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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第三章:忘却伯と死屍累々

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第1話:裸の領主も現実味




「そ、そんな!? 奥方様……! い、いけませぬ! 儂のような村人に、卑しい身分にこのような……! この程度の傷、数日もすれば……」

「いいえ。年を召した方ほど自然の治癒力は落ちるものなのです。それは摂理。小さな傷とて、放っておくことこそ危険なのですよ。油断をしてはいけません」

「う、ぅぁ……。し、しかし……! そのような綺麗な御手で触れては汚れが……」



「大事ありませんよ。ゆっくりと、確実に……」



 複数の村人が見守る前で、老人の腕に出来た切り傷が塞がり、その周囲の擦り傷もまた皺の刻まれた肌に消える。

 単なる魔術ではない。

 地母神フーカの加護による権能……肉体の治癒。

 基本属性に類する水属性や地属性の魔術でも同じような治癒の力は存在するけど、彼女のそれは他の、あくまで副次的な効果として傷を治す魔術とは根本から異なる、真に癒す事を目的とした力だ。


 だからこそ純粋に効くし、スーッと芯まで届く。

 ……キャッチフレーズのように。



「こんな事が……」

「まこと、奇跡のような御力だ……。これが……」



「これは……。あぁ……な、何とお礼を申し上げればよいですか……」

「良いのですよ。夫たる彼が、常に仰っているのです。皆さんは領の宝物だと」

「……宝などと。儂らの手など、薄汚れた……」


「いえ……、決して。どうか身体を起こしてください」



 それは低く低くひれ伏す老人。

 それこそ、全身に擦り傷でも作るんじゃないかというレベルで前半身を地面にこする相手を起き上がらせ、車椅子のお嫁さんは老人の手のタコなどを確かめるように優しく握る。



「この手は、ずっとアノール領の為に働いてくれた証……。働き者の手です。私は皆さんと共に働くことができませんから。せめて、こういった形で日々の感謝を返させてください」

「おぉ……」



「あの、あのっ……! おくがたさまー、これ!」

「お礼! プレゼント! ルメルのお花!」

「うふふ……、有り難うございます。私の部屋に飾らせてもらいますね。では、代わりに―――えぇ、そうです……。そのうち、押し花のしおりの作り方を教えてあげましょう。以前贈ったという本へ挟むのに使えるよう」

「「わーー!」」


「奥方様……。何と美しく尊き御方だ……、ありがたや……」

「領主さまも、奥方様も……。アノール領の民である事を私めは誇りに思います……」

「領主様良いなぁ」

「馬鹿か、あんな御方だからこそ奥方様のような女性を―――」



 ………。


 やっぱりどこ行っても大人気すぎるな、お嫁さん。

 実はこういうところもあるから乗っ取られるのが不安で外出させたくないっていう可能性も微レ存?


