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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第二章:忘却伯と人生の墓場

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第5話:リアノールの一族




「では……、旦那様。その女性は確かにリアノール……、と。そう名乗ったのですな?」

「あぁ、確かだ」



 さてさて、さーてさて……大分話が重大になって来た。

 或いは、片田舎の一領主の手には余る―――帝国全体の問題にもなり得るぞ、これは。


 望んでもない方向で領の名前轟いちゃう。



「ヴァレット。昔、物語の一つとして話してくれたな。かつて存在した、半妖精の大国の話を」

「えぇ。お話しましたな」



 ……ぁ。

 そういえば、その話はローゼマリー様とはしなかったな。

 次はぜひとも……じゃない。

 こういう時にまで彼女の事が頭をよぎるなんて、病気か?


 実の所、世界会議―――大陸議会に出席する国家の一つにエルフの国というのは存在する。

 名を、エルシード。

 アトラ大陸東側に存在する、唯一(おおやけ)に知られた半妖精の国家。

 大陸でもあまりに珍しい永世中立国を名乗り、地図にさえ乗らない真の秘境だ。

 そして、かの国家は今より数千年前……()()()()()()()()に存在していた古の大国―――エルフの支配していた巨大国家の名残であり、数千年以上も続く王族の系譜。

 

 即ち、宗家たるエルシード。

 狩猟を司る分家ベルベーノン。

 そして、農耕を司る分家……リアノール。



「―――つまり。つまり、だ。彼女の言葉が虚偽でなければ。……その可能性は薄いだろうが、パトリシア殿は古の国家の王族、その系譜。希少種族保護、同族の救済を掲げる国家エルシードにとって、最も守護すべき対象の一つ」

「左様です」



 ………。



「―――悪い夢か? 彼の国に知られれば戦争になるぞ」

「仰る通りですな。エルシード所属の最上位戦力―――八英雄たる【天弓奏者(てんきゅうそうしゃ)】殿が出てくる可能性もあるでしょう。その(やじり)の照準は、当たり前に帝国へ。いつしかの、奴隷商に半妖精が渡っていた事も含め考えれば……およそ大義名分もあちらに。周辺亜人国家、或いは極東の魔族国家も敵方に回るでしょうな」



 ……………はは、ガッデム。


 帝国亡びるぞ? いやマジで。

 どれだけジルドラードが強国でも、大義がなくては国は衰退する。

 それに大陸の凶星……魔族の国とか、何があっても絶対に敵対しちゃいけない国家ナンバーワンだ。



「まさに、それだ。隠れ住んでいた筈の彼女等を襲ったのは、まず間違いなく帝国貴族、或いはそれに近しい闇組織。奴隷狩りなどを行うような外道……」


 

 本来奴隷とは世界で身分の保証された使用人の一カテゴリに過ぎない。

 当然その登録には公的な手続きのみが存在するわけだが―――中にはやはり、違法に拉致した幼子や野盗によって全てを失い、更に売り払われた者たちが混ざる事もある。

 奴隷狩り……何の罪もない人々を専門に攫う度し難い愚者共もいるくらいだからな。


 ……エルフは高く売れるからな、そりゃあ。



「さて……犯人を見つけ、彼女ら一族を保護し、元の生活へ戻す?」

「……素晴らしい分析ですが―――まぁ、不可能でしょうな」



 そうだ。

 一度壊れた物は、二度と戻りはしない。

 失われた命は戻りはしない。

 そもそも、僕が今ある全てを使い……恥と外聞を忍んで働きかけたとして、元の状態……どころか、その半分、三分の一に彼女たちを戻してあげられることすらあまりに不可能だ。


 誰にでも分かる通り、どうしようもない程に既に詰んでる。

 全てが手遅れ、というわけで。


 先程のパトリシアさんとの会話。

 優位だったのは、僕じゃない。

 終始、本当に言葉と彼女等の扱いについて気を付けなかいけなかったのは、ずっとこちらだったんだ。

 無論相手は知る由もなかっただろうが。



「……知らなければのほほんと生きられたはずが、知ってしまった以上はもう戻れんか。一刻の猶予も無いな。まずは、彼女たちを丁重に保護し、領の奥の奥へ秘匿する必要がある。絶対に誰にも気取られぬように。村にも戒厳令を。ヴァレット、主導は頼めるか」

「畏まりました、我が主」




   ◇




「ここは―――」

「静かで、人の喧騒も怖い人達もいない……! まるで、僕たちの隠れ里みたいだ……」

「人間の土地にまだこんなに自然の満ち満ちた場所が残ってるなんて!」



 ………。



「りょ、領主さま……? その……」

「良い。彼等の言葉全ては正論だ」



 怒ってねーし?

 全然、全く、欠片たりとも怒ってねーしぃ?



