされるのは大げさな表現では断じてない。

 


「私たちにとっての最優先は、聖国内乱の終結。出来れば、僕が痛い目に遭う事なく終われば万々歳なんだが……」



 心配はない、筈だけど。

 けど、何なんだろう。

 何だ? この言いようのない不安っていうか、背筋に張り付いて離れない寒気は。

 セレスティン様をオクターヴに預けたのは最善策だった筈。

 では、ほかに何か見落としが?


 家の守りにはヴァレットもオウルもいて、半妖精の件にはレニカがいる。

 何も憂う事なんてないはずなのに。

 まさか僕が聖女を手中に、なんて野望に目覚めたわけでもないし。


 やはり鍵を握るのは水の聖女……。



「あなたさま」

「ううむ……。やはり早急に次の手を……うむ」

「あなたさま」

「―――ん」



 レニカから伝言を受け屋敷に戻ってきた後、執務室で書類とにらめっこをしていたはずが、気付けば意識が散漫になっていたようで。

 マリーの言葉で顔をあげた頃には筆ペンから滴ったインクの黒が紙面上に大きなシミを作っている。



「随分と物思いにふけっているご様子でしたけれど、大丈夫ですか?」

「いや……あぁ、問題ない、聞いている」

「エアージェラス殿下のことを考えていたのですか?」

「……………」



 いや、そうだけどそうじゃない。

 マリーが思ってるようなことは何もないよ?

 五歳差でもなんか言われそうなのに、十歳近いのはやべーと思う。



「あなたさまは、どうしてエアージェラス殿下と私を会わせてくださらなかったのでしょう」

「言葉にしなければならない時もあるか」

「はい、夫婦だからこそ」


「単に、利を感じなかったのが一つ。今の彼女は鳴り振りをかまっている暇がない印象だったからだ。もしも君を引き合わせ、それこそ勇者としての役目だなどと言われては一番面倒だった。君を面倒に巻き込みたくはないし、周囲もそれをさせはしない。結論として引き合わせないのが一番だったのさ。アンナ、君もそう思うだろう?」

「はい、旦那様」



 ほら、アンナさんもそうだそうだって言ってる。 


 端的に、危険だと思ったからだ。

 僕はひとつ席を立ち、彼女が座るソファーに一緒に腰を落とす。



「愛する妻を戦争話に巻き込みたくはない。夫として当然だろう」

「……もうっ」

「ご期待にお応えして言葉にさせてもらったんだがな。では、今度はぜひお嫁さんの口からも愛を囁いて欲しいところ」

「知りませんっ」

「―――ふふ」



 ぷいっと顔をそむける彼女は本当にかわいい。


 ……うん。

 僕、幸せの筈なんだよ。

 愛するお嫁さんも、慕ってくれる領民も、いざという時に大活躍する護衛も、豊かな暮らしも、隠居と棺桶に片足突っ込んだ執事も。

 全部揃っている筈なのに。


 何故、また危険ばかりに身を置かなければいけないのか。

 アノール領は農業領ではなかったのか?



「もし……、もし本当におひとりで乗り越えらえない壁が現れた時。その時は、どうか私にもお手伝いさせてくださいね?」

「……………」

「約束、してください」

「分かってしまうか、不安が。しかし、君はこうしていてくれるだけで……」

「ダメです」



 マリーが距離を詰めてくる。

 既に互いの衣服、腕が触れ合う距離―――アンナさんが何かを察するように部屋を出ていく。

 本当に素晴らしいメイドさんだな、うちの家令と違って。

 けど何でいま口元抑えてたんだろ。

 


「いてくれるだけでいい。それは本心さ。適材適所、私には私の、君には君の戦いというものが」

「一緒に、戦うのですよ? だって私はあなたのお嫁さんです」

「……勇者とは言わないのか」

「勇者とは、誰かの為に戦い続ける人の事。私は、レイク様の為に、あなたの隣が良いのです」



 ……。

 これ以上夢中にさせないでほしいな。



「マリー」

「あ……」



 ハグをするだけでストレスが大きく減るって話は間違いなく真実だろう。



「ね、マリー。初代聖女も、僕達みたいに転生して救われたんじゃないかな? だから、マリーにその力が宿った」

「―――ふふ。そういう考えもありますね」



 歴史上で唯一、地母神の加護を受けた女性フィーア・グレース。

 非業の死を遂げた彼女の力は四人の女性に宿ったとされ、代わりにその後数百年は地母神の加護を受ける存在は現れなかった。


 だからこそ、マリーがソレを受けて生まれてきたのは、多分意味があるんだ。



「だから、僕たちは僕たちのやり方で生きる。悔いのないように生きて、また次に繋げるんだ」

「そうですね。ずっと一緒に―――ぁ、あ」



 唇が重なり合うかというところでマリーの意識が一瞬で入口へと向けられたことで全てを察する。

 が、ここは反射的に距離を取ろうとした妻をそのまま離すのではなく、肩を抱いて更に引き寄せることにして。

 


