第10話:領主の趣味とは
我が名はレイクアノール・ユスティーア。
アトラ大陸中央南部に位置すつ巨大国家ジルドラード帝国に属するアノール領を治める伯爵だ。
代で言うと六代目。
ろくでなしの父から引き継ぎ、まだ領主になってからはまだ五年程度しか経ってないけど、領民たちからは「かつてない名君」の称号を貰い、当初50程だった支持率は様々な実験への不満や成果でかなり不安定に上下していたけど、近年ではほぼ100パーセントにまで上がった。
全ては僕の撃ちだした政策が着々と実を結んでいったからだ。
こういうところで、解散とか不信任でやめさせられない政治家っていうのは有難い。
じっくりコツコツっていうのは勿論大切なんだけど、短い在任期間で成果を求められる彼等と僕とではそもそもの土俵が違うんだ。
おまけに、国民っていうか領民も無知蒙昧な南極のペンギンさん……。
―――馬鹿な民たちだよね。
こんなお腹真っ黒領主の本性を完全に勘違いして、勝手に尊敬してくれてるんだからさ。
思わず笑っちゃうよ。
「ふふっ、くくッ……操りやすい大衆ほど便利なものはない、か」
「………ん?」
「あるじー? その眼の下のクマどうにかしてから格好つけてもらえません?」
仕方ないだろ、寝てないんだから。
「これも次への布石……。愚かな民を従属させるための……」
「仕事の合間縫って村の子供たちが読むような本自分で書く領主がいるってマジです?」
「黙れ」
「レイクは貴族らしくない」
「静かに。気が散る」
そう、これもあくまで一つの策。
まさか、エセ名君を目指す僕がただ「領民が喜ぶから」という理由だけでこんな事をしているなんて、本気で思っている訳じゃないだろう?
「近年のベビーブームには目を見張るものがあり、まだ労働力にもならない幼子は多い……。各年齢のレベルに合わせ、それに沿う難度の文字を読ませる。子供の記憶力、成長とは実に面白いものだ。数月もすれば、識字率は急上昇するぞ」
「はぁ……。しかし、村人にそんなの必要ですかね」
「必要か、そうでないかを議論している間にも時は経つ。必要に迫られたときに順次対応するような体勢を敷いていては、いつまでも領の発展は緩慢なものになり、周辺から取り残されるのだ」
何事も後手後手では困るだろう。
「くくくッ、見ているがいい、子供らよ。お前たちは私の老後の為、馬車馬の如く働く労働者となるのだ……!」
「……エセいります? これ」
「アルベリヒ。レイク、もしかして全然寝てない?」
「見ての通りでござい」
あとは、彼女にもだ。
っていうか村行きの方が練習台。
僕の本当の狙いは彼女に聞いてもらう物語纏めることにこそあって、これはあくまで副次的なもの……。
愚かな村人どもよ、己らがいつのまにか実験台になっている事も知らず……。
「レイク」
「あとで聞こう。……いまは集中―――」
「暴れちゃおうかな」
「どうした。何でも言ってくれ、レニカ」
「やっぱ暴力は全てを解決するんだよなぁ……」
心臓に悪いからやめてほしいものだ、マジで。
最上位冒険者【厄災】レニカ・アーシュ。
我がアノール領のスベシャルエグゼクティブチーフアドバイザーであり、僕の新たな試みの共同研究者である彼女は、先程マリアが淹れてくれたお茶を美味しそうに楽しんでいて。
今に、年齢以上に幼く感じさせる小さな掌でポンポンとソファーを叩く。
「一緒にやすも」
「むしろ君はいつ働いているんだ?」
「まりあのお菓子が美味しいのが悪い」
成程……、げに恐ろしきは侍従長。
舌の肥えた最上位冒険者にすら通用するハーブ茶と菓子を出すとは。
しかも当然材料は安物。
……暴力に訴えられてはたまらぬと、仕方なく製本を切り上げて席を立った僕は本当に不本意だという顔のままに向き合うソファー、その一つへと腰を下ろす。
当たり前だけど、極小の災害の隣に腰を下ろす勇気はない。
「アルベリヒ。マリアに私の分も淹れてくれるように言って来てくれ」
「あ、んじゃ私も……」
「伝言が終わったら町の警邏だ、お前は」
「……承知致しました、と」
いそいそと部屋を出ていく影。
曲がりなりにも僕の騎士だ。
この世界における騎士という存在の役割や地位は多種多様であるが、帝国においては衛士や兵士に指令を出す指揮官の位置付け。
この国には準貴族……騎士爵はないんだ。
