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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第三章:忘却伯と死屍累々

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第2話:領主は建築士




「レイクアノール・ユスティーア伯爵……。ここ数年の卿の活躍は帝都にも届いておりますよ。皇帝陛下も、遂にアノール領に眠る外交の雄の血が、長き眠りから目を覚ましたかとお喜びのご様子で」

「はははっ、光栄なお話ですね」



 覚えてんならうちの名前歴史の教科書から外すなよ。

 ―――って言いたい。


 帝都からやってきたという使者。

 中央政府に属する男は、自らの名前をマルクルスと名乗って。

 年の頃は三十代中程、中肉中背で陽気な印象を与える、いかにも外交向きの風体。


 彼は今に卓上に用意された果物やら菓子やらに興味を留め。

 


「おおっ、これはまさしく音に聞く特産の数々。―――ひとつ頂戴しても?」

「是非お試しを」



 流石に帝都の使者、今に用意されていたカトラリーを鮮やかに用いて果物をカットし、一度も指で触れる事無く皮も芯も分離してそれらを口にする。

 ヤミーだのデリシャスだの、口を開けば褒める言葉を連呼……本当に手先が器用らしく、相手に不快感を与えないのと高速で茶請けを空にするのは両立するらしい。


 やがてはマリアが淹れたお茶にも手を伸ばし。



「んむ……ぅ。なんと。来客用の軽食もさることながら、まさか斯様な地で宮殿に仕える侍女たちにも全く劣らぬ立ち居振る舞いの女性に出会えるとは……、中々どうして……」



 良く喋る使者だ。

 それがどのような意図なのか今のところ察する材料はないけど、大体褒めてくれているという意味では特段思う所もなく。

 けど、訪ねて来てから一度として本題に入ろうとしないなこの男。



「この芋のパイも素晴らしい香ばしさ……! これは北部原産のメークンですね? 下調べにて、この領でも近年栽培を始めたとは聞いていましたが……ほっほーー、塩漬けにした豚肉、そして風鳴鶏の肉を馬乳と共にルゥで固めたシチュー……。そんなモノをパイに包んで焼き上げようなど……何と恐ろしい、なんと面白い」

「ルゥはコーツ麦の粉を使っているのですよ。肉も我が領の畜産によるものです」

「流石! であれば、これはアノール領の地産地消の塊! 実にエクッセレント!! そしてデリィ~シャッス!!」



 何しに来たんだこの使者。

 ……はぐらかしてこちらの反応を見ている?

 いや、別に一生話してくれなくても構わないからなぁ、こっちとしては。



「うむ、うむぅ……このお茶の芳醇な事―――、成程、乾燥させた果実の皮を入れているのですね? ほっほ……旨し旨し―――」



「皇帝陛下はプリエールの内戦に介入する事を宣言いたしました」



 ………。


 ……は?



「なんですと?」

「帝国が、軍を派遣する事が決定したとの事。此度はその旨をお伝えしにまいった次第で」



 ヤベェな。

 クリームシチュー食ってる口で、脈絡もなくいきなりそんな話始めるのかこの御仁。

 やっぱり中央の所属っていうのはこれくらいネジが飛んでないと務まらない魑魅魍魎の巣窟なのか……。 

 


「……ふむ」

「―――如何されましたか? マルクルス殿」

「いえ、いえ……。曰く、伯爵殿は鉄仮面。笑う時は笑う、感心する時は眉根を上げる……、それは普通として行うが、一度として本心に驚愕や恐怖を浮かべたのを見た事がない、と。我々の間で聞く話です」

「……………」

「どうやら事実だったようだ。それとも、予測されていたのですか?」



 冗談だろう?

 だってプリエールとジルドラードは同盟国。

 確かに他国からはずっと「狙ってんだろ?」って言われてるらしいけど、事実としては近年の関係性も良く、貿易等の交流も盛んだった。

 オクターヴ公から聞く話だって、大陸議会では中々話が弾む間柄だったって話なのに、それがいきなり戦争に介入?

