第86話 集団の落とし穴
ウェアウルフが牙を剥きながら襲いかかってくる。
こよみは〈鬼火篝〉を取り出して牽制した。
ウェアウルフはあからさまに怯んで、飛びかかる動作を直前でやめて、背後に飛び退きながら、体勢を崩す。
こよみはすかさず速さで回り込み、ウェアウルフにプレッシャーをかけていく。
これが〈鬼火篝〉の上手な使い方だ。
敵の攻撃に合わせてカウンター気味に出して体勢を崩すのである。
こよみはそのままウェアウルフを角に追い込み、火魔法で仕留める。
(こよみもだいぶ立ち回りが分かってきたな。いい感じだ)
「悟さん、上手く倒せました」
こよみが満足気に報告してくる。
「ああ。よくやったね。それはそうと、こよみ……」
「はい?」
「同接数めちゃくちゃ伸びてるよ」
「えっ?」
こよみが悟の差し出した画面を見ると、同接数が1000人になっているのが見える。
重点アイテムをコツコツ取得してきたのもあるが、少しずつ成長する姿と魔法使いという火力系ジョブでスピードタイプ有利の中野ダンジョンを攻略している姿に感銘を受けたのだろう。
「う、うそ」
「みんな君の配信が好きなんだ。この分であればあっさり目標は達成できそうだね。どうかな。そろそろコメント欄を解放してもいいと思うんだけど」
「えっと……、それはその……」
(まだデュームのアンチコメが気になるか)
「わかった。コメント欄はまだ閉じたままにしておこう」
「はい。すみません」
「ただ、せっかく来てくれた人のためにも挨拶だけはしとこっか」
「はい。えと、こよみのチャンネルに来てくださりありがとうございます。理由があってコメント欄は閉じてますが、ゆっくり見ていっていただければ幸いです。よろしくお願いします」
こよみは撮影用ドローンに向かってペコリと頭を下げる。
そんなやり取りをしていると、悟のスマートフォンのアラームが鳴る。
(ん? なんだ?)
悟が確認してみると、配信サイトのランキングに変動が見られた。
(!? これは……まさか!)
ランキングの急上昇欄を確認してみると、案の定、デュームの如月彗のチャンネルが載っていた。
「悟さん。どうかしたんですか?」
「こよみ。すまない。ちょっと中断するよ」
順調にダンジョンの攻略を進めている榛名のスマートフォンに着信が入る。
(ん? 悟?)
「美波、ちょっと休憩しよう」
「うん? みんなー。ごめんねー。榛名が疲れたって。ちょっと休憩するねー」
榛名と美波は配信を中断して、休憩に入る。
「どうしたの?」
「悟から連絡だ。この連絡の入れ方は緊急事態かも。もしもーし。悟、どうしたの? 私の声が聴きたくなった?」
「デュームがこのダンジョンに来てる」
「げっ。マジで?」
「かなりの大所帯で〈風の護符〉と〈魔石〉を大量に持ってる。凄いスピードでダンジョンを駆け上がってきてるよ」
「いったいなんで? まさか美波をリンチするため?」
「え゛え゛。私リンチされるの?」
「何バカなこと言ってんだよ。美波をリンチするならわざわざダンジョンに入ってくることもないだろ。学校とか行けばいいし。ただ、美波の復帰配信を妨害する意図はあるかもしれない。例えば、ウチよりもいい数字を出して、美波のデューム脱退が失敗であるかのように印象付けるとか」
「へー。一応配信で勝負してくれるんだ。なら望むところじゃん。な、美波」
「美波、デュームと思わぬ形で対抗することになったけど、問題ないかい?」
「うん。今日の配信、久しぶりにメッチャ楽しい。デュームの奴らが来ようと関係ないよ。このまま続けさせて」
「よし。分かった。このまま配信を続けていこう。ただし、あまりデュームを意識し過ぎないようにね。視聴者のことを一番に考えて。差し当たっては……」
悟はデュームの進行ルートと被らないように2人のルートを微修正して情報を送っておく。
デュームの面々は破竹の勢いで中野ダンジョンを進んでいた。
ウェアウルフが現れても物ともしない。
「オラオラ。どうしたコラ」
「かかってこいや狼」
「逃げんのかオラ」
いかにウェアウルフが俊敏を誇るといえども、魔法の一斉射撃ができるデュームの集団には敵うべくもない。
ウェアウルフが現れた瞬間、デュームの面々は横に広く展開して魔法を放ち、怯んだところを一気に距離を詰めて近接系の武器で仕留める。
「おい」
彗が側の隊員に話しかける。
「はい。なんでしょう」
「なんだこのダンジョンは。簡単すぎるだろ。本当に今季まだ誰もクリアしてねーのか?」
「はい。確かに今季はまだ誰も最深層までは辿りつけてないっす」
「マジかよ。まったく何やってんだ中野勢は。美波は今どの辺だ?」
「8階層まで辿り着いてるみたいっす」
「8階層か。チッ。相変わらず素早さだけは大したもんだな。ペース上げんぞ」
彗達は完全に中野ダンジョンのモンスター達を呑んでかかり、多少、隊列が乱れるのも構わず駆け足で攻略する。
トラップは踏むものの、あらかじめ用意した〈風の護符〉と〈魔石〉を前にしては大した足止めにもならない。
多少の雑さと消耗は見て見ぬ振りして、ついて来れない隊員は切り捨て、あっさりと8階層まで辿り着く。
「オラオラ。どうした狼ども」
「ビビって出て来れねーのか?」
「大したことねーな中野ダンジョン」
そうして大威張りでダンジョン内を闊歩していると上に開けた空間に辿り着く。
上空にポッとオレンジ色の炎が灯ったかと思うと、カボチャ頭の悪魔がフワリと降りてくる。
「あん? なんだこいつは」
「杖持ってやがるぜ」
「おう、テメーさっさと降りてこい。勝負しろや。ビビってんのかコラ」
カボチャ頭は先っぽにランタンのついた杖を掲げ呪文を唱える。
すると魔法の光線が隊員達に伸びていき、彼らのアイテムボックスと装備を尽く破壊し尽くした。




