20 万能セキュリティ
ルドヴィクさんの国王即位式迄1週間。
即位式の日は勿論、ここアルスティアでもお祭り騒ぎとなる。メイジーさん達も、また露店でパンを売る予定で、いくつか新作の準備もしている。その新作には、私の考えたパンもある─と言っても、日本でごくごく普通にあった“メロンパン”だけど。この国には、メロンパンの様な甘いパンがあまりない。しっかり系が基本なんだそうだ。
『メロンパンなら、小さい子供でも食べれそうね』と、今回のお祭りの時に試しに売ってみる事になった。
ズルをした感はあるけど、自分の意見が通るのは嬉しい。後は、この国の人達に気に入ってもらえたら良いなぁ─と思う。
その日の夜は、パラパラと雨が降り出した。
すぐ側に海はあるけど、とても穏やかな海で、大雨が降っても荒れる事はなかった。
パラパラと聞こえて来る雨音。私は、この雨音が好きだ。紅茶を飲みながら目を閉じて雨音を聞いていると
「────ん?」
『『『!!』』』
私と同じタイミングで、アイルとフラムとトゥールも反応した。
「何か…声が聞こえた?」
『うん。何かが、私達の領域に入って来てるわ』
“私達の領域”とは─簡単に言えば、“縄張り”らしい。妖精達はそれぞれが自分の居場所を大切にしている為、他の妖精が居る領域には干渉しないようにしていて、その自分の領域には結界なるモノを張っているらしく、誰か、自分が認めた者以外の者が領域に入って来ると、分かるようになっているそうだ。
ー妖精のセキュリティ能力が半端無いー
ちなみに、人間と契約を結んでいるからとは言え、アイルとフラムとトゥールと、属性が違う3人が同じ領域を共有しているのは、珍しいし事なんだそうだ。
兎に角、そのセキュリティが反応したと言う事は、私にも微かに聞こえた人の声のような音は、聞き間違いではないと言う事だ。
時間は夜の9時。この辺りには街灯なんてものが無いから、雨が降っている夜は真っ暗闇で、しかも領の外れにあるから、月夜の晩であっても滅多に人が来る事はない。
ー一体、夜のこんな時間に誰が?ー
『僕が見てくるよ』と言ったのはアイル。普段ならフラムが真っ先に飛び出して行ってしまうけど、今は雨が降っている。火の妖精であるフラムは、お風呂は好きだけど、雨は苦手らしい。
「アイル、私も一緒に行くわ。フラムとトゥールはお留守番よろしくね」
と言って、私はアイルと一緒に家を出た。
光る魔石のランプを翳して、アイルが示す方へとゆっくりと歩いて行くと、そこにはボロボロの馬車が停まっていた。
『誰も乗ってないし、御者も居ないね?』
「まさかの……乗り捨て?」
2人見合って首を傾げると「やめて!!」「静かにしろ!」と言う声が、聞こえた。
「アイル、どこから聞こえたのか…分かる?」
『うん。あっちだよ』
今度は、アイルが示した方へと急いで駆け出した。暫く走って行くと、鞄が落ちていて、その先に女性の靴が片方だけ転がっていた。更に走って行くと、バシッ─と言う音と共に、人が居る気配がした。
「アイル、この辺りを明るくできる?」
『できるよ!フラムから、灯りの力を借りて来たから!──炎!』
アイルがそう叫ぶと、辺りが明るくなり、そこに2人の姿がハッキリと視界に入った。
男性が、地面に押し倒した女性の上に跨っていた。
「──っ!?何て事を───っ!」
『チカ、やって良いか?』
「勿論!思いっ切りやってちょうだい!!」
『任せろ!!』
と、アイルは元気良く答えた後、その小さな手の平から水を溢れ出させた。
はい。妖精に、「思いっ切りやってちょうだい」なんて言ってはいけません。妖精が手の平サイズの小人で可愛いからと、舐めて見てはいけません。水の妖精アイルの攻撃は、遠慮や手加減が全く無かった。勿論、男を許すつもりはないけど、男が気の毒に思う程の攻撃だった。兎に角、アイルの攻撃を受けて気を失った男は、アイルがそのまま水の枷の様なモノで縛り上げ、そのままその場に放置。明日、マッテオさんに来てもらう事にする。
そして、もう1人。着ている服は雨のせいで泥だらけになっているけど、とても良い生地だと言う事は分かるから、貴族の令嬢なのかもしれない。その彼女もまた、気を失っているようだ。パッと見た感じでは、頬が赤くなっている以外は、何もされてなさそうだ。
「アイルは、転移の魔法は使える?」
『勿論使えるぞ!』
アイルはドヤ顔をした後、転移する為に魔法を発動させた。
家に戻ると直ぐに、トゥールが私達の濡れた服や髪を乾かしてくれた。女性には更に、私が癒やしの魔法を掛けて体にあった怪我や掠り傷を治して、仕上げにアイルがクリーン魔法で体も服も綺麗にした後、私のベッドに寝かせた。
ー何故、こんな時間に、こんな所に?ー
明日、朝になってからどうするかを考えながら、私は寝室のソファーで眠りに就いた。