39 チカ、動く
「この責任、どうするつもりなの!?」
「すみません!!」
「リリ様………」
「はぁ────仕方無いか……」
これ以上騒ぎになるのは良くないよね。一応、今のところ彼女は聖女であり隣国王太子の婚約者で、今国内がバタついているから、素性がバレるのも良くないだろう。それに、このまま放っておいたら、そのうち「私は聖女なのよ!?」なんて言い出しそうだし。被っているフードを更に深く被ってから、私はリリ達の方へと近付いて行った。
「あなた、分かってるの?私は──」
「その辺にしてはどうですか?」
「はい?」
“私は聖女よ”と叫ぶ前に声を掛けると、険しい顔をしたままリリが私の方へと振り返る。
「ワザとではないし、彼女も謝っているんだから、許してあげたらどうですか?服が濡れてしまっただけで、貴女が怪我をした訳でもないんでしょう?」
「何を…貴方には関係ないでしょう!?平民が口を出さないで!それに私はせい───」
「“私は聖女なのよ!”と言うのなら、その濡れた服ぐらい自分で浄化すれば良いでしょう?」
「───っ!?」
リリがまた聖女と口にする前にグッと近付き耳元で呟けば、リリは息を呑んで口を噤んだ。
「できないの?聖女なのに?ふふっ……できないのなら、このまま黙って城に帰りなさい。」
「な───」
「聖女だから、何もされないと思ったら大間違いだから。何をされても良いと言うなら、そのデートとやらを続ければ良いけど、無事でありたいなら今すぐ城に帰りなさい」
まだ正式にお披露目の済んでいない聖女リリ。
今の隣国の状況からして、リリが聖女だとは知らず、王太子の婚約者とだけ知っている者から狙われたとしてもおかしくはない。リリは気付いていないだろうけど、ブラントさんだけではなく、かなりの人数の騎士が人混みに紛れてリリを見守っている。私がリリに近付いた時、一斉に動き出そうとした騎士達を、ブラントさんとネッドさんとジェナさんが、視線と圧とで彼らの動きを止めていた。そんなやり取りには全く気付いていないリリ。聖女は、それなりに感覚も大事なんだけど…マトモに訓練をしていない証拠だ。
一体、この世界に何をしに来たのかを訊いてみたい。
「もういいわ!帰るわ!貴方も一緒にね。それで……城に帰ったら覚えておくことね!」
「貴方の方こそ、しっかり覚えておいて下さいね?」
リリには私の鼻から下しか見えてないと思うけど、ニッコリ笑えば「ブラント様、帰りましょう」と、ブラントさんの腕に手を添えて歩き出した。
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「引き篭もりから出て来たかと思えば、聖女に無礼を働いた者に謝罪をさせろとは……馬鹿にもほどがあるだろう!」
「えぇ、そうですとも!どちらが無礼極まりないかハッキリさせた方が良いですね。擬きのくせに自分は聖女だなんだのと、とんだ変換機能が付いていて呆れます。いっその事、二度と口がきけないようにしてしまいましょうか?二度と、チカ様の耳にあのキーキーした煩い声を入れない為に。チカ様の耳が穢れてしまってからでは遅いですからね?あぁ、そうしましょう!あの口を─」
「うん。ネッド、ありがとう。お前のお陰で少し落ち着く事ができた。勿論、あんなのでも聖女だから、手を出さないようにな……」
あれから、リリとブラントさんは真っ直ぐ城へと帰って来た。そして、リリがそのままおとなしく部屋に下がったな…と思えば、久し振りに部屋から出て来た王太子マテウスさんが「聖女リリに無礼を働いた者に謝罪させろ」と、言って来たそうだ。
「ここ迄来たら私が出ます。リリに対抗できるのは私だけですからね。それに、これ以上リリに好き勝手されるのも許せませんからね」
「すまないチカ。本当は、このまま静かに過ごしたかったんだろけど…」
「いえ、ルドヴィクさんのせいじゃありませんから。オールデンさんのせいですから!」
ー絶対、終わったら文句の1つや2つや3つは言わせてもらいますから!!ー
「あ、ジョセリンさんの事なんですけど、あれから調査は進んでますか?」
「あぁ、それなら、丁度調査の報告が上がって来たところだ。」
流石ルドヴィクさん!仕事が早い!と言うのも、少し調べただけで、アッサリと無実を証明できるモノがたくさん出て来たそうで、何故今迄把握できていなかったのかが不思議な程だったらしい。
「やっぱり、マテウスは無能だと言う事だな。このまま、元第一王子派が立った方が国の為になるのかもな……」
ニヤリと笑うルドヴィクさんは、為政者らしい顔をしていた。
その報告書を読ませてもらったところで、私はまたある事に気が付いた。
『黒羽』と呼んでも、やっぱり黒羽は現れない。黒羽が現れないと言う事は、私が予想している事が当たっていると言う事だ。
ーオールデンさん、本当に、終わった後は覚えておいて下さいね?ー




