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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第三章:忘却伯と死屍累々

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第6話:黒き刃の死神




 プリエール聖国。

 大陸を覆う巨大宗教アトラ教の根幹を成す宗教三国の一角。

 かの国は注目されがちな宗教国家としての側面のほか貴金属や宝石類の加工、食文化なども大きく発達しており、各国の上流階級の間でもプリエールで修業した料理人を召し抱えるのはステータスの一つとされる程に知れ渡っている。


 芸術の国とはまさにこの国を指す言葉。


 不可侵の特産、確かな経済力、精強な国軍。

 多くを有する大陸でも有数の安定した国家。

 それが近年までのこの国の妥当な評価であり、ここ十年の情勢を鑑みてもそれは疑いようのない事実、その筈だった。


 ………。

 北部でジルドラード帝国と隣接している性質上、この国もまた大陸中央部の国家であり、本来「それ」がいる筈はなかった。




「ホロロロロ……」



 

 大気の魔素からは魔物が生まれ、魔物が呼吸をする度に魔素が生まれる。

 生まれた魔物が何であれ、その強さは大気の魔素濃度に影響されているがゆえに、発生したとて共食いや冒険者、傭兵らの狩りによって定期的に駆逐され、生態系の乱れは修正される。


 される、筈だったのだ。

 全ては不幸の重なりだった。


 プリエールで勃発したかつてない規模の内戦。

 生じた戦果は国土の末端までじわじわと広がり―――自然、中央に兵力が集まる事で辺境の護りは不安定となった。

 本来完全に区画分け、統率された国軍による警備活動や狩りが行われなくなり、末端から治安は悪化。

 そこに狙いを付けた盗賊などに村々が襲われる事が頻発し、更なる対応の遅れを招き。

 

 それこそ、まさに帝国アノール領を始めとする他国へ移民が流れることになった影響の一つ。


 ―――平和ボケ。

 今回に至って、彼らは魔物が齎す真の恐怖を忘れてしまっていたのだ。


 だが。

 今回に至っては、その例が最悪を……災厄を引き寄せた。



「やだ! いやだ、やめてくれ―――、……」

「うお、うああああぁぁぁぁぁ……!!?」

「攻撃が! 刃が通らね―――あぎゃぁぁ!!?」



「ホロロロロ―――!!」



 屈強な体躯を持つ男たちが幼子のような叫びをあげ、やがて途切れる。

 彼らの声が途切れるとき、決まって獣とも人とも違う、澄み切った楽器のような鳴き声がこだまする。



「こ、こんなの―――ぁ、あぁぁあ!?」



 粗末な家屋に隠れるや否や、浮かび上がる盗賊の身体。

 村中をどれだけ這いまわっても逃げ場はない。

 そもそも村中に盗賊がいるという事自体、不自然な事であったが―――(つた)や枝によって絡めとられた彼等が、まるで子供のような叫び声をあげながら巨大な幹の頭頂に咲いた紫の花へと吸い込まれていく。


 バクン―――と、巨大な扉が閉まるような音が鳴り、悲鳴は二度と聞こえなくなる。


 名を、ヴィサスティイータ。

 本来であれば大陸東側にしか存在しえない、時に竜種すら捕食対象と認識する獰猛な()()()

 巨大な樹木を思わせる体躯、花、枝や蔦……。

 一見すると植物に近しい性質を思わせるが、真実は、苔に覆われた鉱物に近い肌を持つ、昆虫型の妖魔。 

 巨大な花弁を思わせる頭部はあくまで捕食器官である口。

 枝を思わせる無数の触手は、伸縮自在かつ鋼鉄の強靭を持つ腕。


 本来大陸中央部には決して存在してはならない、A()()討伐対象。

 単騎にして当千、単独で大組織を殲滅する事が可能な上位冒険者ですら部隊(パーティー)を組んで対処すべき、真なる災害。


 

