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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第三章:忘却伯と死屍累々

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第10話:人ではない何か




 腕―――、飛んで―――。

 舞い散る血潮と踊り狂う肉塊、あまりに現実離れした光景の当事者でありながら、どこか他人事のようにそれを目で追っていた気がする。

 一瞬の出来事があまりにゆっくりと感じられたのは、何か覚醒でもしたのか?


 ………。

 めぐる思考、現実逃避にも近いそれがゆっくりと頭を過り。

 すぐに追いついたのは理解と痛み。



「ぐ……、ぐくッ……!! ”結紮(けっさつ)”……!!」



 出立前に体へ刻んであったそれを急いで起動。

 絶対に使う機会があるからと思っていたけど、こうも嬉しくない想定通りがあるだろうか。



「はぁ……、はぁ……、ぅッ」

「結紮。出血を抑える医療系魔術。―――だが、今の発動は……」



 僕が地面に転がっている中で、しかし追撃はない。


 やはり、オウルは警戒をまるで解いていないらしい。

 僕がここまで窮地に追い込まれているという状況でも、まだ自身と同格の乱入者が現れる可能性を見据え、絶対の好機にこそ隙を生まないよう周囲に警戒し立ちまわっているのだ。

 

 相手は、【厄災】が訪れる可能性をずっと計算に入れて動いている。

 杞憂であっても僕を殺すという事実は変わらないからだ。


 ……マズい。

 けど、これは本当にまずい……。



「ぁ……、―――される……。殺される……」



 体が冷たくなっていく、呼吸が乱れて思考がぼやける。

 ヤバい。

 やばいやばいやばいやばい。

 度胸はあった、覚悟もしてた……だが、これ以上は本当に……!!



「ひっ……! 殺される……! こ、ころっ……!」

「……………」



「何だ。貴族らしからぬ度胸と思っていたが、やはり一皮剝いてしまえば貴様も単なる……」



お嫁さん(マリー)に殺される!!」

「―――――」



 今度こそ地下室とかに閉じ込められる!

 完全に立場逆転する! 乗っ取られて領主人生終わる!

 ヨーゼフとかフントとかマリアも何でか最近僕の命令より彼女のお願いのほうを優先し始めてる……!


 

