1 プロローグ①
「あれ?千花、今日はおめかししてるけど…デート?」
「うん。引き継ぎ作業が一段落したからね。久し振りに、夕食を一緒に食べる約束をしてるの」
「退職まで後1ヶ月かぁ…寂しくなるわ……」
私─深月千花─には、2ヶ月後に結婚する彼氏が居る。彼─小武航─は同じ職場の同期で、入社して1年経った頃から付き合うようになった。付き合って2年でプロポーズをされて、3年目で結婚となる。
この職場は時間がルーズな職場で、夜勤は勿論の事休日出勤も当たり前。手当てはしっかり出るから、独身であれば全く問題無いのだけど、結婚して子供を─となると難しいところがある為、航と相談した結果、私は寿退社をする事にした。そのせいで、引き継ぎ作業をする事になり、ここ3ヶ月程は私がバタバタしていたせいもあり、航とは同じ職場に居ながらゆっくりデートをする暇もなかった。
ようやく引き継ぎ作業も落ち着き、今日は航とは3ヶ月ぶりのデートだ。まぁ…1ヶ月後には一緒に住む事になっているけど。
ー今日は金曜日だし、久し振りに2人でゆっくりできれば良いなぁー
小武航は、世間一般で言うところの“ハイスペイケメン”だ。入社当時からモテていた。業績も常にトップに入っている。スラッとした高身長で、おまけに料理男子で、お泊りした時はよく朝食を作ってくれたりもする。私には………勿体無い程の彼氏だ。
私には両親が居ない。母親は居る………と思うけど。
私の母は、所謂“良い所のお嬢様”なんだそうだ。
「どんな世界なんだ!?」と言いたいところだけど、何でも“良い所のご子息様”と無理矢理結婚させられそうになり、その時、自分が好意を寄せていた、(後の私の父となる)ごくごく普通のサラリーマンだった男性に迫りに迫りまくって、既成事実を作り───私が生まれたんだとか。
その為、そのご子息様との結婚は破断となったが、その出来事にキレた母の両親(私から見たら祖父母)から勘当され、父と母と私は3人で生活せざるを得なくなったそうだ。
普通の家庭。お金持ちではないけど、貧乏でもなく、普通の生活を送れていたと思うけど、母にとっては……そうではなかった。
「お金が足りない」と文句を言うのに働く事はしない。家事も最低限はするが、料理は殆どする事がなく、いつも惣菜やインスタント物が並んでいた。
時間がある時は、父が料理を作ってくれていた。
そんな父が過労で倒れ──そのまま亡くなったのは、私が10歳の頃だった。
「ふんっ…ようやくくたばったか…」
そう言い捨てたのは、その時初めて会った、母方の祖父だった。
「私は、この娘を孫とは認めない。それで良いなら……お前だけはもう一度だけ、受け入れてやる」
祖父がそう言うと、母は何の躊躇いもなく、祖父と一緒に私を置いて出て行き、代わりに、父の唯一の家族である祖母が迎えに来てくれたのだ。
その祖母には、とても感謝をしている。決して楽な生活ではなかったけど、いつも笑顔で優しかった祖母。
大好きだったその祖母も、私が入社して、これから恩返しを──と思った矢先に亡くなってしまった。それがとても辛くて……そんな時に、私を支えてくれたのが航だった。
「俺が、千花の家族になって、幸せにするから」
そう言われた時は、本当に嬉しかった。
その幸せ迄……後2ヶ月だ。
そう、後……たったの2ヶ月だったのに────
「航、お疲れ様」
「あ…千花……お疲れ様」
同じ職場ではあるが、フロアが違う為、仕事が終わった後、1階のロビーで待ち合わせをしていた。
「ん?疲れてる?大丈夫?」
「あ…うん。大丈夫。夕食は予約してるから…そこで良い?」
「うん、良いよ。でも、どうしても辛くなったら言ってね?」
「千花…ありがとう」
いつもより硬い表情の航の事は気になりつつも、私達2人は予約しているお店に向かった。
予約していたお店に入ると、個室だった。
ー落ち着いてゆっくりできそうー
うきうきしながら、運ばれてきた前菜を食べながら、航と最近の話をしていると
「千花…………ごめん!!」
「え?何が?」
急に航が頭を下げて謝ってきた。何に対しての謝罪…土下座なのか、全く分からない。航に何か嫌な事をされた記憶もない。
「千花とは………結婚……できない………」
「─────は?」
“結婚できない”
意味が分からない。結婚式の日は既に決まっているし、ドレスだって決まっている。後は、招待客の出欠と席順の確認だけだ。
「航、何を────」
「すみませーん、遅れちゃいました!」
「は??」
そこへやって来たのは
「田辺……さん?」
私の後輩である田辺莉々だった。
ー何故……ここに田辺さん?ー
「あれ?航さん、ひょっとして、まだ言ってないんですか?」
「…………」
“航さん”?
「航……どう言う…………」
「先輩、ごめんなさい。私、航さんとの子ができちゃったんです」




