36 唯一無二の彼女
*ブラント視点*
「あの…良ければ、私の部屋迄案内してもらえませんか?お城が広過ぎて…場所がよく分からなくて…」
お前が分からなくても、侍女は覚えているだろうけど。聖女擬きの後ろに控えているその侍女の顔は、青を通り越して白くなっている。どうやら、侍女はマトモな思考を持っているようだ。
「分かりました。ご案内致しましょう」
と、俺はルドヴィクが何か言うよりも先に、聖女擬きの願いを受け入れた。
「お城って、本当に大きくて複雑で、迷路みたいですよね?こっちからは行けるのに、あっちからは行けないとか。それで、いつも迷ってしまって…」
恥ずかしいです─と、頬を少し赤らめながら話を続けている。「そうですか」と、軽く微笑みながら相槌を打てば、更に嬉しそうに笑う聖女擬きが、気分を良くしたのか、俺の腕にソッと手を添えて来た。
「ブラント様は、ご結婚されているんですか?」
「残念ながら、まだ独り身です」
「まぁ!そうなんですか!?こんな素敵な人なのに!私なら、絶対放っておきませんわ!」
「…聖女様に言われると、嬉しいですね」
「なら、私と────」
「ですが、私には想う人…心に決めた人が居るので、その人以外では意味がないんですよ。ですから、未だに独り身なんです。」
ニッコリ微笑む。
「そう…なんですか…それは……どんな人なんですか?ブラント様がそう思えるような人と言う事は、余程、綺麗な方なんでしょうね?」
「綺麗かどうかは、その人によって印象は違って来るでしょうけど、私にとっては、色んな意味を込めて唯一無二の人ですね」
彼女─ミヅキが還ったと聞いた時に、ようやく自分の気持ちに気が付いた。そして、遅かったと思った。あのクズ達をどうしてやろうか?とさえ思った程だ。それからは、遊ぶのも煩わしくなり、毎日訓練に力を入れるようになった。
本当に、彼女には驚かされた。正直、やられた。その裏表の無さ。俺の事は好きではないんだろうに、俺に向き合ってくれようとする心に感心した。俺の容姿を嫌がり、身分なんてものは一切気にしない。いや、身分をマイナスにしか見ていない。そんな彼女の前では、いつも自分が自分で居られるのだ。「12も年下のくせに」と思っていたら、まさかの27歳。俺と3つしか変わらなかった。なら、遠慮は要らないと言う事だ。
それと、この聖女擬きには感謝している。チカには申し訳無いが、チカから婚約者を奪ってくれたから。そうでなければ、チカはこの世界に来る事なく、その男と結婚していただろう。
「あの……そのブラント様の好きな方を、紹介してもらえる事はできますか?どんな方なのか…見てみたくて…」
「それは難しいかもしれませんね。聖女様は、明後日には帰国されますから。聖女様、ここがデストニア国王の客室になります。それでは、私はここで失礼致します。」
「あ…ありがとう………」
腕に添えられていた聖女擬きの腕を外し、軽く頭を下げてからその場を後にした。
*ルドヴィク国王の応接室にて*
「がっつり動いたな」
「あそこまで堂々と来るとは思わなかったがな…」
お茶会が終わった後、イシュメルさんの居住の塔に居た私達を、ネッドさんが迎えに来てくれて、イシュメルさんとジョセリンさんと私は、再び王城へとやって来た。
どうやら、リリはブラントさんに早速アプローチをして来たそうだ。
「王太子のマテウスの思考はマトモだから、釘を刺すだけにしておいたが、聖女がアレでは…マテウスも制御できないだろうな。無能だし……」
「「無能………」」
“無能”に反応したのは私とジョセリンさん。
「ジョセリン嬢が聖女を虐げたと言う事に関しての調査がな…聞いた限りでは何とも言えないモノで……すまないが、我が国の者に調べ直させてもらっている。その結果が出れば、ジョセリン嬢にも知らせよう」
「ありがとうございます。ですが、私はもう…」
「あぁ、結果がどうなろうと、これからどうするかは、ジョセリン嬢自身が決めれば良い。戻りたいのであれば私も手伝うし、戻りたくなければこの国に残れば良い」
「残るなら、遠慮なく私の家に居てもらっても良いからね?」
「国王陛下、チカ様、ありがとうございます」
兎に角、リリの狙いはブラントさん。でも、リリは明後日には帰国する。なら……このまま放っておいても大丈夫なんじゃないだろうか?後1日2日で何ができると言うのか…。そりゃあ、過去との決着はしなければならないかもしれないけど、今すぐにではなくても良い…筈。
妊娠した筈の子はどうしたのか?そもそも妊娠していなかったのか。航とはどうなったのか?聖女としてこの世界で生きて行くのか?訊きたい事はたくさんあるけど。
「それで、叔父上は聖女に何か言われたりしたんですか?」
「結婚しているか?と訊かれたから、独り身だけど想う人は居ると言っておいた」
「あぁ………そうですか………言ってしまいましたか………逃がすつもりは無いと?」
「当たり前だろう?」
引き攣った顔のルドヴィクさんに、ブラントさんは黒色笑顔を浮かべている。何とも意味の分からないやり取りだけど、ブラントさんが何か良からぬ事を考えている事だけは分かった。