「失礼いたします―――、おや。これはお邪魔だったようですかな?」

「あぁ、派手にな。取り込み中だ後にしろ」

「あ、あの……!」

「ほっほ……。ではそのように……」


 

 引き下がるようなら大した用事じゃないのは確定と。

 いい加減施設送るか、あれ。



「はぁ……。本当に君の側付きは優秀だな、僕のと違って」

「……………」



 (ゆだ)ってる、可愛い。

 イチャイチャするのはいいけど見られるのは恥ずかしいわけね。



「マリー、さっきの続きだけど、僕はこれから先も君の力を使うことには非常に消極的だ」



 未来視に近い権能、欠損さえ完璧に治癒する権能。

 あまりに強大であり有用―――関係ない。


 彼女が冒険に出るのは絶対に防ぐ。

 下手に名を挙げられて遠い存在になられても困るし、ハイスぺ勇者とかに取られたら死ねる。


 出来れば彼女には一生屋敷の中にいてほしいから。



「ちょっと重いです」

「しまった」



 言わなくていいところまで口に出てたらしい。

 けど心配のあまり夫を地下牢に監禁する女性とはお似合いな気がするんだけど。



「どうして二人一緒に外に出たがっていたはずなのに、気付けばお互いを閉じ込めようとするのですかね?」

「最もよく知る方法なんだろうね、きっと。大切なものはしまっておきたい、それだけさ」

「ふふ……。あなたさま―――ッ……! あ……!!」



 ……!!


 まただ。

 またしても、運命は僕たちの邪魔をしたいらしく。


 マリーの瞳が開かれた―――本来淡い桜色の瞳が翠に煌めき、中央に幾何学模様が浮かぶ。

 叡智神ミルドレッドの紋章。

 いきなりこんなのが現れるなんて、というか彼女の瞳が開く時に僕にとって碌なことが起きないのは当然のことで―――。



「あなたさま―――。ルクスお兄様が……!」

「なに?」




   ◇




 聖ヴァレンティナ騎士団。

 巨大国家ジルドラードの中でも、名高い騎士団の一つ。

 所属する彼らは一人一人が幼少期より武術を極めんと戦いに明け暮れた者ばかりであり、中には先代公爵にスカウトされる形で所属員となった傭兵や冒険者も多い。

 武器術や魔術、連携戦術……多くに精通した万能の布陣。



「……ぐ、ぅ……!!」



 そして、彼ら騎士を率いる長【聖盾】ローグベルク。

 身の丈2メートルを優に超える彼は幼少期に素手でオーガ種を殴り殺した怪物的逸話を持ち、帝国内部の英雄談議で【赫焔眼】や【蠟剣】、【空捌(そらさば)き】といった面々に並び名が挙がる豪傑だった。


 天性の肉体、積み上げた技術と経験値。

 そして先代公爵に与えられたとこしえに朽ちぬ金属【真金(クリューソス)】製の大盾により、たとえ百の魔物に囲まれようと護衛対象を守り抜くとさえ謳われ、事実として守り続けた。


 彼は一度として守るべき主を背に膝を屈したことはない。



「ローグ……!」

「おさ、がり……を!」



 今日、この時までは.。

 

 

「われ七支卿第五位。錆騎士ベール、リッチ―――」

「「……!」」



 街道を行く騎士団。

 彼らがアノール領を離れ1日が経った頃、立ちふさがるものがいた。


 手入れがなされぬまま数百年が経ったのかと思われるほどに輝きを失った赤銅色、或いは錆色の鎧を纏った存在。

 数十年と使いつぶされたように錆びて刃が零れ落ちた長剣を携え、左手の鎧小手は肩から先がだらりと垂れ下がっている。

 それは兜の奥から焼け爛れたような声を発し続ける。



「われ、錆……。われは錆……なり。すべての敵を……定めを!!」

「いかん! みな、屈―――」



 まるで中身が存在しないかのようにだらりと垂れ下がっていた錆騎士の左手が剣を握り、一体となって鞭のように横一文字に薙ぎ払われる。

 それだけで周囲の景色が変わった。


 聖盾ローグベルクの叫びもむなしく、武器を構えていた騎士たちが上下を分かたれ、その場に外殻を纏う肉塊となってこぼれ、崩れ落ちていく。



「……ッ!! なんという事を……」

「この力……。これほどの力など、明らかに……」



 ルクソール、そしてローグベルクは瞬時に見抜いた。

 この錆色の騎士が持つ力は、明らかに上位冒険者の枠組みすら外れていると。


 錆の騎士が垂れ下がる小手で刃を振るうたびに護衛たちは為す術なく鎧ごと上下に分かたれ、只の肉塊となってその場に崩れ落ちていく。

 木々は倒れ、衝撃波が砂塵を巻く。

 そして、最も不可解なのは周囲に巻かれる砂が血のような朱に変色し、木々が脆く崩れ赤い灰になって散る。

 死者が纏ったままの鎧がボロリと崩れ、消えていく。

 またローグベルクが持つ、決して変質しないはずの盾さえもが錆に染まる。

  


