第8話:領主とは見守る者也
「レニ、カ……? ――――レニカ! 貴女なの!?」
「……しあ」
「あぁ! 神さま! 感謝します! レニカ……よかった! 本当に……、良か、った……ッ」
「シア……。ゴメンなさい……、ゴメンなさい……!」
「違うわ、レニカのせいなんかじゃない。誰も……、誰も悪くないの」
………。
「旦那様レイク様? 私らは行かんので?」
「冗談を言え」
流石に僕等でも空気は読む。
むしろ、貴族とは空気を読んでなんぼの世界なんだからな。
抱き合い、感極まってわんわん泣き……そんな彼女等の所へ得意げに入ってくなど、殺されても文句は……。
「じゃあ、これもこれも領主さまが……?」
「領主様……。有り難うございます! 本当に……また、この子と会えた……」
「有り難うございます!」
「領主様ぁ!」
「「―――――」」
分かった、分かったから来んなくんなこっちくんな……、本当に来るな。
影で見守ってるからこっち来ないで?
頼むから身内だけで健やかに喜んでてくれない?
こっちも大切な友人同士の再会に割って入る程無粋な性格しちゃいないんだからさぁ。
「本当に……、本当にありがとうございます……」
………。
参るなぁ。
僕は涙に弱いんだ。
ハンケチ渡しといてあげて―――、何話せば良いのこういう時って。
「……。図らずも訪れることになってしまったが。調子はどうだ、パトリシア殿」
「はい……! ここはとても暮らしよい所です!」
暫く……ある程度の基盤ができるまでは十分野生の恵みだけでもやっていけそう、という話らしく。
まだ幾らも立っていないから、何かしらの変化が起きるには早いが。
「少しでも心を落ち着かせる事が出来てるのであれば、それで良い」
「「―――――」」
良い傾向だ。
考える時間ができ、ある程度の余裕ができ……そして悲しみから少しでも前向きになった彼等にとって、僕はある程度信頼できる人間の認定を頂けたようで。
送られる視線、口々に伝えられる感謝の言葉からは一定の尊敬が見て取れる。
新しく取り込んだ難民たちからの支持率も上手い事得られたわけだ。
「我々は、今の所は経過を見るしかない。君の生活が安定し、次なる方策を取れるようになるまではこれまでの援助を続けていく。少しずつ過去と離れていく事だ」
それっぽ事を言いながら少しずつ距離を取る。
……さて。
「ヴァレット。随分と大きな話になってきてしまったな」
「ホッホ……。私めも、よもやレニカ・アーシュ殿がいらっしゃるところまでは読めませんでしたな。何とも、心臓に悪いお話です」
「うむ。家令がショック死しなかったことに感謝すべきか」
マジ助かったァ。
これでもし彼女……レニカが伝え聞く最上位冒険者イメージの通りだったら、本当にアノール領は致命的な損害を被っていた可能性もある。
九死に一生を得るとはこの事だ。
「だが。彼等半妖精のことについて。やはりいつまでも我が領単体の話で完結させるわけにもいかないだろう。戒厳令を敷いたとて、いずれは何処かから情報が洩れる。或いは、商人伝手に零れる可能性もある。それよりは早く手を打たねばならないな」
「お考えがおありですかな?」
いずれはお上に投げるとして、ひとまず彼女たちだけで完結してもらわないといけないかもしれないけどね。
「古より、希少種族は防衛手段として隠れ里に、外部からの侵入を妨げられるような結界などを作ってきたはずだ」
伝え聞く半妖精の国家……地図に載らぬ秘境都市エルシードがそうであるように。
或いは、彼女たちにもそういった技術が伝えられている可能性もある。
ある程度の材料とかであれば、頼まれれば大急ぎで発注するし。
いやでも、半妖精の中でも圧倒的に年若い彼女たちにそんな心得があるかは……。
「私がやる」
「!」
ビックリしたぁ!?
何なの?
本当にこのレベルの化け物たちってどこまでも気配なく人の背後立ちたがるよね。
君の魔素適合率幾つ? 本当に気になるんだけど。
「今度こそ護る。……えっと」
「……?」
「その……。あの……」
なに?
「―――名前」
「うん?」
「名前、もう一回教えて」
おかしいな。
一応自己紹介はしたはずが、完全に平静を失い激昂していた彼女にはやはり届いていなかったらしい。
軽く悲しみ……。
しかもこの様子だと聞き直すタイミング完全に逸してたよな。
執務室でも、馬車の中でも……幾らでも機会あった筈なのに。
まぁ機を逸したら聞きずらいの分からんでもないし。
「減るものでもありません。何度でも名乗りましょう。ジルドラード帝国アノール領領主、レイクアノール・ユスティーア。レイクとでもお呼びいただければ」
「レイク」
……。
ところでこれは一応最上位冒険者である傑物とパイプを作れたという事で良いのか?