「わ、あぁぁ!!?」

「斧でも傷一つ、いやっ、いや……、いやだァァァあ!? やめてく―――、……」



 無論凡百、一般人に毛が生えた程度の者たちが何千何万集まろうと勝てるものではなく。

 鋼の身体は斬撃も衝撃も、魔術すら弾き―――音速でしなる腕で獲物を吊り上げ、捕食するのだ。


 数十数百の細長い蔦が穿突し、射程にあるすべてに穴を穿つ。

 それらは容易く人の頭蓋を、肉を貫通する。



「ひ、ひぃぃぃあぁあぁ!!」

「だ、誰か!!」

「腕が―――、僕の腕がァァ!!」



 (つる)のような腕を束ね、鞭の一振りのようにして放つ―――たった一瞬に木々が根こそぎに吹き飛び、複数の家屋が上下へ別たれる。


 立って立ち向かう者、走って逃げる者……。

 全ては餌となった。

 が、夜襲によって村を占領し、五体満足で存分に楽しんできた……逃げるか戦うかの選択の余地があった盗賊たちは幾分かマシであったろう。


 問題は、その他のもの。



「「―――――」 」



 盗賊の襲撃により見せしめに身体を刻まれ、鞭で打たれ、あるいは凌辱され尊厳を踏みにじられた者たち。

 立ち上がって逃げる気力さえ残っていなかった村人たち。

 彼等はただ家屋の隅で息を潜め声を殺し、厄災が過ぎ去るのを待つしかなく。



「―――あ……、ぁ。天星神様……」

「武戦神さま……! 誰か! だれか……!! だれ……」



「か……ぁ」


 

 家屋の天井が引き剥がされる。

 今に三メートルは上方から彼等を覗き込む、開かれた花弁。

 覗く虚空から絶えず滴り落ちる腐臭と、赤黒い液体。



「ヒ、ぃ……」

「ぁ―――、ぁぁぁぁぁああッ!? ばけも……」 

「ロロ……、ホロロロロォォオ……!!」



 魔物は、まるで飼育箱をのぞき込むように頭部の花弁を彼らへ近づける。

 隠れていた住人たちの悲鳴……それを、まるで楽しんでいるかのように、腐臭に満ちた花弁の奥から鳥のさえずりのような声が漏れる。


 涎のように垂れる赤黒い液体。

 それが零れ落ちた瓦礫に小さな穴が穿たれる。



「「―――――」」



 ままあること。

 戦乱の裏で、人知れず里が飲み込まれる……それだけの筈だった。

 誰にも気づかれる事など無い筈だった。


 魔物蔓延り、命が消える―――、この世界ではままある事。


 その筈だった。



 ………。

 ……………。



 風が吹いたのだ。



「魔物が人を喰らう。そこに恨みや憎しみはない。命を繋ぐ、単なる生命維持に必要な事。運の善し悪し……。お前に恨みもない」



「―――運が悪かった。諦めろ」



 それはまさに、黒き刃風。

 四メートルに達する魔物の胴体を丁度中程で上部と下部に別けたのは、刃渡り30センチ程度の短剣だった。

 しかし、風が齎す斬撃の鋭さは留まらず、全てを切り裂き抜け。



「ホ……、ォ、ロロロロロッロロロロッッ!!」



 魔物が驚愕の叫びをあげたのも一瞬。

 今に切り裂かれた胴と胴を紡ぐように蔦が絡まり、接合。

 瞬間には百を超える蔦が走り、薙がれ突かれ絡まり振り下ろされる。


 弱者に対する捕食ではなく、強者から生き残るための攻撃。

 相手の姿が()()()()()()からこそ、全方位への攻撃だった。

 当然、それ等は射程内にいた村人たちへも飛び、刹那の間に再び風が吹く。



「ォッ、ォロロ……、ロ」

破召(はしょう)毒旋(どくせん)



「「―――――!!」」



 黒の突風が舞うほどに鋼鉄に勝る蔦が千切れ飛び、丸太のように束ねられたソレが細切れに。

 倒れ伏す魔物に遅れて、赤黒い体液の雨が降り注ぐ。



「―――ぁ……」

「動くな」



 そして。

 初めて、その場にいた村人たちは黒風の真の姿を見た。



「ヴィザスティイータの体液は神経系の猛毒だ。そこから動けば触れる。動くな」

 