「森、湖……そして山々。自然というのはいつだって我ら人の心を解放してくれるものだ。欲望に囚われぬ、真なる自由を。そして、今の君たちにはこの自然の持つ自由の力こそが必要なものだ。ゆえに、本音で叫ぶあの姿こそ、私が真に見たかったものだ」

「……領主様」



 こうやって好感度稼いどけ。

 もしも帝国が滅びる時に、僅かばかりにでも命を救ってもらえる可能性が増えるようにね。



「ですが、この木々は……?」



 やがて移る彼等の興味。

 それは山のふもとに存在するグルシュカの木であり、それが規則的な列をなして数多く存在するのが珍しいのだろう。

 大自然の中にこんな人工的な小林があったら誰だって気付く。


 実際の所、これは例の遺伝子組み換え果物。

 毒を寄せ付けない性質を持ったグルシュカの生産を試験的に行っていた名残だ。



「このような辺境の奥地であるからな。外の目に触れぬ場所であるゆえ、見られて都合の悪いものを育てるには非常に適しているのだ」

「なるほど。だから、このような―――あ、こ、こら!!」



 何か思う所があったのか。

 参の月―――あと少しで収穫かといった頃合いのグルシュカを一人、また一人と捥ぎ始める彼等エルフ。

 ……未成熟に手出す程に腹減ってんのかね?

 だとしてもまだちょっと青くて渋いと思うんだけど……。



「ここら辺を取ればもっと大きな実になるんじゃないか?」

「いやいっそここら辺だけ残して全部枝ごと……」



 ―――え美食?

 恐れ入った。

 まさか、まだどれだけの食糧が存在するかも分からない状態で量より質を求め始めるなんて。

 生活レベル下げられない破産済み億り人、元パパ活ギャル35歳か何かか?


 会話の内容を聞いたパトリシアさんが大急ぎで止めに入ってるけど。



「み、皆!? なりませんよ!? 今からそのような事をしてしまっては!」

「あ……、そっか。取ってしまっては食べられる量そのものが……」

「「あ」」

「……え? ―――ぁ」



 天然なのか?

 まさか気付いてなかったのか。

 我慢できなかったからって、生まれたばかりのひよこを食べようとしてるようなものだ。



「じゃあ、果実の数を減らさずにもっと美味しく、だから……ここの、花の落ちた痕。ここ、切っちゃおうか」

「だな。虫が入ると腐ってしまう。色づきも均一になるだろうし、多分甘さも……」

「もっと樹の数も欲しいわよね。枝から根を張らせて他の木に移植すれば……」



 ………。

 


「専門家、だな」

「領主様……も、申し訳―――」

「いや―――。好きにやってみると良い。食物も、暫しはあれ等以外に援助する」

「そんな……、よろしいのですか!?」



 こういうのはずっとノウハウを積み上げてきた者たちに投げるのが一番。

 リーダーっていうのは全ての分野を収める必要は全くない。

 専門知識に長けた者たちをどれだけ効率よく運用できるか、彼等の事を活かしてやれるか……そして、最悪の場合責任を取ってくれると信頼されるかどうか。


 それが最終的な発展に繋がる。

 ちょっとかなり意味の分からない方法とか言葉も聞こえるけど、恐らく彼等が知る何らかの技術なのだろう。



「―――うむ。ではここを新たな村とする。パトリシア殿。貴殿を私と君たちの間を取り持つ……所謂、村長。或いは外交官に任命しても良いか」

「私がですか!?」

「他に人選もおらんのでな」



 あと美人が来てくれると嬉しいし、ワンチャンある。

 ネコちゃんはいないけど。



「重ね、皆に信頼されているのだろう?」



 多分家柄っていうのもあるんだろうけどね。

 およそ、彼女だけが彼等の中で唯一リアノール……、その本家たる存在なんだ。

 古の権力者の系譜ってなれば、種族とか関係なく取り敢えず責任押し付ける相手としては申し分ないだろうからね。



「定期的に様子を見に来る。必要なものがあるのなら、その時に言って欲しい。無論失敗したとて、責任など求めん」

「……………」



 どちらかというと喜びより不安や得体の知れなさが大きそうだな。

 当たり前だと言えばまぁその通りではあるんだけど。



「どうして、そこまで……?」



 いや、国が亡ぶんで。

 お願い、マジで詮索しないで。

 この地は、彼女たちの隠れ場所であると共に外界と隔てる檻ともなる。

 もう、外に出すことは絶対にできないんだ。


 一応そういう感じのニュアンスも伝えておくか。



「しかし、アレだな。仮に君たちが何らかの功績をあげたとして、それを公表できぬかもしれない事が心残りか」

「……私たちは平穏にさえ暮らせれば」

「或いは、君たちを探してくれる同族が。何者かが探しているかもしれぬが?」

「……。私達の里は、外部との関りを完全に遮断していました。追手以外に探してくれる方々など―――……、いえ」



 いまなんか間がなかったかな?

 もしかして君ら、何かトンデモナイ秘密兵器とか用心棒とか隠してない?


 まだ死にたくないんだけど。

 ってかそもそも、今更ながらになーーんでこんな重責を担ってるのかな、僕は。

 利用している立場でもあるけどさ。



「パトリシア。まずはどうすべきなんだろう」

「長、どうしましょう……」

「……皆。……ッ。えぇ、皆! まずは―――」



 ただ……確信はないけど、分の悪い賭けではない気がするんだ。


 乞われ、僕に一礼すると彼等の元へ走っていく彼女。

 その姿を見送り、空を見上げる。



「これは、千載一遇の機会なのだ」



 そう。

 僕はこの機会をチャンスと捉えてる。

 当初の計画にも加えて、更に―――領が、圧倒的な躍進を、発展を迎える機会だと。


 果たして、彼女たち半妖精の来訪は厄災の前兆なのか、それとも……。



「何事もなく、一早く彼女らが生活に適応してくれることを願うばかりなんだが……」

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