「く……、くそ! く、くるな!」

「―――。訂正しよう。やはり貴様はズレている」



 尻もちをついたまま後ずさり、恥も外聞も捨てる。

 ゆっくり歩いてくるオウルから必死に距離を取る。

 痛み? 知らんわ。

 腕を斬り飛ばされた痛みなんかより、それがなくなったという事実のほうが大事だ。

 痛みはずっとずっと昔から慣れてるんだ。


 ずっとずっと痛かったんだ。

 そんなことよりも、どんなことよりも今の僕が恐れるのは決して痛みなどではない。



「邪魔だ」

「ふ……。こんな主っすがね、死なれると困るんで」

「……一度しか言わん。どけ、小僧。殺すぞ」

「……ッ!」



 常人ならショック死するかもしれないほどの圧力。

 しかし、間に割って入ったアルベリヒは失った武器の替わりである予備の剣をピクリとも動かさない。



「……はは。身体が動かぬのですよ、貴女の圧で」



 やるときはやる男。

 それはまさにこの騎士のためにあるのだろう。

 覚悟を決めるまではギャーギャー幾らでも、それこそゴブリンのようにわめくけど、一度完全に固まったのならば冷や汗一つなく任務を遂行する。

 ヴァレットのしごきは伊達ではないし、学生時代から(方向性はともかく)そういう男だった。



「良いぞ、アルベリヒ。流石は女子寮に忍び込もうとした時も、風呂を覗きに行こうとした時も、下着泥棒の計画を立てていた時も、冷や汗一つ、迷い一つなく―――」

「黙らんとやっぱ退きますよ、あるじ」

「……………」

「―――。それに今更殺すって、オウル殿。やろうと思えばやれたでしょうに。今も、あの時も」



 明らかに軽蔑の色が混ざり始めた朱の瞳……最強の暗殺者に対し別の汗をかき始めたアルベリヒが言葉を投げる。

 ……そう、いつでもやれた。

 僕が死んだ―――推定死んだとき、アルベリヒやヨーゼフには何の外傷もなかった。


 相手にされなかった。

 だからこそわかる。



「……ふ、はッ。黒刃毒師は、最低限の殺ししか行わない」



 走馬灯の過る時間は終わり、いまだ僅かばかりの猶予があることを理解。

 それによってわずかに余裕ができたことで再び貴族の武器たる言葉を飛ばすことにする。



「オウルよ。やはりお前は任務を受けざるを得なかった理由があるのではないか?」

「―――貴様には」

「関係ある。私の、暗殺任務だ。私には知る権利というものがあると思わないか」



 こうしている間にも、身体からは僅かずつでも血が流れる。

 強力な止血の魔術を使っておいてもこれだ。

 血液の凝固を妨げられている気分……あるいは僕の耐性すら貫通するような毒が? この暗殺者なら敵の体内で毒を配合するなんてことをやってのけてもまるで不思議ではなく。


 流石に最強の暗殺者。

 人類の到達した極致、最上位冒険者。

 だがオウルはどちらかと言えば前衛よりの能力だ。

 魔術で障壁を張って守るより、自身の技術で受け、回避していれば攻撃は当たらない。

 

 逆を返せば、()()()()()()()……。

 文字通り、まだ()()()()

 ……まだ。



「レイクアノール。お前は何者だ」

「貴族さ。田舎暮らしのな」



 今更なんだ。

 自分は答えないくせに疑問は投げてくる……僕は相手と違い性格悪くないので答えてやるが。


 

「なぜ死なない。なぜ生きている。こうして目の前に立っている。私の眼に、もはやお前は人間に見えていない」

「……ッ、ふふ……光栄だな。最も、私もまたお前を人間だとは到底思えないが……。ともに人ならざる者同士。ならば、どうする?」



 アルベリヒを挟み向き合う。

 虎の威を借るキツネのようなこちらに対し、或いは竜、或いは鳳凰、或いは麒麟……とにかくレベルの違う化け物が牙たる黒刃を構える。



「人ならざる魔を滅するのは我ら冒険者の責。立ちはだかるのであれば、障害もろとも」



 自分に言い聞かせるように言葉を重ねたオウル。

 彼女は黒晶のように煌めく短剣を構え。



「依頼半分―――5億」

「……!」



 しかし、結局技が放たれることはなかった。

 そうなる前にオウルは飛び退っていたからであり、その視線の先には何者かが立っていたのだ。


 黒髪に空色の瞳。

 幼さの残る体躯、顔立ち……トレードマークのツインテールに魔女を思わせる帽子。



「―――厄災……、レニカ」



 彼女は飛び退った。

 自身に届き得る唯一の不確定要素たる冒険者がそこにいるのを見たからだ。

 逆に、現れた少女はたった一言分口を動かしただけ。

 ボロい商売だな。

 姿を晒すだけでその金額受け取ろうってか。



「やはりいたか。だが姿が見えたのならば……」

「おおおオおオおお―――深斬!!」

「………どけ」


 

 不意打ちに放たれた抜刀術―――アルベリヒの放った渾身の一撃を奴は霧のようにすり抜け、弾速のまま僕へ肉薄。


 やはりそうだ。

 オウルはずっと周囲を警戒していた。

 ひとえに、姿を隠すことに集中したレニカを捉えることは彼女にすらできず、不意を突かれ不覚を取るかもしれないと考えたからだろう。


 だが、もう違う。

 今まさに姿を現したレニカ……どこに居るのかがわかっているのなら、その居場所に警戒しつつ僕を殺せばいいだけなのだから。



「終わりだ」



 だから、まっすぐ殺しに来た。

 巡ってきた機会で僕を完全に滅するために。



「分かっていたさ……! くら―――えぇぇぇぇ!!」



 巡ってきたのは僕だって同じだった。

 叫びとともに突き出したのはたった一本のみ残った腕。

 その掌に激痛が走ったと思った刹那、一瞬で焼け、焦げ……ボロボロと崩れ落ちる。


 ついには残った腕の感覚すらもなくなった。


 瞬きの一瞬で展開されるは肉体の一部を犠牲として発動する大魔術。

 それは燃え盛る業火の柱―――未だ嘗て目にした事もない強大な魔術を放ったのが、才能なんて存在しない僕自身という事実。



「―――それが貴様の奥の手か」

「……!」



 だが、やはり世界は不公平で、残酷で、無慈悲で。

 僕が命を賭して放った業火の柱は……その最高の一撃すら、敵は避けた。

 同時に胸に突き刺さる黒刃。


 それは見事に、深々と突き刺さった。

 