 それは奇跡か。

 あれ程飛び散っていた体液は、何故か彼等の肉体には一滴とて触れていない。 

 疑問に思うことすらできない半狂乱の中、今や絶対の存在となった声に彼等は怖れのみを感じるしかなく。



「―――おい」

「ひ……ぃ!?」

「ぁ、ぁあああああああ……、え?」



 手が伸びてきた瞬間に叫びをあげた者が大多数だった。

 殺される……信じてそう疑っていなかったゆえに。

 希望などとっくに失っていた故に。

 しかし、やがて叫び疲れ、偽りの平静を戻しつつあった彼らの目に映ったのは、刃の黒でも血の朱でもなく。



「―――……え? こ、れ……」

「樹脂から創った止血薬だ。各々傷口に塗れ。命は助かる」

「「……………」」



 細長い瓶を差し出す外套に覆われた腕、薄い黒革に覆われた掌。

 女性とも男性とも取れない、機械的な言葉が漏れ出る。


 ここにきて、彼等は初めて理解した。

 目の前の存在は、敵ではないのだと。


 どころか、まるで自分たちを案じてくれてさえ……。



「「……ッッ!!」」

「何を迷っている」



 しかし、生じたその僅かな安堵すら、異変によって再びの絶望へと突き落とされる。

 目の前の存在は「それ」に気付いていないようなそぶりを見せている。



「はやく塗れ。手遅れに―――」

「あ、あ……」

「あ……、の―――!!」




「「後ろ―――ッッ!!」」




「ホロロロロッッ!!」




 ………。




「ロ……、ロ……、!?」



 ディサスティイータ。

 災害の破壊能力、そして比類なき生命力を持つその魔物は間違いなく不意打ちを成功させたはずだった。

 食糧ではない、自身を殺し得る小さな敵を、音を立てず接合させた腕で刺し貫けた筈だった。

 しかし、突然身体が動かなくなったのだ。



「気付かなかったか。月を食らう蛇王ヨルムーン……アンデッドすら殺すアングィス種最上位個体の毒だ。コップ一杯分も含ませれば、十分お前にも効く」



「ロ……、ロ」

「恨みはない、摂理だ。諦め、去ね、そして眠れ。……永遠に」



 黒衣の姿が揺れ、再度朱の血の雨が降る。

 腕も、胴体も、花弁を思わせる頭部も―――動けぬまま、今度こそバラバラに刻まれた魔物は、完全に機能を停止させるようにして大地に伏せる。


 最初から村に存在していた切り株のように、只の肉塊に変わったのだ。 



「「―――――」」

「全員で西部へ向かえ。街には大陸ギルドがあり、独自に守りを固めている。まだ戦いの影響も少ない。やがては補給も間に合うだろう」



 淡々と、無機質に。

 しかし、やはり……本当にこの存在は己らの事を尊重してくれているのだと分かって。

 彼らがいつぶりかもわからない安堵の息を吐く。



「あ、あ……の。あり……がと、ございま……、ぁ」



 村人たちの中で一際幼い、しかしだからこそ動くことができた少年が口を開く。

 しかし、彼が紡ごうとする言葉を黒衣は手で制して止め。



「礼……。礼だと? その資格など。贖い……。まだ……、まだ、足りない」



 己はそれを求めていないのだと。

 ただ、ソレは目的は果たしたとばかりに彼らへと背を向け、歩き出す。

 

 

「ぁ……ま、待って! そ、それでも助けてくれた! お礼は大事だって、言われたから! み、みんな!!」

「あの―――!!」

「助けてくれて、ありがとうございます! お姉さ―――、ぁ」


「え?」



「「―――――」」



 去り行く背中に放たれた彼らの言葉は、しかし。

 やがて口々に放たれるはずだった礼は、すでに遅かった。

 やがて、思い直した彼等が今一度の礼を言い切るより早く、その姿はもう何処にもなかったのだ。



 ………。

 ……………。



「なんだ」

『確認が取れた』



 通信機。

 いまだ大陸でもごく一部の富裕層にしか浸透していない端末が伝えるは、まぎれもなくあちら側に存在する者の肉声に酷似した低く男性的な声色。



『やはり、伯爵は生きていたようだ』



 聞こえてきた男の声に、子機となる端末を耳に当てていた黒革の手がピクリと揺れる。

 


