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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第二章:忘却伯と人生の墓場

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第18話:信じる者は




「君の顔を見ると今年もその季節になったと実感するな。さて、何が聞けるか……」

「ははは……、遂に風物詩のような認識になってしまいましたか。お久しぶりです、オクターヴ公」



 訪れた季節は肆の月。

 相手が相手である事も考えれば、既に僕が何処にいるのかはわかったようなもので。


 この一年で僕を取り巻く状況はまた色々と変わった。

 僕のアノール領が他の地域でも知られる隠れた名店みたいな扱いになり、貴族たちの間ではかの公爵さまのお気に入りのような視線を向けられるように。

 そして、それ等は無関心より好意より猜疑心のようなものが多くもなった。

 貴族は見栄と嫉妬の生き物……爵位という位階ではなく、あくまで現代貴族として羨まれる側……中流のような位置づけになり始めているって事なんだろうね、実際。



「作物か技術か、はたまた次は人材か……。此度はどのような驚きをもってきたか、それはまた後に聞かせてもらうとしようか。腹痛の件以外でだが」

「お手柔らかにお願い致しますよ、胃腸が弱いので」

「ふはははっ」



 どうやらあの手紙に彼も目を通したらしい。

 別にいい、父兄の検閲はよくある事だ。


 それよりも、今年から祝宴の取り仕切りは彼ではなく嫡男であるルクソールさまが執り行っているらしく、見ての通り公爵自身は結構暇だとか。

 それも意外なんだよね、実際。

 確かに年齢的には隠居でもおかしくないけど、公爵はまだまだエネルギッシュ……生来の豪儀さも含め簡単に表舞台を去るような方だとは思えないんだけど。

 

 と、興味を持ってそれを聞いてみれば。



「息子がな、直接私に何度も言うのだ。同じ齢にして既に様々な事を成している者がいるのだ、己とて負けてはいられん、とな。クククッ。オクターヴの次期当主から一目置かれるとは大した若者がいるようだが……、政敵として目を付けられねば良いのだがな」

「……………」

「―――伯爵はどう思う」

「その同年代の美形貴族が不憫でなりませんね、えぇ」

「はっはっはっはッッ!!」



 いや、マジで。

 勘弁してくれませんかね。

 或いは、代替わりが近付いている事の証明でもあるのか。


 

 ………。

 ……………。



「ふぅ……。まこと、公爵閣下もお人が悪い。折角一晩かけて考えてきた挨拶の数々、その全てが無駄になる瞬間でしたよ」

「うふふっ……。それだけレイク様に期待しているのだと思いますよ? 父は」



 昼間から行われた祝宴の席を義理を果たす程度に出席した後、僅かな酔い具合で向かった先。

 再会した彼女―――今年で19歳となった公爵令嬢さまは、やはり僕の全てを忘却させる可憐さだった。

 薄い桃色の長髪はふんわりと少しのウェーブが掛かり、開かれた柔和な瞳は真っ直ぐに僕だけを見ている。

 彼女と一緒の空間にいるだけで、まるで花畑の真ん中に寝そべってるかのような温かさがある。

 ついでに花畑みたいな甘い匂いもする。


 

「―――期待、ですか。あまり手荒なものは困ってしまいますね、えぇ。そうです。先程お会いしたルクソールさまからも虐められてしまいましたよ。妹を心配させるとは何事かと」



 虐められたと言えば、あとは会場の女性たちからもだ。

 二年前に僕と踊った事があるという女性たちから熱烈なアプローチを頂いてね。

 まさか、僕の素性を知ってすらアタックしてくる子たちがいるとは思わなかった。


 やっぱり名声とか財力って大事だ。

 今の時代、顔より大事なものがあるらしいね。



「あら……。普段のルクスお兄様はそのような事、私には一言も仰ってくださらないのに……」


 

 兄妹ってそんなモノなのかね。

 顔を合わせればからかったりからかわれたり……けど、本当はとても大事にしている、みたいな。

 そもそも貴族社会においては仲のいい兄弟って時点でかなり稀有だけど……と。


 相槌を打ちながら含む、よく冷えた果実水。

 水分と糖分が火照った身体に心地いい。


 乾いた五臓六腑に()みる事、しみる事……。



「……兄弟のいない私には分からぬ話ですが。やはり、互いに気恥ずかしい事はあるのでしょうね。仲の良い関係であっても」

「かも、しれませんね。……如何でしたか? 祝宴は」

「気になりますか? 申し訳ないお話なのですが、そちらでの面白い話はあまりなく……。私は(もっぱ)ら飲んで食べるのが……」

「いえ……、以前伺ったのです。レイク様は未婚の女性にとても人気があるのだと、ルクスお兄様が」

「……………」



 あんの爽やかイケメン野郎。


 ……いや、まて。

 にこやかに笑っている筈の彼女の顔に僅かな違和感。

 まさか―――やきもち……?


