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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第三章:忘却伯と死屍累々

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第4話:死したその後で




『僕……、は―――』




『僕は、貴女が……!! あなたが―――羨ましい……!』



 あぁ、まただ。

 また、この夢だ。



『僕にも、貴女みたいな力が……強さがあったら! あの子を、今度こそ―――』



 ここ数年は全く見なくなっていたっていうのに、何でこのタイミングで―――。


 このタイミング?

 自分で言っていて何がそうなのか、分からない。


 何か、直近で不自然が重なるような変な事でもあったのか?

 確か、いつも通り宵に入るまで可能な仕事をして、一人寂しく床に就いて……、あれ?

 一人……? いや、僕は独り身の文字通りな独身貴族……。

 


『強さだと? ―――力など……』



 燃え盛る炎と、崩れ落ち崩壊していく屋敷。

 腰から下が完全に瓦礫に埋まり、感覚さえない僕の前では、身の丈ほどもある大剣を振り回し、自身に降りかかる瓦礫を消失させていく女性が居て。

 武骨な武器が横一文字へ振られる度に長髪が川のようにせせらぐ。


 銀の髪が、流星のように流れる。

 成れ果てとなった残骸の山から転がり出てくるのは、やはり、かつて人間だった者たちの成れの果て。

 瓦礫に押しつぶされた遺体、焼け爛れ性別すら判別できない残骸。

 身に纏っていた絢爛な宝石、金糸をふんだんに用いた礼服など、最早何の役に立つだろう。


 炎は陰る様子さえなく勢いを増すばかり。

 ……いずれは、逃げられない自分も。



『君は、死ぬ』



 女性の瞳が僕へ向く。

 血のように赤い、瞳が。



『……………』

『―――君は、いまだ生きている。あと少しすれば、君は死ぬ。生きた証は、残らないだろう』



 余命宣告、あと数十秒?


 ならどうせ夢だ、さっさと済ませて欲しい。

 どうしてこんなにも意識がハッキリと―――。


 今に、倒れた状態で俯いた地面。

 僅かに数センチ程で到着するそこには、大きな血だまりができていた。



『え―――、ぁ』



 単に瓦礫の下にいるだけでは不自然なソレ。

 気付いたと同時、首に一際熱い何かを感じて、辛うじて自由になっている手を当てる。

 ……血だ。

 ザクリと切れた己が頸部からは、このままなら致死量で間違いない程に血が流れている。


 何故自分が正常に呼吸をして、意識を留めているのかが分からない程の重症。

 明らかに動脈が断たれている。



『これ……何で……?』



『そのまま死ぬのか? 助けておいて、置いていくのか? あの少女を……、助けたいのではなかったのか』

『……………!』



 土煙と火の粉の舞う視界……、僕が倒れ伏している瓦礫から二十メートルほど向こうに、その姿が見えた。

 桜色の髪を持つ、少女。

 同じように大きな山の下敷きになるように両の脚を挟まれ、意識を失うように倒れている少女。

 10歳にもまるで満たないような彼女から、目が離せなくなる。


 ……分かる。

 今ならば分かる。

 以前までは答えられなかった少女の名前が、今なら鮮明に分かる。



『ローゼマリー……、マリー……』

『彼女も死ぬぞ』

『―――――』



 なんでもないことのように女性が言う。


 その言葉を聞いた瞬間、周囲や首の熱さなど取るに足らない程の冷たさが全身を刺した。

 あまりに空虚な……虚空が胸に出来る。


 ……。



『……、ぁ……。ぐっ、ァ―――動け……動けよ』



 ふざけるな。

 ふざけるな……。



『―――動けッッ!!』



 引きちぎれんばかりに身体を引っ張り、瓦礫の下でもがく。

 剥がれる事すら構わず、地面に爪を立て、前へ前へと身体を引き摺らんと手を伸ばす。


 それだけは。

 なにがあってもあの子だけは。



『ぅ、あ……!! ぐ、ぅぅぅぅ……ッ! うご、け……よ!!』

『そうだ、それで良い』



 何も良くはないだろ!?

 助けてくれてもいいだろう!

 身体が動かない……じゃない、動け、動かせ―――動け!!

 挟まった足が千切れても良い、引き摺るように、進み手を伸ばす。



『それで―――良い』



 いつしか女性の姿は消えてなくなり。

 代わりに、遠方から歩いてくる一つの影―――特徴的な金と銀、双方の輝きを宿した、一振りの長剣の光……また、煌めく朱の双眸。



『……!!』


 

 あれが何者であるかも、たった今思い出した。

 そうだ、そうだったんだ。

 僕は―――。


 なら、今までと同じように。


 そうだ、終われない。

 まだ、終われない。



『『―――だ、程度じゃ、終われない』』



 この程度で……、こんな程度で。

 一度や二度―――、程度じゃ。




 ―――死んだ程度じゃ、終われないッッ!!




