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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第三章:忘却伯と死屍累々

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第7話:リーアニュクス商会




 明け方。

 我が家の庭師兼御者であるヨーゼフが忙しなく整備する馬車の傍らで、僕と耄碌執事は言葉を交わしていた。

 今日向かうことになっている前線での会議に向けた最後の打ち合わせだ。



「―――レイク様。今回の外征は帝国内部の無数の思惑、聖国の思惑、それとは異なる存在の思惑が複雑に絡み合っておりますが、我々が主に目を向けるべきは決してそちら側ではありませぬ」

「……分かっているさ。内部分裂などに目を向けて、真に存在する目的を逃してしまう……そんな馬鹿な真似はしない」

「ほほっ」



 人間、特に貴族ってのは本当にいびつな生き物で。

 身近に自分より成功している人や気に入らない相手がいると、邪魔をしたくてたまらなくなる。


 特にたちが悪いのは、時にそれらは本来最も優先すべきである目標より先に来てしまうことがある、ということで。

 いるよねー、複数人ゲームで妨害だけに精を出すタイプ。

 遊びの範囲ならそれでもいいけど、これは現実だ。


 僕はただ、中央の本来の目的である「事態の鎮圧」……最も帝国に都合のいい形で内戦を終わらせる、という目的のために動く必要がある。



 ……ただまあ、今僕とヴァレットがこんな話をしているのは、やはり聖国側の力が想像を超えていたことにあって。

 宗教国として、あるいは芸術の国、紳士淑女の国と呼ばれるプリエールだけど、そういう国こそ相手にしたときは獣のごとき牙をむく。


 かの国の戦力はハッキリ強大だ。

 攻めるのが大陸でも三指に入る超大国である帝国だからこそまだ内部でけん制しあったり足引っ張ったりしても現状楽観視していられるけど、並大抵の国家なら今に逆に攻め込まれて国を食い破られていても全くおかしくない。



()()()()()()。まさか初戦から中央最高の騎士団が出張ってくるとは、先遣隊どころか出征した諸侯の誰一人とて想定すらしていなかっただろう。聞きしに勝る狂犬具合だ」

「奇抜な策に嵌ったというわけでもなく。小手調べとはいえ信じて送り出した兵隊たちが、聖国の最強戦力に襲撃された、と」

「単純に戦力差でぶちのめされた……それだけだ。敗北して当然。難しく考える必要すらない、当然のこと」


 

 本来聖国の首都とかでふんぞり返ってるはずの主要な戦力がいきなり出てきた。

 僕自身報告を聞いたときは驚かされたけど、よくよく考えて十分にあり得たのだと納得した。


 特に相手方が攻撃的な要因の一つ、それはおそらく。



「やはり水の聖女か……」

「おそらくは。国家の象徴たる水の聖女の不在―――それが、却って彼らの憂いをなくし、いつでもどこでも出張できる白銀の狂犬に変えたわけでございますな」



 守るべきものがない者―――俗にいう、ムテキノヒト。

 今の彼らがまさにそれだろう。

 帝国でいう近衛の牙狼衆が手当たり次第に戦場を駆けずりまわり、縦横無尽に敵を蹴散らしているようなものだ。



「―――こえーな、無敵の人」

「坊ちゃま」



 おっと。

 ところで、聖女……という言葉を聞いて官能的なイメージを浮かべた不心得者いる? ぼくもそーなの。

 けど、実のところこの世界におけるその名は非常に大きな意味を持つ。

 

 それは遥か6、700年以上も昔。

 アトラ大陸では、その大部分を覆うほどに巨大な戦争が起きた。


 数多の英雄豪傑が生まれ、そして命を落とした数十年にも及ぶ戦い。

 そんな戦乱を収めた立役者の一人たる英雄……フィーア・グレース。

 僕のお嫁さんであるマリーの前にただ一人だけ存在した、地母神フーカの加護を授かった勇者だ。


 当時はまだ「勇者」という概念も深くは浸透しておらず、六大神の加護を受けた彼らをそのように呼ぶ者たちはほとんどいなかったこともあり、その女性は記録される歴史上で初めて聖女と呼ばれ。


