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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第二章:忘却伯と人生の墓場

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第13幕:夢見て出荷して




「―――これはっ? この花はなんて言うの……!?」

「二輪草だね。花言葉は友情とか、協力とか」



 白い部屋だった。

 大きなベッドの隣で、僕が窓際へと花の咲いた植物を置いている。

 ……?

 いや、僕じゃない。

 僕はもっと背が高いし、腕はもうちょっと太いし―――あと窓に映った顔はもっとイケメンの筈だ。

 

 ………。

 つまり夢だ。

 

 だが、一つだけ確実で確かな事はある。 

 こちらを見上げるのは……あの子だ。

 あの子が目の前にいる。

 嬉しそうな、やがて悪戯っぽい顔へと表情を変えたあの子が。


 

「じゃあ、それ。この前お母さんが持ってきてくれたお花は? お兄さん」

「アルストロメリアとガーベラ。ふ、初歩だーね」

「お兄さんものしり……!」

「敗北を知りたい……」



 なにいい気になってんだか。

 昨日持ち込んでるのが見えたから、女の子に自慢するために色々調べただけだよ。

 本当に見栄の生き物だな、男は。

 

 いつしか、視点主の彼は女の子の小さく細い手を握りしめている。

 ……どういう関係なの? この二人は。


 兄妹?

 あり得ないけど、恋人?

 少なくとも互いの名前すら呼び合わない男女がこんなに親密に見えるのはおかしい。

 だって貴族である僕ですら年の近い女の子とは祝宴の時とかに話したり踊ったりする程度なのにこんな年端も行かないしパッとしないような地味な男の子がどうしてこの子みたいな清らかで可憐で儚げな女の子の尊敬を一身に受けながらいい気になってられるのか全くわからないおかしいじゃないか不公平だ僕と変われその子の目の前にいるのは僕でなければ―――……。


 ……夢の中の登場人物に嫉妬するとはこれ如何に。


 病的に、明らかに通常の健康体ではない少女の手。

 しかし、握ったそれからは彼女の鼓動が伝わってくる。

 夢だと認識しているのにも拘わらず、互いの手のぬくもりすら感じるようで……、少女のそれは、何故やら彼のものよりずっとずっと温かいのだ。



「大丈夫。きっと、良くなるさ」

「―――また延期、されちゃうかも」

「その時は、また一緒に恨み言を言い続けるんだよ。畜生畜生、って。ベッドでゴロゴロしながら、ずぅーーっと」

「がっでむ?」

「そう、まさしくね」

「また、ぎゅってしてくれる?」

「―――。まぁ、状況次第って事で」



「「―――ふふふふふっ」」



 ………。

 どうしてだか腹が立った。

 これは、嫉妬だ。

 あの子の信頼を……想いを、視線を。

 その全てを彼が独占していることに、どうしてか僕は憤っている。


 それは何で?



「―――お兄さん」

「んーー?」

「私、頑張る。絶対に治して見せるから。今度こそ諦めない、あんなこと言わないから……。元気になるから……」

「うん」

「だから……、おまじない、欲しいの」

「「おまじない」」



 ハモっちゃったよ。



「お父さんとお母さんがね? してくれるの。いつも、私が寂しくないように。頑張れるようにって、ここに……ね?」

「―――え。……え!?」

「……ダメなの?」

「い、いやダメとかそういう話じゃなくて……それやっちゃうとコンプラ的に―――」



 アウトだよ。

 ダメに決まってんだろやめろ。

 僕の天使を汚すな下郎。

 貴族命令だ、おでこにキスなんて許しません、その子に指一本でも触れたら処すよ―――おい、やめろ!!


 当時のこの視点主がどういう心境だったのか、別人である僕には当然知る由もない。

 けど、結果は見え見えだった。

 夢を見ている僕の余りある反逆の意志に反して、一人称視点の景色は少女の額に自分の唇を近付けて―――。



 ………。

 ……………。



 見上げると、先程までの白い空間とはまるで異なる、古い木製の天井。

 かつては上等の漆喰によって煌びやかに光沢を放っていたものの、それ等は長い年月の中で剥がれていて。


 ここもそのうち改装しないと。

 いつ天井が落ちて来て、巨大な木片に額へキスをかまされないとも限らないからね。

 ベッドで討ち死には御免だ。


 腹上死以外なら、だけど。



「―――……夢、夢か。何で今になって」



 昔は、同じような夢をよく見ていた気がする。

 一つは、息苦しく。

 寝返りは愚か、身じろぎすらできないままに……ずっと、白い天井を見上げているだけの夢。


 一つは、少女と一緒。

 そっちでは、僕は歩き回っていて、逆に横たわっているあの子とずっと話しているような夢。


 二つはずっと昔から見ていた夢で。

 そしてある時を境に、もう一つの……灼熱の中で抗っている、何かへ手を伸ばしている……みたいな夢も追加されて、都合三夢のシフト体制に移行。

 或いは、僕に前世みたいな記憶があるのも、只の夢をあまりに何度も見過ぎて変に記憶してしまっただけなのかもしれない。

 前世の記憶があると思い込んでいる精神異常者とか。

 忙しすぎる貴族ゆえの、自由な一般人として生まれたかったという歪んだ願望か。


 ……或いは僕の野望も。

 沢山の領民に称えられて、見守られて、惜しまれながら死にたいっていう「それ」を残したいのも、その辺に起因してるのかな。



「はははっ―――()()()()、か……」




   ◇




「ではいつも通り、これらはオクターヴ公爵の領へ送ってほしい。どれ程のものか意見を伺いたいのでな」

「承知いたしました、伯爵様」


 