「見事だ。そして惜しかったな。当たってさえいれば、私の命にも届いただろう」

「―――か……、はッ……」



 ………。



「……。すまない、レイクアノール・ユスティーア」


 

 刃が突き立った個所から血がわずかに流れ出る。

 レニカが現れた事による警戒、そしてアルベリヒの命懸けたる一斬。

 思考を奪い、誘導した末に全てをくべて放った一撃。


 持ちうる全部を賭してすら、届かない。

 いまだ燃え盛り続ける焔、倒れゆく身体。


 しかし、最後に救いもあった。

 当たってさえいれば、この炎の一撃は最上位たる彼女の命にも届いたのだと。


 ……。

 よかった。


 それなら……、よかった。

 


「……そう、か……」



 ………。



「聞けて、良かった」

「―――――」



「ぁ、が。な……に!?」



 倒れゆく僕と、刃を突き立てる彼女―――丁度沈みゆく僕の身体をギリギリに掠めるように、横から突き抜けるもう一つの焔の柱が暗殺者の身体を喰らい、攫い、飲み込む。



「ぐ―――が……ぁぁぁあ!!? これ、は……ッッ!?」



 言っただろう、腕から撃つ技だと。

 知ってるだろう、人間には腕が二本あるんだよ。



「ば、かな!! 斬り飛ばされた腕が術を放つなど!!」



 普通はできないだろうな。 

 体を離れた時点でそれは只の物であり、身体の一部ではない。

 意志を持たない、神経が伝達しない、単なる肉塊が遠隔で魔術を起動してくれるはずがない。



「お前は言ったぞ。私のことを……人間には見えない、と」



 重ねて気が合うな、ぼくもそーなの。

 ………。

 死んだのに生き返った、重大な過去を忘却している。

 おまけに、もひとつ。



「あああああああああぁぁぁぁ!!」

「深々と刺してくれたな。……ところで本当にその位置に私の心臓がある確証があったのか? 以前確認したとき、既に止まっていたのだろう?」



 本当に人間なのか? 僕は。

 死んでも死ななず、中途半端に前世の記憶があり、おまけに心臓の位置がちょーーっとだけ常人とはずれた位置にある。

 ……()()、ね。


 僕は本当に―――……、いや。

 どうでもいい。



 炎の中で焼かれ、焦げながら叫ぶ影。

 もがき、あがき……しかし現象そのものを斬り裂いていく暗殺者はどうにか焔が消え去るのを耐えるかのように焔の海を捌く。 

 自分なら耐えきれる……と。

 経験からくる自信、悪くない。


 だが……今回の判断としては最悪だっただろう。



「ぐあ、ああああぁぁぁぁぁ!! 何故!!?」



 文字通り厄災のお墨付き。

 ()()()()ぞ? その炎は。


 

 ………。



『……これが―――。いや待て。私も魔術式に関しては一家言あるからわかる。てんで出鱈目な式だ。本当に魔術師の作った術か? そもそも動くのか? これは』

『作ったのは術士じゃない。動くかはやってみないと分からない』

『ヤブ医者ァ!!』

『けど、強い。上位魔術でレイクの適性なら、これが一番強い』



『私が知ってる、一番強い人の技。私たちにも届く。殺せる』



『その魔術の名前は……』



 両手を失い、止血を施していても胸の穴から流れ出る血液、そして魔力。

 意識が明滅する中でレニカの言葉がよぎる。


 真なる大魔術……、上位魔術の中でもトップクラスに位置する攻撃性能を持つ、消えない炎の柱を撃ち出す技。

 僕の身体に刻まれた不滅の焔の名は。



「―――――“偽典・紅焔(こうえん)”」




   ◇




「ぐ……、う」

「レイク様!!」



 燃え上がる業火はとどまるところを知らず、ずっとその場で勢いを増し続けていた。

 そんな中で駆け寄ってくるアルベリヒの顔には清々しいまでもの安堵があり。


 僕も同じ気持ちだったけど、さすがに気が早いだろ。



「アル……奴、を……。私は、良い。奴を……」

「いや! さすがに確認するまでもないでしょう! それより今は早く手当てをしてもらって……」



「……ッ、ま……、だ」

「「―――――」」



 ………。



 は?



