第6幕:温度差の暴力
「……。ふふ……。くくくッ」
………。
「あるじーー? かおってか表情キショいっす」
……。
「ヴァレット。確かアルベリヒとの稽古では真剣を用いているのだったな?」
「えぇ。より実戦に近いようにと。そちらが?」
「いや。それではもしもの事がある、と思ってな。これからは一つ、重い木材を用いた木剣に変えてやるが人道―――」
「あー、あー!! 嘘嘘! うそでーす! さっすがレイク様ァ、旦那様ァ! 今日も超絶イケメン金髪貴公子! アノール領の領主さま! 田舎貴族!」
後半はもう只の事実であってヨイショじゃねーじゃん。
……?
しかも何か変なの混じってなかった?
真剣なら流石のヴァレットは斬り刻もうとしないけど、木剣なら好きなだけボカスカやってくれるだろうから良いと思ったんだけどな。
「……ま、どうでも良いか」
「ちくしょォーー……、この外道領主……! エセ名君!」
「だから聞こえているぞ」
「ほっほっほ……。しかし私も気になりますな、坊ちゃま。先程からそちらだけ熱心にご覧になっているようですが、お手紙にはどのような事が?」
いんや? 何でもないけど。
………。
ふへへへへっ―――っとと。
この世界における主な情報伝達の手段は、当然にお手紙。
一昔前なら季節に一通、二通来るかどうかだった他領、或いは商人などからの各種お手紙や招待状なども、契約してる交易の網が広くなる程、親交のある貴族家が増える程に多くなって来てて。
一々返事を書かなきゃいけないのも、人をやらないといけないのも面倒とはいえ、メールやチャットアプリなんてあるわけないんだからソレは当たり前の話。
逆に、大変ではあるけど誰かと繋がってるという嬉しさこそを最近は実感しているんだ。
手紙を読み読みグルシュカを発酵させて作った濃厚な果実酒なんか傾けて楽しめば、それはまさに至福の時―――あ、返事の最後の方で誤字った。
………。
あ、また誤字った。
「……………」
「あるじー?」
「―――ヴァレット。最新式の通信機を購入したいんだが、稟議通らんか?」
「ほほっ、御戯れを」
……先程メールやら電話はないといったけど、実のところ近いものはこの世界にもある。
魔力の測定器やら、発達した設備が出来るくらいだからね。
遠く離れた誰かと、即座に連絡できる手段は主に二種類。
一つは完全才能努力型。
下位、中位、上位で区切られた魔術の中でも最も高等とされる上位魔術の一つに【念話】と呼ばれるものがある。
これは何も用意せずとも、然るべき理論の理解と修得、あとは魔力さえあれば遠く離れた相手と会話ができるというもの。
魔力電話とでも呼ぶべきもので。
極論を言えば、膨大な魔力さえあれば大陸の端から端程離れていても「もしもし」を楽しめる。
―――問題なのは、それを使えるどころか修得できる存在、所謂術者自体があまりに少ない事。
更に言えば、会話はその念話を覚えている者同士でしか出来ない事だろうか。
おそらく、数百万の民を抱える帝国全土でも念話を実用レベルで使える者の数は千人もいない。
戦闘用じゃなく、危険が少ないにも拘らずあまりに複雑な魔術なんだ。
ある種の超難関資格とも言えるかも。
「―――ヴァレット使えるらしいけど」
「ほほっ? 何のお話ですかな」
ホントこの完璧執事……。
で、もう一つの情報伝達手段。
やっぱり才能に依らない、誰でも使える技術こそが重宝するもので。
それこそ、先程僕が買って欲しいとお願いした通信機。
文字通りの電話であり、単純に動力源を入れれば動く……ほんの、ここ数年程で発達した最新技術だ。
「あれを買う事が目標の一つでもあるか……」
「ほーん。通信機……ですかい。実際見た事くらいしかないんすけど、あれってどういう仕組みなんすかね? ヴァレット様」
「えぇ、おおよその仕組みは大抵の魔道具と変わりありませぬよ。魔核石にて動き、働く。それだけです」
……魔道具。
かつてそれらは世界の各地に存在する遺跡―――滅びる前の世界に存在していた文明の名残で出土する、現代では再現不可能な謎技術を持つ道具の総称とかだったけど。
現代においては、所謂機械とか家電製品なんかも全部ひっくるめて魔道具と呼ばれる。
今いる執務室で言っても、照明器具とか。
これらの殆どは魔核石から電力の代わりとなる魔力を供給されて動いているんだ。
―――あ、魔核石?