 最近では館の中へ通す外部の者も多くなっているから、内装にも気を遣うようになった。

 応接間にはいつだって一番良いお菓子や果物を用意してるよ。

 どれも自家製で、地産地消だからいい宣伝にもなるし。



「うーむ……。これはまた見事な出来栄えで……」

「ブランド化は順調であるか?」

「えぇ、それはもう……! 何処の領も皆、アノール領のコーツ麦とグルシュカを買うために私へ連絡を寄こしてきます」



 目の前で農作物の品評をしている男……彼は一応信用している商人だ。

 物言わぬ屍には劣るかもしれないけど、口が堅いのは確か。

 ちょっとした昔なじみの紹介で取引を始めたけど、概ね満足のいく相手だ。



「では、必ずや今回も無事に送り届けて見せますので」

「期待しているとも。マリア。客人をお見送りして差し上げろ」

「はい、旦那様」


 

 商人という生物は、情よりも損益で動く。

 だが、それは即ち僕の行っている事業が上手く行っている間は彼もまた太い顧客から大きな恩恵を得ることが出来るという事で。

 清い商売で持続的に利が入るなら、彼が僕を裏切る事はまずない。

 何より友人の紹介だしね。

 やがてマリアに案内されるまま応接間から出ていく姿を見送り、一つ背もたれに寄りかかって力を抜き……。



「たぁーーー」

「……………」



 不意に目の前が真っ暗になる。

 どうやら「だーれだ」をされたらしい。

 模範解答に幾つか例があるとするならば怪物か化物が正解だろう。



「レニカ。来ていたのか」

「……。だーれだ?」

「今の私の台詞で察してくれないか」



 やめてくれ、やめてくれ。

 突然に目を塞ぐのは心臓に悪いからやめてくれ。


 キミの手ってアレだよね。

 私なんか一瞬で塵に出来るような大魔術を湯水のように生成できるゴッドハンドだよね。

 初対面の猛獣にじゃれつかれる人間の気持ちって考えたことある?



「レイク。ヴァレットがこれ―――」

「すまない、実はこの後やる事があってな」

「?」

「決算整理だ。月ごとに付けていた備品の管理を、今一度総括してやり直している」

「……長くなる?」

「かなり、な。……ゆえ、その手に持っている封書はヴァレットに返してきてくれ」

「………うーーん?」



 大方、渡してきてくれと言われたのだろう。

 僕は見逃していないぞ、封蝋の印はレヴァンガード侯爵家の用いているものだ。



「見てる」

「見てない」

「今見逃してないって言った」

「言葉の綾だ」

「あやー」



 何故大貴族から手紙が届く。

 よもや招待状じゃないだろうな。

 我が領は関係ない話だが、温かくなってきたこの弐の月に当たる時期は毎年貴族家がこぞって金を湯水と使いパーティーを開くのもまた通例だ。

 だからこそ、うちの作物も大きな需要が見込めるわけでもあるのだけど……。



「お手紙。受け取らないのならもぐもぐ」

「……ぬ、ぅ」



 多分食べる方じゃなく引き千切る方の()()ぐだろうけど―――それって何を?

 多分手紙じゃないよね。

 僕の手足とか?

 素直に受け取るまで指の先からもぐもぐなの?


 この子本当にナチュラルに真顔で脅してくるんだよね、いつも。



「―――アルベリヒ、いるか」

「はい、主」



 どうやら手紙を受け取るまでは帰ってくれそうにない迷惑配送者。

 こうなれば実力行使も止む無しと、扉の外で待機していた騎士を呼び込み。



「侵入者だぞ。何故武器を抜いて雪崩れ込んでこない」

「……死ねと?」

「命を捨てて私を守るのがお前の役割だろう」

「んなくだらねー理由で投げ捨てるには惜しい命なんで。して、本題は―――っとと」

「私宛らしい。開いて読んでくれ」

「自分で読めばいいのに」

「っていうか私の剣をペーパーナイフ代わりにしようとするのやめてくれません?」



 臣下にあるまじき嫌々加減。

 隻腕の彼は自身の腰に下げられた鋼の剣を嫌々ながら器用に使って手紙を取り出し、これまた読みたくなさそうに内容を朗読し始めて。



 ……。



「是非出席されたし―――と。まぁ招待状ですね、疑いようもなく」

「レイク大人気」

「また厄介な話だ。位が下の者なら適当に理由を付けて断れたものを……」

「っすね。確か、レヴァンガードって言うと……」

「二大商会とも関係の深い、帝国の流通を握る大貴族―――通商統主。ユスティーアやオクターヴと同じ、建国以来の名家だ。……マズいな」



 これ、かなりマズい。

 商人経由でウチの領の農産物がどれだけ優れているのかを周辺に知らしめた今、これからチート装備で流通へ大きく割り込もうって時期なのに。


 そこへ待ったをかけたのは、まさにそれを牛耳っているも同然の存在。

 オクターヴを外交、政治の要とするならレヴァンガードは流通のドン。


 通商統主とはそんな彼に与えられた称号のようなものだ。

 ガッデム……、欠席は不可能だね。 



「アルベリヒ。用意して欲しいものが幾つかある」

「うぃ承知」

「そして通商統主たる侯爵の祝宴に同行してもらうぞ」

「うぃ勘弁してくれませんかねー。そういうのヴァレット様が適任―――」

「無論アレにも声は掛ける。そしておまえもだ。間違えるな? 私はお願いしてるのではない、命令してるのだ」



 ともあれ覚悟していた道ではある。

 上に行けば行く程に、身体に巻き付いてくるしがらみも多くなっていくってわけだね。

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