僕が彼を騎士に任じたのも、あくまで領の中において一つの名誉職的な地位を与えたというだけで……。
とはいえ、責任ある立場ではあるって一般認識ゆえ、アルベリヒが僕の名代である事を常々彼等に知らしめておくことで、いざという時の対応もまたスムーズにいくってワケね。
「あむ……、グルシュカジャム……。美味しい」
ソファーに寄りかかり脱力していると、目の前ではラメド共和国産の大量生産廉価茶を飲み、ジャムを舐めている少女の姿。
……光景だけなら非常に可愛らしく、微笑ましいものだな。
身長の低さや線の細さも相まり、彼女は16歳という年齢以上に幼く感じさせ、物静かな印象も庇護欲に拍車をかける。
実際は単身で国家戦力相手にできる怪物なんだけどね。
冒険者は自由が売りとは言え、やはり出身国などから戦争の招集が掛かった場合には応じざるを得ない場合はあり、それは上位冒険者とて同じ。
しかし、最上位ともなれば……流石に、国家単位でも強くは出られない。
ジルドラードみたいな大国とて、彼等を怒らせて国力の何割かを喪失するくらいなら我関せずを通すだろう。
この黒髪少女はそういう世界の住人なのだ。
多分同じクラスの実力者が3、4人もいれば大国の総戦力にすら比肩するんだろうな。
いや、この場合S級数人分を賄える兵力とか物量が凄いのか、数人で国家戦力に値する彼女等が凄いのかは議論の余地があるけど……。
「―――なに?」
「……む」
「じっと見てる」
「何でもないさ。……いや。やはり、君はしっかりとマナーを心得ているのだな、と思っただけだ」
「基本」
その基本が上流階級とそれ以外の者を隔てる最たる要因なんだけどね。
子供らしくバクバク、作法など知らんなんて暴食ぶりを見せるかと思えば、とても模範的。
スコーンはあくまで一、二回ほどちぎり一口ずつ口へ運ぶ。
細かく砕いたりはしないし、かぶりつきもしない。
ジャムもちゃんと一度皿へ移してから使う。
ブドウのような小さな粒の果物は房の部分を用意された専用のハサミで切り分けてから取る。
砂糖など入れたお茶もスプーンでぐるぐるかき混ぜるではなく、静かに前後させかき混ぜる……。
こうして見ていても、やはりレニカは―――、ん。
「入れ」
「失礼致します、旦那様」
間もなく、ノックと共にマリアがワゴンを引いて現れる。
なにやら気合が入っているのか、いつもよりかなり多めに茶請けを盛ってきてるな。
「お茶の準備をしてまいりました。普段と同じものでよろしかったでしょうか」
「あぁ、すまないな」
「レニカさまも。おかわりは如何ですか?」
「―――ありがと」
そのまま給仕として場に留まり、色々と世話を焼いてくれるマリア。
で、レニカのよく食べることたべる事。
やはり上位冒険者……魔素の適合率は必要なエネルギー……食事量に多大な影響を与えるらしく。
仮に、ここにいるのがアルベリヒだったのなら一分に一度は何かやらかしてマリアの叱りを受けることになるが、しかしというかやはりというか、レニカはそういう事もなく。
テーブルマナーも完璧である事に感心しているのか、或いは少女に心癒されているのか、マリアもやや表情が緩やかになって―――。
と……緩んでいた口元がやや結ばれ、彼女の瞳がきらりとこちらに向く。
え、僕なんかやっちゃいました?
「旦那様」
「……どうした」
「子供は良いものですよ」
「……………」
口の中吹き出しそうになったわ。
どうやら、レニカを僕の子供に見立てて何やら想像を広げていたみたいだな。
実のところ、マリアもまた貴族家出身。
本来であれば何処かの家に嫁いで子を成していた筈が、色々な不幸が重なり彼女は二度と自身がその機会を得ることは無くなってしまった。
もしかしたら今の発言には「早くしろ」の意味合いがあるのかも。
「心に留めよう、マリア。しかし、私には私のやり方、そして進む速さがある。分かってくれ」
「差し出がましい事を申し上げてしまいました。お許しください、旦那様」
「美味しい、美味しい……」
娘さん我関せず決め込みやがって。
や、普通にそっちに夢中になってて話の内容は入ってってないだけだな、これは。
「休憩が終わり次第、奥の村に行く。レニカ、一緒に来るだろう?」
「ん。マリア、お菓子包んでほしい」
「如何いたしましょう、旦那様」
……土産?