 ザザ……と。

 燃え盛る炎の奏でる音に交じり、土を踏みしめる音が響き渡る。



「おい、おい……」



 アルベリヒが目を剝き悪態をつく。

 僕だって全く同じ気分だった。



「おわ、り……か? レイク、アノール……」



 そこには奴が立っていた。

 全身が焼けただれ、武器を握る手すらも所々が炭化した異様な姿。

 しかし、確かに大打撃であるが、致命傷ではないらしく。

 

 冗談じゃない。

 マジでお前こそ人間か? 超越どころか逸脱した化け物の間違いだろう。

 都市区画を消し飛ばす、伝え聞く竜の焔にも匹敵するかもしれない大魔術の一撃だぞ……!?


 マジで悪夢のような化け物だ。



「んのっ、くそおおおおおォォォォ!!」

「じゃ、ま……だ!」



 二合。

 アルベリヒが切り結べた数。

 本来一合すら怪しいことを考えれば、敵があまりに弱体化していることがわかるけど、それでなお絶望的なまでもの戦力差。



「ぐうぅぅぅ!?」



 短剣で袈裟に切り裂かれた騎士はそのまま地面に剣と膝をつき。



「―――……、ははっ」

「どう、やら……。厄災は貴様の味方というわけでは、ない……らしい。ならば……やはりこれで!」



 おわり、と。

 オウルが刃を薙ぐ―――死神の鎌が僕の首を両断する……。

 

 否だ。

 鳴り響いたのは肉を切る音ではなく、鋭い金属音。 

 短剣が同じく短剣に防がれた音。 



「……!! あなた、は……」

「すさまじい生命力ですな、オウル殿。さすがは最上位冒険者……。旦那様。首の皮は繋がっておるようですな」


 

 いつまで見ているのかと思ったぞ……。

 

 現れたのはアノール領の真なる最強戦力、【処刑人】……と呼ばれていたらしい耄碌執事。

 斬撃を受け止めた彼の姿を認めるや、瞬間にはオウルの動きが変わる。


 

「黒風怪――斬瘴(ざんしょう)