 無いな、それこそ馬鹿な。

 彼女にとっての僕はあくまで外からやってきてなんか自分を笑わせようと必死になっている馬の骨程度の筈だ。

 帝国最高位の家に生まれ、家族仲も全くの無問題。

 幽閉、或いは軟禁のような不便を強いられている訳でもないのに男の気配を感じさせない彼女は、そもそも恋愛やそういう話に興味すらないのかもしれず。

 公爵も公爵で、特段野望もないと言ってたくらい現状に満ち足りているらしいから、どっかに政略結婚(とつが)される気配もないし……。



「私はレイク様にお会いできるのをとても楽しみにしていましたよ。あなた様は違うのですか?」



 ………。



「まさか。私など、季節が近づくにつれて指を折っていました」



 違和感―――何かが……。

 そうだ、距離だ。

 心ってのもそうなんだけど。物理的にも……。

 卓を挟んで対面にいた筈が少し、また少しと彼女との距離が近付いていた事に気付く。

 そんな挙動なんてなかったのに―――その車いすって電動なの? 魔道具の類なのか……?


 穏やかに微笑む令嬢様と、狭まる距離。

 それらに僅かな緊張と高揚を覚えつつも軽い世間話や挨拶が一段落もすれば、やはり僕がこの一年であった事などを脚色も見事に語り始める。

 品種改良した果物が異世界主人公並みになんかやっちゃった話。

 魔物の討伐に同行した話。

 新たな作物として他人とは思えない名前の芋を栽培しようとしている話。


 列挙してみても、かつてない初体験は結構あるもので。



「騎士の成長も素晴らしいものでしたが、やはり家令の魔物を捌くという手際の見事な事……。あとなんかよく分からない間に低温……、事前調理? とまぁ、流石は完璧超人だと。しかしです。果たして、世の貴族家に仕える管理者でそのような卑しい仕事をするものが他に居るでしょうか?」



 肉屋は血を扱う仕事。

 猟師や生革を扱う仕事とかも同じ。

 冒険者が多くの貴族の間で忌むような存在であるのもまた同様の理由。

 肉の解体など、それらは下賤な生まれの者がやるという認識で。


 なのに、元冒険者とはいえど貴族の家に仕える家臣のトップが自らそのような仕事をやるなんて、彼女の側からすればかなり奇妙な話だろうと。

 その意図で話したんだけど。



「一つの憧れ……、かもしれませんね」

「―――ほう?」

「目の前で捌かれた野生の恵みを、焼かれたままの温かいうちに頂く……。私が経験してみたい事の一つなのです」



 深窓の令嬢が微笑む。

 成程、物語本を多く読む影響か、彼女はむしろ興味の方が強かったらしい。 

 確かに公爵令嬢にもなれば食事は繊細な味付け、毒見やらなんやらで食べる頃には冷めているような感じ。

 焼きたてや揚げたてを数秒数分の間につまみ食いできる位置には存在していない。


 だからこそ憧れるってのはあるだろう。

 いや、それでも普通は考えもしないんだけどね。

 なんていうか……。



「やはり、ローゼマリー様は何処かおてんば気質の要素もあるようで」

「ふ……ふふっ。そうかもしれませんね……。けれど、レイク様が育った環境、というだけで興味があるのですよ? 私は」

「ははっ、勘違いしてしまいそうだ。いえ……、特筆すべき点など、とても。善良な民がいるだけの田舎ですよ、あそこは」

「伺っておりますよ。アノール領の民は、皆あなた様の事をとても慕っているのだと……」



 何処から聞くやら。

 確かに僕の支持率は高いけど、交流のある商人に内通者でもいるのか、はたまた偵察に来たスパイでもいるのか。

 なら、ここは一つ。



「ふふふ、くはははッ―――勘違いしてくれるのはありがたい事ですッ。見ての通り、私は野望と野心の塊のような人間―――無理を強いた時に喜んで受け入れてくれる領民とは、とてもいいものです。まるで外を知らぬひな鳥のようだ、と」