それこそ簡単、魔物や一部の亜人の核となる体内の器官……純粋な魔力の結晶体。
魔物は生殖のほかにも大気中の魔素から生まれ、生まれた魔物の呼吸によってまた魔素が生まれる。
そんな彼等の生命活動を保障するのが魔核石だ。
第二の心臓、と言ってもいいかもね。
魔物は例外なく魔核石を保有するし。
したがってこの金のなる木……魔核石という名の天然資源は冒険者の稼ぎ、冒険者ギルドの収入源の一つで。
彼等が危険を冒す目的の一つが、この魔核石を入手する事にある。
「魔核石集め、お前もやっただろう? アルベリヒ」
「あーぁ。そら、わたしゃ万年EかD級の魔物ばっかりでしたがね。狼型とか、蛇型とか……。命懸けで狩って、二束三文みたいなものっすよ」
世界の仕組みというのは何とも不思議なもので。
アトラ大陸は、東であればある程に魔素の濃度が高く、西側である程に薄い。
当然、魔素が濃い方がそこから生まれ出る魔物もランクの高い強力なものが生まれるわけだから、まるでゲームの中の世界みたいに、物語が進むほどに敵も強くなるのだ。
東側の一部に存在する上位……B級やA級の魔物など、仮に一匹でも西側に来ればそれだけで大厄災。
魔物の王、竜種とかなどは、A級。
ギルド規定においては同じA級であるヴァレットがパーティー単位で戦わなきゃいけないわけだ。
……うーん、化け物世界。
これまたゲーム的っていうか、強力な魔物や魔族であるほど魔素が薄ければ呼吸できないも同然……生命活動が維持できないし、力も大きく弱体化される。
ゆえに、魔素の薄い西側には来れない―――。
そういう原則があるからこそ、世界は今日も平和なわけだね。
「さて、旦那様が考え事を終えたようですので続けましょうか。何故、通信機が高いのか、という話です」
「「……………」」
「まず、通信機は親機と子機。必ず対となる端末がそれぞれ存在します。そこは宜しいですな?」
「そら、まぁ」
「通信する相手がいる訳もないからな、一つでは」
「では、その対の端末。何故、双方の言葉を容易く伝達させることができるのか……これもまた、魔核石の働きなのです」
「……?」
「どういう―――?」
「一つの魔核石を二つに砕き。それを分けて作成する、という事ですよ」
「「成程!」」
だから対なのか。
けど、砕いても利用できる程の魔核石となると。
「かなり巨大で強力なモノになるのではないか?」
「っすよね? 元の魔物が強大であるほどに、取れる魔核石の純度と魔力量、大きさも比例するわけですから……」
「その通り。それこそ、個にして都市を壊滅させるほど。B、或いはA級の魔物の持つ最高純度の魔核石を二つに分け、それ等の繋がりを保ち続ける処理を行う事で初めてこれ等の技術が成立したのです」
「「―――――」」
ほお……仕組みまでは知らなかったけど……凄いな。
よくもまぁそんなことする。
そして、そりゃあ目が飛び出るほどの高価にもなるわけだ。
上級妖魔の魔核石って……それ幾らくらいになるんだ?
「歴史の教科書には出てこなかったっすね。誰が作ったんすか? んなバケモノ技術」
「無論、亜人……、魔族です」
「あ、やっぱそっすか」
「近年西側に持ち込まれた魔力測定器も同様。これらはかの六魔将……妖魔種の魔族【黒魔】が開発を主導したとされておりますな」
六魔将……。
極東の魔族国家を統べる、魔王配下の最強魔族たち……。
人魔決戦のメインとなる登場人物らだ。
ヴァレットから数多聞かされた逸話が全て真実なら、本当にどうして人間が滅びなかったのか分からないレベルの天災の化身なんだろうな。
災害……、ってか厄災?
「妖魔種……ウーム。ダイナマイトボディが多く妖艶な美人が多いと噂……、実際どうなのか……有角種も実に気になる……うーむ」
アルベリヒのような、「実は魔族って美人が多いんだぜ」という言葉一つで喜ぶような単純な頭してないからな、僕は。
どれだけの美形であってもそんな怪物、できれば一生お国に籠っててもらって、お目に掛からず天寿を全うしたいものだ。
さて、彼女からのお手紙の返事を書かないと―――。
「―――ふむ」
「ヴァレット?」
「……失礼致しました、旦那様。ご休憩用にお茶を淹れてまいります。アルベリヒも要りますかな?」
「あ、くださーい! プリーズ! しぶーいお茶々ください」
「えぇ、では三つほど」
難しい講義で知恵熱の出た男を心配しているのか、妙に優しい言葉を放ち出ていく家令。
……。
ん?
「三つ?」
「あ、確かに珍しいっすね。ヴァレット様が一緒に飲むなんて……」
「いや、あり得ん」
聞いたアルベリヒの分はともかく、完璧執事である彼は僕が休憩でお茶を飲んでいる時でも決して同じ目線で茶を飲もうとはしない。
一人の時に一服する程度だと言っている。
―――何でもう一人分が必要なんだ? ……と。
そう思っている最中、廊下からバタバタと転がる……或いはもつれる様な音が聞こえてくる。
うちの家にこんなやかましい足音の家臣はいない筈だ。
マリアかヴァレットに言葉でしばかれるからな。
「りょ、領主様ァ!!」
……フント?
穏やかな衛士である彼が今の足音を出してたっての?
いや、彼だけじゃない。
その後ろからは更に、ヨーゼフもが尻に火でも付いたように転がり込んできて。
冗談だろう、本当に何らかの災害の前触れ―――。
「だ、あんなささま! お、おにげ、ぁ……」
「も、申し上げ――――、館に侵入者―――ひぃぃぃぃぃぃ!?」
「「!!」」
いや、納得した。
フントもヨーゼフも、当然の反応を示していただけだった。
これが例えばアルベリヒでも、もしかしたら結果は同じだったかもしれない。
「……………」
「嘘……だろ!?」
「よもや―――これは、初めてのお客様だ」
家臣たちがもつれ込んだ影響で開け放たれた扉の向こうには、既に一人の人物が立っていた。
成程、その特徴は聞き及んでいる。
黒晶のように艶のある髪は側頭部でそれぞれ長く纏めている―――俗にいうツインテールと、小さな頭に乗るとんがりとした黒帽子。
空色の瞳。
一目で術師と分かる、しかし子供っぽさの残ったローブ姿。
いまだ十代の中途、それも前半とさえ思えるような幼さの残る姿。
大陸に12人しか存在しない、英雄中の英雄……その一人。
最年少にして最短記録で名をあげた、現代の英傑。
S級―――。
最上位冒険者【厄災】レニカ・アーシュ。




