第3話:運命を感じた気がした
毎日投稿週間四日目
「どなたか、いらっしゃるのですか?」
………。
その女性はまさしく華だった。
ただそこに在り、椅子に座っている……、それだけで、僕の胸にこれまで感じた事もない、痛いほどの高鳴りが訪れている。
オクターヴ公爵と同色、しかしより艶やかで白色に近い薄桃色の長髪。
大人としての雰囲気も感じさせつつ、いまだあどけなさの残る容貌。
振り返りこちらを認識しているのか……閉じられたままの瞼は柔和に垂れつつも僅かな警戒を灯している。
そして、女性が座っていたのは只の椅子ではなく、車椅子。
膝には足元まで隠れる程の上質な毛布が敷かれている。
閉じられたままの瞳と合わせ……、どうやら噂は本当みたいだ。
彼女が何者かは知っている。
だからこそ失礼があってはならないと、その疑問に応えるべく「見えていない」と分かっていても居住まいを正した。
「失礼致しました。公爵閣下に許可は頂いたのですが……知らぬこととは言え、ノックもなく書斎に踏み入ってしまい、申し訳ありません。帝国アノール領領主、レイクアノールと申します」
「……。レイクアノール・ユスティーア伯爵……。帝国南部に位置する耕作地帯アノール領、伯爵家の6代目当主様……ですね?」
わぉ。
「ふふふ……、流石ですね。ローゼマリー・オクターヴ様。オクターヴ公爵家の第三令嬢……」
「―――まぁ。何処かでお会いしましたか?」
「いえ、学園ですれ違った事もありませんよ。私が卒業する年の頃、貴女は入学前だった。しかし、智慧の一族に彼女ありとされた才女の事は存じております。曰く、神域……、と」
マウント合戦ではないが。
それが彼女の流儀であるというのならば、付き合おう。
僕が彼女の事を知っていた理由は簡単。
それ程の有名人……、それだけ。
只でさえ帝国の最上層である公爵家の人間であり、弱冠10歳で領の経営について幾つもの案を提出した、帝立学園を最年少、最短で卒業した……そんな話さえある少女の話は学生の話題にうってつけで。
女性でさえなければ、病弱でさえなければ……、身体が不自由でさえなければ。
常にその言葉が飛び交っていた少女。
今となっては古い思い出だ。
そう、丁度ここいらに積み重なっている物語本と同じような―――ん、もしかして趣味が合うかもな、僕ら。
「……これは、公爵さまに伺った以上だ。素晴らしい蔵書ですね。私の家の書斎では及びもつかない」
「伯爵さまのお屋敷にはどのような本が?」
「あぁ、いえ。書斎……とは言いましたが、現在は実態として物置のようなものに成り果てていまして。書庫としての機能は―――」
言葉を交わしながらも、彼女の座るすぐ傍……長大な卓に積まれたそれらに目をやり、更に弾かれたように棚に収められている本へ無作為に目を向ける。
……全部点字付きとか言わないよね?
僕はそういうのは学んでこなかったし、そもそもこの世界ではそういうのはまだ一般的ではない筈だ。
そして、それなら彼女はどうやってその知識を脳に収納してるの?
聞いた話が真実なら、彼女の眼は―――。
「誰の手も借りたい、という程ですよ。お恥ずかしい話ですが、現在の我が家では十歳に満たぬ幼子すら雇っていますし、本来そのような業務を行う筈ではない家令ですら、庭師の如く雑務に奔走させています」
「家令……。ヴァレット・シュタイン様。元大陸ギルドA級冒険者。ギルド理事兼相談役。大陸ギルド元総長リザンテラ・ユスターウァ様の右腕、ですね?」
「―――興味深いですね、それは」
「……ぇ?」
会話の中で初めて……、あくまで形式的な笑顔のみだった彼女の顔に、初めて困惑が浮かんだ。
瞳を閉じたままなのに―――あまりに可憐だ。
あれだけ求めていたヴァレットの情報すらどうでも良いと思えてしまう程、僕は彼女の事しか目に……ん?
「ご自身の家に仕える人間の来歴を。それも、取り纏める御方の経歴を……、ご存じなかったのですか?」
「はは……、お恥ずかしい話です……」
……何だ?
落ち着け臓器、彼女から身体がうるさいとクレームが入る。
……何故?
どうして僕はこんなにも……らしくもないの極みだ。
このまま空間に留まったら、間違いなく僕は彼女の事が頭から離れなくなるだろう。
顔しか知らない相手に焦がれて我を失うなど、貴族としてあまりに馬鹿らしい話―――或いは、一度見たら忘れられない事で有名なアレ。
クロウンス王国に存在するという初代聖女の像も、彼女のような感じなのか?
