第1話:何かの間違い也や?
毎日投稿週間二日目
「旦那様……、いい加減に現実を直視しては頂けませぬかな」
「イヤだ!!」
………。
帝国アノール領―――。
180年の歴史を持つ大陸随一たる巨大国家の中でも、最も旧い歴史を誇る家柄の一つ……ユスティーア伯爵家領主の余りに情けない悲鳴が、防音完備の執務室にこだまする。
詰まる話、僕の魂の叫びだ。
「旦那様」
「聞いてない! 聞こえない!」
「……、坊ちゃま」
「絶対にイヤだ! そんなの嘘だ……! 一年前に行ったばかりなのに、また万年辺境貴族な僕の所にオクターヴ公爵から招待状が届いてるなんて、そんなの嘘だッッ!」
「―――よく存じているではありませぬか」
これはいわゆる脊髄反射だ。
脳を介しての言葉じゃないんだ。
だから、僕は知らない。
何も聞いてないし見ていない。
僕は未だ便箋の中に目を通してはいないのだから、したがってその内容が白紙でもおかしくはないのだ。
そう、これこそ悪魔の証明―――、コンコン?
ドアノック?
「えぇ、どなたですかな」
「―――はい、ヴァレットさま。マリアでございます。旦那様にご休憩を、と。入室の許可を頂けますでしょうか」
………。
「本日もご政務お疲れ様です。ホットワインをお持ち致しました」
「助かる」
僕が無言でうなずくのと同時、ヴァレットが扉を開き―――現れた侍従長が淀みのない動きで場を整え、僕の前に置かれるは数種のスパイスを加えた葡萄酒。
暖かなそれを一口含み、弄び、喉を鳴らして余韻に浸り……。
「……ふ。流石だな、マリア。ヴァレットとて、こういった製作技術に関してはそなたに一歩半劣る。安物の葡萄酒がこれ程化けるとは」
「旦那様のお気に召して頂けたようで、何よりでございます。では、私はこれにて」
僕が確かにそれを飲んだのを確認、柔らかな笑みをうかべるまま部屋の入口へ戻り、再度の一礼を終えるまま去っていくマリア。
扉が閉まり、彼女が去ったであろうことを確認……、傍らの執事に目線を。
ヴァレットが素早く便箋を開く。
封蝋が割れ、渡された手紙へ速読とばかりに目を通し、再び執事へ。
「……。さて―――、ヴァレットよ」
「はい、旦那様」
「―――何故、再びお声が掛かったと思う」
「恐れながら、申し上げます。一年でどれ程の成果を挙げたかを確認し、振るわなかった場合、圧力を掛けるおつもりでしょう。……梱包作業の」
「ふむ、箱詰めの……」
この一年、出来得ることは全てやった。
所謂、下地作りだ。
一が二になり、二が四になり、四が八になっていくように―――物事とは、ある時を境に急成長するもの。
その意味では、この一年はあくまで準備段階。
今現在、水面下において僕の計画は確かに、確実と根を広げ続けている。
既に賽は投げられているのだ。
「……土台の定着、その期間と。公爵はそれを理解してくださるか」
「物事の道理を心得ている御方です。過程は大事と、無論に理解は下さるでしょう」
「だが、それとこれとは話が別……、と?」
「はい」
ハイじゃないが。
増してや、此度の招待は祝宴などの大々的なモノではなく、あくまでユスティーア伯爵……僕個人に宛てられたもの。
つまり、個人面談。
学園で僕が最も嫌いだった言葉の一つだ。
さてどうしたものか……、カップに残ったワインを干すままに考え。
「―――時期尚早? 否、これも一つの機会と見るべきだ」
いずれにせよ目指すものは同じ。
RTAでも、チャート通りに物事が運ぶ事など稀……どうせ生き急ぐのならば。
「此度の護衛にはアルベリヒを連れて行く」
「……ほう」
「留守を頼めるか、ヴァレット」
「畏まりました、旦那様」
良いさ、受けてたとう。
今の僕がどの位置にいるのか……巨大な権力を前に、道化が何処まで踊れるのかを確かめてやる。
◇
オクターヴ公爵領までの道のりは、辺境であるアノール領からは当たり前に遠い。
だからと言って、貴族である以上道端で野営など出来る筈もなく。
泊まる宿場は勿論、先に人をやるなりして様々な手配をして出る必要もあるし、特に辺境などにおいては魔物の被害や野盗などの出現も念頭に入れる必要があるだろう。
そんな時、頼れるのはやはり武力。
辺境貴族である今の僕に足りないもので。
これをどうすべきか……、今もずっと考えている。
常にヴァレットが傍にいてくれるわけではないからね。
ほら、年だし。
「あの―――レイク……様? これは、どのようなご冗談で?」
「冗談と思うか」
「………領主としての旦那様は、ヴァレット様関係以外で下らぬ冗談はつかぬ、と」
「分かっているではないか」
出立して結構経つのに、今更聞くのは……いや。
そろそろ公爵領だというのが大きいか。
「……。何故私めが……、貧乏男爵家からすら放逐された私が公爵家へのお供を? なして?」
「適任だからだ」
主に、僕の精神面に。
彼が顔を青くすればするほどに、僕の溜飲が下がり、緊張がほぐれるんだ。
無論、彼が本番に強い強心臓というのも多分にあるけどね。
「アルベリヒよ。理解しているとは思うが、何が起こったとて顔に出すな。決して醜態を晒すな。騎士の醜態は領主の失態だ」
「はぁ……、はぁ。―――畏まりましてございます、主よ」
ほら、強心臓。
たちどころに覚悟を決めた男アルベリヒ。
