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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第三章:忘却伯と死屍累々

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第5話:進むべき道は




「―――黒刃……、毒師……」



 ヴァレットの口から放たれた名前。

 当然、僕は―――いや、この場にいる大多数がその名を知っているだろう。


 世界に十人しか存在しない、単騎で国戦力に匹敵するとされる英雄……最上位冒険者の一人。

 曰く、大陸最高峰の暗器使い。

 ならば。

 


「ア、ル……知っている、か」

「……! は、はいッ! そうですねっ……!」



 アルベリヒだ。

 彼もまた、元冒険者。

 複数の口から情報を聞いておきたいと思ったのだが。



「黒刃毒師は、同じ最上位……八英雄の一人、【閃鋼(せんこう)】と並び最強の暗殺者として知られています。性別は不明、姿さえ知っているのは大陸ギルドでもごく一部の職員と上位冒険者のみ。討伐、探査……受領する依頼の種別は多岐に渡りますが、護衛依頼すら姿を晒さず完遂する。徹底された秘密主義のもとで……、無論私は姿も形も見た事がありませんが、名の通り、毒物への知識と暗殺技術は死の恐怖さえ感じさせぬ程に刹那的であり、気付けば屍の路が成っている、と」



 俺ずっとこういうキャラでしたよ? みたいなオーラ出してるけど、やっぱシリアスモードだと違和感あるなコイツ。

 流石に今回の件は効いたらしい。


 さて。



「……マリー、どう、みる」

「……………」



 敵を仮定した上で、いまだ僕の胸に顔を埋めていたお嫁さんに聞く。

 今やアノール領の影の支配者……やはり、今後の方針を決めるうえで彼女の知恵は借りておきたいのだ。



「―――今後……ですか」

「あぁ」



「……レイク様が命に係わる重体というお話は、すぐに知れ渡っていくでしょう。今回の外征で功を争う者たちも多いという事で、自然な流れと受け取られ、調査も形ばかりなものとなる筈」

「こ、わ」

「ですが、こちらとしてもかつての御話……兵を拠出する余裕がないと宣言する事も出来るでしょう」

「―――、む」

「……一先ずは、中央と各領へ封書を。兵の拠出を行えないという代わりに、拠点の構築と物資面で全面的にサポートさせてもらう方針を表明すべきです」



 当初から狙っていたムーブへ違和感を与えずシフトしていくわけか。

 


「上手く説得できれば良いのですがな」

「ここは譲れません。幸いな事にかつて辣腕を振るったヴァレットさんに、名を出さずとも相手が勝手に調べ、警戒してくれる方がいらっしゃいますから」



 レニカの事か。

 確かに、僅かに匂わせるだけで相手が勝手に遠慮してくれる可能性もある。



「相応の圧を掛けてでも、すべきです。レイク様を失うような事になれば、或いは戦いを知らない民を最前線に駆り出し失う事になれば、遅いか早いかの違いでユスティーアはお取り潰しでしょう。そうなれば、本格的に聖国との距離は縮まる。他の貴族や代官を派遣して安定を取ろうにも、今のアノール領の産業は秘密を知らない者に扱える代物ではありません。ただ時間のみが過ぎ去る中、投資した分だけ資金を大きく浪費させるだけ」



 一族の固有が混じった作物を、半妖精が栽培した特産。

 これまたユスティーアの秘法を最適化させた、ブラックボックスの塊たる魔道具。


 只でさえ通常の農業や魔道具制作すらノウハウが大正義の世界だ。


 専門家とて、うちの謎技術には首をひねっている訳で……誰が見ても、「やれ」と言われてすぐ成り代われるものではない。

 中央政府に命令されたとて、失敗の見えている貧乏くじにエントリーしたがる者はいない……か。


 

「更には、帝国建国時よりのユスティーアの使命を肩代りする可能性すらあるのです。誰が好んで藪をつつくでしょう? 領主を据え置きのまま尽くさせる方が、中央からしてもずっとずっと利がある……そう考えさせるのが重要なのです」

