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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第三章:忘却伯と死屍累々

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第12話:二度殺された領主




 剣王国グラディス……、ジルドラード帝国の東側に位置する先進国家。

 かつて世界最大規模の騎馬兵団を率い大陸を駆けた侵略国家、制圧者と呼ばれた初代剣王の時代も遥か過去の話。

 現代においてのグラディスは戦乱ではなく興行としての「戦い」に重きを置いたことで大陸社会の中に己が役割を見定めた。

 彼らにとっての戦いとは定期的に開かれる武術大会と、数年に一度のみ開かれる最強の戦士を決めるイベントを指し、その歴史は古く、200年前には既に現在の形式としての大会が開かれ、周辺国家や旅の武芸者からの注目を集めていた。

 その熱狂に重ねるようにして多くの商業が集まり、国の経済を支える……それが現代の剣王国。

 戦いの火照りと熱を鎮める、或いは欲望の逃げ道として歓楽街の要素も大きく栄えたわけで。



「グールホークさま。来ましたわ」

「のようだ」



「―――待っていたぞ、暗殺者」



 剣王国の主要な都市の一つ、中でも中央に位置する一等地に居を構えた四階建ての豪奢な建造物……賭場や娼館などの機能を複合した欲望の巣窟に在って、通常の客人たちが踏み込めぬほどに警備の厳重な区画に踏み込む黒影。

 怒号、嬌声、歓声に雄たけび。

 様々な感情が渦巻くホールから隔絶された更に奥まった空間だった。

 野生の、艶やかな毛並みを残したままの巨大獣の敷物、貴金属をこれでもかと添加したシャンデリア、各国から集まった選りすぐられた果物の山には帝国アノール領産の特選グルシュカもある。


 生の享楽を形に……、この世の勢を尽くしたようなそこへ太い荒縄で引きずられるようにして姿を現したのは、この空間には最もそぐわないものだった。

 

 太いロープにより部屋中に運び込まれた、黒壇に似た材質の棺。

 作り、大きさ、艶……おおよそ万人が目にしてもこれが名工の作であることが伺えただろうが、それでも大きな異物であることには疑いようもなく。



「……む、む。珍しいこともあるものだ。どう見る? お前たち」

「へへっ。これは上等な……」

「茶目っ気、と。ギャップというものかもしれません。あまりに今更ですが」



 空間は出入り口の扉、部屋の中央周辺に複数存在するソファー、更に向こう側に存在する執務机からなり。

 ソファーに座り込む女たちは局部が辛うじて隠れるかというほどの薄いドレスを纏い艶めかしい肌を隠そうともせず、その腰を抱くように共に腰を下ろす男たち、壁際に控える者たちすらも酒の入った赤ら顔をゆがめ、或いは上等な紙巻の煙をくぐらせている。


 中でも、最奥で構える最も雰囲気のある男。

 30センチはあるだろう巨大かつ新品同様の革靴を履き、執務机に脚を投げ出したままの男が煙交じりの息を吐く。

 


「ふ――。敢えて聞こう。それは?」

「依頼の品だ」

「ははは……。動き出すかどうか、自分の目で確かめろ、と。つまりはそういうわけだな」



 全身を黒装束に包んだ暗殺者―――大陸最強の殺し屋である冒険者が言葉も少なくその場に立ち、そこから数メートルも奥の重厚な執務机越しに深く腰を落ち着けた男が笑う。


 歓楽街でも屈指たる施設の経営者、或いは総支配人。

 しかし、そう呼ぶにはいささか強面……否、凶面だろうか。

 赤銅色の髪は固く、香油でなでつけてあるはずが一本一本が異常に太いそれらは局所的に跳ね上がり、浅黒く日に焼けた肌には幾筋もの太い血管、古傷が浮かび上がる。

 ピシリとした白の礼服が、むしろ盗賊の長が己が殺害した貴族の衣服を身に纏っているようにすら感じさせて。

  