「……! ”雲水竜”」



 黒の瘴気が無数に枝分かれし、茨のように執事を襲い。

 しかし、ヴァレットは袖口から次々と短剣よりさらに細かな暗器―――ナイフを投擲して捌き切る。


 斬撃の応酬。

 互いが振りぬく一振りごとに衝撃波が舞い、一瞬で数十と切り結ぶ両者。

 或いは僕がヴァレットの(多分)本気を目にしたのはこれが初めてだし、更に凄まじいのは黒刃毒師……あれほどの手傷を負ってさえ、ヴァレットと互角以上に渡り合う。



「ぼっちゃま!!」

「……ッ!」



 分かってる―――いや、正直目的を見失ってた。

 やはり僕だって男児……こんな伝説の中でしかお目にかかれなかったような化け物同士の戦いを見て、少なからず心を奪われていたらしく。


 だが、しかし。

 いかにヴァレットとて……いや、信じたくはなかったけど、やはり最上位というのは彼よりも上らしい。

 こうして互角に渡り合っていても、老いた彼がじりじりと押されているのがわかる。

 なら。



「―――頼む!! キミの力が必要だ!!」



 僕は最後の声を振り絞り叫ぶ。

 虚空へ向かい、既に存在しない両手を伸ばすかのように叫んだ。



「地母神よ」



 そして奇跡は起きた。


 風が舞い、黄金色の波動が大地を覆う。

 何処までも、どこまでも……戦いの余波によって荒れ果てていた街道に緑が戻り始め、同時に炭化し枝のように変わっていた僕の腕が瑞々しさを取り戻す。

 既に存在すら消えていた腕すらも、根元から生えてくる。


 両手が復活した……つまり。



「―――、馬鹿な……」

「大神の権能とは、かくも……。ほほっ、これにて幕引きと致しましょう、リィナ殿……”暗礁(あんしょう)”」

「……くッ!! 身体が……ッ」



 三度目の正直。

 水属性の上位に位置する超高等技たる「障壁魔術」を展開したヴァレットと、すでに身体能力以外の札を失っていたオウル。

 足止めされていたことを合わせ、その身体は全くの想定外であった攻撃を避ける手立てはない。



「くらえええええぇぇぇ!!! ―――”紅焔”!!」



 腕二本と、残っていた魔力。

 その全てを触媒に込め放たれた魔術の効力は先の二つより明らかに弱まっていたのか、本来その場にとどまるはずの炎は10秒と経たないうちに消滅した。


 けど、それでもあり得ざる威力だったことは疑いようもなく。



「ぅ、……ぁ……」



 今度こそ完全に焼け焦げ、崩れ落ちるようにして倒れる身体。

 膝を屈し、虚ろな光を灯した瞳が揺れ―――。



「まだあああああぁぁぁぁぁッ!!」

「「!」」



 完全に想定外だった。

 もはや焼け焦げた人型の何かになったソレが不意に焼けただれた地面を蹴り、跳躍。

 一瞬で距離を詰め、僕へと飛んでくる。



「……! ……ぅ、ぁ」

「―――――」



 結局、ソレは届かなかった。

 動けなかった僕の喉に迫った黒刃はしかし、先に限界が来たのは彼女の腕だった。

 焼け焦げ、完全に炭化し……ぼろりと崩れた指先から黒晶の短剣が落ちる。


 武器を握る掌が崩れるのさえもう少し遅かったら―――、あと数センチ前に迫っていたのなら、或いは最後の最後で僕は殺されていた。

 そう理解する中で、今度こそ最上位冒険者【黒刃毒師】は倒れ、沈黙したのだ。


 ……本当に?

 本当に沈黙したよな?


 ……。

 なら、安心だ。



「―――さま、―――あなたさま……。あなたさま!!」

「……………はは」



 朽ちた馬車。 

 一番最初の爆発の時点で既に吹き飛んでいた残骸から顔を覗かせたのは桃色の髪の女性。

 いつの間にか消えていたレニカによって押される車椅子で近づいてきた彼女の姿を見て、鉄錆の生臭さを感じさせる安堵の息が漏れた。



「ま、リー。ぶじ、か?」

「………ッ!!」



 霞んだ視界に映る、様々な感情の入り混じった彼女の顔。

 中には強烈な怒りも含まれている。

 これはもう寝室懲役数か月確定か?



「ゆ、う……しゃ。ろーぜ、ま……」

「「!」」



 嘘だろ!? まだ喋れんのか……。

 地面に横たわる存在から漏れるか細い声に戦慄を覚えながらも極めて平静を取り繕い言葉を返す。



「そう、だ。妻と執事はずっと馬車の中にいたのさ。レニカと一緒にな」

「―――――」



 屋敷を出るとき、僕は「行ってきます」といった覚えはないぞ。

 ついでに言えばいってらっしゃいのキスもされてない。


 ともかく、だから行きも帰りもクソ狭くてな。

 聞かれては困るからと会話もなく心底最悪な気分だった。


 初手で馬車を吹き飛ばした……その時点で、オウルの頭の中にその可能性は完全に除外されていただろう。

 まさか非戦闘者であるお嫁さんのいるところを爆裂させるなんて考えもしないのだから当然だ。


 僕とアルベリヒが急いで馬車を出たのもその為、火薬の量を抑えたのもその為。

 あくまで馬車には1、2人が隠れられる程度の原型を留めてもらう必要があったし、アルベリヒが【黒刃毒師】の襲撃を事前に察知できたわけもない。


 最初にゴーサインを放ったのはヴァレットだったのだ。



 「姿を見せること」、「マリーを傍で守ること」……その二つがレニカへの依頼なのだから。

 マリーが動けばレニカも動く……当然だ。



「――――は、やはり、お、まえは」

「喋るな。私としてもお前に死なれては困る」



 もしもレニカが攻撃魔術などを行使すれば、すぐに気づく事が出来たろうが。

 殺気もない中、決して戦闘には参加せず終始隠形に徹していた彼女を見破る事は出来なかったようだな。

 本当に化け物ぞろいだ、最上位ってのは。


 と、今はとにかく。



「マリー。この女を生かさず殺さずで回復させたい」

「……………」

「すまない。だが私には、オウルの情報が必要なのだ」



 結婚から半年とたたず、しかも短期間で二度も未亡人にされかけた身だ。

 夫を殺そうとした暗殺者を回復するのは嫌だろう。

 けど、オウルの後ろにいる者たちを引きずり出すには……何より、僕が刃を握るには、この女には生きていてもらわないと困るのだ。



「―――レイク。ダメ」

「……? 何がだ」

「治療ダメ。領につくまでは何もしないほうがいい。ちょっとでも、何するか分からない。だからそのまま連れていく。多分死なない」

「……どうなっているんだ君たちの身体は」


 

 ……やはり本当に人間か怪しいな、最上位冒険者というのは。

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