「馬鹿な」

『事実だ。放った影も見ている。つながりのある貴族らも目障りなほどに時代遅れの紙を送ってきている。―――本当に確認したのだろうな?』

「誰だと思っている」

『―――。愚問か。ならば……』

「分かっている……、獲物は逃さない。一度殺して死なぬならば、もう一度。死ぬまで殺す。それだけだ」



 それ以上の会話の必要はないと、言葉を残して通信を切り、黒衣はそのまま走り始める。


 弾速を視認してから避ける動体視力に、超人的な身体能力。

 最上位冒険者ともなれば、千里を一日で走破する事すら容易。

 だからこそ、己の眼を疑う意味もない―――間違いのない事だった。



「動脈を断った、心の臓腑は停止していた。確かに、身体の機能は完全に失われていた……。何故?」



 そんな事はあってはならぬと、己が目で確認を取るべく動く。

 向かう先は、帝国。



「―――――なぜ貴様はまだ生きている……? レイクアノール・ユスティーア」



 黒刃毒師……。

 絶対の暗殺者が再び動き始めた。




   ◇




「この忙しさは非常に良い傾向と言っていい。後は、早いうちに聖国の内戦が終了すれば、言う事がないのだが」

「まだ状況はようやく動き始めたばかり。難しいものですね。さ、あなた様? あーん」



 あーーん……、ウマーー。

 傷の治りが加速度的に向上している気がする。



「……うむ、後味が中々に奥深く……うむ、うむ……。私は大人だから苦くないが、確かに子供は泣くな、これは」

「大人で良かったです。今度パトリシア様にお礼をしなければいけませんね。これでもとても召し上がりやすくなっている筈ですから。さぁ、あなた様」

「あーー」



 それは栄養満点かつ内臓を増強する……かつてはリアール氏族の里で作られていた霊薬の配合で拵えた薬。

 十種以上の薬草や薬石を配合したニガーイ物に、蜂蜜を加えてまろやかにしたものだ。

 見た目にも青カビみたいな色合いの丸薬(こぶし大)であり、「おなか壊すよ♡」って感じのフォルムしてる。

 ってかカビで覆われた果物にしか見えないし、実際多分おそらくそんな感じの味。


 しかしこれでも味はマシな方。

 何でも、あまりの苦さで子供が泣きだすので苦みを抑えるために蜂蜜を入れ始めたと。

 詰まる所、子供用を食わされているわけだ。

 これは幼児退行せざるを得ない。


 存分にお嫁さんに甘えねば。


 暗殺未遂事件から一ヵ月。

 我が領を取り巻く問題は、以前から大きく進捗があった。 



「こうしている間にも先遣隊が聖国に入り込み、国境境では陣の設営が完全に終わっている訳だ。すでに外れにある都市を攻め入る算段をつけている頃合いだな」

「予測ですか?」

「手紙の内容さ。グレイバック侯爵から定期的に来る」



 僕が臥せっている間にも連合軍は動く。

 兵は出せない代わりに物資の面で全面的に支援すると言ったこともあり、倉はスッカラカンだし、うちの領を出ていく商人の荷車ももれなくスッカラカン。

 補給の要であるという名声の代わりに金を吸い尽くされる、まさに財布。


  

「今頃前線の兵たちは乾燥卵のスクランブルエッグでも食べているころだろう」

「お口に合えばいいのですが……」


「お手紙といえば、です。あなたさま、先日のルクスお兄さまからのお手紙には何と?」

「当たり障りのない心配さ。無事でよかったと」



 僕が死にかけたっていうか死んだとき、多くの貴族から手紙が来た。

 大抵はお嫁さん宛で全部燃やしたけど、それが終われば僕の復活祭でお手紙がたくさん。


 思わず読まずに食べかけたけど、そんな中に混ざってたのが当主就任間近だという義兄ルクソール様からの手紙で。




 あ、義弟げんきー? 

 何か死にかけたって聞いたけど、ちょっとヤル気足りないんじゃねえの?

 てめぇ妹泣かしたら分かってんだろうな? ゴルァ。

 

 1な? カウント1な?

 次あったら最後の晩餐確定するカンナ? 書いてる間も父上と相談して何してやろうか―――。 




 この後も色々書いてあったけど、要約するとそんな感じ。 

 ノリノリか? あの親子。

 兄妹仲に亀裂走らせないためにも手紙はその場で処分させてもらったのでマリーは内容を知らない。

 しかし、この先何が起こるか本当に分かったものじゃない。



「……………」

「……? あなたさま?」



 当然何か起こそうとして一番怖いのは彼女だ。



「いや……、白湯を貰えるか」

「果実水もありますよ?」

「本当に子どもになる」


 

 見えていないはずの眼で杯へと正確に水を注ぎ手渡してくれるマリー。

 ……あの後、やはり彼女の眼はまた元の桃色に戻り、そして見えなくなったらしい。

 現段階で加護による権能がどんな変化をもたらすかは不明だ。

 けど、もし彼女の眼が日常的に見えるようになるのなら……。


 そして、いずれは。



「力が強まればいずれは足も……」

「さ、あなたさま」

「あーー」



 さすがに危ないから水は自分で飲みたいんだけど?


 甲斐甲斐しく看病してくれるのも、恐らく僕が何処か行かないかを見張っているんだろう。

 本当はもう立ち歩いても問題ない筈なのに……。

 彼女の治癒能力、そして半妖精の霊薬とやらは本当に凄いのだ。

 

 リアノールに伝わる秘薬には、他にも身体能力の向上やら、体温を下げて仮死状態すら可能にするっていう霊薬もあるらしい。

 得てして材料がかなり希少で現状作るのが大変というが、あれば出来てしまうという凄さ。

 ぜひいずれはそういう商売も相談したいところで。


 ……そのためには早くこの部屋でないと。



「マリー。外に出たいのだが」

「うふふ……。立場逆転、です」



 くそォっ、いつの間に……。

 なめるなよぉ、いつまでも五歳も年下のお嫁さんの尻に敷かれてなんて……なんて素敵な―――じゃない。

 脱出ゲームの気分じゃないんだ。



「……身体も動く、ので。もう問題はない、ので」

「ダメです」


 

 僕はエセ名君を目指す領主。

 病み上がりでも、すべきことは多いって事だ。


 ―――おもにお嫁さんに逆らったり、とか。

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