「棺桶……ふふ。お前にそのようなユーモアのセンスがあるとは思わなかったぞ。……おい」

「はーい、どうぞ~?」



 男は執務机の上で両足をまっすぐに伸ばし、また組みなおす。

 傍らにやってきた紫髪で耳の長い女から上等な紙巻を受け取ると、今にゆったりと自身の指先に火を灯し、紙巻の先端を炙って紫煙をくぐらせる。



「……ふぅー……。はァ。黒刃毒師、大陸最強の暗殺者よ。今回こそは、アノール領主をこの世から消してきたわけか」

「二度目は、ない」

「結構。―――開けろ」

「ういッ。……ん。んお? んぐぐ!! こりゃあ……重い! 鉄みてえな木だ! おい」

「アイアイ……って本当に重いな!?」



 館の支配人の言葉を受け、護衛に控えていた男たちが棺へと駆け寄る。

 今に複数人の手で放たれた棺。

 そこに横たわっているのは完全に血の気がなくなり硬直、死斑すら浮かべた青白い肌の男だった。



「―――わぁ、なんていい男……!」

「勿体ないわぁ、こんな可愛い……。本当に綺麗」

「レイクアノール……、ユスティーア。間違いありません。一度見たら忘れませんや、こんな顔」

「さすがはお貴族様、死斑があってさえ小奇麗な……」

「もうちょっと時間が経ってさえいなければ少しくらい楽しめたかもしれないわね……あら! 良い身体! お貴族様なのに結構鍛えてたのかしら……!?」 



 遺体などそれこそ山のように見てきた彼らであったが、こうして一工程を経た棺桶の状態、それもあまりに綺麗な状態で横たわるそれは初めてだったのだろう。


 残虐に皮を剝がされているわけでも、既に肉片になっているわけでもない丸のままの遺体。

 あるいは、血の気が存在しないゆえに却って超然的な雰囲気を纏う端正な顔立ちに心を奪われたか。


 礼服を剥ぎ顔や胸板に指を這わせる女たち、強引に髪を引っ張り脈を測る男たち、そういった行為がある中。

 冷たく硬直した身体は当然に動かない。



「きれいな顔だな。死んでるみてえだ」

「死んでるんだろそりゃあ。いや、本当に死んでんのか? 動いたんだろ? 何故か。本当かどうか試してみようぜ」

「―――例えば?」

「……そりゃあ―――こうよ!!」


 

 不意に男たちの一人が手でもてあそんでいたナイフを振りぬき、遺体の鼻を上下に分ける。

 鼻上と、下……ちょうど顔の上と下で切り裂かれた切り口からは血液がほとんどこぼれない。

 完全に臓器が機能を停止、血液が一か所に纏まってしまっている影響だ。



「いいわね! 私もやりたい!」

「果物ナイフでやるのはどうかしら。オウルさま? 一緒にどう? そのご自慢の黒刃、ずっと切れ味が気になってたのだけれど」

「興味はない」

「くはっ。棺桶の件で少しは人間らしい茶目っ気が出てきたと思ったら、相変わらず遊びがねーな。仲良くやろうぜ、黒刃毒師さま。そろそろ知らない顔でもないって感じになってきたわけだしよ。同じ人でなしの殺し屋同士、これからもなーがい付き合いになるんだ」

「……………」

「そーら、ギメール産の一級品だ。酒でも一緒に飲もうや。あのガキも十年も経てばいい女になるだろ? そしたら仲良く、はははッ―――んあ?」



 酔いのまわった一人の男が饒舌に語る将来、そんな中で。

 今に暗殺者が懐から取り出したのはガラス質の瓶。

 中には無色透明の液体が煌めく。



「何だ、天下の黒刃毒師様も酒もってんじゃねえか。―――任務失敗の時にやけ酒でも……うお!?」



 パリン、と。

 不意に放られた瓶を優れた動体視力で払い除ける男の腕。

 衝撃の瞬間には繊細な音とともに容器は割れ、澄み切った蒸留酒のごとき液体が宙を舞う。

 