    ◇




 ………。

 ……………。



『あなた、さま……! ……ぅ…、ぅぁ……、うあぁあ!!』

『奥方様。それ以上は……』

『いや! いやあっ! 止めないでくださいッ!!』



 長い夢を……、鮮明になりゆく意識の中で、段々と()()に包まれて消えていく夢の内容。

 確かに思い出した筈の、忘れてはならない筈のソレをまた忘却するままに意識を覚醒させるけど―――。


 また、夢か?

 また、身体が動かない。

 部屋の中は、眩さに目を開けていられない程の極光が満ち満ちているようだった。

 身体に触れる衣服、布団、カーテンが大きく靡き、まるで陽だまりの中のような温かさが―――。



『ぅ……、ぅぅ……!! 旦那様……!』

『くそ……、くそぉッ!! 今が一番幸せだという時期に……』

『レイクおぼっちゃま……! こんなにも若くして……! そんな不条理がありますか!』



 ……この陽だまりなんか湿っぽくない?


 あまりにじめじめした空気に、一度は(つぶ)った目を薄く開く。


 満ちた力。

 暖かく、柔らかな光―――。

 最初に飛び込んできた光景に、まず僕はとても驚いた。

 僕の腹部に突っ伏すようにして震え、顔を上げたのはまさにお嫁さん。


 彼女の眼が、開いている。

 金色の瞳が煌めき、涙に塗れた瞳のままに―――絞り出すように、叫ぶように何かを詠唱している。


 そうか。

 これは、地母神の加護による治癒の権能。

 幾度も目にした、お嫁さんが誰かの傷を治癒して上げる時の……いや。


 にしても、今までの比にならない程の……。

 


『なんで―――どうして効果が……。……ぅぅぅ……!! レイク様……。あなたさま……ッ』



 ………。

 状況が掴めない。

 いまって何やってるところ? 黒魔術の儀式?

 物語の終盤に勇者が覚醒して、途轍もない力を引き出した場面?



『う……、ぅ、あ……。旦那様……』

『私の―――ッ、俺の……、くそッ!! 俺……私の、責任ですッ!! 奥方様! 全ての怒りは―――私に―――ぐ!?』

『おやめなさい』



 そうだ、馬鹿な真似やめろ騎士。

 今に物騒な短剣を抜き自分の喉を掻っ切ろうとする手が、横から現れた皺のある手によって止められる。



『しかし……、しかし! 俺は主君を護れなかった!! 誓いを護れなかった! もはや生きている意味も!!』

『……違います、アルベリヒ』



『レイク様を、連れ帰って下さり―――有り難う、ございます……』

『奥方様……。く……、くそぉぉぉ!!』



 ………。


 何だコレ?

 途轍もなく憔悴し、泣き腫らしたお嫁さん。

 真っ青で今に切腹しかけているアルベリヒ。

 崩れ落ちて顔を覆っているマリア。

 ヨーゼフに、フント、エイサム……屋敷に仕える皆が泣いている。

 皆が皆、普段僕が知ってる部分じゃない側面を出血大サービスで見せてくれてる……、出血?



「……!」



 いや、そうだ。

 出血大サービスは僕だ。

 僕は、確か―――キシリスからの帰りに、何者かに襲われて。

 喉笛を派手に掻っ捌かれて……それで。


 ……結局死んだのか? 僕ァ。

 いや、そうは言ってもちゃんと意識はあるし、声だって聞こえている。

 目線だって高くない。

 このまま上か下へ向かい、天星神の御許か、淵冥神の膝元へ赴くという様子もないだろう。



『あなたさま……、ぁ……ぅ、ぅぅぅ……』



 ……酷いな。

 柔和で、いつも僕を安心させてくれるマリーの顔は、どれだけ長く泣いたのかも分からない程に腫れていて。

 今も、地母神の権能を行使し続けている影響か金色に代わった瞳からは、涙が流れ続け。

 ぐちゃぐちゃに……綺麗好きの彼女が、布で拭く事もせず。

 一番困るのは、今に弱弱しく、明らかに魔力が尽き欠けているにも拘らず彼女がそれを辞めようとしない事。

 普通、人間はずっと走り続けることはできない。

 必ず限界が来て、身体の防衛本能や疲労で止まるから―――けど、今の彼女はそういった機能が全て停止しているかのように、己の命すら(たきぎ)としてくべているように力を使い続けている。


 このままでは命に係わるかもしれない。


 手を……、ガッデム―――止めたいのに、身体が動かない。

 蜂蜜色の瞳も綺麗だって褒めたいのに。



 ………。

 ……………。



 手も足も、まるで感覚がない。

 格好良く彼女の涙を拭ってあげる事さえも出来ない。


 ……口は?