 さりげなく僕の支持率を上げる努力に余念がない彼女。

 実際、あんな美人な女性に優しく手握られたら老若男女問わず、人間はコロッと堕ちるだろうし……こうやって南極のペンギンを騙くらかす手法は果たして誰に教わったのか。


 けど、正直な話で言うとやっぱり不足だ。

 名声とかじゃなく、護衛的な話ね。



「アルベリヒよ」

「は」

「その成長性、舌を巻いている。そのまま精進しろよ」

「―――うぃ。勿論で」



 彼女の外出では傍付きのアンナさんのほか、主にヴァレットが付いてくれるけど、偶に都合がつかずアルベリヒが駆り出される事もある。

 ヘルプのヘルプだ。

 勿論、傍付きさんと騎士の二人でも中央の魔物や盗賊団程度なら普通に捻れる戦力ではあるけど、もしもというのは常について回るわけで。 

 常に彼女の身の回りの世話をしつつ、同時に護衛をこなしてくれるような超凄腕の侍従さんとかいないかな。

 ガチャ引けば出てこないかな……っと。



「マリー、そろそろ良いだろう。中央に戻るぞ」

「……もう少しだけ」

「私は村に療盟士の支部や薬屋を作りに来たわけではないんだ」

「あなたさま、イジワルです」



「「―――――」」



 ……寸劇完了。

 こういうのもやっておけば更に彼等の親近感も湧くだろう。

 賑やかに笑い合う村人たちの様子を穏やかに見守っている彼女が、どうしてか僕にはほくそ笑んでいるように見える。



「領主さまも、いつも有り難うございます……」

「ふ……。うむ。また来るぞ」



 まぁ、僕もなんだけどさ。




   ◇




 村からの帰り、無事に領主館へとお嫁さんを送り届け一安心。

 その後、やってきた都市の一角は館から最も近い範囲にある、我が領の最高機密にも類される場所で。



「製造作業は納期に合わせ順調に進めております」

「うむ、そなたらの働きぶりは十分に理解している。信じるさ。―――今日は、報告を受けた新しい意匠の確認に来たのだ」

「あぁ……! 左様でございましたか……」



 工房、と現在呼んでいる建物。

 我が領の金のなる木、スクロールの製造部署だね。

 内蔵した魔術の研究開発こそ館の地下とかで行ってるけど、本格的な製造はここで職人らが手作業だ。

 と言っても内部機構はレニカの担当部署で、彼等の仕事っていうのは革細工や装飾といった外装の部分になるけど。


 厳重に保管されたそれら―――丹念に磨かれ艶出しや防腐を施した木筒や箱に入れられた魔道具。

 今にうち一つを恭しく取り出した男が僕へと渡してくる。



「こちらがそうでございます。どうぞお手に取って頂き……。如何でしょうか……」



 白鳥のような体毛を持ち、一枚一枚があまりに巨大な羽根を散らし大地へ舞い降りる白龍と、その羽の一枚を掻き抱く一人の人間が象られた意匠。

 コレ、ブランドイメージの向上にってお嫁さんがデザインしたものだよね。

 建国物語のワンシーンをイメージしたわけだ。

 


「うむ……素晴らしいな。何がどうとは言えんが、とにかく良い」

「はははっ」



 傷のない部分のみを贅沢に用いた特級品、或いは傷を隠すように装飾などを行った一級品の革細工は、当然に一つとして完全に同じ模様は存在せず、実に高級感がある。

 更には梱包する木箱を合わせれば、まさに贈答に優れた一点もの。

 いずれヴァレットを梱包する棺桶の職人にと確保しておいた人材がここで役に立つとは。



「この出来ならば、実によく売れる事だろう。このまま、一つ一つを丁寧に作成してくれ。生産性など気にするな。我々にとっては数作ったうちの一つでも、顧客からすればその一つが100パーセントなのだからな」

「は……! よくよく心に留めます……」



 蛇革、それも主に魔物の素材を使ったスクロールの製造。

 これらの顧客は主に貴族で、彼等が催しの際に使ったり、単に贈答品として他の領や国へ贈るなどの習慣を固定化させるのが当面の狙いだ。

 出回ってすぐは色々あったし、当然なんとか真似できないかと試行錯誤している者たち、或いは自分達も噛ませてほしいという手紙が山のようにも来たけど、現在はそれも落ち着いている。


 まさに絶好調だと、嬉しそうに作業へ戻っていく職人を見届け工場を後にして。



「全てが順調、と……。暗殺狙いはまーるで落ち着いてませんがねぇ。おとといも一件、その場でやっちまいましたすぃ?」

「あぁ。世話を掛けるな」



 僕の所に彼等、命を刈り取る者たちが来ている理由を色々と考察したり吐かせたりしたけど。

 やはり、それ等は二択。


 一つは僕の積み上げた成果とかを狙い隊。

 主には政敵たる貴族が大半かな?

 僕をひそかに暗殺し、その混乱に乗じて()()と盗み出したいっていうともかく浅ましい人間達だ。

 この色々には物品や情報、技術などもあるだろうけど、やはりお嫁さんも資産計上されて入っている筈で……、多分よくある展開よろしく、葬式かなんかで弱った彼女に近付いてよろしくって感じだと思う。

 僕が絶対に死ねない理由だ。


 で、二つ目……多分現在はこっちの方が大多数。

 僕が高価ながら質が高く大きな話題性も持ちえるスクロールを売り出し始めた事で、非常に不都合な状況になっている人たちの依頼。

 「特にここだろう」とヴァレットやお嫁さんが目星を付けたのは、ここ十年程で急成長し、今や二大商会に準ずるとされる程の大商会―――【リーアニュクス商会】

 武器や奴隷商売などを手広くやっているほか、冒険者たち向けに太古の技術を復元、現代技術で製作可能なように敢えて劣化(デチューン)させた旧式ベースのスクロール製造なんかも行っているところだ。


 

「リーアニュクスっていやぁ、元は東側で商売してた連中っすよね? 何だって現在は帝国だけで細々商売やってる俺らんところとかち合うんすか? そもそも顧客冒険者とか傭兵、ギルドとかでしょ? 売り場も相手にしてる客も違うってのに……」