「おい、てめぇ……」

「お前も棺に入ってみるか。―――いや。既に骨が出ているならば、壺か?」

「……骨……壺? 何言って―――」



「ぃ、あ……、ひっ ひぃぃぃぃやぁぁぁぁ!??」



 液体だ。

 手に付着した無色透明のそれが、たった一瞬触れただけでグズグズと肉を溶かし、骨を露出、風化させる。

 更に下へ零れ落ちたそれが棺の中で重なり合うようにして組まれた遺体の手の甲を溶かし、僅かな一滴でさえ滴り落ちた青白い頬に大穴を穿つ。

 同時に液体を身体に受けた生者と死者、双方の反応はあまりに対照的だった。



「ぎゃああぁ!!? う、うででうううで、俺の……あぁぁ!? 腕がァァ!!」

「「……!」」

「マジか……!」

「こ、こんな毒が世界には……。流石……!」



 男の腕に付いた毒物は一瞬に皮と肉を融かし、骨をも穿つ。

 組織に雇われ暗殺に広く精通した一流の掃除屋である彼らをして、目を疑うような……類を見ないほどの、劇毒。


 それまで沸いていた雰囲気が一瞬に静まり、多くの者が割れた瓶から距離を取る。



「そもそも失敗、とは……。何のことだ」

「ぁ、あ……ぅが!?」



 そんな中で、黒刃の暗殺者は一切の感情を伺わせず膝を折り、床をのたうち回る男の髪を引っ掴む。



「酒も、享楽も、任務にはない。私の任務は終わっている―――。私の任務を、疑ったのか? コイツは? どう見える? 生きているように見えるか、人間」

「ぁ……、ヒ、ァァァァ!! 死ん、死んでる! 死んでます!!」

「私の任務は失敗だったのか?」

「成功ですッ! ごめんなさいごめんなさい! 間違いなく、死んでますぅ!」



「ふ……くくくっ、はははッ!!」



 恐怖による屈服、完全な上下関係の構築。

 その一幕、一部始終を見守っていた総支配人が豪快に笑う。



「おい、おい。あまり当たり散らすなよ?」

「……………」

「まぁ、許してやれ。皆、本気でお前が手心を加えたなどと思っているわけがないだろう。没落したとて、ユスティーアは帝国の中でも最も古い家の一つだ。おおよそ、魔道具由来の技術か、或いは勇者……。アノール領の聖女の力……。だが、それももはや崩れる」



「帝国の兵糧面での支援はこの男が主導していた。こうなってしまえば、撤退。或いは、士気の急激な低下は避けられんだろう。重ね、必ずアノール領が持つ技術の奪い合いが起こる。そうなってしまえば帝国は内戦への介入どころではない。そのうえで、流出するだろう技術はその全てを我々の雇い主が吸い上げるのだ。つまり……」

「「リーアニュクスに乾杯!!」」



 ……。

 重傷を負った仲間のことなど気にも留めない。

 部屋中に飛び散る鮮血などには目もくれない。

 むしろ彩る要素の一つとして迎え、彼らは何度目かの乾杯に空間を震わせ。

 


「さぁ、では次の任務だ。黒刃毒師」



 乾杯の蒸留酒を一息に飲み干した総支配人が酒精交じりの息とともにそれを告げる。



「すまないがやるべきことは多い。我々の雇い主は常に大局を見据えているがゆえに。私もまた、その恩寵を賜ることができる日は近いゆえに。協力してもらうぞ」

「……………」



 冷めているようにも、狂気に満ち満ちているようにも伺える黒の瞳。

 男の眼をまっすぐにのぞき込んでいた暗殺者のそれが不意に逸れ、執務机の上に存在する金属の()へと向けられる。



「その前に、あの子に会わせてくれ」

「―――良いだろう。君も冒険者、任務の達成には報酬が必要だ」


 

 投げ出された足、靴のつま先が箱を前へと押し出す。

 15センチ四方の黒い箱で、頂点には蕾のように球形で黒く半透明の結晶体が嵌り、箱の左側面には大人の手のひらほどの大きさの板が引っ掛けられており、本体である箱と親指ほどの太さの線でつながる。


