45 リリ
『還らないと言う事は、この世界に残ると言う事か?』
「そうです」
日本に戻ったところで、ハイスペと結婚どころか、もうあの会社には居られない。あそこに入社したのは、給料が良くてハイスペな男が多かったから。有望株を捕まえて結婚できれば、私が働かなくても暮らせるだけのお金が入って来るから。
ー今迄全て上手くいっていたのにー
聖女として世界を救えば、一生遊んで暮らせると思っていた。おまけに、その国の王太子も私の思う通りに動いてくれた。ジョセリンも排除して、後は聖女として浄化して、王太子妃の地位を得て───
聖女チカ──深月千花。
あの女のせいで、全てを失った。
大して可愛くもない。航さんを奪ってやった時も、涙の一つも零さない、気の強いだけの女のくせに。
『この世界に残るのは構わないが、聖女の資格は失っていると言う事は理解しているのか?』
「分かってます。もう聖女はいいとして…何か一つだけでも良いから、魔法が使えるようにしてもらえませんか?あ、それと、住む所も欲しいです」
大学時代から独り暮らしをしていたから、魔法が使えて住む所さえあれば、後は何とかできるだろうし、チョロいイケメンでも捕まえれば……
『…………なるほど』
「何か?」
『いや、何でもない。分かった。其方には魔力の付与をしてこちらの世界へ迎え入れよう。そして、其方の住まう所へ送り出そう』
パチンッ─
オールデン様が指を鳴らせば、また足元に魔法陣が現れる。
『安心しろ。其方に相応しい場所だ。元気でな……もう私と会うことは二度とないだろうが…』
「え?何て───」
最後の方は何と言ったか聞き取れなかったけど、私に相応しい場所に送ってくれると言う事だから、特に気にしなくていいよね。
「ありがとうございます」
魔法陣が展開して黒い光が私を包み込む前にお礼を言うと、次の瞬間には白い空間から別の場所へと転移していた。
目の前には神殿があった。周りは木が沢山立ち並んでいる。いや、森林の中に建っている神殿だ。聖女ではなくなったのに、どうして神殿?と思っていると、神殿の玄関の扉が開き、中から年配の女性が出て来た。
「オールデン神からの声をお聞きしました。貴方がリリですね?」
「あ、はい」
「では、付いて来なさい」
その年配の女はニコリともせずに、私に背を向けて神殿の中へと歩き出した為、その態度は気に食わなかったけど、その女の後を付いて行った。
連れて来られたのは、神殿内にある部屋だった。その部屋には、小さな窓が一つ、後はシングルベッドと机と椅子があるだけの小さな部屋だった。
「お風呂は?トイレは?」
この部屋に案内された後、年配の女は「後でまた来るので、この部屋で待っていなさい」とだけ言って何処かへと行ってしまい、今は私1人でこの部屋に居る。
「何で小さい格子窓が1つだけなの?外の景色が見れないじゃない。それに、お茶の一つも無いなんて…」
ベッドに腰を掛けるとギシッと音が鳴る。シーツは真っ白で綺麗なのに、ベッドはとても硬い。王城で過ごしていた時のベッドはフカフカでとても大きくて、大人が3人寝ても余裕がある程だった。流石に聖女ではなくなったから、そんな良いベッドは求めはしないけど、この硬さは日本で自分が使っていた物よりも遥かに硬い。
「こんなベッドで寝れるわけないじゃない」
「失礼します」そう言って、部屋にやって来たのは、さっきの年配の女と、私と同じ年ぐらいの1人の男性だった。
ーマテウスやブラント様には及ばないけど、そこそこ良いかもねー
「では、リリ。ここでの生活のルールを説明します」
朝は6時に起床。週末の2日だけは7時。
そこから1時間以内に身支度と食事を終えた後は、その日に割り振られた仕事をお昼までに済ませる。
12時の昼食。午後からの仕事はその日によって違う為、前日迄に予定表を確認して、その仕事に取り掛かる事。
夕食は6時から8時の間に済ませる事。
お風呂は時間制の為、その時間も自分で確認してその時間に入る事。その決められた時間に入れなかった場合は、その日のお風呂は無し。
就寝時間に決まりはないが、10時に消灯。
基本、外出は敷地内のみ。敷地外へ行きたい場合は、3日前迄に申請して許可が出た場合のみで、必ず監視員を伴う事。
「ちょっと待って!何なのそのルールは!外出に許可って…監視員って何なの!?それじゃあ、まるで私が犯罪者みたいじゃ──」
「犯罪者でしょう」
「────え?」
年配の女が冷たい目で私を見ている。
「聖女としての務めを放棄し王子を誑かし、罪のない者に濡れ衣を着せて蹴落した。貴方は紛れもない犯罪者です。ただ…悪政を敷いていた国王を追いやる事ができたのも事実。そのお陰で貴方の罪は軽くなり、この修道院送りで済んだのです」
「修道院……おく…り……」
それは簡単に言えば、女性専用の刑務所だ。ジョセリンの罰をどうするかで、「修道院送りが妥当だろう」とマテウスが言っていたのを覚えている。その修道院の中でも特に厳しいのが、デストニア国最北端にある修道院。1年のうちの半分が雪で覆われる極寒の地で、火属性の魔力持ちでなければ普通の生活を送るのも大変だと言っていた。
「まさか…ここは………」
「ここは、デストニア最北端領にある修道院です。残念ながら、貴方は水属性だから、ここでの生活は苦難なものとなるでしょう。特に寒期には外出はしない方が自分の為だと思いなさい」
「何で………」
「念の為、火属性持ちの監視員を付けます」
後ろに控えていた男は、私に付けられた監視員だった。この男を何とかすれば──
「聖女リリには、俺の妹のサリナが随分お世話になったようで……その分、俺もしっかりとお世話をさせてもらいますね」
ヒュッと息を呑む。“サリナ”は男爵家の令嬢とかで、私に付いていた侍女で……何かにつけて八つ当たりしていた女の名前だ。
『安心しろ。其方に相応しい場所だ。元気でな……もう私と会うことは二度とないだろうが…』
そこで、何故かあの時ハッキリと聞こえなかった筈のオールデン様の声が頭の中に響いた。
もう二度と会うことはない─
それは、もう、オールデン様も誰も、私を助けてはくれないと言う事だ。
「何で…私が………」
そう呟いて泣いている私に、手を差し伸べてくれる人も、声を掛けてくれる人も居なかった。