 しかし。

 大戦が終結し、復興に向かいゆく世界の中でその影響力を危険視された者たちによって無実の罪で処刑された。

 それでも彼女は己が首を斬られる最後の瞬間まで世界の幸福のため祈りを捧げ続け、その遺志に答えるかのように彼女の力は大地に溶け、それぞれ四人の少女に宿った。


 魔を払う、大いなる【浄化】の力を持つは火の聖女。

 印を記す、永遠なる【刻印】の力を持つは地の聖女。

 道を示す、無尽なる【魔力】を保有するは風の聖女。

 人を癒す、清らかな【癒し】の力を持つは水の聖女。


 聖女フィーア……初代聖女の保有した権能の力を受け継いできた女性たちは、歴史の表舞台に幾度と大きな足跡を残し、当然のようにあまたの人々を救い、そして導いてきた。


 彼女の力は通常の勇者とは異なる形で地上へ残った。

 だからこそ、初代聖女以降で地母神の加護を誰かが直接授かることは、もう二度とないだろうと推測されていたんだ。


 ……お嫁さんが生まれるまでは、だけど。


 まあ詰まる話、聖女っていうのはそれだけ大きな名であり、大陸の象徴的存在でもあるということ。

 その一角が失踪したっていう現状は、内戦を止める調停者も、手に入れるべき分かりやすい神輿も存在しない、まさに泥沼。

 やりたい放題に軍を動かせるのは攻める側の専売特許だっていうのに、どうして守る側がやってんのかは全く持って意味不明だ。



「……そもそも、単純な兵数如何によって侮れる相手ではない。聖国には【天銀】がいる」

「えぇ、その通りです」



 あの国には聖女と同じく、もう一つの象徴的な人物がいるのだ。


 天銀のアインスベルク。

 聖国が保有する最大戦力、【聖銀騎士団】の団長にして、周辺国家にも名の知れた存在。

 かの騎士団は代々最強の騎士を象徴たる金属になぞらえ【天銀】の名で呼んできたけど、彼はそんな歴代の中でも最強とされ、嘘かまことか、その実力は最上位冒険者にも匹敵する、とさえ言われているほどの英傑だ。

 帝国にとっては悩みの種、あちらからすれば軍神ってとこかな。



「噂が真実であれ虚構であれ、現状帝国が攻めあぐねているというのは本当だ。少なくとも、軍団指揮や統率といった部分で突出しているのは間違いない。今回の件が長期化しているのも、彼の指揮によるところが大きいだろう」



 帝国は攻めあぐねている。

 都市部まで進めていたはずの前線を再び後退せざるを得なかった。

 だからこそ、病み上がりの僕は病室から解放され、これから前線へ追加の必要物資の確認を交えた視察、そして会議への参加依頼を受け、向かうことになったわけで―――っと、来たね。



