第97話 灯華の懸念
悟が彗との打ち合わせを終えて、仕事場から離れようとすると、こよみから電話がかかってきた。
「はい。もしもし」
「もしもし。悟さんですか?」
「うん。こよみ、どうだった? 友達とのことは?」
「はい。おかげさまで仲直りできました」
「それはよかった。それでどう? シーエクには入れそう?」
「えっと……そのことなんですけど……」
こよみがモゴモゴと言いにくそうにした。
「?」
「その友達が悟さんに会いたいって言ってて」
「へぇ。友達が、確か友達も配信やってるんだよね? 灯華ちゃんだっけ?」
「はい」
「分かった。それじゃあまた静林学園に行くよ。日程は……」
悟はこよみと静林学園で落ち合う約束をして、その日は電話を終えた。
翌日。
悟は静林学園のカフェテリアでこよみと蒼井灯華に会っていた。
悟は初めて会うこよみの友人灯華をマジマジと眺める。
(ふむ)
背の高いスラッとした体型。
すでに配信の内容は確認済みだが、彼女もやり方次第でもっと伸びそうな感じはした。
「どうもC・エクスプローラーのプロデューサーの雪代悟と申します」
悟は名刺を手渡す。
「どうも。こよみの友達の蒼井灯華と申します。その……こよみのチャンネルを助けてくださってありがとうございます。デュームのファンに荒らされて、私達の力ではどうしようもなかったので」
「礼には及ばないよ。僕もこよみをスカウトしたかったし。今、新規メンバー募集中なんだ」
「……そうですか」
灯華は目を落として言いにくそうにする。
「何か僕に話があるって聞いたんだけど……」
「デュームの大会に出るそうですね。大丈夫なんですか? デュームの大会なんかに出ちゃって」
「……というと?」
「あの人達今、炎上中なんでしょ? 〈スペルカード〉で。なのに〈スペルカード〉の大会なんて開いて。しかもあなた達はデュームと対立しているんでしょう? 大会中、何らかの嫌がらせを受けるんじゃ……」
「ああ。それならすでに対策済みだよ」
「対策?」
「うん。昨夜、如月から電話がかかってきて、話したんだけど……」
悟は昨夜行ったデューム運営に対してかけた圧力、その結果かかってきた如月からの電話、如月との対話の内容について話した。
「そういうわけで、如月は求心力の低下に焦ってる。衆目によって監視されるような形で圧力をかけたからまず大っぴらに不正することはないと思う」
「なるほど。それは上手いやり方ですね」
(頭の切れる人なんだな)
「ただ、一つだけ懸念があります」
「懸念?」
「桐沼という方をご存知ですか?」
「桐沼? ちょっと待って。確かデュームの幹部にそんな名前を見かけたような」
悟はスマートフォンを取り出して、デュームのホームページを開く。
「ああ。この人か。如月の配信にも映っていたね。デュームが壊滅した時にも。彼がどうかしたの?」
「その人がこよみと私のチャンネル炎上を裏で糸を引いていた人です」
「!? 詳しく聞かせてくれ」
灯華は話し始めた。
デュームからの勧誘を断り、こよみがデュームをSNSで批判した途端、荒らしが始まったこと。
そして同時に桐沼から灯華に取引が持ちかけられたこと。
自分ならこよみのチャンネルの炎上を止めることができるかもしれないと。
「なるほど。そんなことが……」
「こよみの炎上を止めるためだと思って、桐沼の話に乗るつもりでいたんですけど、例のデュームの壊滅騒動もあって交渉を打ち切りました」
「それで桐沼が大会で不正を働くと? 君はそう考えてるの?」
「はい。その可能性は高いんじゃないかと」
「それは難しいんじゃないかな。今回の大会はかなり厳しく注意が向けられる。そう仕向けたからね。如月はパワハラ気質ではあるけれどあれで剛直なタイプだ。衆人環視の下で不正を行って恥をかくような真似は避けるんじゃないかな」
「如月さんはそうかもしれません。ただ、桐沼はそのくらいで不正を諦めるとは思えません」
「よく分からないな。桐沼は如月の側近だろ? 如月がやめろと言ったら桐沼もやめるんじゃないの?」
「あくまで私の印象ですが、桐沼は如月の預かり知らぬところで動いているように見受けられました」
「へえ」
「引き抜き工作についても私が如月と接触しようとすると、慌てて阻止しようとしました。おそらく如月には無断で動いているのではないかと」
(なるほど。如月があれだけ強引な運営を繰り返しても大きな問題が起こらなかったのは、裏で桐沼が汚れ役をやってトラブルを揉み消していたから。ある意味よくできた相互補完関係だな)
「桐沼の配信スケジュールを見る限り、週に何度かはわざと如月と被らないように調整している節があります」
(そしてこの蒼井灯華。よく見てる。なかなかの観察力だな)
「大会の運営に関する部分では不正はできないかもしれません。ですがその外部からなら……」
「そうか。蒼井さん」
「はい」
「一人で辛かったね」
「っ。な、なんですかいきなり」
「今の話を聞いただけでも分かる。君がどれだけ一人で思い悩んでいたか。誰にも相談できず、さぞ辛かっただろう」
灯華は顔を赤らめて目を逸らした。
「べ、別に私は……とにかくこよみを大会に出場させるなら、雪代さんにはきちんと対策をして欲しいってだけで」
(現実的な思考の持ち主だな)
「それじゃ、こういうのはどうかな? 君もC・エクスプローラーの一員になるっていうのは」
「えっ?」
「それで大会の間だけこよみのマネージャーになってもらう」
「こよみの?」
「というより対桐沼用って感じかな。大会の間中、桐沼を監視する役目だよ」
「……」
「榛名達にはなるべく大会に集中してもらいたいから不正が起こるかもっていうのは伝えないようにしたいんだ。けれど、僕一人で大会も見ながら桐沼の見張りをするのも難しいし……」
「私を桐沼の監視役に当てようってわけですか」
「そういうこと。C・エクスプローラーの職員ということであれば大会関係者しか入れない場所にも入れるし、何より君は桐沼の性格や行動パターンを把握している」
「確かに私にうってつけの役目かもしれませんね」
「君がメンバーにいるってだけでそれなりの牽制になるかも。どうかな? お試し加入ってことで。何ならバイト代も出すよ」
「分かりました。そういうことでしたら私もシーエクに入らせていただきます」
こよみが嬉しそうに目を輝かせた。
灯華は不思議そうに悟のことを見つめる。
(雪代さん……奇妙な人だな。会ったばかりの私の言うことを真剣に聞いてくれて、ここまで手配してくれるなんて。でも、確かにこの人なら、こよみのチャンネルをあそこまで復活させたのも頷ける……かな)