伊達に毎日ヴァレットのスパルタ訓練を受けてはいないな。
………。
単純に、今の方針……強力な武を手に入れるために、手っ取り早い原石である騎士に様々な経験を積ませたいという意図もあるんだ、これは。
敢えて言うなら、その辺に他の臣下を付き合わせているのが若干申し訳ないけど。
「フント、ヨーゼフ。そなたらにも世話を掛けるな」
「は、はは……。トンデモゴザイマセン、旦那様」
「い、いやぁ。まさかまたもや公爵領の中央都市へ赴けるとは、夢のようでございます―――はははっ」
「―――見たか、アルベリヒ。これが大人だ」
「……………」
僕の家の衛士……いわゆる警備員であるフント、御者兼庭師のヨーゼフもとっても嬉しそうだね。
申し訳ないと思ってたけど、杞憂だったみたいだ。
ところで水本補給する? なんでか笑い声乾いてるけど。
「大人に希望なんてねんだなァ……、―――ところで、旦那様」
「あぁ、今気づいた。やれるのか?」
「多分余裕で」
「多分はいらん」
「では、余裕です」
………。
奮発して高価な馬車も、服も買いそろえた。
……或いは、それがいけなかったのかもな。
そろそろ公爵領に入る頃だし、こっちも気合入れ直さないと……ね。
「公爵領にさえ入れば、野盗などは出る筈もないと思っていたが―――幸先が悪い」
「「………!」」
「皆は防衛を固めろ。―――アルベリヒ」
「は」
「構わん、全力で殲滅しろ。皆殺しだ」
「―――畏まりました、我が主」
物々しい気配に、今に馬車から飛び出る騎士。
実際の所、街道に野盗が出ることは物語に語られる程多いわけではない。
特に、各地で祝宴などが行われる肆の月などは殆ど発生はないくらいだ。
これに関しては、確かにそういう時ほど金持ちが沢山街道を進んでいるけど、それに比例して警備も厳重、強力な護衛もいるから。
だから、逆にその少し前か後……今みたいな参の月くらいが丁度掻き入れ時と動き回る連中がいる。
……まぁ、野盗なんてやってる時点で大したことはないだろう。
実際何処まで出来るのか、それを見るチャンスでもあるし。
「一人出てきやがったぞ! やれぇ!!」
「はっはっはァッ!! 随分上等な馬車に乗ってやがるなぁ! もしかしてお貴族様―――、っぷぇ……」
「「―――――」」
「―――え?」
「……は?」
………。
「さて。主の命令だ。ちょっくら死んでくれや、てめェら」
たった一瞬……、都合七人ほどいる男たちの一人目の首が景気よく飛んだ。
こんな派手に人の血を見るのはいつ以来かな。
そのまま、空を斬る音だけが涼やかに鳴り響き、風が吹いたように次々と野盗たちの身体が切り裂かれていく。
「わ、は……はぁ!? き――――きえ……!?」
「何だよこれぇ!?」
現れては消え、また現れては消える斬撃の突風。
改めて実感だ。
アルベリヒってちゃんと強いんだよね、やっぱ。
あの時、最初から彼に殺意があれば。
……無論、たらればの話をするつもりはないけど―――あの時互いが握っていた武器が木剣ではなく更に重量のある真剣だったのならば、最初の競り合いの時点で僕は死んでいた筈だろうし。
ヴァレットの言う通り、やはり冒険者というものの真価は何でもありの戦いでこそ輝くらしい。
「わ……、くォ、あぁぁぁあ!!」
「軽い」
「―――がぁ!?」
木製の棍棒を持つ野盗が放った全力の振り下ろしを肉厚の長剣で難なく受け、そのまま圧し返し切り裂く。
隻腕ゆえの、失った利き腕を補う膂力。
彼はそのまま、足元に落ちていた小石を思い切り蹴り抜き、側方から襲い掛かろうとしていたもう一人の顔面へ。
視界を失い、また痛みに叫ぶ口を脳天から左右に割る。
確実に、間違いなく殺せる急所のみを切り裂いていく。
武器を振るうアルベリヒには欠片の躊躇もなければ、慈悲も動揺も存在しない。
「―――騎士……、騎士、ですか?」
「……ははっ。衛士の出る幕はまるでなさそうですね。てっきり、ここを死地と思っていたのですが……」
「ふざけるな。勝手に死ぬことは許さんぞ」
ただ、本当に出る幕がないのは確からしい。
前にヴァレットが言っていた。
今のアルベリヒなら、名のある騎士団にも通用する……或いは、C級冒険者にもなり得る、と。
魔物狩りの専門家……冒険者におけるC級とは、大多数の者たちが目指す到達点。
小さな町であれば武術師範として十分食べていけるレベルだし、町の喧嘩自慢くらいなら数十人で掛かってもアッサリ退けるくらいの強者だ。
うーん、本当にいい拾い物だったな。
……やがて、転がるように逃げていく数人を遠目に彼は血と肉に濡れた剣を振るい。
「……四人。残り三人は逃げてきましたが。どうしますか?」
「充分だろう。次の宿場で衛士隊に知らせてしまえば、あとは全て一任できる」
「左様で。では、つつがなく終了いたしました、主様」
「ご苦労」
先を急いでるんだ、悪いが構ってもいられない。
「―――馬車を進めてくれ、ヨーゼフ」
「は、はい……、旦那様」
………で。
問題はこの後ここ通る可能性ある人たちだよね。
道歩いてて血塗れ肉塊こんにちはって、正直本当に可哀想だと思う。
まぁ、こんなご時世だしその辺は運が悪かったと思って―――。
「……んで、主ィ? やはり―――これは」
「うん?」
「皆目見当つきませんが、何者かが我々を監視しているようです」