「……彼女を頼めるな? ヴァレット」

「畏まりました、我が主。私めの命に代えましても、お守りして見せましょうぞ」



 大仰に礼をする執事。

 ヴァレットなら何の問題もない……心からそう思える。

 問題はやはり僕の守りが薄くなることだけど……、と。


 アンナさんに車椅子を押してもらい馬車のすぐ前までやってきたお嫁さんは、やはり心配の色が強い顔を向けてくる。



「あなたさま……」

「大丈夫さ。万事うまくいく。私のことを信じてほしい。決して君を一人にはしない。私は死ねない。だろう? アルベリヒ」

「私がお守りします……、今度こそ刺し違えてでも」



 らしい。

 あれからずっとこのモードだ。

 調子狂うからいい加減戻ってほしいところで。



「アルベリヒ」

「……!」

「レイク様の親友である貴方を、私もまた信じていますよ。お願いいたします」

「―――――。ぅ、ぅゴゴ……! 女神ッ……ぐぁ、頭が!?」



 いや……嫉妬するからやっぱ戻らなくていい。

 肩の力を抜かせる為とは言え、お嫁さんが別の男の手を握るのは口がへの字に曲がりそうだ。

 相手がデレデレしてると余計に。



「では―――、各々、自分の役目を忘れるな。熱がこもった時こそ思い出せ。すべては未来のために。計画には僅かばかりの狂いがあってもならないのだと」



 さあ、行こうか。

 いつでも仕掛けてくるがいいさ、絶対の暗殺者。




   ◇




 帝国の軍……聖国臣民を保護するという名目で派遣された彼らだけど、参戦した聖銀騎士団の勢いに押され、現在駐屯しているのは国境と判断される地点。


 今回の件では友好国として真っ先に介入を宣言した帝国の圧力もあり、不干渉と静観を決め込んでいる国家が多く。

 現在目立った動きをしている国家はほとんどない。

 強いて挙げれば国というより神殿連合……アトラ教の聖職者たちが動き出し、事態の収拾に動いていることくらいか。



「これは―――ユスティーア伯爵! お身体は大丈夫なのですか!?」

「ええ、お陰様で」

「死は避けられぬほどの重症から生還したと聞いていたが。まさかここにいる誰よりも早く戦の手傷を負うことになったのが貴殿とはな」

「侯爵様も、財布係である伯爵のことをひどく心配して―――」



 アルベリヒと二人、狭苦しい馬車から降りて向かった先。

 まさに帝国の本陣が存在する国境境のエリアだ。

 一応は僕の領ってコトにもなるのかな。


 出迎えてくれたのはギルソーン侯爵派に属する武闘派貴族たちがメイン。

 何でも、今は各上級貴族や王位継承者を信奉する者たちが修学旅行のように派閥ごとに分かれて計画を立て、あるいは互いをけん制しあっているとか……。

 陣の中でも陣取りゲームとは恐れ入ったけど、兵たちの士気は意外なほどに悪くないらしい。

 


「想像していたほど暗鬱というわけでもないようですね?」

「少なくとも十分に食べることができますからね。伯爵殿のおかげで新鮮な食糧が入ってきますし、スクロールのほか、最新鋭の武器技術にも触れる機会がある」

「むしろ心躍るものもいるほどで。今まで扱ったことのない武装もあることですし」



 今に彼らがお目目キラキラで持ち出すのは様々な変形機構を備えた装備や、魔術を内包した最新の武器防具など……。

 なるほど、食糧方面で支援を行ってる大株主は僕だけど、どうやら武装の面で大きく助力している者たちがほかにもいるらしく。



「よもや東よりやってきた彼らが?」

「はい、リーアニュクス商会も協力してくれています」


 

 成程。

 帝国のバックにも噛んできたらしいな。


 現状、アノール領に降りかかる厄の被疑者であり僕とヴァレットが危険視しているその名。

 今まさに商談をしていたのか、明らかに貴族や軍に属している様子でもない……しかし明らかに腕が立つだろう護衛を複数連れた緑髪の女性がこちらへ寄ってくる。



「これは……! もし、よもやレイクアノール・ユスティーア伯爵ではありませんか?」



 いえ人違いです……と言えればよかった。

 本当は無視したいところだけど、貴族的にも状況的にも今表立って彼らとバチバチになるのは本当によろしくない。

 この耳がキンキンするようなよく通る声に応じるしかないのだ。

 


「如何にも。帝国アノール領を治めている、レイクアノールだ」

「おお! やはり……!」



「淡い金髪に煌めくような蒼の瞳……聞く通りの美男子! いや噂以上! 没落した家名を僅かに一代、たった十年足らずの間に思い出させた帝国の麒麟児!」



 ははっ、よせやい。


 あんまりよろしくしたくない相手でもこうも褒められると悪い気しない不思議。

 ただまあ、当然油断をしてはいけないだろう。


 勢力のザンティア、人材のロウェナ……大陸に古くから覇を唱えていた二大商会に続く彼女らリーアニュクスとは、膨大な新式武装によって富を築いた―――所謂、()()()()

 抱える軍事力は小国のそれを凌駕するとも噂される。



「わたくし、リーアニュクス商会南方連合支部所属のアリアナと申します!」



 ……今のところ、若く利発そうな商人にしか見えない女性。

 そもそも部門もそれぞれに分かれているし、目の前の彼女が僕を取り巻くもろもろに関わっているかどうかなんて分からないわけで。

 同じ所属だからって一括りにしていては主語がデカいだの何だのと言われてしまうのも確かということで、嫌味はなしに対応……。


 ―――我慢できねえ仕掛けてみるか。



「では、アリアナ殿。よろしく頼む」

「はいい!!」



「「……………」」



 ………。

 踵を返していなくなるとは当然思ってなかったけど、やはり僕の前から退こうとしない女性。

 彼女の護衛とアルベリヒが静かににらみ合う。

 

 お前らマジあれだぞ?