 どう見ても漁夫狙い。


 そもそも僕は顔に出さないように努めてるだけで、根は小心者なんだ。



「……一介の田舎貴族には想像もつかない世界ですよ」



 その一言に尽きるね。

 そして、敢えて聞かせてもらうなら。



「しかし、何故? 同盟国ゆえの救援、民への援助という名目で軍を派兵する事は確かに出来るでしょう。ですが、それでも周辺国家、或いは人界の盟主たる教国らから受けるであろう後の疑念は避けられない。それ程までに帝国が求むるようなものが、かの国に現在存在するという事でしょうか」

「はっは。それこそ、私のような一役人や伯爵には関係のないお話でしょうね」



 先の一介の田舎貴族発言が自分を抉りに来たな。



「この一件は既に議会で決定された事でもあります。その中核に、アノール領伯爵である卿を据えるという話も」

「……過去の話を、というわけだ」

「えぇまさしく。建国時より存在する、雄弁なるユスティーア。初代皇帝陛下がお与えになったその責は、決して朽ちる事無く現代を生きるあなたに託されているのですから」



 ………。



「帝国は同盟国の危機に際し、軍を派兵し反乱分子を押さえつける。それだけです。つきましては、アノール領からも兵を出して頂く事、或いは物資の援助と陣の都合。……可能なら、最上位冒険者レニカ・アーシュ殿のご助力も頂きたい、と」



 欲張りセット……悪い夢か?

 エルフの件と言い、本当に僕ちゃんって夢見が悪い事悪い事……。


 抵抗とかじゃなく、ちゃんと言っておかないと。

 


「兵力の用意。物資や野営地の提供……。これらは微力ながらどうにかなるでしょう。しかし、一点。かの厄災……アーシュ殿は、冒険者。私の領の所属という訳ではない。私に彼女へ命令を下せる権威など、無い。冒険者を繋げ置くなど出来ぬ事は村人でも分かるでしょう」

「―――ふむ」



 彼も「あ、流石に無理かなー?」って感じの雰囲気だ。

 認識に齟齬がないようで助かった。

 どうやら感性はちゃんとまともらしい。



「分かりました。その点は考慮しましょう。中央政府とて、今に兵を出そうという時に最上位冒険者の怒りを買うのは御免でしょうからね」

「感謝します」

「いえ、いえ。では、出征までは、半月―――四週程の猶予がございますゆえ、ゆっくりと準備されるが良いでしょう。時期が来次第、諸侯との会議の場を設けるつもりです」

「……………」



 今に席を立ち……、もう一度素早く座り直して茶を飲み切り、やがて再び席を立つ男。

 見送りはいらないとの事で、使者をマリアに案内させるまま、僕は部屋に残って。


 

「―――はぁ……、ガッデム」



 やんなっちゃうね。

 何故ここまでの厄介が嵩む。

 停滞という名の平和だけが取り柄だったアノール領からそれ取ったら何が残るってのさ。


 というより、二代目以降の領主。

 南側へ壁作るとか、備えるとか、そういうのを少しでもやっててくれてたらたらね……と。



「……行くか。―――アルベリヒ」

「うぃ、こちらに」



「重要な話をする必要がある。主要な面々に声をかけて来てくれ。集合は私の執務室だ」



 ………。

 使者のマルクルスがお帰りになったのち。 

 僕一人であれこれ考えててもしょうがないのでマリーやヴァレット、アルベリヒを集め、一通りの説明をしておく。

 これに関してはアノール領に居を構える誰もが無関係ではいられない話だ。

 最悪、領そのものが前哨基地になるわけだからね。


 帝国が聖国の内乱へ介入する話、その尖兵にうちの領も勘定されている話……ってか支援面での責任者のような立ち位置である事まで話し終わる頃には、全員の表情が只ならぬ雰囲気を帯びる。


 