「ほっほ―――現代の中央に、わざわざ聖国との国境へ要塞を築こうと考える役人は居ない……と。金もかかり、邪魔も入り、実入りなど不確か。……確かに、その通りやもしれませぬ。流石は奥方様」



 領主置き去り。

 流石は完璧執事と天才令嬢。

 ならば、僕も「私達を矢面に立たせるのは得策ではないどころか愚考も愚行」と、言葉を尽くす訳だが。



「くくっ……脅し文句に近いですな、これは」

「現状、不安定な聖国政府との唯一の橋渡し役であるお父様の不興も買う可能性があると。文面に示唆しておきましょう。言葉は使わず」

「……ま、りー」

「はい……あなたさま」



「君が、味方で、良かった」

「―――ふふふっ」



 脅しに近いってかそれもう脅しじゃん、恫喝じゃん、恐喝じゃん。

 お嫁さんでお嫁さんで良かったなぁ、マジで。




   ◇




「では、旦那様。私はこれにて」

「あぁ……。助かった、マリア」


「では、レニカさま。どうか旦那様をお願い致します」

「んー、診てるー」



 診てるだけ、ってね。

 食事もベッドの上、仕事もベッドの上。

 目を覚ましてからはや一週間ほど―――何処か既視感を覚える日常の中、ベッドの上ですらも各方面へスパムする手紙やらを書き連ね。


 よくよく磨り潰した麦粥での昼食が終わり、ほっとした様子のマリアが扉を閉めて歩き去っていく。

 残されたのは僕と魔術専門の小さなお医者さんの二人で。



「済まないな、レニカ」

「んーー」


 

 ベッドで上体を起こすように貿易の資料に目を通していく僕の腕をぺたぺた、血管などを観察している黒髪ツインテ少女。

 いつの間に手に入れたのか、いつでもどこでも寝るという猫的意思表示なのか、パジャマに近いような寝間着で屋敷を徘徊するようになったらしい彼女は固有魔術の影響により素でボロボロな僕の身体を診てくれる。


 一時、推定死亡したことで更に悪化し淀んだ魔力を適切な循環に導いてくれている……との事だ。



「レイクが死んだら、シアたち悲しむ」



 視線をあげる事無く、淡々と作業しながら答える少女。

 まぁ一時のものさ。

 僕は彼女たち半妖精の生活自体には干渉し過ぎないようにしている。

 例え死んでも、いずれは忘れてくれる。


 だが、その件でも心配事は山積みで。

 


「もうすぐ諸侯が軍を率いてアノール領にやってくる。村の隠匿はうまく行っているか?」

「問題ない。全部やった。あれで見つかるなら何やっても無理」



 感情なく応えているが、最善は尽くしたという意味。

 常に眠そうな半眼かつ感情表現に乏しいが、レニカは年齢相応に喜怒哀楽があり、そして仲間想いだ。

 これで、誰よりも自分にできることを頑張っている。



「……むむ?」

「いや。手の感覚の確認だ」

「んーー」



 魔女帽子を思わせるとんがりが垂れ下がったナイトキャップを被った少女の頭に手をやり、撫でてみる。

 ポカポカが伝わってくる。



「……黒刃毒師は絶対の暗殺者。狙った獲物は確実に仕留めるという。()()()は幾つもあるが、またいつ仕掛けてくるかも分からない状況だ。これは、かなりマズい」

「んーー」

「時に、君は彼……彼女? を知っているのか」



「会った事はない。聞いたことはある」



 黒刃毒師オウルと厄災レニカは同じ最上位……S級。

 だが、だからと言って抑止力としてレニカが居てくれるという考えはあまりに危うい。

 そもそも、僕には守りたい人が多すぎる。

 護らねばならない人たちが多すぎる。

 もし僕だけをがっちりガードしてても、マリーたちが人質にされてしまっては意味がない。


 あとの仕事はのこのこ出て行って殺されるだけだ。



「先んじて手は打たねばならない。―――レニカ」

「んんー」

「もし、もしだ。もし私がいま持てる全てを使い、命を賭して最上位冒険者に挑んだ場合、勝てる算段はありそうか?」

「無理」



 ……だよね。

 


