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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第一章:忘却伯と領地経営

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第1話:アノール領の新任領主 




 アトラ大陸の中央南部。

 西には緩衝地帯を挟みラメド共和国、東には剣王国グラディス、そして南には広大な森林を隔てて宗教国家プリエールと隣接する国家である【ジルドラード帝国】は、大陸でも最も広大な領土を持ち、100と数十年の歴史を持った巨大国家である。


 おもな産業とかそういうのではなく、一次産業や二次産業、先進技術や魔術研究……浅い歴史ながら、むしろその歴史の浅さこそが功を奏したのか……土台として堅牢なものを築くことが出来たこの国は、技術や食糧生産など多くの分野でその国土に恥じない権勢を放っており。

 それこそ、上位の貴族ですらもが下手な国家の王様より力を持っている。


 ………。

 で、僕ことレイクアノール・ユスティーアはそんな国に属する貴族家の六代目当主。

 つまり、エライ。

 なんせ地位で言っても、()っていうのは元々傑出した存在などを指す言葉であり、伯爵位っていうのは帝国に数多存在する貴族たちの中でも上半分には確実、10分の一以上には入る上位層だ。

 更に言っちゃえば、初代皇帝に最初期から付き従った5つの家の一つだし……。


 そう聞くと、僕の家「ユスティーア伯爵家」は途轍もない名家にも聞こえるだろう。

 が―――現実はどうだ。


 現在のアノール領は田舎も田舎……へんきょー。

 目だった特産なんて僅かに一つ……それでさえ他の領でも生産されているもので、中央に当たる都市ですら道は舗装されておらず、街と胸を張って言うにはいささか貧相な有様。


 最初から条件が悪かったわけじゃないはずなんだ。

 少なくとも、建国初期の資源量としては悪くない……、まずまずだった。

 しかし、皇帝から領を賜った歴代の当主は何をとち狂ったか、土地の開発ではなく、魔術開発に力を入れた―――それが誤りだった。


 結果として。

 初代皇帝が国を興した時代より続く歴史あるユスティーア家は改革という名の出世レースにあえなく敗北。

 残ったのは、管理が届かず緑と根に覆われ荒れ果てた土地と、辺境という汚名だけ。


 共に皇帝に付き従っていた他の四家は、今では大の付く名家で。

 アノール領など、およそ見向きもされない。

 何なら現代の教科書からも名前は除外されており、建国に関する書籍でも古いものにしか【外交の雄】たる初代ユスティーアの名は載ってない。

 本当に、ただ歴史が長いだけの置物……、それが現在の僕の家。


 端的に、二代目以降となるユスティーアの歴代当主にはひん曲がったプライドがあったんだ。

 さながら、大学で碌に「学生時代力を入れた事(ガクチカ)」もなく、インターンとかもなしにだらだらと過ごした学生のように。

 或いは、有名大学出身というのが唯一の取り柄な中年ニートのように。

 大学生なのだから良い企業に入れるはず、高学歴なのだから優遇されてしかるべき……既に全てが手遅れなのを受け入れられず、日に日に落ちぶれる己を認められず、次こそ勝てる筈だと無謀なギャンブルに勤しんだ。


 それ即ち乾坤一擲(けんこんいってき)、一発逆転のチャンス。

 彼等が求めたのは今までの常識全てをひっくり返すような新式の魔術開発一点であり、僕―――レイクの父親もまた、成否も不確かな、理論だけが先行した魔術開発にのみ注力した、し続けた。


 領民の嘆願を顧みず、開発など眼中になく。

 下賤な……貴族でも、名家でも、成り上がりの豪商ですらない、魔術の才能があるだけの平民を娶り。

 生まれてくる子供に残りの課題を託そうとした。


 しかし、生まれたのは自分。

 レイクアノール・ユスティーア。

 魔術は愚か、武術の才能すらない……ただ母譲りの、しかし中途半端に大きな容量、そして中途半端に純度の高い魔力、そしてちょっとかなり良い顔を持っただけの出来損ないだ。 

 おまけにファーストネームに領の名前を混ぜられるキラキラ具合。

 ミドルに領の名前を入れるなら、レイクアノール・アノール・ユスティーアとなる訳で……どうよ? これ。


 光るのは顔だけで良いものだ。



「―――聞く限りでは、当時の先代様のお怒りは相当なものだったと……。赤子のまま追放されなかったのは不幸中の幸い。前当主様が政に興味がなく、子が坊ちゃましか居なかったことも幸いしましたなぁ。ほっほっほっ」

「ねぇ、嫌がらせやめて? クビにするよ?」

「ほっほっ……。明日からどのように家を動かすおつもりで?」



 事実でも、言っていい事と悪い事があるだろうに、どうしてこの家令は……。


 帝立学園を卒業した僕が家を存続してはや二年。

 年を取った父親は、全てを使い果たしたようにポックリと逝ってしまったわけで。

 初代の頃から変わらない只広いだけの屋敷に住んでいるのは僕を除けば家の一切を取り仕切るこの家令と、あとは数人の侍従、庭師のみ。


 因みに言えば僕以外は漏れなく30を超えている高齢者の限界集落だ。

 美少女メイド? ははっ、夢見てんじゃねーよ。



「―――というかさ、ヴァレット。坊ちゃまは止めてって言ったよね?」

「おっと、コレは失礼。独身の旦那様」

「追放するよ? 只でさえ荒れ果てた農地を無理言って開墾しているせいで最近不満が集まっているのに、そんな暇ある訳ないじゃないか」

「ほほっ。流石、旦那様は聡明であらせられる」



 嫌みか老体。

 今すぐクビにしたいのに、彼の言う通り今の僕はヴァレットのお陰で何とか領を維持できていて、今やっている領内の諸々についての決定も助言を貰っている状況。

 その上、戦闘能力も天と地の差……百人居ても絶対勝てない。


 というわけで、精々僕に出来るのは機嫌の悪い顔をして悪態を吐き、今に彼をぶち込む介護施設を考えておく事だけ。

 カタログを見ている間だけが癒しの時だ。



「さあ、貧乏坊ちゃま。お仕事の続きを」

「はいはい……。けど、いい加減にしないと帝都の介護施設送り込むからね、一等地の」

「ほっほっほ。私ももう長くありませぬからなぁ。明日にでも逝くかもしれませぬが……では、領が安定したあかつきには、そちらで余生を享受させて頂きましょうか。領の税で」