特に犠牲を払ったわけでもないから、そう捉える事が出来るのなら素晴らしい収穫だが……、いやそう簡単な話でもないだろう。
「レイク、ありがと」
「……お礼なら、既に沢山いただきましたよ」
「私から、まだ言ってなかった。シアを……皆を守ってくれたから。だから、有り難う」
「それこそお気になさらないでください。これは領と、国の為。ひいては私自身の為になる事なのですから」
「戦争は、ダメ」
まぁ、当然そうだけどね。
残念な事に、大陸の殆どの国家が大陸議会の席を埋めることになった現代にあっても小規模な戦争は各地で起きているし、非業の死を遂げる者たちは星の数ほどいる。
向こうと同じで、真なる平和なんて言うのは追いかける程に遠ざかっていくもの。
勇者が存在していてすらこれなんだから、誰もが欲望のままに動き始めたらそれこそ手が付けられない。
「うん……。でも、大丈夫。エルシードの軍は、まだ動かない筈だから」
「……………!」
「事実確認をしてリディアが来るまでには、まだまだ掛かる。それに、まだ気付いてない」
……。
天弓奏者リディア。
その名前で呼ばれる八英雄の一人は、最強の半妖精として世界中に名を知られている。
神木に番えられし鏃は天を裂き、地平線を穿つ一矢は地上の星、と。
勿論そんな核爆弾みたいな攻撃に狙われちゃおちおち昼寝も出来ないわけだけど……、しかしこの少女は何故それらをすべて知っている。
彼女はあくまで一介の冒険者の筈だ。
最上位とて、組織的な力を持つわけでもなくあくまで個人なのだから、そこまで知り得る筈は……。
「皆の里の場所は、エルシードも知らなかった。シアたちもエルシードの場所知らないし、向こうも知らない。それに、シアとステラが生きている内は、多分気付かない。もう里が存在しないこと自体」
……ステラ。
「確か、執務室でも一度だけお聞きしましたね、その名前を。ステラさんとは、どのような方で?」
「……友達。シアの妹」
―――妹?
そのような名は、編入の名簿にはなかった筈だ。
……クソッッ。
「時間が掛かるのも、分かる」
「―――?」
「探すでしょ?」
……………。
「まずはここが安定するまで待たなきゃいけない。そしたら、一緒に探しに行ける。私も探す。手伝ってくれる?」
「私の為になるのですからね」
レニカ・アーシュ。
確かに厄災が如き力を持っているという事は理解していても、あくまで冒険者……力でこそ全てを凌駕する、みたいな存在だと思っていたが。
どうやら、僕は彼女を見誤っていたようだな。
「ふふ……」
「始めて笑った」
「これは、異なことを。私は何度も……」
「作った笑い、嫌い。正直が好き」
本当にませてるなこの子。
情報通りならまだ16、7歳だろう?
いや、だからこそ「総じて破綻者」と呼ばれる怪物ら……最上位冒険者に在って、ここまでの常識や良識、理性などを持ち合わせているのか。
伝え聞く彼等の中には理不尽な癇癪で一帯の生態系を消滅させたとか、国家そのものを滅ぼしたなんて逸話がある者たちもいるくらいなのに。
「レイク―――その身体、どうなってるの?」
「……………」
本当に……、いや。
流石に彼女程の術者になると、分かるか。
けど、お生憎。
「私にも秘匿すべき手札、技術はありますよ、レニカ殿。それ以上の詮索はなさらぬがいいでしょう。互いの為にも」
「……、ゴメン。一方的なの、ズルい」
「いえ、分かって頂けたようなら幸いで―――……」
「だから、私も一つ教える。おあいこ」
やはり話が分かる―――、僕がそう思いかけたのも束の間だった。
今に、少女が自身の手……女の子らしい、小さな掌を顔の前で一回ほど振るい。
その瞬間、変化は起きた。
「―――まさか……」
あどけなさの残る容貌、特徴的な黒髪ツインテールはそのまま……しかし。
空色だった瞳は紅へ。
あまりに平凡だった耳は、人間種よりやや尖ったものへ。
術師型の冒険者なのだからまぁ自然かとそれまで気にも留めなかった、元々の蒼白い肌は途端に一つの意味合いを持つ。
今まさに僕の目の前にいる少女。
彼女は……まさか。
いや、そんな筈は。
「魔族―――?」
「ううん、半魔種」
本来、魔素の影響で西側へと殆ど訪れる事がない種族。
その可能性を口にしたが、すぐに否定される。
いや、半分は当たっている。
半魔……魔族と人間のハーフ、或いは先祖返りによって魔族の性質が色濃く現出した種族の少女がそこには居たのだ。




