第9話:全てを賭して
「わ―――、ぁぁ……!? 旦那様ぁ!?」
身体が馬車の外に引きずり出され、そのまま幾度と地面を転がっていく。
遅れて響いた御者の叫びとともに馬が大きくいななき、車が急停止する。
「く……、ぐっ。……!」
「言いたいことは分かってます。流石に引きずり出すのはやりすぎだろう……でしょう?」
分かってるじゃないか、騎士。
ただ、許す。
今回だけは九死に一生だ。
「だ、旦那さ―――」
「行、け、ヨーゼフ」
「……、ぁ……」
「命令を……忘れるな。忘却は罪だ。お前だけで走れ……!! 今すぐ―――すべてを捨てて逃げろ!!」
逡巡はあった。
あれだけ言い聞かせていたにもかかわらず、やはり僕が幼少のころから知る忠誠心の高い庭師は一瞬だけ迷いを見せて。
しかし、それでも走った。
馬と馬車を繋ぐ結束を解き馬の背に飛び乗ると、その全てを伴いアノール領の中央へ向けて一気に駆けていく。
それを妨害する者は誰一人、何一つ……。
「……!! レイクさ―――く、ォォォォお!!」
「アル―――、!?」
……見送ってる暇なんてなかった。
目の前で虚空へ振りぬかれたアルベリヒの剣が容易く弾かれ、次の瞬間にはそれを気にしていることもできないような衝撃が胸を貫く。
「―――がッ!? ……ッ、ぅ……」
心臓を直接強打されたような衝撃があった。
この時点ですでに僕は死んでいたのだろう。
本当なら、この瞬間に。
心臓を一突き……本当にいつ攻撃されていたのかもわからない、たった一瞬風が強くなったような感覚があった刹那、肋骨にひびでも入ってるのかジクジクと酷く痛み出す。
全て弾けるっていう話だったのに……、レニカの奴め!
内出血は確実、屋敷に戻ったら確認してもらわないとな。
「か、ハ……。―――ふ、ふふ……ッ。妻のキスマークだと自慢するにはいささか大きすぎる痕がついてしまっただろうが……」
さて。
だが、それでも僕は死んでいない……僕は生きている!
「凡人を二度も仕損じたのは初めてか? 重ね、二度目も挨拶なしとは、やはり最上位ともなると礼儀も普通とは違うらしいな。黒刃毒師……オウル」
「……………」
ようやく、ようやっと僕は奴の姿を目にする事が出来た。
黒の霧が形となり、朧気だった輪郭はその時初めて人型として目の前に現れる。
……あるいは、最後まで姿をさらす必要すらなかったのだ。
敢えてそうしたのは死にゆく者へのせめてもの手向けか。
黒の革手袋に握られた肉厚で大ぶりの短剣……。
それを持つのは、女だった。
すらりとした背丈は170に届くかといったところ。
漆黒で肩程の髪に、全身がスーツ生地を思わせる黒布で覆われ、瞳は血のような朱。
黒づくめの中で唯一異なる瞳の色は酷く目立って―――赤い瞳だと?