「楽しみにしておいてね。ぶち込まれるの」

「ほっほっほ。他人の金で遊ぶのは楽しい……、と」



 冒険者時代の教訓かな。

 僕もそんな風に日々を気楽に過ごせたらどれだけ楽かなぁ。



「はあ……、―――がっでむ」

「……。いつもの癖が出ておりますよ、お坊ちゃま。その呪文を唱えるのはお一人の時にしてください」

「呪文じゃなくて、コレ悪態ね」



 ………。

 ……………。



 ところで、前世の記憶というものを信じる人間は居るだろうか。

 大抵は笑い話や法螺(ほら)話だけど……実際の所、この世界の絵物語の中にはそういった転生者の話が幾つも存在するのは事実。


 そして―――、実のところ、僕にはそれがある。

 ……ごく、ごく僅かに。

 名前も、知識も、容姿すらも……その大半の記憶が全く思い出せない不良品であるけど、本当に極僅か……確かに自分は二ホンと呼ばれる……世界? か何処かに生きていたんだ。


 その記憶の大半は苦しくて、辛くて……常に空を仰ぎ、自由を求めていた。

 暇さえあれば、常に「誰か」に会いに行っていたような……とても苦しい、しかし大切な記憶で。



「―――……ねぇ、ヴァレット」

「はい、旦那様」

「チキュウって、どんな場所だと思う?」

「……ふむ。異界の勇者様たちが生まれた世界のお話ですか」



 ……()()

 それは単に勇気のある者を指す言葉ではなく、もっと特別な―――大いなる力、或いはその才能を持ち、巨大な使命を神に与えられた者たちの事だ。


 この世界においてその名で呼ばれる存在は二種いて。

 一つは、大陸に深く浸透した巨大な宗教……お隣のプリエールでも深く信仰されているアトラ教に祀られる【六大神】の加護を受けて生まれた存在。

 もう一つは、六大神ではなく異界の神の加護を受けて召喚された存在。

 こちらは文字通り異界の勇者と呼ばれ、大陸でも極西部に位置するアトラ教総本山の国家が100年周期で召喚する。

 最後に召喚されたのは15年前……僕がまだ2歳の時。

 召喚された四人の勇者は、先の人魔決戦でまさしく絵物語のような活躍を見せ、【八英雄】に数えられている。


 そんな異界の勇者たちだけど、ヴァレットは幾度も会った事があるらしく。

 彼自身、己の過去はあまり語らず、実のところ僕が彼について知っているのは元冒険者……それも、名の知れた存在であったという事だけだけど、勉強の合間や夜眠れない時に彼が語ってくれた物語の数々……その登場人物たる顔も知らぬ勇者様たちの話には、いつだって心を躍らせたもので。



「異世界、など。私のような人生観の凝り固まった老骨には、想像も出来ぬ話ですな」

「棺桶に片足入ってるしね。……と。こんなものかな―――どう?」

「……えぇ。ご判断、正確さ、進行速度……どれを取っても悪くありませんな。では、暫しの休憩も一段落着いたご様子なので、次なる公務へ参りましょう」

「休憩って知ってる?」



 話しながらも全部終わらせたんだけど?

 書類仕事って休憩って読むんだっけ。



「はて、はて。スケジュール通りに視察をすると決められたのは昨日の旦那様の筈ですが……」

「はいはい……。移動時間も当然給料に反映されるんだよね?」

「ほっほっ……御戯れを」



 立ち上がり、一つ伸びをしてから彼を伴い廊下へ出ていく―――歩きながらも手早く僕の服を脱がせに掛かる執事。

 決して露出癖ではない。

 これは時間の有効活用……って言うか、ヴァレットの持つ変態技術みたいなものだ。

 公務中とはいえ外遊用の格好と館内の恰好が異なるのは当然だけどさ? これって人権的にどうよ?



「そのまま一週間の予定もご確認を」

「ん。……コスパ、タイパもここまで来ると病気だね。薬注文しておいて」

「えぇ、既に」



 これから行くのは農村の視察。

 さっきも言った通り、伯爵家とは家柄で言うのならば上位の貴族でも十分通用する。

 そんな家の領主が。

 一農村、一領民の元へ直接赴いて話をするというのは他の貴族に後ろ指を指されてもおかしくない事だろう。

 他の貴族家だったら普通にエリアを管理する役人に任せ、自身は報告書に目を通すだけだ。


 でも、今の僕には領民の力が必要。

 先代の領主たちが失い続けてきた信頼と信用を少しでも取り戻していく必要があるんだ。

 全ては荒れ果てた土地を少しでも豊かにするため、領の為に、少しでも誠意が伝わるように。


 何より、僕の野望の為に。

 馬車へと乗り込み、既に準備万端の庭師兼御者へと合図を出して。



「―――良し、行こうか。今日はアルバ村だ」

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