「商売人の度し難い所だな」



 明日はどうか、明後日はどうか。

 自分を脅かす可能性が僅かばかりにでも存在するのであれば徹底的に排除する……、それが武力を保有する大企業なら猶更。

 それを可能とする手段があるとどうしても考えてしまう……人間のさが。


 ある種、ギャンブル依存などと同じ。

 お金がなければ人は我慢できるが、一度「出来る」と認識、理解してしまえばその限りではないのはどの世界でも一緒なんだからね。



「かの商会は警備兵の枠を超え、私設の戦闘部隊や傭兵団を保有しているという話もある。血なまぐさく、後ろ暗い話もだ。いずれ本気で狙われれば手に負えないかもしれないな? 肉壁」

「参りましたねぇ……っとぉ!」



 話の途中で不意に馬車が止まり、アルベリヒ共々前のめりに。

 ……何だ? 練達の御者らしくもない。



「ヨーゼフ。珍しいな」

「も、申し訳ありません、旦那様! この無礼者めが……! 一体どのようなつもりだ!」



 ……。

 あーー、誰?


 先にアルベリヒが馬車から出て、安全を確認し次第降りた外。

 確かに馬車の前には一人の男性が居て。

 初めて会った人間だ。

 いかにも敬虔(けいけん)で穏やかそうな……馬車の通り道に飛び出してくるような男には見えないけど。



「お初にお目にかかります、伯爵さま」

「―――そなたはプリエールの人間だな?」

「は、かつては聖国で迷える者たちを導いておりました。名君として知られる領主さまにお話したい事があり、無礼を承知で塞がってしまいました。どうか、お許しください」



 言葉も口調も穏やかで、確かにとても申し訳なさそうな面持ち。

 成程、見た目通り元聖職者さんね。

 昨今の不況のあおりを受けて失職しちゃったんだろう、可哀想に。


 けど話って?

 悪いけど僕はあんまし神さまのこと高評価してないよ?


 ……とはいえ、ここが街中って事もあるし、エセ名君を目指す者としては人の目がある状態であまり悪い所は見せられないな。



「アルベリヒ。この後の予定は?」

「山盛りお仕事事務整理になります」

「……ふむ。であれば、僅かながら時間も取れる。今この場で申してみよ。直接答える」

「寛大な措置に感謝を。では……」



 彼はゆっくりと幾つかの事を僕に尋ねる。

 例えば、この領では自由な布教をしても良いのか。

 アノール領の都市や村の人口、他の領と比べた物価や生活基盤の度合い、仕事を探している者たちがいるけど、何処か良い場所とかはないか……。


 彼個人というよりは移民全体の話が多く、内容としても確かに彼等の側からすれば気になる事で。

 中には一般の者では答えにくいようなものもあり、むしろ聞いて来てくれるだけいいね、こういうの。

 彼から他の難民たちにも話してもらえればと、ひとまず仔細説明して上げて。


 ………。



「―――と。そのようなところか。布教も自由にすると良い。丁度、現代社会への迎合の過程で教会などの建設も考えていたところだ」

「おぉ……」

「しかし、近頃移民と元からの民の間で文化の違いによる摩擦があることも把握している。あまり無理強いをする事は避けるのだな」

「は、勿論で―――。私のような移民にこれ程丁寧にお話しいただけるなんて……話せば話す程領主さまは寛大な御方だ。噂通り……、いえ噂以上に」



 よせやい、照れるよ。



「民の都合、領の都合の範疇で善し悪しの線引きをしているに過ぎない。その行いが度を越えたのであれば罰する。それだけだ」

「は……。そのお心遣いこそが、私達にはとても幸福な事なのです」



 彼は本気で感じ入ったようにうんうん頷いていたけど。

 やがて、何か新たな疑問でも出来たかのように僅かに頭を傾けて。



「……。何故、領主さまは奥方様の御力をもっと大々的に旗印、偶像にしようとなさらないのですか?」

「む」



 それは、僕があまり触れてほしくない部分。

 普段相手にする村人や一介の商人はそもそも気にするようなものでもなく、貴族相手でもなければ今の今までは聞かれなかったものだ。


 最後の最後で面倒なのを。



「今や、この領では誰もが口にしています。伯爵さまの奥方様はまさに神の代行者だと。噂を一笑に帰すものもおりますが、私は確信している。それは真実なのだと。……何故なのですか? その事に誇りを抱き、最大限誇示する。それこそが神に与えられた祝福に応えることであり、世の安寧にも繋がる筈で……」