「人間、か? ……貴様、よもや……」
返答はない。
「いや、ソレはどうでもいい。今更になって姿を晒したのは礼儀か。それとも―――今度こそ確実に皆殺しという意思表示か?」
距離はわずかに十数メートル。
聞こえてないはずもないが、やはり言葉は帰ってこない。
暗殺者の流儀として奴にも一家言あるらしいな、何も言わないけど。
「さて―――アルベリヒ。覚悟はできているだろうな。私の為に死んでくれる準備は」
「……帰ってよろしですか?」
俄然やる気みたいだな。
言葉とは裏腹に、あれだけの実力差を見せつけられてなお、帝都の名匠が鍛え上げた鋼の剣を構えなおす騎士は頼もしいことこの上なく。
相手が化け物の権化たる最上位冒険者でさえなければ僕は鼻に指を突っ込んで余裕の表情だったろう。
単なる街道。
周囲にあるのは雑多な樹木と、どこまでも続く平坦な道、そして捨てられた馬のいない馬車。
跨ぐのは絶望的な戦力差。
「沈黙を貫く。それもいいだろう、暗殺者としてあるべき姿だ。だが、折角姿を現したのだ。あるのだろう? オウル。私に、聞きたいことが。お前なら姿を晒さずとも次の攻撃を仕掛けられた。ちょうど今しがた私にやってくれたように」
………。
せめてなんか言ってくれ、と。
何度目かの言葉を投げかける。
先の痛みはまさに必殺。
本当だったら僕は心臓を一突きに殺されていた。
しかし、そうはならず……結局生き残ったこちらへ対し、どういうわけか姿を現した暗殺者は長い沈黙を保ち―――そして。
「―――あの時」
「―――首を切ったあの時、お前は確かに死んだ筈だ」
あ、そう思う? 僕もそーなの。
実は気が合うね? 僕ら。
絶対に死んだと思ってたし、実際に死んでたらしい(執事談)
「首を斬り、息がない。だから死んだのだろう、と? 葬儀の前につなぎ合わせる面倒を慮ってくれたのはありがたいが……同時におめでたいな。ただ首を浅く切っただけ、それで暗殺者が務まっていたのか」
「心臓が止まっているのも、確かに確認した」
「ほう、臓腑が動いていない程度で貴族が死ぬと思っていたと。ふ……或いは、不死かもしれないぞ? そうだ、私の妻の権能という可能性を考えたか? 神の祝福と。私は愛され体質でな」
「……………」
「あるいはどうだ。影武者は? ここにいる私すら身代わりという可能性はどうだ?」
「……魔力の質も、量も同一だ。あの時と同一だ」
「それがどうした。全て同一の要素を持ちつつ、異なる人間というものも確かに存在するだろう。その人物の身体情報をもとに造られた人間、というのはどうだ」
「……戯言を」
「ふざけているのがどちらなのかは一考の余地があるな。オウル。天下に轟く暗殺者。弱者の盾、闇を裂く黒刃よ」
やはりおかしいだろう。
黒刃毒師オウルは最上位……今から20年以上も前にはすでにその地位に存在していた猛者。
そのうえで、僕が昔から聞かされていた話では、黒刃毒師は義賊的な一面を持ち合わせた存在であり、暗殺対象は後ろ暗い噂のある裏社会の大物である場合が殆どだったと。
国家単位の依頼も多く受け、王族の護衛任務に就いていた実績も数ある。
そんな存在が、何故僕程度の田舎領主を?
僕だって人から褒められないようなことはいくつもやってきたけど、裁きを受けるような外道じみた所業に手を染めた覚えは一度だって―――、……。
一度だってない、筈、多分。
「やはり―――お前は何を迷っているのだ? 暗殺者」
揺さぶれども変わらないのは想定内。
だが、この存在が僕の目の前に姿を現した、その時点で何かがおかしいと分かっている。
だから、こんなにもお喋りなのか?
……。
「良い。言いたくないのならばそれでいい。ならば……気付かないか、最強の暗殺者。私の身体に流れる力が、構造が……以前とは異なっていないか?」
「……………!」
「その馬車を覗いてみたらどうだ。中にはあと何人もの私がいるやも……」
さあ、さぁ。
どんどん深みにはまってくれ。
正直なのか何なのか、オウルが路傍の馬車へとゆっくりと歩み―――その間にも僕はやるべきことをやらせてもらう。
「アルベリヒ。やれ」
主に命令だけど。
「―――術式起動ぉぉぉぉ!」
馬車が衝撃とともに爆裂すると同時、内部から飛び散る無数の金属片。
見ての通り、僕たちが乗っていた車に大量の火薬と脆い金属を積み込んでいた。
「「……!」」
凄まじい爆風や轟音を交え飛んでいく車体と弾速で飛散する金属片。
生身っていうか常人の肉体しか持ちえない僕からしたら、立っていることもできない衝撃で。
しかし、そこはニクカベリヒ。
爆発と同時に彼が広げた外套、そこに刻まれた硬化の刻印によって僕らは金属片から身を護り、奴だけがまともに爆裂の威力を……。
「―――終わりか?」
……。
ぴんぴんしてら。
ま、まぁ硬化刻印で耐えきれる程度に火薬を調整してたからね。
馬車のほうもまだ全然形残ってるし―――結構遠くに吹き飛んだけど。
「おっと、勘違いしてくれるなよ? これは別に馬車を破壊することによる帰るつもりはないという意思表示をしているわけでは断じてなく……さて―――帰りはどうするか。思えば馬も御者も……」
「話は、しまいか?」
「……まさか」
口を閉じるにはまだ早い。
クチナシ……死人になるつもりはまだなくてね。
「オウル。お前がどれだけの使い手でも、どれだけの化け物でも。一人であることに変わりはない。自身が居ない場所の事までは何も対処は出来ない」
「……。……!」
何か地雷でもあてたか、奴の身体がピクリと震え―――しかし、異変を感じた暗殺者は飛び退る。
合わせるようにして次々と先の馬車のように砕けて消えていくのは道端の岩であったり、樹木であったり、あるいは道そのものにダイナマイトでも仕掛けられているかのようだ。
「例えば街道整備、例えば商人の野営」
「公共事業に見せかけ、連なる街道全てに細工する時間など無数にあった。現状、国境境すべてを動かしているのは私だ。単なる輸送や周辺環境の構築の中で幾つも仕掛けをする時間はあった」
「……………」
「果たしてお前はその全てを捌ききれ―――、ッ!!」
話の途中だっての!