 それは通信端末の役割を持つ魔道具。

 近年、大陸の東側で普及し始めている最先端技術の第一世代機であり、一つで一財産を築ける代物だった。

 黒い結晶体はまさに高位の魔物の魔核石。

 常に多量の魔力を必要とする端末の目立つ箇所には無数に絡み合う蛇の紋章が存在している。

 戦の混沌を象徴するリーアニュクス商会の紋章だ。


 ゆっくりと歩み、端末を手に取った黒刃毒師。

 箱と線で繋がった板状の機器を耳に当てれば、暫しの雑音が届く。



『―――――』



『これ……。あ……!』

「私だ。無事か」

『……お姉ちゃん!』

「元気か?」

『うん。……うん! 私、良い子にしてる!』

「あぁ。当然分かっているさ。またすぐに直接会える。きっとな」



 あまりに圧縮されたやり取り。

 それはまるで、幾たびもの失敗を経て与えられた僅かな時間でどれだけ多くの感情を伝え合うかを試行錯誤した末の結果のような。



「……………」

「すまんな、毎度切れかけで。だが、魔核石を取り換えるにもそのレベルの魔物は簡単には現れんのだ」



 元々動力源たるそれに残されていた魔力が少なかったのだろう、会話はわずか10秒にも満たなかった。

 やがて混ざる雑音とともに聞き取りずらくなる声を前に、暗殺者は未練を感じさせない声色で自ら通信を切る。

 その判断に満足げな表情を見せた総支配人は短くなった紙巻を手で握りつぶすまま、拳に巨大な焔を灯し完全な灰と消し去る。

 その火力は彼の術士としての技量の高さを伺わせ。

 今に執務机の向こうに転がる棺へと視線を見定めた総支配人は拳の炎塊を一息に放つ……、が。


 

「む。……燃えんか」

「ダメダメ、その程度の火で燃えるわけありませんわ、グールホーク様。この木、見たところベルグラムですもの」

「ほう、ベルグラム―――聖樹スィドラに次ぐ硬度の?」

「そ。希少種の……わざわざこんな固い木で棺桶だなんて、どういう趣味なのかしら? オウルさま」

「……………」



 黒刃は耳の長い女の言葉に応えず踵を返し、まっすぐ横たわる棺へと歩み、そして。



「「……!」」

「なんつぅ馬鹿力……」



「任務は、承知した」



 重厚な棺を蹴る脚にどれだけの力が込められていたか、容易くひっくり返る棺桶。

 そのまま、勢いで転がり出た遺体の髪を毟るほどの力で引っ張り、引き摺り歩く。



「これは溶かしておこう。先の薬が余っている」

「―――ふ……クククっ。どれだけ権勢を振るった若き貴族とて、死んでしまえばこのようなものか……無常、だな」



「あぁ。今度こそ迷い出ぬよう、この世から存在ごと消してやれ。帝国は見つかるはずもないこの男を探し、苦心することになるだろうがな」




    ◇



 ………。

 とても新鮮なものだ。

 貴族と生まれてこの方、こんな素晴らしい経験をした覚えはないと断言できる。

 いや、彼女には少し前にもう一つ素敵なプレゼントをいただいているわけだし、それと合わせれば二度目だろうか。


 ともかく、全く、まっこと……。

 本当に、このような素敵体験させてくれたことに対する感謝すら伝えたいところで。



「―――う、む……。うむ。ようやっと痺れから感覚が戻ってきたか……。まだ寒気と筋肉が固い感じがあるが……さて。くれてやるとは言ったが、あそこ迄ぞんざいに扱われたのは初めての経験だ。命の真の価値。貴族などというクソの役にも立たない称号を抜いた人の本来の値段の安さというものを見せてくれて感謝するぞ、オウル」

「……………」

「いや、なに。言葉を間違えたか? 安心しろ、怒ってはいない。少しばかり機嫌が悪いだけだ。あと派手に痛む。特に見通しのよくなった腕。口を開かずとも舌を出し入れできるようになった頬。最高だな。時に、チークキスを知っているか? ある国の地域では頬同士を触れ合わせて挨拶を交わす。だが、これならば頬と舌で同時に出来るな、ははは。次の時代のトレンドはおそらくそれが……」

「―――すまない」



 ………。


 本当に申し訳なさそうな顔もするな、調子が狂う。

 相手が何が悪かったかを理解しているのにそれ以上怒るようなアホ上司じゃないんだよ、僕ァ。

 そもそも発案者は僕だし八つ当たりだし。



「ガッデム……。良い、今の世迷い事は全て忘れてくれ。君もあのような息の詰まるパリピ空間で退屈であったことだろうしな。ひとまずは共に肩の力を抜こう。下見としてはこれ以上ない収穫だったことだしな。なぁ? ご両人」

「「……………」」

 

 

