35 無能王子と予想通りの聖女
*ルドヴィク視点*
王城サロンにて(男性の集まり)
「マテウス殿、聖女との婚約おめでとう……と言いたいところだが、今朝の出来事を聞いてからは、あまりおめでたいとは言い難いな…」
「本当に、申し訳ありませんでした」
早朝のチカ達との話し合いを終え、自室に戻って来ると、血相を変えて侍従がやって来て「何事だ?」と訊けば、聖女リリが騎士団の訓練場へ無許可でやって来たと言う。予想通りの行動をしてくれていた。おそらく、王太子マテウスが、朝の挨拶で不在だった時間を狙って行動したんだろう。とんだ女狐だ。聖女だとしても、あの女のどこが良いのか…理解に苦しむ。
「前の婚約者だった公爵令嬢は、今はどうしているんだ?彼女には一度しか会った事はないが、その時には既に立派な立ち居振る舞いだったと記憶しているが…」
「彼女─ジョセリンの事はお忘れ下さい。ジョセリンは、聖女であるリリを虐げていたのです。」
「あの令嬢が?本当に?ちゃんと調べたのか?」
「勿論。リリからも聞きましたし、リリの親友にも聞きました。」
「令嬢側には?」
「ジョセリンはあまり他人と行動する事がなく、訊けるような者がいませんでしたけど、ジョセリンがリリを虐めていたのを見たと言う者が居ましたから。」
「なら、令嬢は1人だったから“していない”と言う証拠が出て来なかったのだな?」
「それは────」
ーこの無能王子がー
偏りのある調査など、何の意味があるのか。公爵令嬢で王太子の婚約者となれば、蹴落としたいと思う者がどれ程居るのか。子供だけの話だけでは済まない。親も絡んで来る事もあり得る。実際のところ、親が絡んでいるから、王太子と言う身分でしかないのにも関わらず、公爵令嬢を国外追放する事ができたんだろう。
馬鹿な王太子に無知な聖女を結婚させ、国王となった後、無知な聖女では妃は務まらないとでも言って、我が娘を側妃にでも添えて、裏から国を牛耳ろうとでも思っているんだろう。オールデン神が選んだ聖女が居れば、貴族も国民も何も疑う事はないだろうから。
「あの聖女様の事は、しっかりと頼みますよ?」
「分かりました……」
ー少し、デストニアを調べさせるかー
少し顔色を悪くしたマテウス殿から離れて、私は他の参加者達への挨拶回りを進めた。
男性の集まりは、城内のサロンで開かれたが、女性の集まり─公爵夫人主催のお茶会は、庭園で開かれた。その庭園は、代々王妃が引き継いで行くのだが、ルドヴィクの母であった王妃が亡くなってからは、庭師が世話をしている。この庭園を、次は誰が引き継ぐ事になるのか…。今の社交の場では、その話で盛り上がっている。
庭園で行われていたお茶会も特に問題もなく、そろそろお開きに─と言う頃に、ルドヴィク国王が挨拶に来るとの知らせが入った。
やって来たルドヴィクは、時間もあまり無いからと、簡単に挨拶をした後、お茶会を主催した公爵夫人と共に、庭園を後にして行く来賓を見送る事にした。1人1人に挨拶をし、そして、最後に残っていたのは───
ーやっぱりこの女か……ー
最後に庭園を後にした来賓から少し間を空けてやって来たのは、聖女リリだった。ニコニコと笑顔を浮かべているその視線の先はルドヴィクではなく、ルドヴィクの後ろに控えているブラントだった。
「聖女様、どうしました?もう、他の皆さんはお帰りですよ?」
「ルドヴィク様、今日こそ、紹介してもらえませんか?」
「…………」
他国の国王の名前呼びに、失礼極まりない物言いに、私の横に立っている公爵夫人の顔がとんでもない事になっている。
「公爵夫人、今日はありがとう。ここは私に任せてもらって、夫人は下がって休んでくれ」
「……畏まりました。ですが…何かありましたら、直ぐにお呼び下さい。」
心配そうに私に視線を向け、聖女リリを一瞥した後、公爵夫人は城内へと入って行った。
「あの公爵夫人って方、失礼ではありませんか?何なのかしら?あの嫌な視線は!私が聖女だって、分かってないのかしら?」
ー嫌な視線なんだろうー
「それで、ルドヴィク様、後ろの方と挨拶をしても良いですか?」
チラッと叔父上に視線を向けると、叔父上が私の隣に並び立った。
「私はブラント=カールストンです。第一騎士団の副団長をしています」
「ブラント様。私は聖女リリです。挨拶ができて良かったです」
ニッコリと微笑む聖女リリ。この姿だけを見れば、なんとも可愛らしい女性だなと思う。
聖女ミズキと同じ、黒色の髪と瞳なのに、他の全てがミズキと違う聖女。
「あの…良ければ、私の部屋迄案内してもらえませんか?お城が広過ぎて…場所がよく分からなくて…」
「「「…………」」」
ー聖女リリの後ろに控えている侍女の顔が、青を通り越して白くなっているが、大丈夫か?ー
「分かりました。ご案内致しましょう」
と、叔父上は私が何か言うよりも先に、聖女リリの願いを受け入れた。
その時の笑顔は、何とも恐ろしい程の………笑顔だった。




