56 顛末
「兎に角、フォルストス公爵にはカールストン公爵から正式に抗議文を送らせてもらう」
「そんな──」
「お嬢様!」
ブラントさんの言葉に対し、更に何か言い募ろうとした時、エグランティーヌさんの護衛らしき人がやって来てその言葉を遮り「カールストン様、失礼致しました」と言って、未だ納得していない感じのエグランティーヌさんを連れて去って行った。
「チカ、大丈夫か?すまない。まさか、チカを探してここ迄来る者が居るとは思わなかった」
「本当にその通りですね。まさか公爵令嬢ともあろう女性が馬車で何日も掛けてアルスティアに来るとは予想だにしませんでしたね。しかし、それもこれもブラント殿下の過去の行い故ですね。まぁ、相手はちゃんと選んでいたようですが、それを見て“私もいける”と勘違いしている女性が今も居ますからね。それで何の非もない尊い存在でしかないチカ様に迷惑を掛けるとは…いくらカールストン公爵、国王陛下の叔父ブラント殿下であっても許される事ではありませんよ?その辺りは──」
「ネッドさん、本当にありがとうございます。取り敢えず、ここで話すのは人目がありますから移動しましょう」
「っ!ごもっともです」
それからメイジーさんのパン屋に戻ると「後は大丈夫だから、今日はもう上がっても良いわよ」と言われた為、素直にお礼を言って上がらせてもらい、私はブラントさんとネッドさんの3人で家へと帰る事にした。
「あぁ…やっぱりチカ様の家に入るだけで癒やされますね。さっきの女も連れて来ればあの穢れきった心根を癒やす事ができたかもしれませんね。否…チカ様の家が穢れてしまいますね」
「ネッドさんとブラントさんは、どうしてここに来たんですか?もともと来る予定なんてなかったですよね?」
申し訳無いけど、安定印のネッドさんは置いといて、訊きたい事や言いたい事を言う事にした。
ルドヴィクさんが国王となってから、王妃の座を巡るバトルが始まったが、光属性持ちの婚約者が現れた事で、ルドヴィクさん以外での独身の王族がブラントさんだけとなり、今度はブラントさんの妻の座を巡るバトルが繰り広げられていたそうだ。以前、浮名を流していた事もあり“恋人が居るとしても私ならいける!”と思う令嬢も少なくないようで、ブラントさんに恋人が居ると言う噂があっても、お構い無しにアピールをして来る令嬢が居たそうだ。そんな令嬢達に対し、ブラントさんはキッパリはねつけ、その令嬢の親にも直接断りを入れたり、しつこい時には抗議文を送ったりしていたそうで、今ではそれも落ち着いているようだ。
ただ、その中でも何をしても言ってもブラントさんに言い寄って来ていたのがエグランティーヌさんだった。
「何度断っても、出掛け先には現れるは訓練場には現れるでどうしたものか─と思っていたら、ここ数日姿を現さなくなってようやく諦めたかと思ったら、どうやらどこかの辺境地に向かったらしいと、フォルストス嬢の友人から聞いて、まさかと思って貼り付けてある魔法陣ではなくて、ネッドに頼んで直接チカの所に転移してもらったんだ」
「あぁ、だから、私の居場所が分かったんですね…って、助かりましたけど、直接私の所に転移できるって、そんな簡単にできる事なんですか?」
「普通は無理ですが、チカ様の持つ聖女としての力と言うか威厳と言うかオーラ?が特別なので、その力を追って転移したんです。転移先がチカ様以外では無理ですね。チカ様だから追う事ができて転移できると言う事です」
なんてネッドさんはサラッと当たり前の様に言ったけど、それはネッドさんしかできないような高度なレベルの魔法なんだそうだ。
「兎に角、直接チカに接触したのは赦せる事ではないから、エグランティーヌ嬢にはしっかりと思い知ってもらう」
「別に私に被害があった訳じゃないから、そこまで─」
「ここで何もせずに赦してしまえば、また同じ様な事が起こる可能性があるから、チカが赦しても何もしないと言う訳にはいかない。今回はたまたま被害がなかったから良いけど、次もまた無事だと言う確証もないからな」
確かに、私が1人で相手が男性だっら危険だったりするけど、私には赤青緑の万能セキュリティが居るから大丈夫だとは思う。けど、ブラントさんの言う事は正しい。
「まぁ……もともとはブラントさんのせいなんだろうけど……」
「それは、申し訳無いと思っている。まさか、この俺に唯一無二の存在が現れるとは思っていなかったからな」
「ぐふ────っ」
ちょこちょこ爆弾発言を投下するのは止めていただきたい。
それから暫くの間、エグランティーヌさんは社交の場に姿を現さなくなり、久し振りに姿を現したと思えば子爵家の嫡男の婚約者となっていたそうで、それ以降、ブラント様にしつこく言い寄ってくる令嬢は居なくなったそうだ。