「―――ッッッグゥ……!!」
一瞬で数十メートルの間合いを詰められ、肩部をあまりに強力な刺突が襲う。
衝撃で吹っ飛ぶ。
だが、僕だって只でザクザクやられてやるわけにはいかないわけで。
「………飛んだか」
「ぐ、……ぅ。一太刀目は、外す……貴族の基本だッ」
斬られてもいい、抉られてもいい、しかし致命を負うな。
暗殺者の一撃目を生き残れたのなら、その時点で命を落とす可能性はグンと激減するという研究結果があるって知ってた?
白兵も魔術の才能もなかった僕だけど、貴族らしさという点についてはヴァレットのお墨付き。
「初太刀をずらす」というこの才能も一流だ。
しかし、主すら囮として隙を作っているにもかかわらず、やはりアルベリヒの攻撃は空を切る。
彼が遅いんじゃない、敵が速過ぎる。
アルベリヒの斬撃さえ僕にはあまりに早いってのに、それが振られる前にはすでに飛び退っているとかいうバグ。
「―――ご、ふ……。なめられているぞ、騎士。眼中にすらないってよ」
「……攻撃すらされないとはッ」
「レイクアノール……。最初に刃を突き立てたときから違和感があった。―――障壁魔術を皮膚そのものに重ね、付与しているな」
「気付いたか。馬鹿には見えない服。最近のトレンドだ。高い金を払い術士に施してもらったのさ。超高位の、な」
最初は心臓を一突き、次は肩口をバッサリ……。
妙なのは、二撃目は僕が躱していなくとも致命傷にはならなかっただろうということ。
……一度は僕を殺した暗殺者が今更情などという要素で急所を外す筈がない。
……つまり。
この、傷口に滴っているものは。
「―――……、か、は」
……。
毒か。
一瞬の衝撃を完全に吸収する外殻でも、塗布されていたソレまでは防げなかったらしい。
「この、卑怯なッッ!!」
口を押えて吐血する中で、主を毒で殺され自暴自棄になったアルベリヒが自分の剣を投擲するのが見えた。
無論、そんな悪あがきが最強の暗殺者に当たるわけもなく。
「やめろ。拾った命を自棄に―――、……!!」
だが、それまでは予測が追い付かなかったらしい。
アルベリヒの放った剣が奴の傍で爆散、またも破片が四方へ飛ぶ。
あの至近距離、肉体はズタズタに……。
「自棄ではなかったわけだ」
全部避けんな……!
なんで掠りもしないんだよコイツ。
弾速で飛来する金属片だぞ……!? 普通出血くらい……。
「なぜ、生きている」
「それ、ハ……こっちの……」
「何故、死なない? ヨルムーンの……」
「はは、は……。残念ながら、私に自然毒の類は効かないんだよ」
これ、豆知識ね。
レニカの施してくれた肉体の保護を目的とする衝撃の吸収魔術、一族の秘奥たる毒耐性、テロ計画染みた綿密な前準備。
それをもってして、まるで届かない。
普通自分の自慢の強みが通じないってなったら変顔の一つも晒すだろうが、アニメの定番だぞ。
まるで「効かないなら塗る意味ないか」とでも言いたげに、何を淡々と拭き取って……何を塗りなおした?