 いまうちのアルベリヒ刺激すんとマジ何するかわかんねーぞ?



「―――さて、まだ何か交わす言葉があるらしい。意地の悪いことを言ってしまえば、スクロール販売で打撃を被っただろう恨み言でも言いに来たのか。あるいは、単に商売敵の調査か」

「えーー、両方? ですかね? ここ数年の間に台頭してきた帝国式スクロール……。今回の戦いにもそれらが投入されているとか。そして、その全てを握っているのは伯爵さまだ。しかし、伯爵さまがどれだけ優れていたとて、アノール領単体でそのような技術を開発したとは考えにくく。やはり皆が考えている。アノール領に力を貸しているという最上位戦力レニカ・アーシュ殿。彼女との何らかの取引による助力があってのことだと」



 誰もが考える模範解答、無論おおよそ正解。

 それでも彼女の着想を大いに刺激し、理論の大部分を占めているのはうちの固有だ。

 妬む人たちの中には「アノール領は厄災の傀儡だ」などと悔しがってる連中もいるけど、どうでもいい。

 持たざる者の僻みでしかない。



「伯爵さま。すでにご存じのようですが、我がリーアニュクスにもそのような魔道具の研究部署があります。いかがでしょうか、我々もそのお話に協力させていただくことはできませんか? 我々と手を取り合えばきっとアノール領は更なる発展を―――」

「……………」



 さてこれはどういう感じだ?

 僕が白旗を振るのを待ってる?

 本当に知らなくて言ってるのか、それともこれまでの暗殺未遂諸々(いやがらせ)に僕が怖気付いた頃合いを見て利権を奪い取ろうという(はら)なのか。

 さすがに相手も商売人、こうして向き合っているだけでは真意は全く見えてこない。


 だが、勿論答えはノー。

 死にかけ……死んだ程度で手放せる利権ではない。



「なるほど、アリアナ殿の魅力的な提案……商談の機会については理解した。しかし、すまんな。今日の私は兵站部門の責任者としてこの場に来た。近いうちに話をするゆえ……」

「是非に! あこれ、わたくしの名刺……。現在は聖国の第二都市レイザーラに支部を構えておりますので、お手紙などはそちらに―――」



 ……!

 顔に出さずとも戦慄するわ。

 商人は中立、あくまで稼ぎ時として活動している身分にすぎぬからとはいえ、こうも堂々と……。

 聖国の大都市にどっしり構えておいて、今まさに攻め入ってる帝国に武器売ってる発言?


 んなの「どちらにも等しく武器卸してまぁ~~っす! 全力で潰しあってもっと買ってくださ~い」って言ってるようなもんだぞ。

 

 死の商人。

 いけしゃあしゃあと、邪心一つ感じさせない営業スマイルで……。



「うーーん。やはり眉一つ動きませんね……、表情。情報通りで……」



「先の発言、訂正をお許しください伯爵さま。こちらを」

「……これは?」

「新しい名刺ですよ~、ぴっかぴかの」


 

 受け取ったのは確かに名刺。

 リリアナ・グエーラ……名前とともに、紙には帝国に存在するいくつかの拠点のおおよその位置が住所のように示されている。



「さっきのは旧版で。えぇ、重ね謝罪を。後ほど、帝国貨幣1000万オロ分の物資をこの前哨基地へお持ち致します。そちらでどうか収めていただければ」



 ………。



「さすがのわたくしどもも、内乱まっさなかの中で商売はしたくなかったので既に聖国は抜け出してきてたんですよーー。あ、それでも数年間は商売していたので内情とかは結構詳しいので。その件でこの場にも呼ばれてたのです」

「……………」



「―――ふ」


 

 商売人だな、確かに。

 相手が血気盛んな貴族だったらブチ切れられてたかもだけど……、いや。

 むしろこの件で僕の沸点とかも確認する意図があったんだろう。


 この緑の狐め、すべて計算づくか。

 


「面白い。後日時間を取り、改めてゆっくり商談をさせてもらうとしよう、アリアナ殿。二人で、ゆっくりと……」

「わあぁ! 光栄ですぅ!」



 へっ、どこまでが本心やら。

 これだから商人って人種は……、貴族とは別の方面でたちが悪い。

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