54 男前なリン
「それじゃあ、私が今着けてるピアスの色はブラントさんの瞳の色で、周りからしたらブラントさんと私は恋人同士だと認識されていると言う事?」
「そうなります」
ーやられた!ー
ここは王都から一番離れた辺境地で、身分云々と煩い貴族なんて居らず、ブラントさんが王族─国王の叔父である事を知っているのは、神官長のマッテオさんぐらいだ。そんな理由で、ブラントさんは周りを気にしなくて良いからと、よく私の買い物に付き合ってくれたりしている。
ブラントさんが淡い青緑(浅葱)色のピアス、私が薄紫(葵)色のピアスを着けて。
このピアスを貰った時、お土産だと。安い物だと。貰ってくれないと捨てるだけだとしか言われてない。色が意味を持つなんて、花言葉並に知らなかった。それを気に入って、まんまと毎日着けていた私。
「埋められてる………」
「……ですね」
外堀が埋められている。これで、私がブラントさん以外の人と付き合いだしたり婚約しようものなら、ふしだらな女だと思われてしまう。
でも、このままその話通りになればなったで、王都に私が現れようものなら女性陣から総攻撃を食らわされるんだろう。
「平民の分際で!」
「大して可愛くもないクセに!」
「どんな手を使ったの!?」
なんて罵られそうだ。
「ルドヴィク様は喜んでましたけどね」
ふふっ─と嬉しそうに笑うリンが今日も安定に可愛い。
「リンは大丈夫?また、飛んだ令嬢とかに嫌がらせされたりしてない?」
「んー…正直に言うと、たまにお節介を焼く人が居るけど、可愛らしいお節介だなぁ…と思う余裕があります」
「それなら良かったわ」
それはきっと、ルドヴィクさんが居るからだろう。ジョセリン=クロードハイン公爵令嬢だった頃は、唯一の味方であったクズ王子に裏切られて独りだった。もし、独りではなかったら、もともと芯のしっかりしたリンだから、田辺さんにも負けていなかったかもしれない。
「無いと思うけど、ルドヴィクさんがリンを裏切るような事があったら、すぐ私に言ってね。ルドヴィクさんを伸してリンを奪って逃げるから」
「それはそれで……嬉しいかもしれません」
フワフワ笑うリンが可愛過ぎるけど、どうしたら良いですか?
******
「いらっしゃいま────」
今日もリンは王城、私はメイジーさんのパン屋でバイト中。お昼の忙しさが一段落ついたところにお客さんが入って来た。
「メロンパンは残ってる?」
「残ってません」
「チカ、残ってるからね。ブラントさん、1つで良い?他にも何か要るかしら?」
「後、ナッツとプレーンのベーグルをお願いします」
そのお客さんは、今日も浅葱色のピアスをしているブラントさんだった。爽やか笑顔を浮かべて、メイジーさんと仲良く会話を交わしている。
「何?喧嘩でもしたの?丁度一段落ついたし良い時間だから、2人でランチでもして来なさい」
「嫌で──」
「メイジーさん、ありがとうございます。チカを連れて行きますね」
「行ってらっしゃい」
メイジーさんに問答無用の笑顔で見送られた。
「リンから聞いたんですね?」
「聞いたと言うか…怒られた。“チカさんを騙すような事はしないで下さい。今度騙したら、私が攫って行きますから”と言われた」
ーえ?攫ってくれるの?ー
「リン、男前なのね。攫われるのは吝かではないわ」
「それは困る。俺にはチカしか居ないのに」
「ぐぅ───っ」
「だから、そこは頬を染めるところだからな?」
「私に乙女を求めないで下さい。乙女がご所望なら他を─」
「俺が望むのはチカだけだから、他所へなんて行かないからな。取り敢えず、色については……謝らない事もない」
「どっちなの!?──ふっ……」
ブラントさんに突っ込むと、ムウッとむくれたブラントさんが居た。その顔が、何となく可愛く見えて笑ってしまった。
ブラントさん曰く、アクセサリーの色に関しては当たり前の事だと思っていたから、私が知らなかったとは思わなかったそうだけど…途中で私が知らずに着けているかも?とは気付いたけど言わなかったんじゃないかな?と思っている。腹黒だから。
「今日、ピアスを着けてないのは怒っているから?それとも……俺が嫌になったから?」
今度はシュンとした顔をするブラントさん。
本当にイケメンは狡いと思う。どんな顔をしてもイケメンだし、もう良いか─と許してしまいそうになる。それに「嫌だから」と言えない自分が恨めしい。
「……正直、恥ずかしいから暫くは着けません!」
ふんっ─とそっぽを向けば「可愛いな」と呟かれた。意味が分からない。
それから2人でベーグルを食べて少し話をした後、「また3日後のお昼頃に来るから、一緒にランチでもしよう」と言って、ブラントさんは王都へ、私はメイジーさんのパン屋に戻った。