「難儀な時代だな。よもや、魔族やら魔王と仲良しこよしの時代に在って、このようなまことの戦争の当事者になりつつあるとは」



 普段書類仕事で使う奥の椅子に座るまま、その場の面々の顔を見回す。



「他の国家とか、そもそも大陸議会の国々が連名で内戦止めるってことはできないんです? そらもう圧力掛けるなりして。そんなら戦争なんて―――」

「厳しいですな」



 最初に口を開いたのは、いまだ現実味を帯びられていない男アルベリヒで。

 すぐさま、ヴァレット先生の講座が入る。



「基本的に、一国の内側で起きることに関しては、当事者たる国家からの要請がなければ周辺国家は静観を貫くのが大陸議会でも定められたやり方。当然大陸ギルドや教会連合も使者を送り終結への努力を怠ってはおりませんが、当事者たちにその気がないのであれば長期化は必須……」



 今現在、聖国は救援を求めてなどいない訳で。

 むしろ出されたら困る側が大多数だろう。



「ですが、今回のように。大義名分さえあれば動けるのです。今の帝国がまさにそれ……流石に、更に西や東といった遠方の国が動くのはあり得ないでしょうが」

「恐らく、継承に向けて帝国でも皇太子の実績づくりや人脈の構築を目的としているんだろう。聖国で何らかの実が取れればそれも良し、なくとも最低限の目的を果たせるというわけだ」

「マジすかぁ……」



 パフォーマンスの裏方とか、僕としては何の旨味もないからゴメン被りたいんだけどね。

 100年前の異界の勇者……【百識の勇者】よろしく、内政とか商売で成り上がるのが僕の予定だったのに。



「帝国の他の狙いは何だ、と。聞いてみても、特にこれといった回答は得られなかった。なにを目論んでいるか……」

「プリエールってーと、やっぱ天銀と聖女と……。旨くて洒落た飯と海産物と……」

「ほほっ。豊かな国でありますからな。それそのもの、国自体に価値があるのは当然でありましょう。理由など、手に入れた後で考えれば良い……と」



 確かにそれもそうだね。

 


「今代の水の聖女さまはまだ十代……。現在は行方不明なのだと伺っていますが……」



 ここへきて、初めて言葉を紡ぐお嫁さん。

 ソファーに腰掛ける彼女の顔は、様々な可能性を一度に思案し、憂いている様子で。



「聖女……。君にとっても浅からぬ運命のようなものを感じてしまうか?」

「―――えぇ。そうですね……。何処か、他人事とは思えないのです」


「ってか、プリエールって言えばやっぱあれっスよね、聖銀騎士団! 天銀の装備っすかぁ……。憧れだったなぁ……」



 思考を遮るようにこだまする騎士の声。

 聖銀騎士団……プリエールの中央教会が保有する最高戦力の正規軍。

 馬上戦を得意とする兵団など、国全体の兵力で言えば10万を超えるだろうかの国に在って、僅かに100、200人程度の人員で構成された彼等だが、その多くの者たちが世界三大金属の一角をなす希少金属「天銀(クラヴィス)」で武装し、個としての実力もB級冒険者に迫るとされる強者の軍団。

 