「相手が誰でも、無理。さいじゃくの私でも無理」

「君は自分を過小評価している節があるな」

「多分一番弱い。事実」

「多分と事実を共に使うな」


 

 しかし、そこは年齢ゆえの経験値の差か。

 むしろ弱冠十代でその位階にいる時点で頭おかしいんだけどさ、本当は。

 治療の過程でエネルギーが足りなくなったか、焼き菓子をサクサクしながら彼女は答える。



「ヴァレットは強いけど、やっぱりS級には勝てない。アルベリヒは弱い。マリーは凄いけど、戦いは知らない」

「おい、おい。我が家には頼れる衛士のフントさんが……」

「論外」

「だろうな。元より戦闘要員ではない」


 

 ともかく、哀れ男アルベリヒ。

 あれで、かなり強くなったらしいんだがな。

 どうしても相手が悪いらしい。


 そしてお嫁さん……レニカからの彼女への高評価は、やはり勇者が内包する才能による評価か?

 僕としては、やはりあのヴァレットが誰かにやられるって状況をそもそも想像できないんだけど……。


 ……。

 いやとにかく、今の僕が手にしている札ではどうあってもこの状況を打開できそうにないらしい。

 ないのなら、増やすのみ。

 


「……レニカ。折り入って二つほど相談がある」

「……刻印?」

「そうだ、刻印だ。あくまで、自衛手段の一つとして。私に、強力な攻撃魔術の情報を詰め込むことはできるか?」



 ユスティーア家の伝えてきた刻印魔術は、呪われた人体刻印……固有【偽典魔術(アポリファ)

 僕専用に調整されたもので。

 一族以外に施せば、それこそ数年と持たない。


 だが、一族であっても使える魔術は一回の調整で一種類のみであり、最高でも中位の物のみ。

 それでは、あまりに不足。


「歴歴が開発した魔術触媒では、まるで出力が足りんのだ。だが、君なら新しいものを作れる……」

「レイクの身体に合わない。容量も足りない。おーばー?」

「今のままではな、オーバー。だが、増設……私の身体すらも弄れば? 今のように。かねてより興味がある様子だったろう? 私の身体に」



 俺の身体見てみたいだろ? と。 

 16歳の少女にセクハラかます露出狂領主……会話だけを取ればね。

 だが、実際彼女は若干の興味を覚えたのか顔を上げて―――。  



「嘘。自衛じゃ終わらない」



 ………。



「無力化だけじゃダメって思ってる。殺せる力。レイクが欲しいのは、私たちを殺せる力」

「流石だな。……そうだ、違う。私に適性がある中で……、君が知る中で、もっとも強力な力が欲しいのだ。一発二発で構わない。身体を、命を削っても構わない。数日死なないのならば、それでいい」



 治してくれる当てがあるから……と。


 詭弁だけど、これは最上位冒険者である厄災レニカへの依頼ではなく、あくまで同志であり刻印を行える調律師である彼女への依頼だ。



「身体が持たない。レイク、死んじゃうよ?」

「死なない。私は、死なない」



 だが、ここから先は詭弁ですらない。

 手段は選べない。

 元より、いずれはこうなるだろうと思っていた事……遅いか早いかの違い。

 

 

「頼む、レニカ。このような話、他のものには出来ぬのだ」

「マリーに殺される?」

「そうだ、お嫁さんに殺される」



 マジで。

 良くて実権全部奪われたうえで寝室に閉じ込められるかも。

 立場逆転してね?



