51 甘い時間
「今日は休みで暇だったから来た」
「暇だったから……」
「それと、これをどうぞ」
と、目の前に差し出されたのは、2本の赤い薔薇とラッピングされた袋だった。
『薔薇2本は“この世界はあなたと2人だけ”だよ』
「──っ!?」
ーそんな情報要らないから!ー
トゥールが耳元でこっそり呟いた後、どこかへ飛んで行ってしまい、花言葉通りにブラントさんと2人きりになってしまった。
「………ありがとうございます。えっと…取り敢えず座って下さい。リンみたいに美味しく淹れられないけど、お茶でも飲みましょう」
「ありがとう」
またまた不意打ちの笑顔を浮かべるブラントさん。私は赤くなってるだろう顔を隠すようにブラントさんに背を向けて、慌ててキッチンの方へと走って行った。
貰った花は花瓶にさして窓際に飾った。
ラッピングされた袋の中には、チョコレートが入っていた。そのチョコレートと、私が作ったケーキを用意した。
「やっぱりチカの作るケーキは美味しいな」
「ありがとうございます。このナッツ入りのチョコレートも美味しいですね。私、ナッツが好きだから嬉しいです」
「ナッツ入りのベーグルをよく食べてるから、そうだろうと思ってた」
「ゔっ……」
ーそんなとこまで見られてたのかー
「んんっ…あの…毎日のお花、ありがとうございます。でも…毎日は大変ですよね?それに、貰う理由も分からないから──」
「理由が分からない?本当に?」
「────っ!!!」
私に視線を合わせたまま笑っているブラントさん。
「ブラントさんが甘過ぎる!あの腹黒な感じの素のブラントさんは何処に行ったんですか!?私、どうしたら良いですか!?」
「………ふっ……どうしたら…って……」
「笑うなら思い切り笑って下さい!」
ー笑いを我慢される方が居た堪れない!ー
「ははっ…普段キリッとしているのに…チカは可愛いな」
「揶揄ってます!?」
「面白いけど揶揄ってない。可愛いと思ってるのも本当だし、こんな可愛いチカが見られるなら、もっと早く甘くしておけば良かったと後悔してるぐらいだ」
「甘い!!」
素のブラントさんの方が落ち着く。甘いブラントさんは、無駄にドキドキしてどうして良いか分からない。
「素直に甘えたら良いだろう?ほらほら…」
楽しそうに笑って両手を広げているブラントさん。
「いやいやいや、“それじゃあ!”って、そこに飛びつくわけないですからね!?ほらほらって、犬でもありませんからね!」
「それは残念だ」
ー遊ばれてる!ー
結局その日はトゥールも居ないまま2人きりだったけど、それが気にならない程会話を楽しんだ。
それから2、3時間お喋りした後「暫くの間はバタバタして来れないが、1週間後の夜に来ても良いか?」と訊かれて「覚えていたら、おもてなししますよ」と、何とも可愛げのない返事をしたのにも関わらず、ブラントさんは嬉しそうに笑ってから、また私の髪にキスをしてから魔法陣で帰って行った。
『チカ、寂しくない?』
「え?」
そろそろ寝ようと寝室にやって来てベッドに潜り込むと、トゥールが私の顔を覗き込んで来た。
『リンが居ないけど、寂しくない?ブラントが来て楽しかった?』
あぁ、そうか。何故ブラントさんが来たのか分からなかったけど、私が1人になるからだ。実際はトゥールが居るから1人ではないけど。
「ブラントさんとは楽しめたよ。それに、トゥールも居るから寂しくないよ」
『良かった。それじゃあ、おやすみ』
「おやすみ」
おやすみの挨拶をすると、トゥールはいつも通り、イシュメルさんが用意してくれた篭のベッドで眠りに就いた。
リンの居ない1週間は寂しい─と思う事はあまりなかった。メイジーさんにお店が忙しいから手伝って欲しいとお願いされ、お昼前から夕方迄バイトをする事になり寂しいと思う暇がなかった。夜は夜で疲れているせいか、布団に入れば直ぐに眠りに落ちた。
勿論、この1週間の間も、毎日トゥールが花を運んで来てくれていた。
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即位記念日当日は、メイジーさんのパン屋さんだけではなく、アルスティア領内のお店はお昼迄の営業となり、お昼からはそれぞれ家で国王を祝う─と言う事になっている。
そんな訳で、おもてなしをする時間ができてしまった。
「久し振りに作りますか」
『僕もお手伝いするー』
最近忙しくて作っていなかったお菓子を作ったり、要らないかもしれないけど…と軽食も少し用意する事にした。勿論、トゥールが大好きなクッキーも沢山作った。作ったクッキーを異空間ポケットに放り込む。なんでも、アイルとフラムと共有しているスペースがあるそうで、そこに入れておくと、3人がどこからでも取り出して食べられるそうだ。何とも便利でファンタジーなものだ。
そうして、トゥールと色んな物を作っているうちに時間が過ぎて行き──
『あ、ブラントが来たよ』
とトゥールが言うと、部屋に貼り付けている魔法陣が展開して、そこからブラントさんが姿を現した。