確かに、彼女は僕が今までに出会ったどんな女性よりも―――。
違う、今は会話だ。
少しでも多く彼女の言葉を―――、そうじゃない。
いつも通りに、普段通りに……。
「ヴァレット……我が家令。彼は多くを語りません。ゆえに、主である私が知るのは、彼が私の執事である事。私の行く末を見守ろうとしている事。……実の所、それだけで十分なのです」
と、そこまで答えて。
ようやく彼女の顔から視線を逸らせた僕は、長大なテーブルに積まれた書籍の一角に気付く。
ジャンルごとで括られていたのだろう。
その一角に存在していたそれらは……。
「―――いえ、もう一つ」
「私のもう一つの興味は、彼が語ってくれる、胸の躍るような冒険の話、でしょうか」
「……冒険」
「そうです。大組織を討滅したという実話、九代目勇者たちの、冒険譚。大陸議会に現れた魔族ら、魔将の逸話。物語に著される事の無かった、最前線にいたという彼だからこそ知る、素晴らしき物語です」
「――――――」
どうやってか、彼女は本当に様々な分野を読んでいるのだろう。
専門書や文学書なども数多く存在する中で、一際僕の目を惹いたのは、冒険の物語だった。
しかし、本に著される物語というのは数百年前の逸話であったり、神話の物語であったり、多くの者が知っているストーリーばかり。
これではやや退屈な事もあるかもしれないと。
そして、およそ知識に貪欲であろうこの女性なら、僕の話にも興味を示してくれる筈で。
「………伯爵さま。お時間はお有りですか? 宜しければ、私にもその物語をお聞かせいただきたいのです」
「えぇ、勿論。丁度、寝付けなかったのです」
……嘘だで。
長旅で疲れてるし、公爵親子との会話で神経を使った。
今の僕なら、ベッドに潜り込んですぐに熟睡できるだろう。
けど……何故なのかは分からない。
或いは只の気の所為か、気の迷いか、世迷いか。
本当に、不合理とは思うのだけど……何故か、このまま彼女の元を去ってはいけない気がしたんだ。
◇
魔皇龍と呼ばれる魔物の王を、導かれた勇者が討伐する……。
この世界において最も有名な物語の一つである【白き龍と黒の騎士】
歴代の勇者らの中でも一、二を争う人気と圧倒的知名度を誇る勇者ソロモンらの旅を描いた【聖者の憂鬱】……。
幼少期の僕が家令から聞いた話から始まり、彼女からの提案でそこまでの意見交換をしてたところまでは覚えてるんだ。
けど、何でかな。
「そのような経緯で、彼は私たちの仲間内で剣聖シディアンとなり、晴れて我らは現代のソロモンパーティーとして活動を始めたのです」
「―――ふっ、うふふっ……」
大仰な身振り手振りを交えた話に、彼女が顔を綻ばせるまま口元へ手を当てて笑う。
派手に盛大に脱線し、気付けば話は僕の学生時代のアレコレになってた不思議。
すまんな酔っ払い、話を盛り上げるためにちょっとかなりお前を脚色させてもらったぞ。
……剣聖シディアン、とは。
かの有名な物語―――今から200年以上も前……歴史上で唯一六大神の王である【天星神】の加護を受け生まれてきた【至高の勇者】ソロモンと、召喚された異界の勇者であり、【聖者】と呼ばれた女性リサ・オノデラを中心とした冒険物語における登場人物。
現代においてすら歴代最強と名高い勇者ソロモン。
大陸ギルドの創始者である聖者オノデラ。
半妖精の王族であり並外れた知恵者であった賢者ティアナ。
そして、無敵の武勇を誇った人間の剣聖シディアン。
四人の冒険譚はあまりに有名で。
帝国の東側に存在する剣王国グラディスなど、勇者と剣聖の出会いの地である闘技場が現在も存在する、その一点だけでも大陸中から観光客が押し寄せる程だ。
「伯爵さまのお話は、どれもとても面白いのですね……。既に幾度も耳にしたものですら、強請ってしまうだなんて……」
「はははっ、話が上手い、と。貴族と生まれてこうも嬉しい褒め言葉もないでしょうね」
けど「ねだる」っていうのやめない?
ちょっとエッチな響きが更に僕の冷静さを―――。
「―――伯爵さま?」
「いえ、知れば知る程、他人の気がしませんね。こうも趣味が似通ってしまうなど」
「うふふふっ」
ナンパ野郎のような歯の浮くセリフも、僕の顔が良いから許されてるね。
彼女、目見えてないんだけどさ。
「………もしかしたら。本当にどこかですれ違ったことがあるのかもしれませんね。あなたのお顔を見れない事、それが今の唯一の心残りかもしれません」
「はは。私も、この自慢の顔をお見せできない事が非常に口惜しいですよ」
……。
時計を見やると、既に時間は3時間ほども経過していた。
今頃アルベリヒは酔っぱらって寝てる頃合いか。
「街中か、何処かのお店か……何処であなたの事をお見かけしたのでしょうね?」
彼女は非常に身体が弱く、また病気がちと聞いている。
当然そのまま街中に散策に行ける訳もなければ、大衆の中で食事をしている筈もない。
彼女なりの冗談だろう。
「ローゼマリー様。お時間は……」
「えぇ。23時……少し過ぎてしまいましたが、頃合いですね」
「……ですね」
本当に見えてないよね?
もしかして体内時計(物理)でも持ってらっしゃるのか。
名残惜しそうに俯く彼女はしかし、また次の瞬間には花のように甘く、そして可憐に微笑み。
「また、物語を聞かせて頂けますか?」
「―――えぇ、勿論ですよ。また、新たなものを家令から聞き出してくるとしましょう。彼が聡明なうちに」