「んー。持ち帰る。マリーに相談して決める」

「話聞いてた?」

「冗談。ちょっと考える」



 真顔で言うな、すらすら言うな、寿命縮むわ。

 いや、どちらにせよその話が現実になったら寿命縮むかもなんだけどさ。



「もう一つは?」

「あぁ」



「もう一つ。もう一つは、冒険者である君への依頼だ」

「……………」



 こうして色々と持ちつ持たれつではあるが、それでも彼女は決して僕の仲間ではない。

 全てはギブアンドテイク。

 依頼者と請負人の関係でなければならない。


 報酬を与え頼み、頼る……依頼であらねばならない。



「……言ってみて」



 彼女の朱の瞳が僕を見ている。

 最早屋敷の中では自分の姿さえ偽らなくなった少女は、紅い瞳と、尖った耳……半魔である己の特徴を隠すことなくさらけ出し―――同時に、今の僕にもソレを求めている。

 

 決して偽らず、本音を話せと。 


 欲全開で言うのなら、共に戦って欲しいというべきだろう。

 けどソレはあまりに身の丈に合わない。



「君に依頼したいのは―――……」



 ………。

 ……………。



 僕が放った言葉を。

 その言葉を、彼女は意外そうな……ってか何を考えているのか相変わらず分からない半眼で聞き流し。



「それなら、格安」



 格安らしい。

 とはいえ、冒険者のランクごとの依頼相場は大体知ってる僕でも、最上位の事までは知らない訳で。

 彼女の言う格安ってどの程度だ?

 相場を教えてくれれば早いが……。



「報酬に幾ら出せる……?」

「十億オロ」



 逆に質問されたので食い気味で返す。

 レニカはその答えに目をぱちぱちとさせて首をかしげ。



「……。嘘」

「そうだ。現段階でそんな額を用意できるわけもない。―――私に投資してくれ。私がこの件を生き残っていさえすれば、その額は数年内に耳揃えて振り込める。利子も付けてな」

「んん……けどその額なら、もっとしてあげられるよ?」

「不要だ」

「使えるものは使って良いと思う」

「それが自分に扱いきれるものならば、だな。―――貴族家出身、或いは良家出身の冒険者が、遺跡から出土したスクロールを多量に持ち、狩りに出かけ戻らなくなるという話がよくあるだろう?」

「物語の定番?」



 そうだ。

 その場合、彼等の死亡の原因は決して魔物などの外的要因ではない。

 大多数は自身が使った借り物の力に巻き込まれて命を落とす、暴発によるものが大きいとされる。

 

 力を扱いきれず()()()()のだ。

 本来戦闘用魔道具の類は、経験に長けたものでなければ扱ってはならないのだ。



「強力な武器防具を己の力と過信した愚者。貴族にありがちな話。本来、君に頼る……それ自体が私の身の丈に合っていなかった証明。……私と彼等の何が違う? アポリファ……この魔術を主とした時点で、私は外付けの力に頼るしかない愚か者だったのだ」


「既に恥知らずも良い所。だが、そうあっても、最後の一線は譲れない。私は、己の持ち得るもので戦わなければならない。君には()()()()()

「……………」



 ………?

 いつになく熱心に話を聞いていた様子の彼女。

 レニカは、やがて身を乗り出す―――。



「えらい、えらい……。レイク、えらい」

「どうも?」



 撫でられた、モミジのような愛らしい手で。



「レイク、やっぱり似てる」

「誰に」

「んふー」



 答えないんかい。

 一人で勝手に納得し、満足げに胸を張る少女。



「報酬はさっきので良い」

「……あぁ、分かった」



 本当はちょーーーっとだけ友達価格で割り引くって言ってくれるのを期待してた。

 桁一つ、二つ減らしてくれると有難かった。

 しかし、めでたく借金10億らしい。 


 良いさ、やってやる。

 護る為には、より先に、より早く、根本的な原因を断つ必要がある。


 ならば、すべきことは一つだろう。

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