「まぁ……!」


 

 驚き、から瞬く間に変化していく表情。

 僕の話に何を思ったか、彼女は悪戯っぽく笑い身を乗り出して。



「では、外を知らない私に毎年会いに来てくださるのも……、お手紙を送って来てくださるのも。それもまた、あなた様の計画、野望のお一つ。外界(そと)を知らないひな鳥を騙すという事なのですか……?」

「―――――!」



 不覚だった。

 いついかなる時も迅速な返答が売りだった僕が、その言葉に応えを詰まらせてしまう。


 僕が彼女に会いに来る理由―――。

 実際それは何だ?

 公爵の覚えをめでたくするための布石?

 或いは、趣味を同じくする友人に対しての礼儀?

 そもそも、どちらにせよ来なければならないゆえの、只のついで……?


 考えれば、僕がここに来る理由のメインはあくまで目の前の彼女ではなく、公爵自身なのだから……。 

 ……いやまさか、この女性を自分のものにしようなんて、したいなんて。


 そんな大それたことを、本気で考えている筈はない。

 如何に野心の塊たる僕だって、自分でも可能な事とそうでない事の線引きくらい心得ている筈だ。



 ―――何故? 僕は何故……。

 いや、そんなのは……。



「………。私は―――、えぇ。そうですね。公爵へ成果をお見せする以前に、やはりあなたと話したいから、です」

「そうなのですか?」

「真に。私個人が、ローゼマリー様とお話したいのです。こうして一対一で。まこと、あの時初めて会ったような気がしなかった、というのもありますが……。それだけは事実です」 


「ふふ……悪い気はしませんね」

「安心しましたよ」



 ストーカー認定で今に拘束されて連れていかれるかもしれないのは困る。

 二度と会えないのも、ね。


 

「ローゼマリー様の、あの時のお言葉―――何処ですれ違ったのか、と。色々と考えて、幼少期に会った事でもあるのか、などと……記憶を捏造してみたり」

「うまく行きましたか?」

「それがさっぱりで。その美しいお顔を私のキャンバスで、私の知る絵の具で表現するには色合いがあまりに足りな過ぎたのです。その髪色、その瞳……何より白く透き通るような肌色。相応の顔料を無理に遠方から取り寄せれば、まず間違いなく領が破産してしまう……!」

「ふふっ……、あははっ……!」



 ()()()()()()()()()……向こうで言う古いことわざだ。

 意味は読んで字の通り、顔立ちや肌が白く美しい人は性格や素行など他に多くの難点があっても目立たない……と。

 ルッキズムの見本みたいな言葉。

 貴族で言えば、かのマリー・アントワネットも画家から「彼女の肌の色を表現できる色がない」とまで言われる程綺麗な肌をしていたという。

 そういう意味で、同じ美しい女性でもそもそも性格の難点すらない目の前の女性はあまりに完璧すぎて―――、何の話だっけ。


 ……。

 本当に無駄知識しかないな僕の記憶。

 何でこういう絶妙に「ふーん」って感じのモノばっか詳しく覚えてて、内政に使えるようなチート知識は欠片もないのさ。

 パラメーターの振り方間違ったの?


 令嬢様が僕の言葉に暫し楽しそうに笑っていた間、僅かな時間で思考を帰結。

 やがて、その宝石のような瞳が再び僕の全てを引き込む。



「―――レイク様は……」 



「あなたさまは、本当に不思議な御方ですね……。やはり、アノール領。あなた様の故郷が、そのような人格を形成させたのでしょうか」

「興味がおありですか? 必要とあらばご案内しますが」

「まぁ……! 宜しいのですか?」

「勿論ですよ」



 エルフんところ以外なら。



「では、私をここから奪い去ると、そうお父様に許可を取って頂かなければいけませんね。よろしくお願い致します……!」

「―――おっと、身の破滅の予感。こうですよ? こう……!」

「うふふふっ」



 手の込んだ自殺教唆に思わず肩を竦めるまま、自分の右手を首の前で切る動作をすれば、彼女は長い白手袋で覆われた手を口元へ当て、またひとしきり笑い。

 ………。

 


「或いは、そうですね……。何処で会ったかと考えれば……」 




「レイク様は―――、前世……、というものを信じますか?」

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