「ッ、ま……」



「―――。ぁ……、え?」

「「―――――」」



「ま、りー」

「「!!」」

「な……かないで、いい」



 行ける。

 やはり僕は生きている。

 ならば、この調子で……。



「わ、たし、は……大、丈―――」

「あなたさま……!」

「ぐえっ」



 ちょっと待った、いま一瞬意識が遠のいた。

 まってこのままだとお嫁さんにトドメ刺される。

 勇者に倒される―――僕は敵キャラだった……?

 


「あなた様あなた様……あなた様あなたさま―――――!!」

「……は、はは」



 ま、良いか。

 あの理知的な彼女が、子供のように。

 室内にいる皆をまるでいないもののように、まるで気にする事なく甘えてきているのだ。


 恥ずかしいけど、嬉しくない筈もない。



「……が、―――ヴァ、レット」

「こちらに」



 顔も動かせないわお嫁さんの姿しか映らないわで、先程まで手の部分しか見えてなかったけど。

 どうやらちゃんといるようで。

 やがて視界に映るは、見慣れた老執事。



「状況……、を」

「はい、ご説明させて頂きましょう。……その前に、どれ程お覚えておいでで? 襲撃を受けた事をお覚えでしたら、アと。覚えていらっしゃらないのであれば、マと」



 ………。



「……ア」

「「……………」」



 ヴァレット、取り敢えずお前は後で解雇だ。

 施設にぶち込まれる、楽しみにしておけよ。



「ほほっ。記憶の欠落はなさそうですな。では、端的に申し上げましょう。当主様は、先程まで死んでおりました」

「………な、……に?」

「いえ、今こうして会話も出来ておりますゆえ、死んだ、というのは言い過ぎかもしれませぬが。心臓は、間違いなく停止、失血量も、致死には充分過ぎるもので。そもそも時間が経ち過ぎておりました。未だかつてない出力で行われた奥方様の治癒も、外傷を完全に塞ぐことは叶いましたが、それは決して失った魂が戻るような物ではありません。どれだけ人智を外れた神の権能とて、それだけはあり得ぬのです」



 ……あぁ、その通りだ。

 死者を蘇らせる事など、誰にも出来はしないしあってはならない。

 禁忌などと言う話ではなく、単純な事実としてだ。


 伝説に語られる初代聖女や最上位魔族。

 淵冥神の御使い悪魔。

 歴史上に、不可能を可能とする治癒能力を持った存在は数記録されているが、そんな彼等であっても死者は決して蘇らせられない。


 幾らマリーが勇者の力を完全に覚醒させて傷を塞いでくれても、その時点で死んでいたのなら、そこまで。

 口ぶりとしても、時間として見ても……領に戻ってきた時点で僕は確実に死んでいただろう。

 あっちの世界で言うと、脳死っていうの?


 ―――何故、僕は生きている?

 そして、何かを。

 夢の中で、確かに何かを思い出した筈なのに……。


 また……。



「……お話は、また後程としましょう。今は、襲撃についてです」



 またヴァレット流後回しか。

 これで何度煙に巻かれたか。

 更に、まともに連続した会話を出来ない今の僕ではソレを防ぐ手立てがないのが困りもので。



「アルベリヒ。最初の説明をまた頼めますかな」

「……は。痕跡から見て、襲撃者は一人。私は、その接近にすら気付かず……、馬車の中から、旦那様の倒れた僅かな音が。馬車が些細なトラブルで急停車し、再び発車してすぐの事です。その時初めて異変に気付き―――何かあったのかと扉を叩けども、反応はなく。疑問のままにドアを開くと……首を斬り裂かれていたレイク様が倒れていたのです」



 ホラーすぎるな。

 けどやはり、誰も下手人の姿を見てはいないと。



「こえ、が……した」




 僕もそれだけだけど……あの時、確かに聞いた。

 痛くはないから、眠るように死ねと。

 中性的な……いや、そもそも偽装されているような無機質な声色で、殺しに快楽を見出すような喜色もなければ、罪悪感や憐憫(れんびん)といったものもなかった。

 まるで作業をこなすような無感情な声だったように思える。


 けど、それだけが手がかりだというのなら。



「……じょうほうは、なしか……」

「いえ。此度は私めに確信に近いものが。襲撃者の判別は付きやすいでしょう。今のアルベリヒの能力と近頃の大陸の情報を踏まえれば……候補に挙がる中でこのような芸当が可能な者を、私は一人しか知りませぬゆえ」

「……! ヴァレット様!」

「その者は!? その不届き物は一体!」



 ……よもや。



「大陸随一の暗殺者―――、最上位冒険者【黒刃毒師(こくじんどくし)】オウルで相違ありますまい」

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