 聖国と事を構えるうえで、彼等を敵に回すかそうでないかで被害は大きく変わるだろう。



「天銀の製造方法を知ってるのって国家の中枢だけなんですよね? んじゃあその製法欲しさに動き出したって感じもあり得そうじゃ?」

「それもあるかもしれませぬな」



 真金(クリューソス)鉄晶(エルシディア)に並ぶ最高の素材だからね。

 稀に国外へ流出する天銀の武装があったりすると、とんでもない価格が付いたりする。

 商業都市などの大オークションで売ろうものなら、短剣一振りですら数百万オロ……。


 鶏一羽の市場価格が数千オロ程度だと考えれば、その価値が分かるだろう。

 正直村一つより価値があるともされる。



「天銀、か。片腕木っ端冒険者に買えるものではないのは確かだな」

「ひどいぃ……」

「けれど事実ですね?」

「えぇ、正論ですな」



「あの……、あなたさま」



 と、一度休憩とばかりに皆でアルベリヒを虐める中、お嫁さんが閉ざされた瞼のままにこちらを向く。



「どうかしたか? マリー」

「……。まこと、要請通りに動かれるおつもりなのですか?」



 ………まぁ。



「問題はそこだな」



 使者にはどうにかできると言ったけど、うちには数の整った兵力を用意するだけの力はない。

 金で雇えばいいとも思うけど、それで外部から致命的な虫を呼び込むことになればそれこそ戦争関係なく領の経営がガタガタになるからね。

 出来れば、会談の場でその辺の要望を下方修正してもらいたい所なんだけど。



「―――方法として、……先から存在する襲撃を利用する手もあるかと思うのです」

「暗殺者たちを? 利用……、とは」

「領主が重体であれば、進み兵などを動かすわけにはいきませんから。金銭、物資面での援助のみに留まります」

「「……………」」

「ほほっ。流石は奥方様」



 滅茶苦茶効果的だけど、普通は絶対に考えもしないであろう策を平然と……、流石は僕のお嫁さん。

 けどそれって僕がわざと大怪我するって事にもなるよね?



「……くッ。ヴァレット、痛くないように頼む」

「ほっほ。御冗談を」


 

 え、それどっちの意味で?

 


「あー、取り敢えずおそろ? 腕一本いっておきますか主」

「危なくなってきた。この件はもう暫し吟味する必要があるな。ひとまずは取り急ぎ、物資を用意する必要がある。倉にある物から優先して拠出。武器の類より、保存のきく食料品だ。乾燥させた果物なども今のうちに輸入し備蓄しておくか? 兵の士気を留まらせることも出来る」



 出征の物資……、派兵の総数によっては、その過半数を賄うのも難しいかもだ。

 それこそ領が終わる。

 考えれば考えるほど、言われた全てが要望通りに揃うとは到底思えず。



「物資の用意と共に。精々、備えると致しましょう。半月後の会議。その結果によって、なるようにしかならぬ、と。私めはそのように愚考致します」



 ………。

 ……………。



 ヴァレットとアルベリヒが部屋を後にして。

 いかに有事前とはいえ、それを理由に日常業務をおろそかには出来ない僕はそのまま執務机に向き合ったけど、同じく部屋に残り、ソファーに座っていたお嫁さんだけが心配そうにこちらを覗いていた。


 僕としては、彼女には常に笑顔でいてほしいわけで。



「あなたさま」

「そうだ、マリー。先の、君が提案してくれた乾燥卵……。アレを生産して兵糧に組み込むのはどうだろう。戦場でスクランブルエッグが食べられれば兵士たちも喜んで……」

「―――あなたさま……」



「何か、嫌な予感がするのです」



 神の加護による虫の知らせか何かかな。

 およそ、彼女の言う嫌な予感っていうのは戦争や聖国での犠牲ではなく、僕自身に降りかかるものを指している筈だけど。


 いや、問題はない。

 だって僕は只の地方領主であって戦闘者じゃないから、したがって前線に出る訳もないし。

 そもそも新婚でこんな健気なお嫁さんを未亡人になんて出来る訳もない。


 未亡人って言葉、どうしてあんなにも妖しげな魅力があるのかな。

 マリーも儚げな印象が強いから、もしそんな称号を得てしまったら本格的に野獣どもが牙と歯茎剥き出しに動き出して……。



「ふふっ……大丈夫さ。私の野望はこのくらいの波で諦められるようなものじゃない」

「……………」 

「お隣の戦争が終わったら、状況も落ち着く。そうしたら、一緒に村々へ視察に行こう。駐屯地になった場合彼等の支持率が下がるかもしれないからな。―――なに、戦争なんて今年の終の月までには終わるさ」

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