まさか、道中でまだ食うつもりじゃないだろうな。
マリアが僕に聞いたのは仕組みの問題。
レニカはあくまで客人であるので、最大限譲歩しているマリアでも素直にその全てに応える義務はない。
必要なら先に主へお伺いを立てる素晴らしい侍従長様というわけだ。
「要望通りにしてやってくれ」
まぁイエス一択なんだけど。
存在自体が脅し文句みたいな少女を怒らせたくはない。
◇
「皆、これお土産」
「お菓子、ですか……!」
「これはまた素晴らしい甘味で……! さては、例のマリアという方が作ってくださったものですね?」
「ほっほう、マリアさまのものであるならぜひ私も……」
「「まりあさま」」
―――信仰の目覚めか?
名前も相まってなんか宗教色が見え始めてるぞ。
どうやらこれまでの宣伝効果もあり、エルフさん達は顔も見た事がない侍従長さんのファンになりつつあるらしい。
結局、レニカは馬車の中で全体の四分の一ほどのお菓子を食べた。
残りはお土産、という事だろう。
果たして食い意地張ってるのか我慢している方なのか……。
まぁ、それに関して僕からいう事はないさ。
ヴァレットが話してくれた通り、生き物は魔力の適合率が上がる程に化け物染みた能力を顕現させ強くなっていくけど、それに応じて燃費も悪くなっていくというのが一般論。
人智を超えた存在である彼女は、そこにいるだけで恐ろしいカロリーを消費している筈なのだから。
「―――あぁ、そうだ。パトリシア殿」
「は、はい……!」
呼び止められたら何かあるかと怖がりもするだろう。
やはり一定信頼が芽生えているとはいえ、この中で唯一の異物である領主という存在は完全に受け入れられるものではないらしく。
当たり前だが物語のようには行かない。
漫画やアニメにあるような、「あなたこそ命の恩人ですぅ! ステキー、ダイテー」とはならないわけだ。
欠片も期待してねぇけど。
んなくだらない幻想より、これだよこれ。
「君たちの中には、まだごく若い子らもいたな。コレを」
「書籍……、それと砂糖漬けのグルシュカ、ですか?」
「加工品も幾つか売り出そうと考えている。日持ちするようにナマモノを極力避けた事で微妙になってしまったのだが、無邪気な幼子の意見も聞きたいのだ」
「………わぁ」
「―――あれ? この本は……」
「うむ、私が書いたものだ。楽しんでくれればいいのだがな」
「「!」」
「領主さまが……? い、いや……取り敢えず僕が」
「まて、ここは年長者が検閲をだな……」
争うように読み始める村人エルフ。
どうやら目の前の領主がどのような物語を書く男なのか興味しかないらしいな。
貴族が物書き、なんて……実際逆の立場なら僕も興味しかない。
「本当に皆は……。あの……いつもありがとうございます、領主さま」
「礼など良い。君たちには平穏に生きる資格がある、ただそれだけだ」
「……………ふふっ」
笑われた。
良い傾向だな。
「では、私は中央へ戻るとしよう。レニカ、今回は泊っていくのか?」
「うん、一人で帰れる」
「あ、領主様!」
「また来てくださいね! 今度こそ沢山収穫できるように頑張りますから! だから……」
「またお菓子とか―――」
こっちも現金な領民どもだな。
土産の数々を奪い合い戦争を起こしている長耳たちに頷き返し、踵を返す。
合わせるように斜め後方を歩いてくる執事と共に馬車へ乗り込めば、御者のヨーゼフがすぐさま出発し。
……まって?
当たり前のようにいるけどいつから居た?
「順調―――、という事で良いのだろうな」
「ほほっ。流石は旦那様ですな」
さすだんやめろ。
そしていつから居たのか回答を述べよ。
「……。やはり、公爵経由が最も安全か?」
「でしょうな。いずれは皇帝陛下へ上奏する必要がある事です。社会の仕組みと同じ。下の人間で処理できぬ問題は上に投げるべし。責任者とはその為にあるのですよ」
「尻尾切り、という言葉もあるがな。……だからこそ、時期を待つ。切れぬ程に太く、大きな尾となることによって」
「ほほっ」
さしあたっては、公爵との関係を強くする必要がある。
政略結婚よろしくヴァレットを差し出すのが一番いい方法だろうが、流石に今は渡したくないし。
「えぇ、そうです。旦那様が物語を書くきっかけとなった女性。公爵家の第三令嬢殿へ向けたものは順調に進んでおるのですかな?」
「改善点はありそうだ。ゆえ、まずは彼女等の感想を聞いてからだな。好評だと良いのだが……」
「心配ありますまい。旦那様は顔と礼作法、話術……貴族に求められるものだけ無駄に優れておりますゆえ」
だから無駄は余計だと……。
また、地母神を祀る豊穣の月が来る。
恐らく、今回も公爵家に赴き一年の報告をする必要があるのだろうな。