 あっちもだんまり、こっちもだんまり……か。

 確かにかくれんぼゲームとは言ったが、そこまで徹底しろとは言ってないはずだが……おそらくお遊び感覚だろう。

 この辺は本当に年相応、というところか。



「まぁ、なんだ。薬の効果もてきめん、流石は農耕の分家……。惜しむらくは商品にはできそうもないというところだが……」

「……。その、レイクアノール……。本当に、大丈夫なのか?」

「私の信じる者たちを信じろ、オウル。私がここまでこれたのは、一重に機会と仲間に恵まれたからだ。君は、機会を待って刃を研いでいればいい」



 それよりも聞きたいのは向こう側だ。

 声だけだが、なかなかに貫禄のある男に、世紀末で肩パッドつけてそうな野郎どもの声がいくつか。

 あとお近づきになりたいとろけるように艶めかしい女性の声数人分……。

 おぼろげな雰囲気から、その全員がかなりの実力者だとみたが。 



「リーアニュクスの一部門……表沙汰にはできないようなウェットワークを担う集団はいくつもあるとは噂されていたが。その中であれらはどの程度なのだ?」

「トップ層に近い。商会の初期から存在していた暗部を継承するのがあれらだ。魔物よりも、人を殺す技術にこそ精通した集団。元々私とは敵対していた勢力だ」



 リーアニュクスはここ数十年で爆発的に勢力を伸ばした商会。

 戦争によって拡大したということからも分かるが、その躍進の中で目を覆うようなことの百や二百は平気でやっていて当然だろう。

 ああいう裏社会の連中をうまく扱っているからこそ、あの商会は此処まで化けたのだと。



「はんっ。たった数年数十年で増長するようなところには必ず裏があるものだ。何の種も仕掛けもなく、ぽっと出が大きな顔をできるほど現代の経済は甘くないが、ここまで想像通りだとつまらなさすら感じるようだな。絵にかいたような暗躍と、大きな後ろ盾で得た力。ろくなことをしていない証明。潰すのに何の良心も……」

「……………」

「何だ? 言いたいことがありそうだな」



 何だその突っ込むべきか迷うような顔は。

 喋りたいなら言ってみろ、回答を述べよ。



「―――、――?」

「自己紹介? どこがだ。ようやく口を開いたかと思えば―――成程。君も同じことを考えていたのか? オウル」

「……………」



 如何にも微妙そうな顔をしていたオウルもまた気まずそうに髪を弄り。



「……それよりも、だ。奴らは上位冒険者クラスの実力者も両手で数える以上にいる。諜報も並ではない。本当に戦闘をしないで……」

「切り崩す方法などいくらでもあるさ」



 何をすべきかは完全に見定められたしね。

 言っただろう? 想定通り過ぎてつまらなさすら覚えるって。

 


「……。たった一地方の領主が……大陸でも三指に入る大商会を敵に回すつもりか?」

「はは、面白いことを言うな、オウル」



「もう遅い。そもそも私が、ではない。―――彼らが私を敵に回したのだ」



 そして、そのことを後悔する日が来る。

 それは彼らが思っているよりずっとずっと早いだろう。


 というわけで。



「ひとまず葬式の準備だな。私の」

「……は?」

「あくまで準備だ。本当に執り行う頃にはすべて終わっている。君は知らないかもしれないが、貴族というのは何でも形から入るものでな」



 葬式だろうがそれは同じだ。

 物事を大きくすることに定評がある耄碌執事を使い、精々大々的にやらせてもらおう。

 


「……話しているほどに分からない。何なんだ? あなたは」

「帝国の田舎領主だ。少し野望が大きいだけの、な」



 野望が大きいだけで、それをなすための順路も力もまるで不足なのが今の僕だ。

 力を……武器の柄を握る。

 そのために今こうして巨大なリスクを取っている。



「……さて。予測通りの展開ではあったが。どうだ、問題なくできそうか? 20億お嬢さん」

「―――――」

「ふ……。流石」

「―――――?」

「問題ない。金はすぐに返すさ……む? あぁ、どうも。確かにいい男が台無しだ」



 視線を下げた先……小さな掌から差し出されるハンカチを受け取り、顔の鼻筋から滴る血を拭う。

 やはりこういうのは専門に任せるのがいい。

 領主とはすべての技術を知っている必要はない。

 それらを可能とする者たちを領に迎え、安全と生活を提供……あとは彼らが専門性を突き詰めてくれる。


 その全てを生かせるのが領主なのだからな。

 ……さんざんに刻まれた顔の血を拭いつつ、ようやく痺れと硬直から戻った足で歩み出す。



「さぁ、ひとまず戻るとしよう。歓楽街のVIPルームでさんざん楽しみ女どもに撫でまわされ、挙句乱れた衣服と赤ら顔で朝帰宅。……本当に妻に殺されるかもな」



 何で家帰るたびにボロボロなんだ? 僕ァ。

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