第81話 トモカの決意
放課後、トモカは帰る準備をしていると、ポケットに入れたスマートフォンが振動しているのを感じた。
嫌な予感がしながらもスマートフォンを取り出すと、ディスプレイには『桐沼、デューム』の文字。
(やっぱりか)
そう思いながらも、トモカは廊下に出て通話ボタンを押して耳元に当てた。
「やっほー。トモカちゃん。元気?」
桐沼特有の軽い調子の声が飛び込んでくる。
「桐沼さん、まだ学校の中だよ」
トモカはため息を吐きながら言った。
「困るんだよ。学校の途中で連絡されても。出れない時とかもあるし」
「それでデュームに入る気にはなってくれた?」
(やっぱりその件か……)
トモカはあまりデュームのことが好きではなかった。
強引な勧誘やSNSでの数にものを言わせた炎上もあるが、何より配信者を使い捨てにしているような向きがある。
「桐沼さん、その件はまだ……」
「今、いいタイミングだと思うんだよねー。友達のこよみちゃんだっけ? 彼女も炎上しちゃってるんでしょ? 君がウチに入ってくれれば、守れるし、伸ばせると思うんだよねー」
「……」
「君がデュームで看板娘になってくれれば、ゆくゆくはこよみちゃんも迎え入れてあげれるし。そしたら仲直りできるっしょ?」
「分かったよ。その代わり、約束してくれる? もう、こよみには手を出さないって。彼女の配信はもう二度と荒らさないって」
「オッケー、オッケー。約束するよん。ま、ウチもちょうど女性配信者の確保には困っていたし。君がデュームで成果出してくれれば、息巻いてる奴らも大人しくするっしょ。何なら俺の方から如月さんに動いてもらえるよう頭下げてもいいし」
(どうだか)
こよみの炎上はデュームの一部の人間が関わっているだけで、組織的なものではない、というのが一般的な見方だが、トモカは何となく桐沼が裏で糸を引いてるんじゃないかと疑っていた。
とはいえ、それならそれである意味好都合だ。
桐沼と話を付ければ終わる話なのだから。
「それで? 事務所にはいつ来れる? 何なら今から迎え寄越そうか?」
「今週は無理。来週頭にはこっちから行かせてもらうよ」
「OK OK! 楽しみに待ってるよん」
トモカはため息を吐きながら電話を切った。
軽いけれどゴリゴリくる桐沼の勧誘は、いなすのに一苦労だった。
通話を終え、席に戻ってふと窓から外を眺めると、こよみが悟や榛名、美波と一緒にカフェテリアに向かっているのを見かける。
(あれはこよみ!? 一緒にいるのは榛名に……悟と美波? なんで?)
♢
デュームの事務所内の一室で、如月彗は何も言わず、パソコン画面を見つめていた。
部屋には幹部の草間彰人、桐沼誠一ほか数名の下っ端がおり、下っ端達は手を後ろに組み直立不動の体勢で、固唾を飲みながら彗の次の言葉を待っていた。
部屋には気まずい空気が漂っていた。
彗のPC画面には週間ゲンザイウェブ版の美波脱退記事が表示されている。
「おい、どういうことだこれ」
「……」
室内はシーンとなる。
彗は机を叩いて声を荒げる。
「なんで週刊誌にウチの内情が暴露されてんだ。ていうかなんで美波が脱退してんだよ。誰か説明しろよ!」
(だから言ったじゃん。早く〈スペルカード〉調達しないと美波辞めるって)
彗とは若干離れた場所に座っている彰人は、さもありなんという顔で頬杖をついていた。
「おい、美波の説得に当たってたの誰だ!」
彗が下っ端をジロリと見ると、全員ビクッとするもおずおずと答える人間が一人。
「荒谷です」
「荒谷、美波とは連絡取れたのか」
「いえ、まだ……。どうも着信拒否されてるようで」
「なら、さっさと学校まで行って、連れ戻して来ねーか!」
彗は荒谷の顔付近にマウスを投げる。
マウスは音を立てて、バキバキに砕けた。
「は、はいっ」
荒谷はバタバタと会議室から出て行く。
「クソ雑誌がぁ。インタビューに答えてやったのに、速攻で裏切りやがって。ていうか、この関係者って誰だよ。誰が内情を垂れ込んだんだ!」
「それよりマズいのはこっちっすよ」
桐沼がTwixを開いて、彗に見せる。
そこに映っているのはバズっている榛名の呟きだ。
@坂下榛名
(美波がやめて)デュームの若い奴ら不安よな。榛名動きます!
@名無し
オイwww
@リス
ワロタw
@ポム
なんでお前が動くんやw
@配信中毒者
余計なことすんなw
@美波推しのリスナー
榛名ー、美波を助けてくれー
@炎上ウォッチャー
うわぁ。完全に煽ってるやん
@煩い後輩
流石にこれはライン越えでは?
@配信好き
すまん。つまりどういうこと?
@冷静な古参
これは高度な心理戦やな
@頭ハッピーセット
動くって、まさか美波の救済!?
@美波推し担
もしかして次の配信日美波と同じなのって……!!
@切り抜き勢
美波とコラボ!? それともまさかのシーエク加入!?
@シーエクリスナー
マジか。その予想激アツなんだけど
@榛名推し
ここで榛名が美波を助けたらカッコ良すぎる
@DDD
榛名ニキ、頼む。美波を助けてくれー
@かっさん
デューム「……解せぬ」
@KY
強い危機感を持って頼む
@ペトト
危機感ニキ「榛名、美波のことは任せたぞ」
彗はこめかみにピクピクと青筋を立てる。
(おのれ。榛名。揺さぶりのつもりか)
「何なんだこのSNSのノリは! なんで美波がシーエクに入るのが既定路線みたいになってんだ!」
「このまま榛名にコケにされたまま黙ってるのはマズいっすよ」
「かと言って、SNSでの舌戦はマズいぜ。今はどう考えてもウチに逆風だ」
「くっ。分かってる。とにかくダンジョン配信で圧倒的な差を見せつけて黙らせるぞ」
(C・エクスプローラーのカスどもが。調子に乗りやがってこのままでは済まさんぞ)
7月もだいたい週1投稿になります。
よろしくお願いいたします。
皆様、暑さに気をつけてお過ごしください。