「それこそ、諸君らと我々の違いだな」

「―――と、仰いますと?」


「一般と我々貴族の見えているものの違い、視座の違い。数あるだろうが。そなたのような聖国からの移住者……。その文化を尊重し、また発展に繋がる可能性を信じ、私は布教などの機会を奪おうとはしない。しかし、ここはあくまで帝国だ。この国において、全ての民は皇帝にかしずくものであり、民も、貴族であっても例外ではなく、その威光に従うのだ。それは神の加護とて例外ではない」

「それは……」

「あくまで、そなたが言うようなことをするつもりはない、という事だ。人民は皇帝の庇護のもとにある……加護とて同じ。例え神の代行者とて、その名声が我が国の根幹を覆すことがあってはならんのだ」


「……。では、ジルドラード皇帝陛下の庇護の範囲でならば」

「勘違いしてくれるな、私はあくまで国益のために策を選んでいるに過ぎない。今までの会話もそうだ。これは私個人の為ではなく、あくまで国益に準ずるもの。大々的に広めるつもりもない。或いは、噂通りに妻が加護を持っていても、だ。当然に、妻もその考えだろう」

「し、しかし……。それであはあまりに……。六神さまの御力の一端を……、救世主の資格を持った御方がいらっしゃるのですよ……!? より多くの救いを求めるものは、きっと他国にも……」



 程度の差こそあれ、神の威光への畏怖は同じ。

 けど、国より前に神があるか、その逆かの違いが僕たちにはある。


 建前前提としても、ここだけは微妙に噛み合わないらしい。

 風習の違いかな、やっぱり。

 

 そもそも、建前抜きにしても、彼女がわざわざ危険を冒してまで人々と交流を持とうとしているのは、あくまで他領からやってきた自分が受け入れられるようにするためで、その次点に僕の支持率上げがある。

 建前である帝国全体の国益や皇帝陛下どうこうを抜いても、そもそも神さまがどうのとかの話じゃないんだ。


 それに―――。

 

 僕は、あくまで僕が得た力を使って成り上がるつもりだ。

 降ってわいたような、加護だのなんだのっていうチートスキルみたいな力……いつ変な副作用があるかも、消えてなくなるかも分からないような……それもお嫁さんの力頼りなんて、あまりに格好悪いと思わない?


 只でさえお嫁さんに乗っ取られかけて「ざーこざーこ」されてるのに、これ以上亭主の尊厳破壊するのやめてもらっていい?


 ……ってなわけで。

  


「ひとまず、現状のやり方が最も良いと判断したまで。やり方を大きく変えるつもりはなく、妻の力を広く喧伝するつもりもない。それが私の答えだ。―――話はしまいか?」

「……………」

「ブルルㇽ」

「! ぁ……。は……! お引止めしてしまい、申し訳ございませんでした」 



 僕より先に家臣の忠誠が暴走したらしいね。

 御者が馬の手綱を静かに揺らしたんだろう、馬がくしゃみをするかのように声を上げ……、それで我に返ったらしい男は急ぎ深々と礼をする。

 

 流石ヨーゼフ、人や動物の言葉にできない考えをくみ取る事が求められる職業……僕の心中を代弁してくれる能力にも長けるらしい。

 勿論この機を逃す手はなく。



「では、この話はここまでとする。ここからは共に暮らすアノール領の民と語らい、尋ね紡いでいくと良い。お互いに、な」

 

 

 続く返事を待たず、アルベリヒに護られるようにして馬車へ。


 悪いけど、どうあっても折り合いがつかない思想というのはある。

 あちらだって、自分の目的に沿って、己にできる最大限を考えた結果こうなったわけで、本質的には僕と彼は変わらない。

 だから、こういうのは互いに干渉し過ぎず、広い心でもって見逃してあげるべきだ。


 布教や信仰の件も、やり過ぎない程度なら好きにすると良い。

 その思想に心を動かされてしまうというのは仕方がない事、僕が民へ与えた以上を彼等が与えたという事だ。

 諦めよう、そうしよう。



 ………。



「―――ああ! 良かった! お戻りですか、旦那様!」

「あぁ、……何かあったのか?」



 少しして、無事に自宅へ到着。

 しかし、少し気を抜いたのも束の間、馬車が館の敷地に乗り入れてすぐ、衛士のフントが額に汗を浮かべて駆け寄ってくる。



「お客様がお見えになっておりまして……。帝都からの使者の方が。既にヴァレット様の案内にて、応接間にてお待ちです」

「―――すぐ行こう」



 帝都からの使者……。

 手紙とかを送り付けて来るでもなく、直接やってくるようなことが起きたっての?

 面倒ごとじゃないと良いんだけど―――無理だよねー?

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