「エルシディア製の剣もが……ローグ!」

「当主様……、下がっていてください、ルクス様ッ!! この存在はあまりにおぞましすぎる。奴が纏うあの瘴気には魔力の反応すらない……!! ゆえに予測ができない! このような力、それこそ……」



 魔術とは根本的に異なる能力。

 ―――異能。

 異界から召喚された勇者たちが持つとされる権能。

 或いは、更なる上位存在のみが可能とする魔法と呼ばれる高次元の力。



「われ、錆。主の命に……より……定めを実行する―――」

「……!! 大地よ! 我が盾に力を―――ぐ、ぅぅぅが!?」



 また、垂れ下がる小手が刃と共に振りぬかれる。

 ルクソールと背後の馬車ををかばうように前へ出た大盾、黄金のきらめきが錆に消え、一帯の樹木とともにローグベルクの五体が後方へ吹き飛ぶ。



「”飛燕・大鵬斬―――、がッ!?」

「……無為、なり」 

「か、は……ッ―――無駄、無為……だと? お、おおォォォ!!」



 舞う錆の粉塵にまぎれ背後から強襲したルクソールの黒晶に煌めく剣が砕け散り、それでなお彼はわずかに残った刀身を錆騎士の鎧、その継ぎ目に差し込んだ。

 幼少期からともにあった家臣、信頼する部下、それらを失った悲しみと憤怒が彼を動かし……しかし、その怒りは驚愕へも変わる。


 折れた剣、しかし深く鎧の継ぎ目に食い込んだはずの刀身から滴り落ちるものは何もない。



「……! 血が、流れない……のか?」

「無駄である。我は、亡霊。邪魔だて、するな。公、爵。貴様は、さだめでは、ない」

「さだ、め……? ははは、ならば―――」



「私のために死んでいった騎士たちは、それが定めだったと! その一言で片づける気か!! ”風切羽”!!」

「………肯定する」

「―――が、……ぁ」



 最後の魔力を絞り切り放った技が錆の塵となって消える。

 錆騎士はルクソールへと急接近するまま、左手の手甲で彼の首根っこをつかみ宙へ吊り下げた。


 朽ちた鉄のような冷気を帯びた言葉を兜の奥から発する。



「そう、だ。あれらは、今日死ぬ……その定めだった。ともに、死ぬか……? 貴様の死も、原初の悪戯に、消える。世界の運命には、僅かな影響も、もたらさぬ」

「っ……、くッ」



「帰る、さ……。妻も子もいる。く、くく……。お前のような顔を隠す男には分からぬかもしれんが、良い男というのはいい女が離してくれなくて、な。―――ローグ!!」

「………!」



 ぎちぎちと絞まる手甲の圧力に彼の喉が潰される寸前、巨大な回転する円盤―――大盾が吹き飛んでくる。

 手甲で受け止めた錆騎士も大きく弾かれ、横転していた馬車へと背中からたたきつけられ、一瞬動きを止める。

 地に転がる公爵ルクソールの身体が一瞬引きずられ、すぐに何者かに担がれる。

 既に折れた足の骨を足底として、肉と皮を引き摺りながら走るローグベルクだ。 



「く……、馬車……? まて、馬車が……! ま、まてローグ! まだ馬車に彼女が、セレスティン殿が―――」

「聞き入れられませぬ! 今大事なのはルクス様の御身体ただ一つなれば!」



 生き残った彼らは赤錆に染まり行く深森を抜けていく。

 今やそこに残されたのも二人だけだ。



「けほっ、けほ……、ぅ……あ……!」

「………聖女、セレス、ティン」



 錆騎士がぶつかった馬車。

 横転したそこには息をひそめるようにして隠れていた少女が錆騎士の姿を見て固まっている。



「……あ―――、ぁ。あなた、は……?」

「セレスティン、エアー……ジェラス、殿下。待って、いた」



 騎士は剣を収め、聖女へと右手を伸ばす。



「共に、こい。運命からは、逃れられない」

「―――――」

「あまねく万象、全てを見通す眼の中に。あの御方が、未来を、待っている」

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