教えて? 何なの!? 怖いよ!?
……否、端からこれで届くなどと甘い考えは持っていないが。
―――これが、最上位冒険者。
今からでも国境の帝国連合が駆けつけてくれたりしないかな。
それでも勝てるか怪しい? 分かる。
「これは……年貢の納め時―――私は収められる側だが……。ふふ」
「一つだけ教えてくれ、オウル。なぜ今だった?」
「……………」
「やるなら早いほうがよかっただろう。なぜ、私が都市にいる間に暗殺しなかった。さすがのオウルとて、館で【厄災】と【処刑人】に気付かれず私を殺せる確信まではなかったか? 連合の雑踏の中で、大勢を相手取る自信はなかったか?」
いいや、違うね。
「これまで攻めてこなかったのは、周囲を巻き込まないため。現場の目撃者を最小限にとどめる為。特に館で働く幼子に発見させたくなかったか? 都市へ戻れば私が一人になるタイミングを完全に逸してしまうと……、だからここで仕掛けた」
「御者を見逃し、馬を見逃し、今まさに護衛すらも殺す気はない……。気付かれたくないのは本当だろうが、どこまでもお優しいことだな、最強の暗殺者」
「黙れ」
「断る。貴様がこの瞬間も何を警戒しているかはわかっている。そのうえで何度も言うが……」
「私はまだ死ぬ予定はなくて―――、なぁ!!」
「食らいやがれ!」
どうせ万全の状態ではどんな策を弄しても傷すら与えられないだろう。
ならば狙うは多重攻撃。
後生大事に服の中にしまっておいたフォルダーをアルベリヒと同時に取り出し全展開、退職日の新聞配達のようなテンションでバラバラと投げ捨てる。
「これは。全てスクロールか……!!」
「我が領の新製品だ。気に入ったのなら買ってくれ」
”無響”
無属性、空間に響き渡る大音響を生成する下位魔術。
”激流”
水属性、超高密度の水流が一点集中で相手を貫く単体系中位魔術。
”獣爆”
地属性、衝撃を与えると周囲を飲み込むように爆発する範囲系中位魔術。
”地針”
地属性、岩石質の形状を変化させ敵を刺し貫く単体中位魔術。
”斬牢”
風属性、大型獣の爪撃のように容易く五体を引き裂く範囲系中位魔術。
地針で獣爆を刺激し次々誘爆、無響で方向感覚を鈍らせ多重展開した斬牢と激流で抉り裂く。
当然大火力も必要だ。
”連旋車”、広範囲に竜巻を乱発する。
”喰気炎”、風を食らい一瞬で肥大する炎。
大火事には十分すぎる炎の竜巻が幾重に発生し、不規則に飛ぶ。
少しでも人が通るような隙間ができればそこへ幾度と激流や斬牢を飛ばして飛ばして……、この一瞬に一発でも当たってくれれば。
「―――遅い」
……当たらないのが普通だよね、そりゃ。
ってか今黒刃で軽くトンって水流往なして方向変えたよね……? 石も貫く超高圧なんだけど。
連鎖が連鎖を呼び、爆風が爆風を呼ぶ。
高位の加護と魔術が幾重に折り重なったアルベリヒのマントだからこそ防げるわけで、通常の人間だったら何十と死んでる―――当然、そんな災害の中を突破してくるのも分かってた。
「………!」
だが、どこまで行っても狙いは僕一人―――必ず接近してくるときは来る。
今に姿を現した黒霧は宙を舞い、刃を僕へと突き立てるべく迫り―――。
「ここだ―――!!」
まっすぐ来たな、方向転換はできまい!
本命はもちろん自分でやる。
黒刃を手に中空から飛び込んできた暗殺者へ、迎え撃つように掌を突き出―――。
「―――、が、ぁ……ッ」
「レイク様!?」
「何かすると分かっていて見ている暗殺者は居ない」
速過ぎ、だろう……!?
最強刻印の発動より早く、体を包んでいた加護の一片が完全に消失したのを感じて。
舞う、その塊は……指……、否、腕。
痛みすら薄かった。
自身の腕が飛んでいた事に気付いたのすら、血飛沫が待ってからの事だったんだ。




